江戸木目込人形に見る、日本の伝統工芸の現状と対策

田中 宏治

江戸木目込人形に見る、日本の伝統工芸の現状と対策

1.江戸木目込人形について
(1)歴史的背景
木目込人形とは、桐の木材を使用し、木彫又は桐の粉を糊で固めた桐塑を人形型にしたものに、数ミリの溝を彫った線(木目込線)に布等を入れ仕上げる人形(画像1)の名称である。一般的に「木目込人形」で通じるが、厳密には日本人形を作る際の技法の事である。
発祥は江戸時代中期に京都の上賀茂神社で雑務を取扱う雑掌、高橋忠重が、端材を用いて人形を木目込の様式で作った事が始まりと言われている。別名、加茂人形とも言われている。
その後、様々な分野の職人が京都から江戸に移ると同時に木目込人形の職人も移り、現在まで続き、経済産業省指定の伝統的工芸品「江戸木目込人形」となっている。
雛人形や五月人形制作の際に欠かせない技法であるが故、現代まで続いており、1970年頃には家庭の主婦の習い事として大流行した。その後、雛人形等として商用では残っているが、趣味としては下火である。趣味として久月や真多呂等大手人形の会社が、人形や技法を絶やさないために学校を開設しているが、講師陣が流行時代に技術を習得した年配層で構成され、以下の世代がいない。最近の流れを見ると、木目込人形は今後、雛人形等の商用のみになる可能性があり、衰退を防ぐためには今後の施策を早急に構築する事が必要である。
(2)基本データ
江戸木目込人形は、経済産業省の伝統的工芸品全国222品目の一つに指定、主な生産場所は東京都と埼玉県である。商用流通する人形の制作会社は、大手販売会社1社につき10社以下である。また全ての工程を1社で行う事は殆どなく、パーツ毎の分業が多い。
趣味の観点から見ると、例えば久月が開設の人形学校の本校生徒数は30名弱であり、数百人が通っていた1970年頃のブーム時に比べると激減している。
(3)制作の概要
ここでは木彫及び桐塑での制作を説明する。木彫の場合、切り出してから暫くの間乾燥させた桐の木を完成予定の人形よりやや大きめに切り出し、主に彫刻刀で削る。桐塑の場合は、まず桐の木の粉(画像2)と寒梅糊(画像3)という糊を十分に練り合わせ桐塑を作り、人形の型枠に入れ人形の型(画像4)を作るか、またはフリーハンドで桐塑を成型し人形の型を作る。
木彫と桐塑で制作方法が全く異なり、前者は削る、後者は足す方法である。前者は、削りすぎるとやり直しが困難で、難易度としては上である。
どちらも桐の木を使う理由として、彫刻刀で削る場合、他の木に比べて比較的柔らかいという事が挙げられる。しかし刃への負担は大きく、こまめな研ぎ作業が欠かせない。人形制作には制作の技術に加え、刃研ぎの技術習得が必要である。
(4)材料及び道具
制作には次の材料及び道具が必要である。
糊・・・木目込線に布等を入れる際に使用する。寒梅粉を水で溶いて作る糊を主に使用する。寒梅糊は、梅の季節に収穫するもち米が原材料であるが、最近ではコストの関係から玉蜀黍の澱粉を使用したものが登場している。しかし玉蜀黍が原材料のものはもち米に比べ粘りが弱く、色がやや黄色みをおびている等の違いがある。
布・・・主に使われる種類として、縮緬(鬼、一越等)、金襴(画像5)が挙げられる。理由として、木目込人形は歴史的なモチーフが多いため、他の布に比べ縮緬や金襴は風合いが出しやすい事と、曲面に貼る際に布をストレッチさせなければならない事が挙げられる。縮緬や金襴は人形用に作られるものが少なく、なるべく柄が小さい実際人間が着ていた着物の古布や帯地を使う事が多い。また現代的なモチーフの人形の場合は、ストレッチが殆どない木綿等が使われる事もある。
彫刻刀・・・基本的には版画用の数本があれば足りるが、本格的な人形を制作する段階では10種類以上の彫刻刀(画像6)が必要である。主な種類として、印刀、丸刀、平刀、スクイ、三角刀、曲がり等が挙げられ、さらに上級になるほど同じ種類でもミリ単位でサイズを複数揃える。
へら・・・木目込線に布等を入れる際に使用するへらは、流派により道具が異なる。一般的には両側にへらを有する「木目込べら」(画像7)を使用するが、真多呂や量産を行う工房では目打ちを使用する。これは布を木目込線に入れ込む際、布を目打ちの先で引っ掛けやすいという、完成までのスピードを意識した理由である。
(5)国内外の他の同様の事例に比べて特筆される点
伝統工芸品である点、パーツ毎の分業制である点、多数の材料や道具を必要とする点、以上を総合的に考えねば伝承が厳しい点が挙げられる。

2.本論文での評価対象
江戸木目込人形について、後世に引き継がれるための施策が現状で十分か、また現状以上に施策を実施する場合、何が必要かを検討し、評価対象とする。

3.日本の伝統工芸及び江戸木目込人形の現状
日本の伝統工芸は、多くが衰退又は衰退の危機状態である。
原因として、産業発達によるオートメーション化、少子高齢化による職人不足、核家族化による子どもの減少、地方の過疎化による人口減等が挙げられる。
伝統工芸にとって産業発達は大きな打撃の一つである。第2次世界大戦後、急速な産業発達により、利益や効率の優先で手工業が衰退、職人はより高額な賃金や安定を求め、企業に取り込まれていった。従来、伝統工芸は家系内の後継者や弟子取りが主流であったが、次の代が居ても先代を継がず、企業に就職してしまうケースが多々見られる。
江戸木目込人形をはじめ、1つの伝統工芸品を完成させるには多数の職人の手を渡るものがあり、途中の1箇所が欠けてしまうと完成が困難になる。また必要な材料や道具も欠く事はできない。例えば、自動車の部品が1つ故障すると動かなくなってしまう事と同じで、職人、道具や材料が一つでも欠けると人形制作が困難となる。最近では、人形用目打ちの職人、需要が多かった人形ケースの職人、人形用糊を扱う業者が廃業したとの事で、現在はこれまでの在庫で何とか賄っている危機的な状況である。

4.今後の展望、提案
後継者や弟子が取れない事例では、徐々に職人が高齢化していき手遅れとなる場合があり、早急な対策が必要である。また、趣味での制作を行う学校等の現場でも同様の問題があり、ここでは伝統工芸の観点から提案を3点挙げる。
(提案)
(1)職人の養成制度の確立
伝統工芸に関係の自治体、企業、団体、博物館等で職人の養成制度を作り、広く人材を募集する。募集に当たっては若年層だけではなく、全年代を幅広く募集する。従来の「10代の若年が弟子入りする世界」という概念を取り外す。公的支援を視野に入れ、全国的なプロジェクトとする。
また、伝統工芸の世界に入りたいが何をやっていいか不明、という層にも対応できるよう、「伝統工芸入門コース」を併設する。日本の様々な伝統工芸(特に後継者がなく、人手不足なものを中心とする)を数多く見て体験、方向付ける事を目的とする。
(2)中学校、高等学校及び大学との連携
東京都内の高等学校では、実習の選択科目として伝統工芸が設置されている所があり、数校で木目込人形制作が行われている。最近では高齢化による講師不足の問題があるが、授業内外問わず講座を開講し高校生に体験の機会を持ってもらう。
また美術系大学と連携し、公開講座やオムニバス科目として伝統工芸を広める事により、伝統工芸に対して関心を惹かせる。
(3)伝統工芸の連携
木目込人形を例に取ると、つまみ細工や西陣織等と密接な関係にあるが、関係する工芸が衰退すると、共倒れてしまう可能性があるため、協力体制は必須である。
上述の養成制度や教育機関との連携のほか、様々な施策を連携して行う事で関わる人口の確保に繋げる。

今後は江戸木目込人形以外の伝統工芸についても研究対象とし、継承する例を調査しつつフィードバックしたいと考える。

  • jpg-5 (画像1)木目込人形
  • jpg-6 (画像2)桐の木の粉
  • jpg-7 (画像3)寒梅粉
  • jpg-8 (画像4)人形の型
  • jpg-9 (画像5)縮緬(右2点)金襴(左2点)
  • jpg-10 (画像6)彫刻刀
  • jpg-11 (画像7)木目込へら(左)、目打ち(右)

参考文献

高濱かの子著『人形 紙塑・桐塑・衣裳・木目込・張り子』マコー社、1978年
池田萬助、池田章子著『上方の愉快なお人形』淡交社、2002年
柳 宗悦著『工藝文化』岩波書店、1985年