浜松市の中田島砂丘を日本的感性から捉え直す
はじめに
今回、静岡県浜松市の中田島砂丘の事例を取り上げる。中田島砂丘は市の観光名所である他、市民にとって最大のイベントである浜松まつりの会場の役割も担っており、地域住民にとってシンボルのような存在である。ウミガメの産卵場所として著名である他、美しい風紋が特徴的な砂丘である。(添付図①)後述する要因から砂丘は姿を変えつつあるが、この変化を日本的感性から捉え直すことによる新たな価値提供の可能性と今後の展望について論じる。
1.基本データ
中田島砂丘は、浜松市の南部に位置しており、南北に約0.6km、東西約4kmに広がる砂丘である。(注1)砂丘とは一般的に「風が運んだ砂でできた丘」を指しており、諸説あるが鳥取砂丘・吹上浜・中田島砂丘が日本三大砂丘と言われている。
歴史的な成り立ちとしては中田島砂丘は約10万年前に形成が始まり、気候変動や砂丘の西側に広がる天竜川からの排砂が風によって高く積み上げられ、砂丘が形成された。(注2)江戸時代には歌川広重による浮世絵版画の題材として取り上げられ、古くから浜松市の観光名所として成立していたと考える。(注3)
しかし現在では2点の要因から中田島砂丘はその形を変えつつある。1点目は砂丘東部の天竜川の上流にダムができた点である。波に侵食される砂の量が川から排砂される砂より増えてしまい、その結果20年で200mもの砂浜が減少した。(注4)2点目は2011年の東日本大震災を受け、津波に備える防潮堤が建設された点である。この防潮堤は砂丘を東西に貫いており、砂丘は人工的にその形を変えた。(添付図②、③)後述する保全活動を市で行っているが、中田島砂丘の砂の量は年々減少している状況である。
2.事例の評価
中田島砂丘の評価点として、以下4点の特徴があげられる。
2-1中田島砂丘の風紋
遠州のからっ風と呼ばれる浜松地域特有の風によって描かれる風紋という模様が砂上に描かれる。砂丘の風景として最も印象的な情景であり、その美しい風景が特徴的である。
2-2保全活動について
堆砂垣という柵を設置し、海風で飛ばされる砂の量を減らし、砂丘面積を保全する取り組みを行っている。(添付図④)また、保管している砂丘の砂を補充したり、埋め立てられたゴミを取り除く活動など、自然環境の変化との共存のための取り組みが見られる。(注5)
2-3防潮堤について
津波対策のための東西17.5km、高さ13〜15mの防潮堤が2020年に造成された。(注6)砂丘という自然の中に人の手による巨大な建築物が造成され、砂丘と一体化している点は中田島砂丘の特徴のひとつと言える。防潮堤上部から浜松市内では見ることが難しい富士山 が見えたり、遠州灘全体を一望できたりと、従来の中田島砂丘に無い眺望を与えた、という点も特筆すべき内容である。(添付図⑤)
2-4中田島砂丘ミュージアム
知のストック・体験のストック・情報のストックという3つのカテゴリーのワークショップを設けている。知のストックでは座学や講演により砂丘の成り立ちや地理環境などを発信し、体験のストックでは実地で植物や生き物の観察、観察結果の展示などを行っている。情報のストックでは自然環境と人との関係性の変化及びその履歴を記す、という観点から中田島砂丘の時間の変遷を情報として記録する取り組みも行っている。(注7)
3.特筆される点
中田島砂丘は2章で取り上げた特徴をもつ一方で、自然のままの砂丘から、前述の通りダムや防潮堤の建設によりその姿を変えた。その海岸線は毎年5m後退しているとも言われており、将来的には消滅もしくは限られた場所のみ残る結果になると考える。(注8)これらの変化は通常ネガティブに捉えられているが、この中田島砂丘の姿のうつろいを2章で取り上げた事例の評価と併せて以下2点の日本的感性という観点から新しい価値として捉え直し、論じる。
今回取り上げる2点の語義は解釈が多岐にわたるため、共通認識として定義すべくブリタニカ百科事典から引用し記載する。
3-1 「もののあわれ」と時間のデザイン
取り上げる日本的感性の1点目は、「もののあわれ」である。ブリタニカ百科事典からの引用によると、
『もの (対象) によって人の心に呼起されるしみじみとした感動を意味する。人生の不如意に基づく哀感を基調とし,感情主体によって人事,自然界の事象が共感されるとき,そこに対象と主体の調和が意識され,「もののあわれ」が成立する』(注9)
と記載されている。つまりは物事の移ろいや季節の移ろいに美しさを感じる日本人特有の美意識であると定義付けることができ、特に自然に対して働く感性であると言える。
前述の通り、砂丘は時間の経過とともに姿を変えていることが分かる。(添付図⑥、⑦)添付図⑥を見るに写真の奥側では従来通りの美しい砂丘の風景を見ることが出来るが、一方でその手前側では海風により砂が飛んでしまい、砂利が混ざっていたり地肌がむき出しになっている様子を見ることもできる。「もののあわれ」を時間のデザインという概念と組み合わせると、これは時間の経過により発生した新たな要素であり、砂丘の美しさと時間の経過により廃れてしまった部分の哀愁を併せ持つ風景を中田島砂丘の新たな価値として救うことで今までに無い価値がうまれたと考えることができる。
佐々木健一は著書「日本的感性」の中で、
『「けしき」とは、映像でなく情緒であり、けしきそのものの情緒とは広がりをもった空間の感覚である。(中略)その広がりは特定の対象に意識を集中させるのではなく、全体を感ずるための条件となっている。(中略)われわれの文化的風土における「風景」は、この意味における「けしき」である。』(注10)
と述べている。
対象が持つ情緒に重きを感じる日本的感性から、変わりゆく中田島砂丘を「もののあわれ」という観点から捉えた場合、自然景としての対象の美しさのみならず、砂丘の時間の経過とうつろいにより新しく生まれた要素は中田島砂丘の新たな価値であると言える。
3-2 「わびさび」と空間のデザイン
2点目にあげる日本的感性は「わびさび」である。わびさびは禅の影響で生まれた日本の伝統的な美意識のひとつであり、文学や絵画、茶道などに取り入れられた。ブリタニカ百科事典での定義は以下の通りである。
『わび:閑寂な風趣を意味し,ある面では「さび」と近い。(中略)中世以降,閑寂,枯淡の美に対する愛好が深まるとともに,物の面における不足,不自由を肯定し,簡素,閑静な生活を積極的に楽しむという意味を生じた。』(注11)
『さび:その本質,風趣についていう語。(中略)中世以来の幽玄美に,さらに枯寂な色調が加えられたもの。表面的,題材的な情調ではなく,対象をとらえる作者の心的観照,体験が「さび」をもっているのである。』(注12)
要約を試みると、目に見える富や名声、力に頼らず、閑寂、質素なものや古いもの、寂しいものを否定せず、その中にある本質的な美を汲み取ろうとする意識であると言える。
「侘び寂び」と空間のデザインという概念についての考察を行う。防潮堤の建設により、自然的な要素しかなかった砂丘に人の手が加えられ、物理的に空間が変容した。これにより砂丘の空間としての意味あいも、ただ美しい風景としての砂丘から、人工物と一体化した砂丘へと位置づけを変容させており、砂丘そのものとしては不完全な状態へと外見的特徴を変えている。
鈴木大拙は著書「禅と日本文化」において、
『おそらく東洋人の最も特異の気質は生命を外からでなく内から把握することであろう。(中略)美とは必ずしも形の完全を指していうものではない。この不完全どころか醜というべき形の中に美を体現することが日本の美術家の得意のトリックのひとつである。』(注13)
と述べており、「わびさび」という感性は外見的な貧困や不完全という形式的な事物を無視し、自然そのものの思索に案じることでその価値を捉え直す日本的な感性であると述べている。
中田島砂丘も砂丘としては不完全な形式を取っているが、自然環境の変化や防潮堤の建設を通じて人間との関わりの中で在り方を変えざるを得なかった歴史性や空間としての情緒を獲得した。この自然と空間のうつろいそのものを思索することが出来る、装置としての意味合いを獲得した点は中田島砂丘の新たな価値として捉えることができる。
4.今後の展望・まとめ
市のガイドラインとしては中田島砂丘の自然景観の美しさをそのままアピールしたり、砂丘の美しさそのものを保全する活動が中心となっている。(注14)しかし、2章で取り上げた中田島砂丘ミュージアムのように、時間と空間の変容を通した新たな美しさ、魅力を捉え直す必要があると考える。姿を変えた中田島砂丘の、自然景から遺構のような姿へのうつろいを新しい価値として保全・記録することを提案したい。自然の姿を変えることはネガティブに表現されるケースが多いが、私達の日本的感性をもって、在り方や姿のうつろいによって生じた新しい価値や魅力を取りこぼすことなく後世に伝えていくことが重要であると考える。
本論の構成上、砂丘の新たな定義づけに重点を置いたため、具体的な提言を掘り下げることは出来なかったが、中田島砂丘は前述した観点に置いて優れたデザインの素養を持つ事例として捉え直すことができると考える。
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図①中田島砂丘の風紋
出典:Wikipedia「中田島砂丘」2024年1月28日参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A0%82%E4%B8%98 -
図② 防潮堤建設の様子
中段部分の隆起している部分が防潮堤となっている。
出典:静岡県HP 2024年1月3日参照
https://www.pref.shizuoka.jp/machizukuri/dobokujimusho/hamamatsudoboku/1004267/1047557/1046238/1034624.html -
図③ 防潮堤の基本構造
出典:ふじのくにメディアチャンネル 2024年1月16日参照
https://fmc.pref.shizuoka.jp/fujinokuni/number_50/3476/ -
図④ 堆砂垣
出典 筆者撮影 2024年1月4日 -
図⑤ 防潮堤上部から両側に広がる中田島砂丘
出典 筆者撮影 2024年1月4日 -
図⑥ 奥側に広がる砂丘と前面の地面が露出してしまっている様子
出典 筆者撮影 2024年1月4日 -
図⑦ 1970年ごろの中田島砂丘
出典 中日新聞 砂丘の行方 中田島の変容 第3部 海岸侵食<上> 2024年1月22日参照
https://www.chunichi.co.jp/article/98399
参考文献
参考資料
注1 Wikipedia「中田島砂丘」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A0%82%E4%B8%98
注2 浜松科学館ホームページ 浜松の自然の成り立ち 2024年1月22日参照
https://www.mirai-ra.jp/storybook/story01.html
注3 公益財団法人平野美術館ホームページ 2024年1月23日参照
http://www.hirano-museum.jp/hujitomeisyo.html
注4 中日新聞 砂丘の行方 中田島の変容 第3部 海岸侵食<上> 2024年1月22日参照
https://www.chunichi.co.jp/article/98399
注5 原崎健輔1・山内真太郎、未来につなげる浜松防潮堤〜静岡方式の取り組み〜、国土交通省中部地方整備局、2024年1月11日参照
https://www.cbr.mlit.go.jp/kikaku/2019kannai/pdf/re16.pdf
注6 ふじのくにメディアチャンネル 〜産学官民で作り上げた「静岡方式」の先駆け〜“防災先進県”ふじのくに静岡の新たなレガシー「一条堤」、2024年1月15日参照https://fmc.pref.shizuoka.jp/fujinokuni/number_50/3476/
注7 中田島砂丘ミュージアムホームページ 2024年1月5日参照
https://nsaq-museum.net/
注8 中日新聞 砂丘の行方 中田島の変容 第3部 海岸侵食<上> 2024年1月22日参照
https://docs.google.com/document/d/1ON2DAGh3m7gYS0o-kq9_dqIoFaRzWvuMtw2CJNgsQlI/edit
注9 ブリタニカ・オンライン・ジャパン 「もののあわれ」 2024年1月3日参照
https://japan.eb.com/rg/article-11996300
注10 佐々木健一著「日本的感性-触覚とずらしの構造」、中公新書、2010年、P98-99
注11 ブリタニカ・オンライン・ジャパン 「わび」 2024年1月4日参照
https://japan.eb.com/rg/article-13166200
注12 ブリタニカ・オンライン・ジャパン 「さび」 2024年1月4日参照
https://japan.eb.com/rg/article-04635500
注13 鈴木大拙著、禅と日本文化、岩波新書、1940年、P16
注14 浜松のまちづくりの課題と基本目標
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/documents/14701/04_midorinokihonnkeikaku_kadai-kihonmokuhyou.pdf
図① 出典:Wikipedia「中田島砂丘」2024年1月28日参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A0%82%E4%B8%98
図② 出典:静岡県HP(2024年1月3日参照)
https://www.pref.shizuoka.jp/machizukuri/dobokujimusho/hamamatsudoboku/1004267/1047557/1046238/1034624.html
図③ 出典:ふじのくにメディアチャンネル 2024年1月16日参照
https://fmc.pref.shizuoka.jp/fujinokuni/number_50/3476/
図④ 出典:筆者撮影 2024年1月4日
図⑤ 出典:筆者撮影 2024年1月4日
図⑥ 出典:筆者撮影 2024年1月4日
図⑦ 出典:中日新聞 砂丘の行方 中田島の変容 第3部 海岸侵食<上> 2024年1月22日参照
https://www.chunichi.co.jp/article/98399
藤原成一著、日本文化を読み替える 新装版かさねの作法、株式会社ベストブック、2022年
阿部博人著、リベラルアーツ思考、PHP研究所、2022年
河合敦著、外国人から見た日本史、KKベストセラーズ、2015年
渡部泰明著、古今和歌集、NHK出版、2023年