『千里ニュータウンにおける「みどりの拠点」の役割』

吉田 小百合

1.基本データ
「千里ニュータウン」(以下千里NT)は大阪府の北摂、吹田市と豊中市にまたがった1,160haの土地に1961~1969年にかけて建設された日本初のニュータウンである。北地区センター、中央地区センター、南地区センターの3地区センターを12の住区に分けた構成のまちに、苗圃で植栽試験され、地域に適した樹木として選定された「みどり」を(1)、面積の約42%が住宅地、21%が公園緑地となるよう(2)計画的に植樹してきた。千里NTにおいて「みどりの拠点」とされる2つの公園緑地である「万博記念公園」(3)と「千里中央公園」(4)の役割について考察する(資料1)。

2.歴史的背景
2-1上新田
戦後日本で住宅不足が問題となった1956年に大阪府で千里NT構想は始まった。当時の千里丘陵は大部分が山林、竹林、田畑、ため池で多くの土地が未開発であった。江戸時代から続く一部の農村集落(上新田)では、米やタケノコ、果樹などの農業が行われていた為、開発により土地の変化だけでなく、職業の変化も迫られ、反対意見が多く出た(5)。これにより大阪府は上新田を残し、周辺のみを開発して千里NTを完成させた。結果、江戸時代から続く上新田の歴史的文化や伝統的な家並み、竹林の景観が継承され、上新田は「千里のふるさと」として千里NTの魅力の一つとして守られたのである(6)。

2-2日本万国博覧会
1970年に日本万国博覧会(以下万博)の開催が決定すると、大阪の中心地・梅田と万博会場をつなぐ「千里中央駅」が開業し、千里NTの中核地区として駅周辺には集中的に施設が開業した。吹田市と豊中市の両市が行政地区を超えて連携協力し「千里丘陵を世界の千里に」という共通の思いでインフラ整備が進められ、先進的な技術や考えが集約された「実験都市」が創られたのである(7)。
万博では「人類の進歩と調和」をテーマに世界77か国、116の展示館が建設され、各国のパビリオンで最先端の技術や近未来が表現された。日本は日本政府出展施設として造園家・吉村元男(1937-)による「日本庭園」を造園し、26haの細長い土地に3つの池を造り、上代地区、中世地区、近世地区、現代地区の4つの時代を水の流れとともに表現し、日本の「わび」「さび」をめぐる空間とした。中世地区には日本庭園の造園前に千里丘陵に広がっていた大規模な「竹林の小径」を再現し、かつての千里の郷土風景を世界に紹介したのである(8)(資料2)。

3.評価すべき点
3-1万博記念公園のみどり
万博終了後、パビリオンが撤去された「跡地」100haの土地に100万本以上の樹木を植樹して創造された「人工の森」が「万博記念公園」である。「自然文化園」と「日本庭園」から構成されており、1971年から2001年までの30年間で「生物多様性のある生態系の森をつくる」ことを目標に植栽計画された。自然文化園内全域には池や沼が配置され、汲み上げられた地下水が森の中で人工の川となり、生態系を蘇らせ、水辺中心の森に、多様な動植物が生息できる「ビオトープ」の環境が実践された。そして自然と人が交流できる開かれた森となるよう、森を密生林・疎性林・散開林の3つの密度に分け、成長の確認、管理・研究を国が行ってきた。2001年には「水鳥の池(ビオトープ)」を囲む密生林で、タカの巣が発見され、2010年にはモリアオガエルが確認されるなど、生物多様性のある生態系が蘇ったことが確認されている。万博の森にデザインされた「ビオトープ」は人工的かつ新しい千里の郷土風景を自然に近い環境で蘇らせた点が優れている(9)(資料3)。

3-2千里中央公園のみどり
「千里中央公園」は1968年に大阪府が開園した総合公園で万博記念公園に隣接し、千里中央駅から徒歩15分ほどの立地にある。14.2haの土地は竹林に囲まれ、安場池には毎年秋にオシドリが飛来したり(10)、モリアオガエルが生息するなど、多様な生物が生息する自然のビオトープである(11)。1972年に豊中市に移管され、NPO法人とよなか市民環境会議アジェンダ21「竹炭プロジェクト」(以下竹炭PJ)によって竹林管理活動が行われている。適正な竹林間伐によって、自然環境の保全を目的としており、野外炊さん場では竹炭作りや竹林清掃、地域イベントで行う竹細工のワークショップ準備など、千里の里にもともとあった竹林や水辺を活用した公園がデザインされている点が優れている(12)(資料4)。

4.特筆すべき点
4-1万博記念公園と人との関わり
万博記念公園では、公園の各所で万博の記憶を次世代に継承する役割を担う「万博遺産」と呼ばれる作品や建物が点在しており(13)、パビリオンを再利用して開館した「大阪日本民芸館」(14)や、「EXPO’70パビリオン」(15)。解体予定だったが保存を求める声があがり、1975年に恒久保存が決定した「太陽の塔」(16)、1977年に開館し万博展示資料を保存する「国立民族学博物館」(17)や、1985年に開館し「ソラード(森の空中観察路)」を併設する「自然観察学習館」(18)など、新たに作られた施設とともに、次世代を担う子供たちが万博の森や自然、文化を知り、学べる場がデザインされている(資料5)。

4-2千里中央公園と人との関わり
千里中央公園では2012年から「千里ニュータウンまちびらき50年事業」の一貫として「千里キャンドルロードプロジェクト」(以下CRPJ)が行われている(19)。千里NTの人口約9万人にちなんで、9万個のキャンドルを灯す、年に1度のイベントで、吹田市と豊中市の公園で連携協力し、毎年交互に開催され(20)、2022年は千里南公園と千里北公園で同時開催された。幼稚園や保育園など約50団体の子供たちがお絵描きした紙コップのポットに、毎年1000名以上の地域ボランティアがキャンドルを並べており「自分たちの手でふるさとのお祭りをつくる」という体験の場である。10年という時間をかけて千里NT全域にデザインされたイベントは公園自体の価値も高めるとともに、地域に愛着をもつ公園利用者を増やしている。CRPJはイベントまでの過程を大切にし、年間を通して公園清掃や伐採木の利活用など、さまざまな団体との連携協力活動も活発で、竹炭PJも例年、竹を切りだした竹ポットやスタードームの制作など、郷土の文化や竹がつくる風景の美しさを伝えている(21)(資料6)。

5.今後の展望
万博記念公園では2000年の「万博の森」調査報告で「森」を作る目標は達成したが、高草木のみの単層林で、薄暗く質の悪い森であると報告された。そこで人工的に造られた森の再生を目的とし、自立した森再生センターを設置し、他の研究機関とともに調査・研究を行い「第2世代の森づくり」を開始させた。高く古い木を伐採し、森の中に光を取り入れて明るくすることで、低く新しい木の成長を促進させ、次世代の若い木を育てる緑化活動が継続中である(22)(資料7)。また伐採木は公園内で粉砕してチップ化し、熟成させて堆肥とし、樹木の根元に蒔くことで新しい森の一部とする活動や、間伐材を乾燥させて薪とし、園内のピザ店やバーベキュー施設で燃料として再利用するなど、持続可能な開発目標の達成に向けたみどりの循環活動もデザインされている(23)。
千里中央公園では2021年から豊中市と千里中央公園パートナーズが中心となり公民連携で千里中央公園活性化事業が開始し、既存の公園資産を活用しながら、公園の新しい使い方発見ワークショップ開催など、地域住民の意見を抽出する活動が行われている。2023年春にはコミュニティカフェやファームが設置予定で、活動拠点としてだけでなく、地域住民のグリーンツーリズムの場として利用者に寄り添った活動がデザインされている(24)。

6.まとめ
2つの「みどりの拠点」では「みどりの老朽化」と「ひとの高齢化」が共通課題だが、適切な管理によって、人工の森と既存の森の垣根がなくなり「みどりの循環」が定着し、みどりを軸としたひとの交流が生まれ、人工かつ自然な「ふるさとの森」として世代を超えて愛され、新しい文化とともに継承されていることがわかった。「みどりの拠点」は今後も未来的かつ実験的なまちづくりの中心地として、時代とともに変化するみどりに対する人々の期待によりそった活動の場として健康や楽しみ、癒しや安らぎを与える役割を担っているのである。

参考文献

(1)千里ニュータウン 北地区センター内 樫の木公園前「千里みどりのさんぽみち」看板より引用

(2)千里ニュータウン情報館「千里ニュータウンとは」
https://senri-nt.com/ourtown/ja/ (2022年12月26日閲覧)

(3)吹田市「第2次みどりの基本計画(改訂版)」2016年 pp27-28
https://www.city.suita.osaka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/710/ikkatu.pdf (2022年12月26日閲覧)

(4)豊中市「第2次豊中市みどりの基本計画」2018年 pp4-5
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/hakkoubutu/midori/midorinokihonkeikaku.files/kihonkeikaku_gaiyouban.pdf (2022年12月26日閲覧)

(5)片寄俊秀『実験都市:千里ニュータウンはいかに造られたか』 社会思想社 1981年pp56-62

(6)豊中市「ぶらり千里:魅力発見ガイドブック」2015年 pp25-26「上新田」
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/senrikorabo/ayumi/a0010400000202106.files/13kamisinden.pdf (2022年12月26日閲覧)

(7)豊中市「ぶらり千里:魅力発見ガイドブック」2015年 pp51-52「千里ニュータウン年表」
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/senrikorabo/ayumi/a0010400000202106.files/26nenpyou.pdf (2022年12月26日閲覧)

(8)万博記念公園 日本庭園内看板より引用(2022年4月2日来園)

(9) 吉村元男『大阪万博が日本の都市を変えた:工業文明の功罪と「輝く森」の誕生』
ミネルヴァ書房 2018年 pp195-208

(10) 豊中市「ぶらり千里:魅力発見ガイドブック」2015年 p46「おすすめコース5、自然あれこれ」
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/senrikorabo/ayumi/a0010400000202106.files/23sansaku.pdf (2022年12月26日閲覧)

(11)豊中市「第2次豊中市みどりの基本計画」2018年 pp44-45
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/hakkoubutu/midori/midorinokihonkeikaku.files/kihonkeikaku2.pdf (2022年12月26日閲覧)

(12) 豊中市HP「アジェンダ21:竹炭プロジェクト:活動紹介」
http://toyonaka-agenda21.jp/ (2022年12月26日閲覧)

(13)万博記念公園 万博遺産前看板より引用(2022年7月15日来園)

(14)大阪日本民芸館 来館者用パンフレットより引用 (2022年4月2日来館)

(15)万博記念公園HP 「EXPO’70 パビリオン」
https://www.expo70-park.jp/facility/watchlearn/other-07/ (2022年12月26日閲覧)

(16)太陽の塔来館者用パンフレットより引用(2022年9月11日来館)
『太陽の塔ガイド:ようこそ太陽の塔へ』大阪府日本万国博覧会記念公園事務所 2018年

(17)国立民族学博物館 『館内案内』2021年 より引用 (2021年11月21日来館)

(18)万博記念公園HP 「moricara 自然観察学習館リニューアルオープン!:学習館の歴史をひもといてみよう」
https://www.expo70-park.jp/sys/wp-content/uploads/newsletter_2020_03_02.pdf (2022年11月13日閲覧)

(19)豊中市HP 「千里ニュータウンまちびらき50年事業記録集」千里ニュータウンまちびらき50年事業実行委員会 2013年 pp34-36
https://senri-nt.com/cms/wp-content/uploads/2020/02/senri_50th.pdf?fbclid=IwAR1GgEHUSZ8sMcGIdCP8P2r2iWW9gvPhgeeY4HpBDtHljXReuqkr8_HZO08 (2022年11月13日閲覧)

(20)千里キャンドルロードHP「千里キャンドルロードとは?」
https://www.senricandleroad.com/ (2022年10月13日閲覧)

(21) 豊中市HP「アジェンダ21:竹炭プロジェクト:2022年11月の活動」
http://toyonaka-agenda21.jp/ (2022年12月26日閲覧)

(22)万博記念公園 自然文化園 案内ポスターより引用(2022年10月6日来園)

(23)万博記念公園HP 「SDGs 万博記念公園の取組み」
https://www.expo70-park.jp/sdgs/ (2022年12月26日閲覧)

(24)西日本電信電話株式会社 プレスリリース「千里中央公園再整備にかかる活性化事業、協力5社と収益施設概要が決定!」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000321.000032702.html (2022年12月26日閲覧)

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