鋳物産業でひとをつなぎ地域と成長する

曽我 太郎

はじめに

富山県高岡市の鋳物製品を手がけ、地域で創意工夫している(株)能作(以下能作)がどのようにデザイン経営を通じて、地域の今後をどう展開するのか。鋳物鋳造という伝統工芸からブライダル事業などへの取り組みを、どのように将来へ繋いでいくのか。
2020年に筆者が仕事で滞在した石川県の七尾市には蝋燭専門の販売店などがあり東京と町の構成には大きな違いがあった。その近隣である高岡市の鋳物産業(伝統工芸品・高岡銅器等)のことや地域としての理解も進んだ。数年後、中小企業診断士セミナーにて能作を知った。興味を持ち同社の書籍やSNSを読み、社長と話す機会を得た。井波の木彫刻にも事前知識があったため卒業研究のテーマに能作を選んだ。

1.基本データ

・住所:〒939-1119 富山県高岡市オフィスパーク8-1
・製品:錫100%製テーブルウェア、インテリア用品、仏具、茶道具、花器、その他鋳物
全般の製造・販売(錫はエレクトロニクス産業で鉛と合金にしてはんだとして
使用される)
日本の錫市場規模・日本のスズの成長 (2023-2028) 年1.90%の成長率 (CAGR)
・錫婚式、工場施設内のカフェレストラン等のサービス事業
・溶解材料:錫・真鍮・青銅
・特  徴:多品種少量生産体制 (小ロットの対応可)
企画から製造までの一貫生産体制からセミオーダーや部分加工等の柔軟な対応
高精度且つ複雑な形状の鋳造加工
国内外のデザイナーとのコラボレーション

2.何について積極的に評価するのか?

能作は職人のモラルも高く、誇りをもって働いている。能作が多くの創意工夫によって営んできた工場見学が大変人気で、この他にも錫婚式や工場施設内カフェレストラン等の事業も成功している。
アネモメトリで紹介されている井波のBed and Craftとの宿泊プランも手掛けている。2017年に本社・新工場を竣工し、産業観光部という部門をつくり、来館されたお客様が工場見学や鋳物製作体験を楽しめる工房がある.
工場見学するお客様の安全性や動線、匠の技なども真剣に考えて懸命に案内係が説明する姿を見て、「かっこいい。」「ディズニーランドより楽しい。」という声が聞こえるようになった。「大きくなったら絶対に能作の社員になりたい。」との子供の主張に対してどういうアドバイスをしたらよいか千春社長に相談があった。こうなる過程で社員からの提案も色々あり 社員の提案に耳を傾けてひとつひとつ実現していったことがデザイン経営として意味があり評価できる。
30年前のことだが工場見学をしたいという依頼を受けて熱心に説明した。しかし、「よくみなさい。ちゃんと勉強しないとあのおじさんみたいになるわよ。」と母親が小学生の子供に話す声が聞こえ、大きな ショックを受けた。現会長が伝統産業を重んじ鋳物職人の地位を取り戻すと決心したのはこの時であった。
社員はお客様供たちに褒められながら仕事をするうちに、自分の仕事を楽しいと感じているようだ。

3.他の事例と比べて何が特筆されるのか

東京都のプロパンガス会社(以下LPG社)の富士瓦斯(株)と地域貢献度やデザイン面を含む会社の成長性などの戦略面を比べてみる。
(株)能作はどちらの点も優れていると評価されている。 富士瓦斯(株)は全国で使用されているガスボンベの伝統的な容器を、使い勝手の良い樹脂製に変更するチャレンジをしている。
鋼鉄製の10kg以上のガスボンベを、樹脂製に変えることができれば重量を半分以下にでき、子供や女性でも持ち運べる。車のトランクに積んで、キャンプに行く際の子供の手伝いも可能になる。デザイン面の使い易さを重視して新たな製品を考えるのは能作と同じである。例を挙げると、小中学校にLPGを導入する必要性をPTAや行政に訴えた。区の大災害時、避難所での煮炊きや冷暖房にはLPGが必要であるという話は短期間で地域や行政を説得できた。
また他の区のLPG社と日頃のつきあいを活かして非常時にはお互いの顧客にLPGを代理で配達するという合意もできた。
片や、伝統工芸品の高岡銅器は工程ごとに分業制であることから地域の同業者と鋳物に着色する技術等で協力しあう点は同じである。外部の企業に営業するのではなく、生活者の方から営業される側になるという考え方が非常にすぐれている。当社は利益追求型の企業ではなく、ありがとうと言ってもらえることを喜べる人を育てて事業を伸ばしている点も評価できる。富士瓦斯(株)には地域をとりまく同業他社の巻き込み方や製品のデザインに対する考え方に感銘を受けたが、(株)能作の場合も全く同じである。
特に錫の人体に悪影響がない特性を活かしての、医療器具や食器での使用が秀逸である。

4.歴史的背景

富山県の北西部に位置する高岡市は、人口約 17 万を擁する県第 2 の都市。慶長 14 年 (1609 年)、加賀藩 2 代藩主・前田利長が高岡城を築き、その城下町として開いたのが はじまりである。開町から 2 年後の慶長 16 年(1611 年)、利長は産業を振興させるべく、近郷から 7 人の鋳物師を招き、金屋町に鋳物工場を設けた。当初は、鍋・釜などの日用品や鋤・鍬などの農具をつくっていたが、時代のニーズに合わせて多様な製品をつくるようになり、いつしか高岡は鋳物のまちとして知られるようになる。 400 余年が経ったいまも、高岡は鋳物生産において国内トップシェアを誇り、仏具や茶道具といった小型のものから、銅像や梵鐘といった大型のものまで、幅広い製品をつくり続けている。近年では、先人たちが培った技術と現代の感性が融合した、デザイン性の高い工芸品を次々と発表し、国内外から大きな注目を集めるようになった。まさに高岡は伝統と革新が共存するものづくり都市といえ、そのような環境を能作は築いてきた。

5. 能作はどのように地域とのコミュニティ運営をしているのか。

能作は、工場見学や鋳物製作体験を通じてものづくりの魅力を広く発信し、伝統工芸の継承や地域の活性化につなげている。県内観光(富山県)のハブ的な役割も果たしている。 富山県南砺市井波は木彫刻の街として知られており、木彫刻の職人に弟子入りが可能である。さらにBed and craftに泊まると部屋の中に梁の上などに彫刻がおいてあって購入する時の参考にすることができる。庭造りをする指導を受けることも可能である。産業観光に取り組む企業が増えるように、能作はその轍(わだち)をつけている。工場見学や製作体験等産業観光の先人として他社にもアドバイスや相談にものっている。子供たちにも、地域のすばらしさ、伝統産業の素晴らしさを伝えている。そして高岡市の観光スポットは、瑞龍寺 (年間17万人)や高岡大仏(年間約10万人)が有名であるが能作の来場者数はほぼ同じ水準(年に約13万人)に達している。

6. 今後の展望

4代目社長から地域との交流を大事にしてきている。工場見学をしているのは遠方から多くの人にきてもらうためだけではない。地域とのつながりを強くするためである。 能作は新規分野を開拓して工場見学や鋳物製作体験、地元食材を盛り込んだメニューを錫器で楽しめるカフェ、さらに独自に編集した観光情報コーナーを備えている。 能作ではコロナ禍での取り組みとして保育園などで出前授業も行ってきた。工場見学をコロナで休止せざるをえなくなったが、上記はものづくりの世界に興味をもってもらうためである。会社としては高校や大学からも授業の依頼も受けている。さらにホテル業やブライダル関係の学科のある専門学校からも授業や講演の依頼を受けている。高校生や大学生がものづくりや地域について考えるきっかけを提供しているが、一方的に社会貢献をしているのではなく能作の未来を共に考えてもらう場にもなっている。 社長が一番大切にしているのは、「人と地域」である。ここで言う「人」には、取引先も、外注先もお客様も含まれていて、「人」に対して親切で、感謝の気持ちを持って製品を作るのが何より大切と考えている。国内の店舗に限らず、海外店(台湾店等)も出店しており、今後さらなる海外展開で能作の輪が世界に広がることを期待する。

7. まとめ

2024年1月には能作と近隣の商工会議所を訪問してヒアリングをする予定であったが、能登大地震が発生、地域への迷惑を考えて訪問を断念した。現地での取材をできないのでSNSで最終情報を得た。
SHOPの新店舗オープンやスタッフトレーニング、様々なイベントや工場内の様子などが紹介されている。
新商品も頻繁に紹介されており今後の情報発信を注視していきたい。

以上

  • 81191_011_32283457_1_1_写真 写真:能作リーフレットより筆者撮影
    能作コレド室町テラス店での実演販売にて当社パンフレットを入手 2023 / 12
  • 81191_011_32283457_1_2_工場N1 写真左:ⓒ能作
    職人が 真鍮製花卉を磨いている風景
    本社工場地図
        能作公式ホームページ www.nousaku.co.jp/company/ 視聴日時:2023/
  • 81191_011_32283457_1_3_海外展開 売上、見学者数、社員数の増加推移 / 海外店
    写真:『踊る町工場』(能作克治著)より筆者撮影
    参考文献: 「踊る町工場」能作克治著 ダイヤモンド社 2019/10
  • 81191_011_32283457_1_4_能作イベントJPG 写真左:能作公式コーポレートサイトより
    写真中央・右:能作公式インスタグラム(@nousaku_official)より

    錫婚式では親から子へのメッセージに、子が感動して泣いてしまった写真
        書籍『つなぐ』より
     
    能作ファクトリーまつり  インスタ掲載 2023/4/28

    能作の錫製品を使ったインスタレーション展示 
        銀座松屋店にて インスタ掲載 2023/4/28
  • 81191_011_32283457_1_5_工場内 写真:能作公式インスタグラム(@nousaku_official)より
    工場内風景: インスタ掲載 2023 5 / 1・ 9 / 9 ・11 / 22
  • 81191_011_32283457_1_6_能作インスタ 写真:能作公式インスタグラム(@nousaku_official)より
    能作が頻繁に更新しているインスタグラムの例
    ・干支の酒器、
     インスタ視聴日時 2023/12/31
    オクトパス
     インスタ掲載 2024/1/9
    地震のお見舞い
     インスタ掲載2024/1/11
  • ボンベ4 比較対象の富士瓦斯(株)が実証中の樹脂製ガスボンベ
        世田谷区の富士瓦斯(株)https://www.fujigas.com/  視聴日時:2023/12/20

    特許庁ホームページ 視聴日時:2023/12/20
  • 81191_011_32283457_1_8_コレド 写真左:能作公式インスタグラム(@nousaku_official)より
    日本橋のコレド室町での実演販売  インスタ掲載2023/11/30

      ★職人さんへのヒアリング 2023/12/10 コレド室町テラスにて
    Q:「ブレスレットの模様はたたいてつくるのですか?」
    A:「金槌の表と裏のどちらを使うかで模様が変わります。」
    Q:「メンテナンスはしなくてよいのですか?」
    A:「ブレスレットを長く使っていると歪んでくるので牛乳瓶などに巻き付けて抑えると元通りに
    なりますよ。」
    Q:「男性で使う人もいるんですか?」
    A:「最近はすごく多いですよ。」
    Q:「他のものはありますか?」
    A:「店内に色々ありますから見ていってください。」
    Q:「お住まいはどちらですか?」
    A:「高岡市です。」「能作から近いです。」
    Q:「能作での仕事現場はどちらですか?」
    A:「どちらかというと加工部門です。」
    Q:「今度工場見学に行くので近くを通るかもしれません。」
    Q: 「能作の本社工場にはバスでいけますか?」
    A:「新高岡からだったら15分でいけますが、1時間に1本くらいしかないですよ。」
    Q:「バス停からは近いですか?」
    A:「能作前という停留所の目の前ですよ。」

    Q:「売り場のとなりも能作さんですか?」
    A:「となりの売り場は日本百貨店でうちではありません。」
    Q:「ありがとうございました。」

    写真右:購入したブレスレットを娘が着用 撮影した日 2023/12/30

参考文献

能作千春著 『つなぐ』(株)幻冬舎 2023年4月
能作克治著 『踊る町工場』 ダイヤモンド社 2019年10月
能作小型パンフレット 2023/12

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