博物館明治村に託された意匠と伝承について
博物館明治村に託された意匠と伝承について
1.はじめに
博物館明治村に託され保存している歴史的建築物は、日本人にとって、現代社会の原点というべき明治(1868〜1912)という時代に想いを馳せることができる真正性(オーセンティシティ)の高い優れた意匠物たちである。日本が世界各国との交わりを結び、特に西洋文化を取り入れ、大変な努力の結果、近代国家へと成長を遂げた時代である。本稿では、年代も旧所在地も異なる古建築から、現在の日本の原点を構築した時代「明治」の技術力に着目し、その時代の人々によって構築された意匠の数々を「後世にどのように伝承していくか」を考察するものである。
2.基本データ
通称:博物館明治村
運営:公益財団法人 明治村
住所:愛知県犬山市字内山1番地 〒484-0000
電話:0568-67-0314 FAX:0568-67-0358
村長:第4代 阿川佐和子氏(作家・エッセイスト) 平成27年3月15日就任
館長:第6代 中川武氏(工学博士 早稲田大学名誉教授) 平成26年就任
敷地:面積約100万平方メートル、南北約1100メートル、東西約620メートル
建物:移設展示建造物件数:67
(うち、重要文化財10件、愛知県指定文化財1件) [図1.]
3.保存建築の目的と歴史的背景
日本の歴史に於いて「明治」という時代は、飛鳥・奈良・鎌倉・桃山に匹敵する世界的意義をもつ故、明治建築の歴史的意義は深い。特に当時の職人が発揮した「意匠力」は、国境を越え、学術的関心を呼んでいる。これらの建築物は、人間の尊い心のこもった文化財であり、日本近代の建設者であった当時の明治の人々が安易に西洋を真似たのでは無く、古い日本の伝統の良いところと、西洋の良いところをよく研究し、それらのよいところを巧みに組み合わせたり、構造を融合するなど、新たな日本の様式を造ろうと模索し努力を重ねて建設したものである。これらの実行者は、日本の名も無き大工職人たちなのである。これら日本近代化を建設した明治の人々の血の滲むような真の姿が込められた建造物を後世に残すことで、祖先の心を後世に伝えることが重要なのである。
終戦後〜昭和40(1945〜1965)年は、前半の10年は敗戦処理、後半の10年は躍動の時代であった。戦後の経済復興に全力を集中し、その目的のための開発と建設が都市や田園に押し進められ、当時の「明治」といえば、旧弊の時代であったため、その風潮は、「戦争を引き起こした元兇」・「忌まわしきもの」・「家族を奪った根源」・「近代化を阻むもの」というもので、敗戦国として、新たな国が再建されていく中、戦災を免れた数少ない明治の歴史的な建物などが次々と破壊され、それらを記した書類や書籍も心無い者たちにより燃やされていく事態が発生していた。
このような危機的状況を鑑み、昭和35(1960)年、現地保存が不可能な建築物を東京工業大学教授であった谷口吉郎氏が、旧制第四高等学校の同級生であった名古屋鉄道株式会社取締役副社長土川元夫氏の協力を得て、明治時代の生活と文化を物語る建築物を護り後世に伝えるために、昭和40(1965)年3月18日、徳川夢声氏を村長に迎えて開村式を挙行し保存に至った [註1.] のが博物館明治村である。
4.国内外の他の同様の事例に比べて特筆されること。
ひとつは、国内外の他の同様の博物館と一線を画すのは、明治村は、公益財団法人博物館であるということである。決して客を集めてそれを観せ、金を儲ける所ではないという点である。
日本各地の貴重な明治の建築物の中から明治村に移設した建築物は、公益財団法人明治村が明治時代の文化財保存運動を全国展開したことにより寄せられた情報を元に、やむを得ず壊される運命になった貴重な建築物があれば、職員が出向き、まずその土地に保存されることを奨め、どうしても駄目なものだけを、決して買うのではなく、破壊から救い出してきたものたちなのである。他の博物館とは異なり、収集するためにその作品を選ぶという悠長なものでは無く、破壊されていく明治建築を救うことを第一とし、「建築物同士の関係性や時代考証を考慮」するという景観よりも、建築物を後世に残すことが大事であったことが伺えるのである。
もうひとつは、明治村は、普通の遊園地のように、ただ遊ぶために造られた観光施設ではない。一般的に博物館といえば、一つの建物に限られた呼び名である。国内の他の博物館と同様に限られた建物、限られた場所に文化財が保護されていることには変わりないが、明治村の場合は、広い自然の土地の中に岡があり林があり湖 [註2.] がある土地(愛知県犬山市内山の尾張富士という山の麓、湖の西岸)に、点々と建築物があるという、自然も歴史も併せて保護している野外博物館という点である。
5.保存建築物の真正性
本物の姿のまま現物を維持し保存している建築物により、「現代社会の原点」を追体験できる博物館なのである。開村当時の移築建造物公開展示数は14件。明治村提唱者である初代館長 谷口吉郎氏によると、明治村を存続していく意義について以下のように述べている。
『建築は、歴史の証言者。
無言の声を発し、訪れる人の胸に、明治の魂を語りかけている。』
~「明治村年報(第1巻)」の序文から抜粋 ~
筆者は、当時の技術はもとより、文化の性格を建築様式の中に含み、その真正性の高い建物空間を追体験することで、時代の魂の如く、後世の人に語りかけることができるのだと考察する。また、以前(2015.3.3)、現地職員に話を伺った折、真正性を保つことが如何に大変であること、移設時に得た情報を一般の方に理解してもらうことの難しさを知った。
以下、その取材内容より保存・維持に関するものを抜粋。
● 老朽化している保存建築物の多くは築後100年を経過しており、
これを維持するための保存修理費用に、多大なコストを要している。
● 建築様式や建築デザインの観点から当時の匠「意匠力」に焦点を当てたとしても、
特異な世界なので、一般公開したところで、観覧者に理解してもらうのは難しい。
現在、「明治」を追体験する切り口として、テーマ立てを行ない、それに沿って村内を廻る案内が成されている。[企画1.2.3.]
これらにより古建築に触れ、その空間を体験することで、時代を追体験出来る流れになっている。然しながら、「学び」の視点からすると、案内板による文字情報による提供が多く、ボランティアによる語り部などでは、どのように真正性が高く評価すべきものであるかが分かりにくいのが現状である。建造物移転の際に、専門家による学術的調査研究により得られた史実に則った貴重な情報にまでは届かず、御蔵入しているものも多いことが取材により明らかになった。
6.今後の展望について。
筆者は、未来への伝承の術について、苦労して学術的調査研究を行い、丁寧に移設してきたことにより知り得た成果物を埋もれさせてしまうのでは無く、現代ならではの開示手法 [註3.] を用い、教育的視点から追体験者の一般教養の充実を図るのに役立てる試みにより、後世への伝承の一助とならんことを願い、提案するものである。
これまで、『自分の目で見て、その空間の匂いや音、空気の中で建築物の持つ力が伝わることを多くの人に追体験して感じてもらうこと』に注力してきたことに加え、その追体験者の知識レベルに応じ、タブレットを通して建築物を見ることにより、『史実に忠実な情報』と、学芸員らによる研究成果を視覚的にピンポイントで、最適な情報を抽出可能になったことだ。
かつて、幕末〜明治期に流行した「情報を絵に描く」新聞錦絵 [図2.] の如く、「タブレットを介して見た現実」[図3.] に、AR(拡張現実)や AI(人工知能)技術を駆使することで、視覚的に専門的な情報を提供することができる時代がやってきたのだ。追体験者の基本情報をもとに適正な知識レベルの研究成果を視覚的に学習することができれば、より一層明治時代の見識を深めることが可能となり、後世への伝承に役立つと確信するものである。
- [図1.] 博物館明治村 村内地図 「出典:博物館 明治村 (パンフレット)」
- [註1.] 開村までの経緯 (補足事項)「参考文献 1)より筆者が再構成し編集。」 [註2.] この湖は、1633年(寛永10年)に、尾張国の水田に水を溜めるために築かれた大きな堤防により、造られた最も古い大きな人造湖である。その名を入鹿池と云い、その水底に眠る「入鹿村」に由来する。この村の名は、『日本書紀』巻第十八にも記載されており、535年(安閑天皇紀2年)、全国に屯倉という米穀倉庫が造られたときに、入鹿にも屯倉が出来たとの記録がある。 [註3.]出版業界などでは、実用化に向けた試み( https://youtu.be/uaYHU63zT54 )も行なわれている。このケースでは、書籍を題材としているが、この考え方は、明治村にも適用可能と思考する。
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[企画1.] 国指定重要文化財と、映画・ドラマロケ地とその撮影年(和暦)「 出典:博物館 明治村 (パンフレット)」上に2ヶ所に分けて
掲載していたものを筆者が一枚に再構成し、編集。 - [企画2.] NHK連続テレビ小説「花子とアン」ロケ地、 NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」ロケ地 宵の明治村イベントマップ、各種イベント(1) 「出典:博物館 明治村 (パンフレット)」
- [企画3.] 各種イベント(2) 「出典:博物館 明治村 (パンフレット)」
- [図2.] 錦絵 「出典:博物館 明治村 (展示物)」
- [図3.] タブレットを介して見た現実 (イメージ)「撮影者・製作者:筆者 但し、画像内の文言は、参考文献 3), 7)より引用。」
参考文献
≪ 書籍 ≫
1) 名古屋鉄道株式会社広報宣伝部 編著「名古屋鉄道百年史」1994.6.13 発行
第7章 全国ネットワーク企業へ躍進 20.明治村の開村 P.395-P.399
2) 野田宇太郎著「明治村物語」国土社 1973.6.15 初版発行
3) 宇野俊一、大石学、小林達雄、佐藤和彦、鈴木康民、竹内誠、濱田隆士、三宅明正著
「日本全史(ジャパン・クロニック)」講談社 1991.3.15 発行 P.1032-1130
4) 川田十夢著「AR三兄弟の企画書」日経BP社 2010.8.30 発行
5)「建築史」編集委員会 編著「コンパクト版建築史【日本・西洋】」彰国社 2013.5.10 発行
6) 田中禎彦著「日本の最も美しい名建築」エクスナレッジ 2015.9.2 初版発行
7) 明石信道著「フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル」建築資料研究所 2015.1.10 発行
8) 博物館明治村 編著「博物館明治村ガイドブック」名古屋鉄道 1985.10.13 発行
9) 博物館明治村 編著「博物館明治村ガイドブック」名鉄インプレス 2015.6.30 発行
10)木村毅・野田宇太郎・谷口吉郎著
「カラー明治村への招待」改訂版 淡交社 1980.7.23 改訂初版
11) 井上光貞 監訳『日本書紀 下』中央公論社 1987.11.20 発刊
現代語訳:笹山晴生 巻第十八 広国押武金日天皇 安閑天皇 P.32-38
原文校訂:林勉 巻第十八 P.458-461
12)小牧の古文書展実行委員会 編著「入鹿池築堤と明治の大洪水」 2012.12.4 発行
第2回 小牧の古文書展 ~船橋仁左衛門家文書を中心に~
13)船橋昭治著 入鹿池の築造と「入鹿切れ供養地蔵」について 2013.9.1 発行
≪ 参考URL ≫
14)公益財団法人 博物館明治村
( http://www.meijimura.com/ )2016.8.1 閲覧
15)AR技術で「動く教科書」
( https://youtu.be/uaYHU63zT54 )朝日新聞社 2016.8.12 閲覧
16)公益財団法人 日本博物館協会
( https://www.j-muse.or.jp/index.php )2017.1.29 閲覧