和泉市軟質ガラスの光の行先

荒木 美奈子

1、はじめに
人類が初めて創り出した素材であるガラスの歴史は、世界最古の文明、メソポタミア文明にまで遡る。貴重なラピスラズリやトルコ石の代替品としての利用に歴史を紐解く事ができる。日本に於いても、古墳から出土した勾玉に、ガラスの起源が見られる。紀元前1世紀には、吹き技法によるガラス器の開発により、あらゆる素材を傷めずに収納保管し、運搬する事が可能となった。また、板ガラスによる建築物への応用によって、風雨を防ぎながら、建造物内部への採光が可能となった。そして、近年では、ブラウン管、繊維ガラス、光ファイバーなど、人類の進歩と共にガラスの発展があった。本稿では、大阪府和泉市の地場産業である軟質ガラスを取り上げ、未来への継承の必要性について評価して考察する。(註1)

2、基本データと歴史的背景
2−1基本データ
大阪府和泉市の地場産業である軟質ガラスを、1927年より現在も製造している「佐竹ガラス株式会社」(註2)(以下、佐竹ガラスと表記)は、軟質ガラス製造に於いてその存在を唯一のものとするところである。また、その社屋は、ガラスの素材を溶解し、材料を調合し、ガラスロッドに形成するという一連の工程を支える環境として、有形文化財に認定されている。[資料1、2](註3)
「溶解場」では、ガラスの素材が最高温度1400度の炉で溶かされる。かつては、炉の上部が開口して居た所、佐竹社長が窯製作会社と研究の上、現在の上部が閉まり、エネルギー効率の向上を叶えた現在の形状の窯が開発された。[資料3]
この工程を経て良い状態に融解したガラスを、「作業場」の約25メートルのコンクリートのレールの上に引き、冷やし固める。[資料4]
それを約60cmの長さに切り分け、配色された棒状のガラスロッドが出来上がる。[資料5]
佐竹ガラスの色の特色として第一に挙げられるのが、「金赤」と「透明」の美しさである。国の内外に目を向けた時に、様々な種類のガラスがあるが、特にこの2色を始め、「わび、さび」に通じる和の伝統的な風合いに於いて、独特な魅力を発揮している。

2−2歴史的背景
和泉軟質ガラスが、汎用品として飛躍的な発展したのは、大正期の人造真珠の核に採用されたことによる。その後、昭和40年代になるとプラスチック素材にその地位を譲り、ガラス産業の発展も下火になるかと思われた。
現在、私たちが目にする事が出来る半世紀を有に超える貴重な作品として、この地で培われ、継承されて来た技術に網目技法がある。ガラス棒に熱を掛けることで、水のようにさらさらの状態に溶けたガラスを、編むように形成して行く技術である。大阪府優秀技能者(なにわの名工)山野史郎氏は、奥村松次郎氏に師事した弟子の一人である。(註4)
今もその流れを汲む工房に「邦」がある。[資料6][資料7](註5)ここでは、和泉ランプという灯油バーナーを使って、網目技法を始めとする軟質ガラスの技術継承と、人材育成に取り組んでいる。ガラス製作初心者の為の体験も指導し、門戸を広く開けている。当工房では、コンクールへの出品や工房展を始めとして、大阪府立弥生文化博物館での『とんぼ玉100人展』への出展など、活発な活動が伺い知れる。(註6)また、工房出身者の個人活動に於いても、積極的な販売活動がある。

3、評価する点について
佐竹ガラスに於いては、佐竹保彦社長が、金属加工メーカーに十数年勤務して居た所、「この先に残すべき物」を考え、昭和55年、御自身32歳の時に家業を継ぐ事を決意した。
地場産業として、和泉市が技術を評価し、HPへの掲載などの、広報活動を行ったり、『大阪府立弥生博物館』で『とんぼ玉100人展』を継続的に開催して居る所は特筆すべきである。また、和泉市商工会議所による『和泉ブランド認定』では、平成29年に『ホタル玉』の技法を認定し、伝統的な技術を再認識して継承する事に貢献して居る。[資料8](註7)
その作り方は、離型剤を巻きつけた金属の棒に不透明な黒いガラスを玉状にしたところを、銀箔で巻き、その上に青を中心とした色ガラスを散りばめて、ホタルの様な落ち着いた光をとんぼ玉に閉じ込めた表現である。元々は、和泉市でとんぼ玉の製作をして居た職人の一人が編み出した50年以上前の技法が、地域に於いて知られるようになったものであった。その場に拠点を構える職人の中では、当たり前の様に知られた玉を彩る技術の一つで有った。その技法の工程と仕上がりの魅力を改めて整理して、後世に伝えるべき技法の一つとしてブランド化する事に成功したものである。

4、他の事例と比較した評価点について
軟質ガラスの評価すべき点に、融解温度の低さがある。通常、1000度を超えるガスバーナーでの作業では、いわゆる『とんぼ玉』や動物などの造作物を作ったときに電気炉を使用したり、徐冷の環境を用意して、ゆっくりと冷ます工程が必要となる。
『和泉ランプ』と呼ばれる灯油バーナーでは、約750度の火で、水のように軟質ガラスがさらさらと溶け、加工を行う事が出来る。(註8)網目技法の美しいガラスの肌質が出来上がる事にも大きく貢献して居る。また、徐冷に特別な装置を必要としないことは、作業を行う上で、非常に有利であり、独特な風合で作品作りに寄与している。

5、今後の展望について
現実問題、一般的に軟質ガラスの認知については、課題を残すところである。しかしながら、ガラス素材について佐竹ガラスでは、新色の開発、あるいは、半世紀前に作られていた優れた素材の復活に余念が無く、透明なガラスの中にマーブル状の模様を閉じ込めた表現が可能となる、ウランガラスが復活されて既に発売されて居る。この素材については、ウランの人体への影響を考慮して、ごく少量の使用で、個性的な魅力溢れる素材の開発が可能となった。
今後、新たな販路の開拓や、いまどきの作家の手による、伝統的ばかりでは無い、今のファッションに馴染むような作品展開によって、新しい世代にも認知される努力が待たれるところである。例えば、昨今の古墳ブームに寄せて、ガラスの勾玉を作り、天然素材や、ふさわしい風合いの新素材を使用して、組紐作家が編んだ紐を合わせて、共同制作のアクセサリーを展開するなどである。
また、ガラス加工をする場所に縛られる事無く、あらゆる縁を広げて、作品の販路を拡大して、人の視界に居場所を作り、世間に周知され、広く愛される為の努力は必要性不可欠である。

6、まとめ
本稿で取り上げた、和泉市の軟質ガラスについて調査するに当たり、「良いものを後世に伝えたい」という愛と尊い思いに溢れる言葉を複数の方から聞く事が出来た。世の中に、ガラスという素材が数多ある中、軟質ガラスの特性を理解し、先人の知恵やひたむきな営みの一つ一つに敬意を払い、「次世代に良い物事を伝えたい。」と言う意識の元で、様々な立場で関わる人々が、手を取り合い、結び付きを強くすることは、自ずと可能となるのではないだろうか。
このような人類愛に溢れた行いの先に、軟質ガラスの特性を活かした作品が新たに生み出され続け、装飾品や調度品として、新たな感動と共に人々の生活に密着し、時には喜びの象徴となり、厳しい日常への希望を与え、癒しの存在となり得ることを期待する。
日本では、もの作りは魂を込めること、と認識したり、人に物を差し上げる時に、気持ちや思いを込める事が日常的な行いであったと言う歴史的な精神的土壌がある。
「硬くなった、固体と言うより液体的なもの」(註9)と言われるガラスは、溶解した状態で、新たな形と役割を与えられ、常温で結晶化することなく安定した形を保つ。この特質こそが、関わる人々の意識を引きつけ続ける魅力に他ならないと考察した。
佐竹ガラス社屋は、歴史的な木造建造物である。この環境で安全に火力を扱い続けるには、その場を守る人達の細部に渡る配慮が日々欠かせない事が容易に想像出来る。佐竹ガラス社屋敷地の南西の角に位置する佐竹ガラス鎮守社は、人智を超えた目に見えない存在を敬い、力と守りを乞う姿を知らされる。日本の先人達が大切にして来た、もの作りに魂を込める祈りの姿が重なるところである。(註10)一人一人がするべき事は、真摯に取り組む。その上で、慢心する事無く、見えない力の守りにも謙虚な姿勢で向き合う、ひたむきな人の営みを敬意を持って評価する。
未来を担う人々にも、これからの光の行方を、人伝えの循環で持って、その技術と精神が受け継がれ、紡がれ続けて行く事が今後の課題である。

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  • 81191_011_32186089_1_5_%e3%82%ac%e3%83%a9%e3%82%b9%e3%83%ad%e3%83%83%e3%83%89 [史料5]色とりどりの美しいガラスロッド(2023年7月29日 筆者撮影)
  • image_50444545 [資料6]工房「邦」佐野邦巳子氏作品 網目馬(2023年9月11日 筆者撮影)
  • 81191_011_32186089_1_7_%e7%b6%b2%e7%9b%ae%e9%b6%b4 [資料7]工房「邦」佐野邦巳子氏作品 網目鶴(2023年7月27日 筆者撮影)
  • 81191_011_32186089_1_8_%e3%83%9b%e3%82%bf%e3%83%ab%e7%8e%89 [資料8]工房「邦」で指導を受けて製作したホタル玉(2023年7月29日 筆者撮影)

参考文献

註1 和泉市観光案内HP、https://satomachi-izumi.com/hitoshina(2023年7月28日閲覧)

註2 佐竹ガラスHP、https://www.satake-glass.com(2023年7月28日閲覧)

註3 文化遺産オンライン、https://bunka.nii.ac.jp/heritages/search?freetext=%25E4%25BD%2590%25E7%25AB%25B9%25E3%2582%25AC%25E3%2583%25A9%25E3%2582%25B9&sorttype=_(2023年7月28日閲覧)

註4 日本ランプワーク協会HP、https://www.lampwork.org/work/yamano.html(2023年7月30日閲覧)

註5 和泉市観光案内HP、https://satomachi-izumi.com/spots/ガラス工房邦(2023年7月28日閲覧)

註6 和泉市観光案内HP、https://satomachi-izumi.com/events/とんぼ玉100人展-炎から生まれる-小さないのち【2022-4-16(2023年7月28日閲覧)

註7 佐竹ガラスHP ホタル玉、https://www.satake-glass.com/hotaru-tombo-dama.htm(2023年7月28日閲覧)

註8 佐竹ガラスHP 灯油バーナー、https://www.satake-glass.com/ramp.html(2023年7月28日閲覧)

註9 『ガラスの歴史ー輝く物質のワンダーランドへの誘い』、田中廣、丸善出版、2022年(2頁 8行目)

註10 佐竹ガラス鎮守社、https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193159(2023年7月28日閲覧)

参考文献
 佐竹ガラス 佐竹保彦社長へのインタビュー 2023年7月11日 対面
 佐竹ガラス 佐竹保彦社長へのインタビュー 2023年7月27日 対面

 工房 邦 佐野邦巳子氏へのインタビュー 技術指導 2023年4月5日 対面
 工房 邦 佐野邦巳子氏へのインタビュー 技術指導 2023年5月11日 対面
 工房 邦 佐野邦巳子氏へのインタビュー 技術指導 2023年6月29日 対面
 工房 邦 佐野邦巳子氏へのインタビュー 2023年7月4日 対面
 工房 邦 佐野邦巳子氏へのインタビュー 技術指導 2023年7月27日 対面

 中崎町博覧会 石田信子氏へのインタビュー 2023年6月21日 対面

 『ガラスの文明史』、黒川高明、春風社、2009年
 里文出版編『きらめくビーズーとんぼ玉代表作家作品集ー改訂新版』、里文出版、2004年
 日本人造真珠硝子細貨工業組合HP、https://jpga-izumi.com(2023年7月28日閲覧)
 中崎町博覧会HP、https://nakazakicho.net(2023年7月29日閲覧)

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