文化財の文化的価値を直接伝える空間、その魅力を探る「京都国立博物館」

後藤 敏彦

文化財の文化的価値を直接伝える空間、その魅力を探る「京都国立博物館」

1.はじめに
筆者は、国立博物館のような公共の文化施設は、興味を示す一部の人たちだけの施設になっているのではないだろうかという疑問を常々抱いていた。最近の国立博物館の平常展入場者数(図1)を見ると、東京(以下東博という)は増加傾向にあるが、京都、奈良(以下京博、奈良博という)は横ばいまたは減少傾向にある。その中で、京博平常展の再来館率のデータ(図2)をピックアップして見ると再来館者が半数以上を占め、興味を示す一部の人たちだけの施設ではないかという疑問はあながち間違いではないではないことが分かる。
では、現在の京博には広く人びとを惹き付ける魅力がないのだろうかと言う次の疑問がこのレポートで京博を取り上げた動機である。ここでは、平成26年にリニューアルされた京博の施設デザインに的を絞り、特に敷地内の景観と平常展示館(以下新館という)内の空間について調査し評価することとした。

2.京博の基本データ(注1)
名 称:独立行政法人国立文化財機構・京都国立博物館
所在地:京都府京都市東山区茶屋町527
建築物:本館(明治古都館)、新館(平成知新館)、旧管理棟、資料棟、文化財保存修理所、技術資料参考館、収蔵庫、その他
規 模 : 建築面積 13,517㎡ 延べ面積 31,828㎡ 、敷地面積 53,182㎡

3.歴史的背景
京博は、明治28年に建築家片山東熊(注2)の設計によるルネサンス様式の本館(明治古都館)が現在地に建設され開館した。昭和41年には建築家森田慶一設計による旧・新館が新設される。国立博物館は、平成13年には文化庁から独立行政法人へ移行(民営化)し、平成19年には独立行政法人国立文化財機構となる。京博は、平成26年に新館および庭園などが建築家谷口吉生(注3)の設計によってリニューアルされた。リニューアルの主たる目的は、民営化後の平成24年に実施した文化庁委託調査(註4)に示されているように、企画展での一時的な集客だけでなく、定常的な入場者数の拡大を図り、かつサービス向上を図ることにある。京博は、新館の建替えによる展示スペースの拡大や飲食施設、教育施設などの拡充を行ってきている。文化庁委託調査の中で、国内外の美術・博物館を訪れた理由を聞いたアンケート(図3)によれば、国内では2番目に高い17%の人が建物や庭園などを目的として美術・博物館を訪問しており、景観や展示空間の魅力が利用者を広げることに有効であることが示されている。

4.京博の施設デザインの魅力を探る
京博の施設デザインの特筆すべき優れた点を、配置・形態・細部という三つの観点から他の事例と比較しながら分析する。

4−1 敷地内の景観
(1)配置
リニューアルされた敷地空間(図4)では、正門から本館正面へ続く東西軸に対し、新館(図5)正面に続く南北軸を設定し、新設した南門(図6)からの新しいアプローチを追加することで、直交する軸線上にそれぞれ洋風の景観(図7)と日本的な景観(図8)を成立させ、また、南門の先にある蓮華王院(三十三間堂)南大門の中心を通る南北軸線上に新館の正面入口を配置して歴史的な意味(注5)を持たせることで博物館にふさわしい景観を創成している。
東博や奈良博も旧様式の本館に対する現代建築の新館を新設しているが、アプローチを別に設け、同じ敷地に異なる景観を成立させるようなデザインは京博独特のものである。
(2)形態
①新館及び南門など基本はシンプルで直線的な構成のモダニズム建築でありながら、日本的なイメージを創出している。具体的には、日本建築の非対称の美や根源的な意匠要素を造形に取り入れており、ガラスファサード(図9)を建物の中心を外してファサードの手前に張り出させ、細い縦格子のサッシと乳白色と透明ガラスの組み合わせで雪見障子を連想させ、アルミ材の庇には、寝殿造りの丸柱を想起させるような細い支柱の意匠を採用している。
東博本館(図10)では、伝統的な屋根で日本らしさを表現し、奈良博新館(図11)では、屋根を含めた全体的な意匠で正倉院を彷彿とさせるデザインを採用しているが、京博新館は、これら日本らしさの表現で典型的に用いられている屋根を用いずに日本らしさを表現している。
②新館の前面に設けられた池は、庭園との接続部である石垣より高い位置に水面があるデザインで、内部からは水面のエッジしか見えないという独特な形態である(図12)。
奈良博新館を囲んでいる池(図13)のように、一般的には建築との周りの庭園とを融和させるために自然な接続形態をとるが、京博の水面は図のような接続構造のため、内部(1F)からの眺望(図14)では浮遊感のある独特な空間を体験することができる。
(3)細部
新館ファサード(図5、図9)をはじめ、新館の内部のさまざまな壁面や、南門、レストラン、カフェなどに、ベージュ色の大理石パネル(註6)をタイルのように張りつめた壁をモチーフ的に適用(図15)し、デザインの統一性にこだわっている。これは装飾を廃し、直線を基調に、細部にも緩み無く研ぎすまされたような処理を施した京博の空間において暖かみのあるアクセントとしても機能している。
このパネルは、和紙を思わせる不規則な模様があって日本的雰囲気を醸し出すばかりでなく、建築の高さを本館と揃え、本館の壁面色に近いベージュ色であることで敷地空間の調和の役目も果たしている(図16)。これほど徹底して統一したものは東博、奈良博その他の公共施設にもあまり例がない。

4−2 新館内の空間
(1)配置
展示室のある建物の前面にガラスファサードを張り出させる(図17)配置により、ガラスファサードにロビーと長大なホール(図15・ホール)を設けながら展示室を自然光から遮断する機能を得ている。このため、庇の天窓も含めあらゆる方向から自然光を最大限に取り入れることができ、博物館らしくないほど明るい空間を得ながらしっかりと展示空間を外光から守ることを実現しており、他に例を見ない。
(2)形態
1階から3階までの展示室がシンプルなスキップフロアー構造(図17)であり、エレベータを使い3階から下の階へ向かう動線では、予め階下の展示の様子を確認できる。特に2階から1階の眺めでは、仏像彫刻を俯瞰的に見る新たな鑑賞体験が可能である(図18)。
国立西洋美術館では、吹き抜け横にスロープを設けている(図19)がこれは空間の変化を楽しむといったもので、東博東洋館もスキップフロアー構造(図20)であるが、複雑なフロアー形状や階段の位置や方向も多様であり、単純なフロアー形状、同一場所の階段というシンプルな形態の京博は、鑑賞動線が単純で、自分が居る場所を把握しやすく、疲労が少なく鑑賞に集中できる。
(3)細部
展示室(図21)は、存在を極力意識させないようなシンプルな意匠の展示ケースの採用、ケースごとの統一を図って、鑑賞者を展示物だけに集中させる配慮をしている。また、吹き抜けに面したフロアー端や階段などの手すりバネルにはガラス材を用いることで、移動時の視野確保を優先している。鑑賞者を展示物だけに集中させるコンセプトは、同じ谷口吉生の設計になる東博・法隆寺宝物館と共通である。

5.総括および今後の展望
博物館は言葉や画像では伝えきれない文化財の文化的価値を直接伝える空間であるという前提に基づくと、それにふさわしい「環境」と鑑賞の際の「集中心を妨げない配慮」が望まれる。京博は他の同様の公共施設と比較しても、敷地景観や展示空間において、配置・形態・細部という三位一体のバランスに優れ、独自性を持った魅力ある景観や空間を備えている。
一方、装飾を廃し、開放的で直線を基調に、細部にも緩み無く研ぎすまされたような処理を施した京博の空間は、緊張感を与え、硬質で「くつろげない印象の空間」であることも確かである。庭園に面した長大なホールには簡易なベンチが数台置いてあるだけであり、長時間留まることを拒否しているようにも見える。
奈良博新館などでは、ピロティや庭園を有効利用して頻繁にイベントが行われている(図13)。今後は、ホールの空間に目立たないパーティーションやバックレスト/アームレスト付きの椅子を適用するなどして「居心地のよい空間」にしたり、「文化・芸術目的の有効利用」を進めて、「人が集う空間」に変えていくことで、より多くの人が京博の魅力を体験し、ひいてはそれが文化財の価値を認識する動機付けになり、さらに利用者を広げて行くことにつながるのではないだろうか。

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参考文献

参考文献
行政法人国立文化財機構 http://www.nich.go.jp /2016/8/15
文化庁長官官房政策課(2013)「国立文化施設におけるパブリックリレーションズ機能向上に関する調査研究 報告書」株式会社野村総合研究所
建築エコノミスト森山のブログ http://ameblo.jp/mori-arch-econo/ /2016/10/15
豊川斎赫(2016)『丹下健三 戦後日本の構想者』岩波新書
五十嵐太郎(2016)『日本建築入門』株式会社筑摩書房