石川県金沢市の景観 金澤町家からみる行政と市民の協働

金澤 知恵

石川県金沢市の景観 金澤町家からみる行政と市民の協働

はじめに
石川県金沢市には、数多くの歴史的建築物が残り、金沢のまちに趣のある景観をもたらしている。なかでも、1950年以前に建てられた木造住宅には、町家や武家屋敷などがあり、これらを総称して「金澤町家」とよんでいる。金沢市は全国で最初に景観条例をつくったまちであり、行政が主体となって景観保全に取り組んできた。現在、金澤町家の保全活動には市民団体であるNPO法人も参画している。金澤町家がもたらす景観をひもとき、行政と市民の協働による取りくみを考察する。

1.金澤町家の歴史的背景と現状
江戸時代、金沢は加賀百万石の城下町として繁栄をみせた。城下町は、城を取り囲む街路網や自然の地形を活かした坂路、用水網、庭園群などで構成された。城下町には武士と町人が住み、門や土塀、庭が設けられた武家屋敷と、職住一体住宅、または専用住宅の町家があった。金沢は、戦災を免れた数少ないまちのひとつであり、近代都市として成長を遂げた今もなお、道路や区画は藩政時代の町割を踏襲している。
現在、市内には約5700軒の金澤町家が残っているが、居住者の高齢化や、現代生活に合わない建築構造であることへの不満などから、年間約100軒が取り壊されている。こういった実態から現存する金澤町家は、「面」から「点」へと変わってきている。

2.金澤町家がもたらす景観
金澤町家(以下「町家」)と聞いて多くの人が想像するのは、茶屋街「ひがし」ではないだろうか。ひがしは、「伝統環境保存区域」であると同時に、「伝統的建造物群保存地区」にも指定されている。制度の名前を登場させたが、重要なのは「区」や「群」といった言葉であると考える。これは、町家を「点」ではなく、「面」で残す必要性を語っている。
ここで、「面」としての景観が残るひがしを考察してみる。ひがしは、南北約130メートル、東西約180メートルと、気軽に歩いてまわれる大きさである。茶屋は、藩政時代に特別に2階建建築が許されていたため、一般的な町家に比べるとその高さが特徴的である。茶屋の1階正面に設けられた弁柄(べんがら)塗りの木格子、木虫籠(きむすこ)が印象強い。木虫籠には、視線を防ぎながら採光が得られる工夫が施されているが、格子の目がここまで細かく密なのは京町家などにも見られず、金沢特有の繊細さを醸し出している。こうした建築物が整然と軒を連ねる風景には統一性があり、優れた景観を形成している。[※1]「面」であるこの茶屋街には、”ここからここまでが茶屋街”という境界線が存在することになる。この境界線に足を踏み入れると、その建物の高さゆえに周囲の近代建築は視界から遮断され、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような景観が現れる。訪れた人は町家の外観にくわえて雰囲気や、これまで積み上げられてきた歴史、生活文化を五感で感じることができる。この体験こそが、「面」であるがゆえの「景観」であるといえる。
「点」で残っている町家として、老舗の飴屋である「俵屋」をあげてみる。俵屋は藩政末期頃から残る建物で、市から「指定保存建造物」の指定を受けている。しかし、俵屋の周囲は既に近代建築へと移行しているため、俵屋の建築物自体に価値があるものの、景観としては成立していない。[※2]

3.行政の取りくみ
金沢市はこれまで、景観を守るために数々の独自の条例をつくってきた。年代ごとに条例を追っていくと、ひとつの流れがみえてくる。まず、1968年に全国で初めての景観条例である「金沢市伝統環境保存条例」をつくった。金沢市は全国に先駆けて景観の保全に取り組んだ。また、この背景には、1966年に国が制定した「古都保存法」の対象から金沢が外れていたこともあげられる。古都保存法は、かつて都が置かれた京都、奈良、鎌倉などを対象としていたため、法律で守られない部分を自分たちで守ってきたという側面もあった。金沢市が最初につくった景観条例は、金沢の伝統環境を守ることに特化した内容であった。
次に景観条例がつくられたのは、1989年である。この条例では、町家などの伝統環境を保存する区域と、駅周辺などの近代的に開発する区域とを分けて指定した。[※3]保存が必要な区域を細分化していき、その後は「こまちなみ保存条例」をはじめとした数多くの条例がつくられる。ひがしのようなメジャーなまちなみは、文化財保護法に基づく「伝統的建造物群保存地区」の指定を受けているが、国の指定を受けていなくとも、伝統的な良いまちなみは残っている。現在、こまちなみ保存区域には9区域が指定されているが、いずれも町家が色濃く残る地域であり、景観を形成するうえで町家が重要であることを示している。
そして2013年、ついに「町家条例」が制定される。金沢の景観を残すためには町家のあるまちなみが必要で、町家を維持するためには具体的なルールが必要であるということにたどり着いたといえる。

4.NPO法人のとりくみ
町家がぽつぽつと消えていき、景観が失われていることに危機感を感じた大学の建築系の先生たちが調査活動を始めたのをきっかけとして、2005年にNPO法人「金澤町家研究会」(以下「研究会」)が発足した。研究会では、景観保護の対象区域の全数調査や、町家所有者の意識調査を行ってきた。そして、2011年からは所有者と居住希望者とのマッチング事業も行っている。マッチング事業は仲介だけに留まることなく、その取りくみは多岐に渡る。毎年秋に開催されているイベント「金澤町家巡遊」[※4]では、町家を利用したショップのマップを配布し、観光客や居住希望者に対して町家めぐりを促進している。また、イベント内ではワークショップも開催し、町家の課題点をテーマに解決策を探ってきた。カフェブームが起きた年には、町家カフェを経営したいという希望者が殺到したが、実際の物件を見た際に建物の使いにくさや、想像以上に修繕費用がかさむといった理由で断念するケースが非常に多くみられた。そこで、希望者の町家に対するイメージのギャップを埋めるために、町家カフェの経営希望者向けのワークショップを開催した。実際に町家カフェを立ち上げた人に協力してもらい、改修費用や経営の苦労点を紹介してもらった。こうしたイベントは一見すると、町家居住希望者に対する取りくみにみえるが、実はそれだけではない。町家所有者は自分の家が価値の高い歴史的建築物だということを認識していない。それどころか、古い家で恥ずかしいとさえ思っているケースもあるため、継承せずに取り壊してしまう。まずは所有者に、町家の価値を認識してもらう必要があるため、イベントを紹介して数多くの居住希望者がいるという事実を知ってもらう。所有者と希望者、双方の認識が変わってはじめて、町家の維持・継承へとつながる。

おわりに
活動内容の情報発信を強化するため、2016年11月に市が整備した「金澤町家情報館」(以下「情報館」)[※5]がオープンした。情報館は、町家を現代生活に合わせて改装した、いわゆるモデルハウスで、市役所にほど近い茨木町に立地している。ここで研究会がマッチング事業を行い、相談に訪れた居住希望者は改修後の町家に実際に触れることができる。そして具体的に話が進めば、情報館から市役所へ向かい、補助金の支援制度についても説明を聞くことが出来る。まさに行政とNPO法人の二人三脚の取りくみである。しかし、町家を取り巻く環境は、それほど単純なものではない。情報館を知らずに不動産屋や工務店に委託した場合、業者のなかにも町家の価値を認識していない者はいる。不動産屋は、古い家付きの安い土地として扱い、工務店もまた、伝統的工法ではなく現代の工法で改装を行い、結果として町家の寿命を縮めてしまう。おのおのが自己の利益を優先させるため、町家の維持・継承に関わる市民一人ひとりの意識を変えることは容易ではない。ルールを統制するために、行政が仕組みを作ることは必要不可欠であるが、これはトップダウン的な取りくみともいえる。市民が立ち上がって研究会が発足されたように、町家に関心を持つ人たちがボトムアップ的に活動をするようになると、相乗的に町家保全の輪が広まっていくのではないだろうか。近年は、外国人観光客が町家を利用したゲストハウスに泊まり、さらにはその様子がメディアで取り上げられるなど、外部の力も加わりながら、人々の関心は広まっている。新しい波を取り入れながら、金沢らしく町家を保全していく道が開かれることに期待している。

  • 1jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef ※1 茶屋街 ひがし
  • 2jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef ※2 飴の俵屋
  • 3jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef ※3 伝統環境を保存する区域と、近代的に開発を進める区域とを分けて指定
  • 4jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef ※4 NPO法人「金澤町家研究会」が毎年秋に開催している金澤町家巡遊
  • 5jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef ※5 2016年11月に開館した「金澤町家情報館」実際の町家を改修したモデルハウス
  • 6jsessionid4aa14ca6eb46b91e9a8b54ea6cf25aef 情報館にてインタビュー 金沢市役所の石浦裕治さん

参考文献

山出保 『金沢を歩く』 岩波新書 2014
山出保+金沢まち・ひと会議 『金沢らしさとは何か』 北國新聞社 2015
「金沢の茶室」編纂委員会 『現代に息づく茶道のまち金沢の茶室』 金沢市 2002
岩淵令治 『史跡で読む日本の歴史 9』 吉川弘文館 2010

参考サイト
金澤町家情報館
http://kanazawa-machiyajouho.jp/
金沢長町武家屋敷
http://www.nagamachi-bukeyashiki.com/
国土交通省 古都保存法
http://www.mlit.go.jp/toshi/rekimachi/toshi_history_tk_000006.html
金沢市 景観形成方針・基準
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/29020/keikan/keikan/1_2_d.html
文化庁 伝統的建造物群保存地区
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/
金沢市 伝統的建造物群保存地区
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11201/rekishitoshi/jyuudenkentiku2.html
金沢市 こまちなみ保存条例
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11107/keikan/jourei/komachi/ko_top.html
金沢市 町家条例
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/data/open/cnt/3/11525/1/jyourei_aramashi.pdf
金沢市 指定保存建造物:俵屋(たわらや)
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11104/bunkazaimain/shiteihozon/shiteihozon/tawaraya.html

インタビュー
金沢市 文化スポーツ局 歴史都市推進課 町家保全活用室長 石浦裕治さん
NPO法人 金澤町家研究会 古村尚子さん