みなとみらい21新港地区にみる街並みと歴史的建造物の在り方

松井 由希子

みなとみらい21新港地区にみる街並みと歴史的建造物の在り方

1.はじめに
今や「みなとみらい」といえば、横浜の観光スポットとして多くの人に認知されている。横浜ランドマークタワー、よこはまコスモワールド、横浜赤レンガ倉庫、山下公園などの施設が歩ける距離にあり、総括して「みなとみらい」と呼んでいる。「みなとみらい」はコンクリートによる高層ビルのような現代建築と、明治時代から残る石造りなどの歴史的建築が共存している。ここでは、「みなとみらい」の新港地区と呼ばれる地区に目を向けて、街並みと歴史的建造物の在り方について考察していきたい。

2.みなとみらい21新港地区
まず、みなとみらい21新港地区について見ていく。

(1)基本データ
所在地:神奈川県横浜市中区新港
みなとみらい21新港地区は主に横浜赤レンガ倉庫を中心とした地区である。みなとみらい駅周辺のみなとみらい21中央地区と、中華街や山下公園のある関内・山下地区を結ぶ結節点としての役割も担っている。(図1)

(2)歴史的背景
幕末に浦賀にペリーが来航し、江戸幕府による鎖国が終わりを告げてから、横浜は港町として今日まで栄えてきた。しかし、「みなとみらい」としての歴史はおよそ30年程である。
新港地区は東・北水堤(現在の内防波堤)や鉄さん橋(大さん橋の前身)の建設に引き続く横浜港の第二期築港工事として、国によって建設されたのが始まり(註1)である。昭和40年代までは大型造船所ブームであったが、それ以降オイルショックを機に経済不況へと進んでいく。さらに造船不況も著しくなり、都市再開発のプロジェクトとして1983(昭和58)年「みなとみらい21」計画が着手したのである。

(3)特徴
「みなとみらい21」計画の前提としての条件の一つに、「水際線(海と陸との接点)での再開発であること」(註2)とある。これはまさに新港地区を指している。海と陸との接点では住宅再開発のような事例と比較すると、利用の仕方や機能に求められるものが異なる。先に述べたように、新港地区は中央地区と関内・山下地区の結節点であり、ここに新しい市街地と開港以来の市街地を一体化させる重要なポイントがあるのだ。
新港地区では景観に対するガイドラインを制定している。例えば、建物の高さに関する事項では、内陸側からも海を感じることが出来るように、高さに規制をかけ、圧迫感を与えないようにしている。また、横浜赤レンガ倉庫からは大さん橋及び横浜ベイブリッジへの眺望を確保している。(図2、3)
他にも、水際空間、街並み景観、建物などのデザイン、色彩、屋外広告物など、いくつもの項目を設け、新旧の街並みを共存させている。

3.横浜赤レンガ倉庫
次に、新港地区の中心である横浜赤レンガ倉庫について見ていきたい。

(1)基本データ
所在地:神奈川県横浜市中区新港1-1
横浜赤レンガ倉庫は、1号館と2号館の2棟から成る。施設規模はともに地上3階、高さ約18mで、敷地面積は約14,000㎡である。現在、1号館は文化施設、2号館は商業施設として利用されている。

(2)歴史的背景
先に述べた新港地区の歴史と同様に、横浜赤レンガ倉庫もまた、横浜港の第二期築港工事において保税倉庫としてつくられた。2号倉庫(現2号館)は1907(明治40)年に着工、1911(明治44)年に竣工し、1号倉庫(現1号館)は1908(明治41)年に着工、1913(大正2)年に竣工した。設計責任者の妻木頼黄は、横浜正金銀行本店(現神奈川県立歴史博物館)や日本橋を手掛けた明治の三大建築家の一人(註3)である。
1923(大正12)年、関東大震災によって1号倉庫の中央部分が崩れ落ちるなど大きな被害を受けた。その後、1号倉庫は約半分の大きさに縮小され、内側に鉄筋コンクリートの補強壁が取り付けられ、また、2号倉庫も耐震性を高めるための補修工事が行われた。
第二次世界大戦後、GHQに接収され、港湾倉庫として再び稼働するようになるのは1956(昭和31)年のことである。しかし、次第に取扱貨物量が激減するようになり、横浜市の都市再生計画において赤レンガ倉庫の保存が検討されるようになっていく。1989(平成元)年には、完全に倉庫としての用途はなくなった。
1992(平成4)年に、横浜市は国から土地と建物を取得し、「保存・活用検討委員会」を設置する。そして、改修工事を経て、2002(平成14)年、文化施設、商業施設として横浜赤レンガ倉庫は生まれ変わったのである。

(3)特徴
保税倉庫としてつくられた明治時代、日本の赤レンガ建築には、ほとんどがフランドル(フランス)積みと呼ばれる手法が用いられた。今なお残るフランドル積みの建築物としては、北海道小樽市にある小樽市総合博物館(旧手宮車庫)などが挙げられる。しかし、横浜赤レンガ倉庫はイギリス積みの変形であるオランダ積みを用い、強度を強く設計している。また、スプリンクラーやエレベーターなどを備え、時代の最先端を行く建築物であったといえるだろう。

4.神戸ハーバーランドとの比較と評価
新港地区と、その中心である横浜赤レンガ倉庫を比較する対象として、同じく港町である兵庫県神戸市の神戸ハーバーランドを挙げる。神戸ハーバーランドは神戸駅の東側エリアにあり、「みなとみらい21」計画と同様に、再開発された地区である。神戸ハーバーランドにも神戸煉瓦倉庫があり、新港地区と非常に酷似している。
しかし、決定的に違うのは、新港地区は「島」ということである。埋め立てられた人工島であるが、細かく定められたガイドラインによって景観を損なうことなく、むしろ自然に感じるような工夫がみられる。それは、緑豊かな街路空間を形成する(註4)といった植栽にまで気を配った結果であろう。島でありながら、プロムナードによって陸と一体化することに成功している点で特筆すべき例である。
また、都市再開発において、何を中心に据えるかが決定的に違う。神戸ハーバーランドでは地区のおよそ半分の面積を文化・商業・業務地区が占めており、主に商業目的であることが分かる。(図4)
一方の新港地区は、横浜赤レンガ倉庫をはじめとした歴史資産を活かした再開発である。横浜赤レンガ倉庫の保存、復元が第一であり、港のシンボルとして扱っているのが特徴だ。まわりに大きな建物がないのも、赤レンガ倉庫を際立たせている。神戸ハーバーランドでは、煉瓦倉庫のまわりにショッピングセンターやホテルなどの高層ビルが立ち並んでいるため、景観の面で煉瓦倉庫の歴史的価値が損なわれている。新港地区では、再開発の中でも歴史的建造物を残すといった姿勢や、現代の街並みに一体化させる努力が評価出来るだろう。

5.今後の展望
神戸ハーバーランドとの比較からも分かるように、みなとみらい21新港地区における事例では、歴史的建造物があっての都市再開発である。この考え方は、他の地域でも応用出来ると考える。歴史的建造物の保存は、様々な地域において重要視されるべきことであり、まず第一に考えなければならない。一度、失われてしまったものを復元することは、なかなか出来ることではない。横浜赤レンガ倉庫は、復元することの出来た数少ない例だろう。
新港地区のように、現代の街並みと歴史的建造物が共存している例は数少ない。新旧の建物が並ぶ例として、歴史的建造物の重要性を伝える拠点となることを望む。

  • 図1:都市臨海部の一体化概念図 「みなとみらい21新港地区街並み景観ガイドライン」p.3 http://www.city.yokohama.lg.jp/kowan/business/keikan/pdf/20090724-gl-01.pdf(2017年1月24日現在)(非公開)
  • 図2:万国橋軸断面構成イメージ図 「みなとみらい21新港地区街並み景観ガイドライン」p.20 http://www.city.yokohama.lg.jp/kowan/business/keikan/pdf/20090724-gl-01.pdf(2017年1月30日現在)(非公開)
  • 図3:赤レンガ倉庫の2棟間から横浜港大さん橋国際客船ターミナル、横浜ベイブリッジへの眺望 「みなとみらい21新港地区街並み景観ガイドライン」p.24 http://www.city.yokohama.lg.jp/kowan/business/keikan/pdf/20090724-gl-01.pdf(2017年1月30日現在)(非公開)
  • 図4:神戸ハーバーランド地区計画図 「神戸市:神戸ハーバーランド地区 地区計画」 http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/urban/district/r00003.html(2017年1月30日現在)(非公開)
  • 建設時の1号館 「横浜赤レンガ倉庫の歴史|横浜赤レンガ倉庫」 http://www.yokohama-akarenga.jp/about/history/(2017年1月30日現在)(非公開)
  • 現在の1号館 「横浜赤レンガ倉庫の歴史|横浜赤レンガ倉庫」 http://www.yokohama-akarenga.jp/about/history/(2017年1月30日現在)(非公開)

参考文献

註1:「みなとみらい21新港地区街並み景観ガイドライン」http://www.city.yokohama.lg.jp/kowan/business/keikan/pdf/20090724-gl-01.pdf(2017年1月24日現在)
註2:小澤恵一著『生きている都市、つくる都市 ーヨコハマからの実践的都市論ー』(ぎょうせい、1991年)
註3:原島広至著『ワイド版 横浜今昔散歩』(中経出版、2014年)
註4:「みなとみらい21新港地区街並み景観ガイドライン Ⅳ 景観形成項目」http://www.city.yokohama.lg.jp/kowan/business/keikan/pdf/20090724-gl-03.pdf(2017年1月28日現在)

佐藤啓子著『赤レンガ近代建築 歴史を彩ったレンガに出会う旅』(青幻舎、2009年)
横浜開港資料館 読売新聞東京本社横浜支局編『横浜150年の歴史と現在 ー開港場物語ー』(明石書店、2010年)
「横浜市 都市整備局 みなとみらい21推進課 街区開発状況 新港地区(1~17街区)」http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/mm21/gaiku/index1-17.html(2017年1月28日現在)
「横浜赤レンガ倉庫の歴史|横浜赤レンガ倉庫」http://www.yokohama-akarenga.jp/about/history/(2017年1月28日現在)
「神戸ハーバーランド」http://www.harborland.co.jp/(2017年1月28日現在)
「歴史 | 神戸煉瓦倉庫」http://www.kobe-renga.jp/history/(2017年1月28日現在)
「都市景観形成地域内における行為の届出について(ハーバーランド都市景観形成地域)」http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/urban/scene/todokede_harbor.pdf(2017年1月28日現在)
「神戸市:神戸ハーバーランド地区 地区計画」http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/urban/district/r00003.html(2017年1月29日現在)