伝説が守る伝統と景観 ―三保松原―

望月 美貴子

1. はじめに
全国に数ある羽衣伝説の地のひとつ、三保松原(みほのまつばら)(資料1 以下数字)は富士山の世界遺産登録で俄かに注目を集めたが、その以前より約40年に渡り「羽衣まつり」で薪能『羽衣』(2)を上演する歴史を持つ。能楽堂も無い地域で長く能の定期公演が実施されている背景を知り、それが三保松原に与える効果と今後の展望を考察する。

2. 基本データ
富士山から約45㎞南西に離れた静岡県静岡市清水区の三保半島沿岸5㎞の松林が三保松原と呼ばれ、天女が衣をかけたという羽衣の松がある。(注1)(3)雪を頂く富士山を松原の緑と駿河湾の青い海とともに仰ぎ見る美しさは古来より『万葉集』(注2)や『駿河三保之松原』(4)など多くの芸術作品を生み出した。情報発信施設「みほしるべ」(5)では、地域の歴史や松原関連情報を展示し、整備された駐車場、清潔な洗面所、富士山を見晴らす展望台を観光客に提供している。

3. 歴史的背景
3-1. 能『羽衣』
羽衣伝説は各地の『風土記』が起源とされ、殆どは人間の男が羽衣を隠し天女を半ば強引に娶る話である。だが『羽衣』はそのような世俗的側面を廃し、天女が富士山を背景に日本の国土を祝福しつつ昇天する上品で美しい物語に昇華させた。羽衣を先に返せば天女は舞を舞わずに去るのではと疑う人の猜疑心を天女が諫める場面は物語に深みを与えている。その祝言性から上演回数が多い演目で、上演記録は室町時代まで遡り、作者は諸説あるも現在は不明とされている。「羽衣まつり」では、毎年異なる流派がその解釈による『羽衣』を舞い、同時に他の能演目や狂言も披露されている。(注3)

3-2. 「羽衣まつり」の起源
フランス人舞踏家エレーヌ・ジュグラリス夫人(以下、エレーヌ夫人)(注4)は『羽衣』に魅了され、戦時下の1940年代、敵国であった日本の能を独自に研究しパリでの能公演を成功させた。(6-1)三保松原への訪問を切望するも『羽衣』公演中に急逝した夫人を偲び、1952年に顕彰碑が建てられ、以来毎年フランス大使館も招いて顕彰式が行われている。(6-2~4)除幕式に碑の前で能『羽衣』が舞われ(注5)、1984年に『羽衣』を愛したエレーヌ夫人へのオマージュとして薪能「羽衣まつり」が開催され現在に至っている。

3-3. 三保松原
長く御穂神社の所領であったが、明治時代の松原の一部売却や戦中戦後の大量伐採などで面積を大きく縮小した時代があった。1922年に日本初の名勝に指定され保存対象地となるも、国有地の減少、樹勢の衰え、海岸浸食の問題が常在し、かつて9万本あったとされる松は2016年の調査では3万本に減少したと言われる。(注6)一方、富士山信仰を表す≪絹本著色富士曼荼羅図≫(7)に三保松原が描かれているのを始め、多くの絵画や詩歌などの芸術作品に三保松原が富士山と一緒に表現されていることから2013年「富士山-信仰の対象と芸術の源泉-」の構成資産として世界文化遺産に登録された。(8)

4. 評価される点
4-1. 伝説とともにある能楽への親しみ
三保とその近隣では薪能を中心に様々な活動が生まれている。
「三保羽衣謡隊」は謡曲『羽衣』(9)をご当地ソングと掲げて練習を重ね、静岡市立清水第五中学校では年中行事として『羽衣』の謡や仕舞を学び、「羽衣まつり」当日に成果を披露している。同校卒業生の宝生流能楽師、佐野登氏は中学生への講師として20年以上携わり、能を実体験した若者を数多く輩出し、謡隊の指導にも尽力している。
静岡県立大学の「羽衣つたえ隊」は自ら製作した『羽衣』の絵本を薪能の会場や様々な場所での朗読会などで紹介し、羽衣伝説を伝えている。絵本を8カ国語に翻訳するなど、その活動は日本に留まらない広い視野をもっている。(10)
筆者は2年前に謡隊へ参加する機会を得、幅広い年齢層の人が三保松原の『羽衣』に親しんでいる様子と佐野氏の能に対する情熱を実感した。羽衣伝説をめぐる文化活動は多岐に渡り、世代間ギャップが目立つ昨今においても老若男女が参加し継続されている点が特筆される。

4-2. 伝説の地を守る三保松原保全活動
三保松原が存在してこその「羽衣まつり」であるのだが、松原の維持には前述の通り課題が多い。世界遺産登録後は保全活動も強化され、「みほしるべ」では松に適した土壌などの専門的な情報もわかりすく展示し、前述の中学校では土壌肥沃化を防ぐ松葉かき活動で集めた松葉を着火剤として商品化し、その収益を松原保全に活用する活動も行っている。
アプリ「三保まつしらべ」(注7)は見守る松の木を登録し、松原の管理を自分事と感じる仕掛けで地域住民の目を松原保全に活かしている。
松は踏み固められた地面を嫌うため「神の道」のボードウォークに加え、松原全体に侵入抑制ロープが設置された。規制が施されても遊歩道沿いには三保松原を詠う様々な歌碑があり、富士山が美しく見える地点へ誘う工夫で観光との両立が図られている。(11)

4-3 能楽と松原保全の相関関係
このように松原保全活動でも能『羽衣』から派生した活動と同様、若者や地域住民、参加型アプリと多角的なアプローチで参加者の幅と活動の継続性を高めている。『羽衣』が親しまれるほど、その舞台が伝説に相応しい景観であることを望まれ、三保松原が美しいことにより伝説を視覚化した『羽衣』に心を寄せる人が増えるという強い関係性が双方の活動を刺激し合っていると言える。
中でも能学習と松原保全の両方に地元中学生が携わっている事は、能『羽衣』と三保松原の保全継承を将来に向けて確実にする活動として大いに評価される。

5. 同様の事例と比較
福井県敦賀市の気比の松原は三保松原と同じく国の名勝地であり日本三大松原のひとつである。氣比神宮の神園であった伝統ある松原の前に広がる砂浜は、シーズン中18万人の人出になる程人気の気比の松原海水浴場である。当地には一夜にして出現した松原と多くの白鷺が異敵を追い払ったという「一夜の松原」(注8)の伝説がある。戦争を回避し、後には美しい松原が残った平和の物語という解釈もありえるが、石碑や気比の松原の紹介文にあらすじが記載されても、本やその他の展開は見あたらなかった。ともに伝説を伝える名勝地の松原であるが、気比の松原は親しみのある遊び場として人々の身近にあり、三保松原は伝説から能楽文化に触れられる場となっている。

6.今後の展望
三保松原と羽衣伝説に関する様々な活動が今後も長く地域文化として継承されることが望まれるが、不安要素が無い訳ではない。能楽授業のため頻繁に三保まで訪れる能楽師をいつまで確保できるか、松原保全については地道な活動では難しい海岸浸食という大きな自然現象への対処などが懸念される。文化と景観の維持に欠かせないのは時勢に負けない一途な想いと多くの注目だ。エレーヌ夫人の物語には三保の人々を動かす感動があったからこそ40年もの能公演を実現している。顕彰式や地元での企画展はあるものの、彼女が生きた時代と環境を考えると彼女の情熱と功績はもっと評価されてもいいのではないだろうか。羽衣伝説や『羽衣』をめぐる文化活動と同じように夫人の物語を世界的に伝える活動が生まれ、三保松原の将来に寄与すことを期待したい。

まとめ
佐野氏は三保だけでなく全国の学校や海外へも飛び回り精力的に能の魅力を広めている。彼のSNS(注9)では能楽が海外でも評価が高いことも頻繁に発信されており、エレーヌ夫人の『羽衣』への深い想いが現代にも繋がる普遍性を持つと確信できる。
三保松原で『羽衣』が舞われ謡われる度に、人々は三保松原に思いを馳せ伝説の松原を守る気持ちを新たにする。無関心がもたらす恐ろしさを思うと、三保の人々に地域の魅力を気づかせてくれたエレーヌ夫人が三保松原を守っているのだと、三保松原の新しい伝説として語り継ぐことも必要なのかもしれない。

参考文献

(注1)羽衣の松
松の寿命により現在は三代目の松となっている。

(注2)
廬原の浄見の崎の三保の浦の寛けき見つつもの思ひもなし
(豊かな海を見ていると旅の不安が消える/清見の崎の三保の浦のゆたかな海を見ていると旅愁もどこかに消えてしまいます)
『万葉集3』 校注者:佐竹昭広/山田英雄/工藤力男/大谷雅夫/山崎福之 岩波書店 出版:2014年1月 

(注3)流派
2023年までに参加した流派は 観世流、大蔵流、金剛流、金春流、和泉流、宝生流、喜多流、である。静岡市HP 三保羽衣薪能出演者一覧表 000801246.pdf (shizuoka.lg.jp)

(注4)エレーヌ夫人
ジュグラリス夫人とすべきだが、他の参考サイト上や静岡市担当者よりエレーヌ夫人という呼称が使用されていることから関係者の馴染みがあるエレーヌ夫人と表記する。

(注5)除幕式
後の人間国宝、梅若万三郎によって献舞された。
『現代芸術としての能』著者:原田香織 発行者:髙島照子 世界思想社 2014年2月20日発行 P203
鶴見大学図書館『アゴラ : 鶴見大学図書館報』((118)),鶴見大学図書館. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3509790 (参照 2024-01-28) P3
2004年1月30日 第110号 (tsurumi-u.ac.jp) 

(注6)松原減少
平成3年3月12日 第120回国会 衆議院 予算委員会第三分科会 第2号 発言044~058 において、三保松原が他の三大松原に比して著しくその面積や松の減少が生じている点に言及されている。
第120回国会 衆議院 予算委員会第三分科会 第2号 平成3年3月12日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム (ndl.go.jp)

2016年の松の本数について報道されている。
朝日新聞デジタル 三保松原、未来へ 枯れ葉回収や植樹 官民超え保全 2022年4月10日
三保松原、未来へ 枯れ葉回収や植樹 官民超え保全 [静岡県]:朝日新聞デジタル (asahi.com)

三保松原本数 
三保松原のデータ(面積・区域等) | 一般財団法人三保松原保全研究所 (miho-lab.or.jp)

(注7)三保まつしらべ
eb7d674dffe37803d30dff9af2e1db10.pdf (miho-no-matsubara.jp)


(注8)一夜の松原
その昔、聖武天皇の御代に異敵の大群が来襲した。その時敦賀の地は突然震動し一夜にして数千の赫松が浜辺に出現した。白鷺が無数に群衆し、あたかも風に翻る旗さしもののように見えた。敵はこれを幾万の軍勢と見て恐れをなしたちまちのうちに逃げ去ったという。この伝説に因んで一夜の松原とも称される。
(気比の松原の石碑より抜粋)
気比の松原 - 旅する港町つるが 敦賀観光協会公式サイト (tsuruga-kanko.jp)

(注9)佐野氏の活動
(13) Facebook
一般社団法人 日本能楽謡隊協会|伝統芸能で〈生きる力〉を育む (nohgaku.jp)

参考文献
『万葉集3』 校注者:佐竹昭広/山田英雄/工藤力男/大谷雅夫/山崎福之 岩波書店 出版:2014年1月 

『フランス史 下』編者:福井憲彦 発行者:野澤武史 発行所:株式会社山川出版社 印刷所:株式会社太平印刷社 2021年3月30日発行

『現代芸術としての能』著者:原田香織 発行者:髙島照子 世界思想社 2014年2月20日発行

『増補完全版 昭和・平成 現代史年表』編著作者:神田文人 小林英夫 発行者:小川美奈子 発行所:小学館 印刷所:大日本印刷株式会社 2019年7月6日発行

『能百番を歩く(下)』編者:京都新聞出版センター 発行者:栗新二 発行所:京都出版社 2004年10月28日発行

『対訳で楽しむ 羽衣』 著者:三宅晶子 発行者:檜常太郎 発行所:檜書店 印刷製本:藤原印刷株式会社 平成12年5月5日発行

『現代芸術としての能』著者:原田香織 発行者:髙島照子 世界思想社 2014年2月20日発行 P203


参考サイト
世界遺産一覧表への記載推薦書 富士山
1 (nii.ac.jp)

能『羽衣』
お能の人気演目「羽衣」を解説!各地で語り継がれる羽衣伝説との違い | ワゴコロ (wa-gokoro.jp)

みほしるべ
三保松原とは - 三保松原 (miho-no-matsubara.jp) 2014年1月6日閲覧
三保松原本数 まつしらべ
三保松原のデータ(面積・区域等) | 一般財団法人三保松原保全研究所 (miho-lab.or.jp)

羽衣まつり
羽衣まつり:静岡市 (shizuoka.lg.jp)

清水第五中学校
静岡市立清水第五中学校  (ednet.jp)

謡隊
【公式】静岡市/羽衣まつり/三保羽衣薪能 (hagoromo-fes.com)

絵本
羽衣つたえ隊ホームページ | 羽衣つたえ隊 | 静岡県静岡市駿河区谷田52-1 (hagoromo-tsutaetai.wixsite.com)

気比の松原
気比の松原 - 旅する港町つるが 敦賀観光協会公式サイト (tsuruga-kanko.jp)
『気比の松原100年構想』松葉かきの実施について:近畿中国森林管理局 (maff.go.jp)
クリーンアップふくい大作戦 一斉拠点活動 敦賀市-Tsuruga City-
気比の松原夏楽しんで 4年ぶりすべて開設:日刊県民福井Web (chunichi.co.jp)

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