堺市中区陶器北地区における陶芸とまちづくりの可能性

中嶌 翔太

1.基本データと歴史的背景
1-1.陶邑窯跡群
日本の焼きものの生産地と言えば、有田、備前、丹波、美濃などを思い浮かべる人が多いと思う。しかし、これらの焼きもののルーツとなる須恵器が、堺市の泉北ニュータウンを中心に西は和泉市・岸和田市、東は大阪狭山市の東西15キロメートル、南北9キロメートルにおよぶ泉北丘陵一帯で大規模に焼かれ、各地に運び出されていたことは意外と知られていない。
わが国で須恵器生産が始まったのは、今から約1600年前の古墳時代にさかのぼる。新しい焼きものの技術は、朝鮮半島からの渡来人によって伝えられ、泉北の地にも根をおろし、平安時代までの約500年間で600基とも1000基とも言われる数の窯が築かれたのである。これらの窯跡群は、『日本書紀』に書かれた古い地名の「茅渟県陶邑」にあたるとされ、陶邑窯跡群と名付けられた。
昭和30年代泉北丘陵一帯でニュータウンの建設工事が計画された。その開発工事の前に窯跡の分布が調べられ、多くの窯跡が発掘された。ここに千数百年の時を経て日本最大の須恵器生産地が姿を現したのである。

1-2.家族で営む「仙掌窯」
私の実家は堺市の陶器北地区にあり、「仙掌窯」という小さな陶芸教室を、約30年前から営んでいる。営んでいるといっても経営しているわけではなく、知人を呼んで皆で和気あいあいと陶芸を楽しみ、知人が知人を口コミで呼び、少し広がりを見せているようなものである。
私は地方自治体の職員として勤務しており、2015年度に東日本大震災の災害支援派遣というかたちで、一年間、宮城県石巻市役所にて勤務することとなった。そこで出会った宮城県松島にある東北の酒蔵の日本酒を集めたセレクトショップ「むとう屋」に、自ら制作した酒器を置いていただくこととなった。
そこから始まったのが「お猪口100個プロジェクト」である。宮城から大阪に帰った私は、お猪口を100個作成し、むとう屋に送ることとなった。それをきっかけにその後6年間で約400個の作品を送り続け、今ではその作品達が東北の人たちや観光客のお酒の楽しみのお供となっている。

2.事例についての評価
堺市には世界遺産である「百舌鳥古墳群」が存在し、須恵器は古墳の副葬品にも用いられるようになり大量に必要となった。古代の土器生産コンビナート・流通基地であった「陶邑」から川の流れを利用して、大阪湾の海岸にある古墳群に須恵器が運ばれていた。
「お猪口100個プロジェクト」は、「陶器を制作し、必要とされているところに送る」という行為が、先人たちが行っていた行為と自然と重ね合わされ、シビックプライドを示す活動であることを評価したい。
また時間のサイクルの観点から述べると、約1600年前の古墳時代に朝鮮半島から伝わった当時の最新テクノロジーである陶器が、一度は磁器やガラス等にその役目を取って代わられ、しかしその土の温かみに人々が魅了され、現代に蘇ってきた。約1600年の時を経て、「テクノロジー」から「より良い生活」へと意味を変え、人々の側に戻ってきたのである。また、作陶や陶器は各地で広がりを見せ、ヨーロッパなどの海外にも広がっている。これは、陶器が古墳時代に朝鮮半島から日本に伝わったことと類似しており、大きな時間のサイクルの中で繰り返し行われている、と言えるのではないだろうか。

3.他事例との比較
類似事例としては、芸術家の松井利夫氏の取り組みが挙げられる。
東日本大震災後の松井氏の取り組みは、震災に関連づけた作品を制作したり、チャリティ活動を行ったりするようなものではなく、陶芸を中心にものをつくることと社会活動を結びつけていった。
最初に手がけたのは、松井氏が発起人となり始まった「一汁一菜の器プロジェクト」である。いのちをつなぐ食を「器」から支えようと、京都や滋賀の作家も参加して制作を行い、被災地に器を贈るというものだ。この取り組みは、被災地の生活をより良くするために、必要なものを必要としている地域に贈るというGIFT活動である。
松井氏と私の取り組みを比較すると、「災害復興」「アーツ・アンド・クラフツ」「GIFT」というキーワードが見えてくる。災害によって生活環境への意識や手仕事の良さに気づかされた私たちは、災害支援を行いながらアートやクラフトの力を改めて思い知らされ、それを被災地だけでなく、文化の根付いた日本人の日常に展開することで、より良い生活環境を人とのつながりを大きくしながら、日本全体で再構築していく時代に差し掛かっているのではないだろうかと私は考える。

4.今後の展望、まとめ
4-1.シビックプライド醸成としてのまちづくりの可能性
シビックプライドとは、市民が都市に対してもつ自負と愛着のことである。シビックプライド醸成のために、都市のコミュニケーションが実現しようとするのは、都市の言葉を市民ひとりひとりの気持ちに届けることであり、市民ひとりひとりのアイデアや希望が都市に映し出されていくことである。コミュニケーションのポイントとしては、キャンペーン、アイデンティティ、ワークショップ、グッズ等の可能性が考えられる。
地域の人たちを陶芸教室に招待し、作陶をワークショップとして体験してもらうとともに、陶器という地域の歴史について知ってもらう。その器を使うことで手仕事の温かみが感じられるような民藝的な意味合いも含んだ『一人一器キャンペーン』を実施する。地域にはまだ知られていない魅力が意外とあり、これを掘り起こせることもこのキャンペーンの価値の一つである。まちを自分ごと化し、魅力的なイメージを持つと、人々のシビックプライドが育まれる。陶芸を通じて「誰かがつくるまち」から「自分たちがつくるまち」へと意識が変化し、行動も変化する。陶芸というツールを使いこなし、まちへの誇りを高め、まちの担い手を増やしていきたい。

4-2.マーケットとしてのまちづくりの可能性
日本語ではマーケットは「市」と呼ばれるが、市とは「まち、市街」という意味もあり、マーケットとまちに同じ漢字が使われている。市という言葉を通じて、日本ではマーケットがまちと同義であること、人が集まる場所であることと、捉えられていた。
マーケットの形態には、小さな要素の集合体であることという大きな特徴がある。個々の店舗は地域のニーズを反映しているため、集まるとその地域の日常の営みがビジュアル化される。観光地としてマーケットが人気なのもこのためである。マーケットはボトムアップで構成され、柔軟性を持ちつつ、個性が反映できる。それが魅力であり強みでもある。
もう一つのマーケットの形態的な特徴は、特定の日時に現れる仮設空間であること。毎週開催するマーケットでは近隣の住民が毎週顔を合わせ、挨拶、情報交換、安否確認を行うコミュニティの場となっている。これは仮設であり、開催日時が決まっているからこそ成立している。仮設空間であるマーケットを舞台にまちの中に好きな店ができ、人々が交流し、出来事が起こり、コミュニティが生まれていく。
私は実家の庭において、陶器販売のための自家製屋台を作成し、マーケットを開催、まちとの交点をつくる計画を立てている。地域の魅力が集まる場所には人が集まる。人が集うと対話が始まり、交流が生まれる。交流や体験をすると、人の意識は大きく変わる。その場所での出来事が自分のこととして捉えられるようになる。継続的に開催することで、自分ごと化が定着して、自分の居場所として捉えられるようになる。また、地域の魅力がビジュアル化され、そこにたくさんの人が集まることで、地域の魅力や陶器の存在が多くの人に認知される。魅力が認知されると、陶器があるまちという特徴づけがされ、まちのイメージが生まれる。

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    閲覧日:2023.1.15
    https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/isekishokai/suemurakamaato.html
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    閲覧日:2023.1.15
    https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/isekishokai/suemurakamaato.html
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    閲覧日:2023.1.15
    https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/isekishokai/suemurakamaato.html
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参考文献

堺市HP
読売広告社都市生活研究局著『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする』、宣伝会議、2008/11/28
鈴木美央著『マーケットでまちを変える: 人が集まる公共空間のつくり方』、学芸出版社、2018/6/1

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