人が集まる場所 ー京都、「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」の魅力ー

伊藤 由美子

1.はじめに

心地いい空間に人が集まる。私が「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」を初めて訪れたのは1年ほど前。95年も前から建つ住宅が今もなお丁寧に保存されていることに感銘を受け、再び訪れたいと願った。その洋館は私の暮らす京都市左京区北白川にある桜並木の疎水沿いに面し、敷地は30m四方、比叡山が一望できる庭、当時アメリカで流行っていた、スパニッシュ様式が特徴の洋館である。今も変わらず美しく、温かく、人で賑わっている。「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」に人が集まる魅力を探ってみる。

2.基本データ

所在地 :京都府京都市 左京区北白川伊織町64
公開  :毎週金曜日、土曜日 10時〜16時
休館  :7月第3週〜8月末/12月第3週〜2月末
入館料 :大人500円/中学生・高校生200円/小学生以下は無料
所有管理:公益財団法人日本ナショナルトラスト(JNT)
その他 :京都市指定有形文化財指定

3.駒井家住宅の歴史的背景

「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」は「日本のダーウィン」と称され遺伝学等に大きな功績を残した駒井卓博士(1886〜1972)(京都大学名誉教授)の私邸として、1927年、ヴォーリズ建築事務所の設計により建てられた。駒井卓・静江夫妻(1890〜1973)がヴォーリズ建築事務所に新居の設計を依頼したのは、静江夫人とヴォーリズ夫人の交流があったからと考えられている。卓博士の名刻留学からの帰国後間もない1927(昭和2)年に建設され、1972(昭和47)年に卓、翌1973(昭和48)年に静江夫人が他界するまでの間、夫妻はこの北白川の家で暮らした。その後、約四半世紀にわたり企業の保養所・研修所として利用されたのち、2002年「大切に住み継いできたこの建物と景観、ならびに駒井卓・静江の実績を未来に伝え残したい」と駒井家の家族が土地および建物を公益財団法人日本ナショナルトラスト(JNT)に寄贈された。(注1)(注2)

3.「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」の魅力分析

3-1)ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)の代表的な住宅
ヴォーリズの円熟期にさしかかった時代の代表的な住宅建築として評価も高く、建築当初の状態が保存されていることが魅力のひとつだ。
ヴォーリズは明治38年(1905年)に英語教師として来日に、滋賀県近江八幡を拠点にキリスト教精神にもとづくさまざまな事業を行った。近年、彼の建築が改めて注目され(注3)駒井家住宅もそんなヴォーリズファンが多く集まる場所だ。

3-2)文化財としての価値
駒井家住宅は「京都市指定有形文化財」として平成10年に登録を受けている。京都市指定の有形文化財数は建造物としては27。
そのうちのひとつである建物はもちろん、室内の家具、書籍など当時の様子まま残っていることは駒井夫妻の生活そのものが伝わってくる貴重な空間だ。

3-3)全国から見学、イベント参加
現在は毎週金曜日、土曜日に限定公開されており、多数の見学者が訪れている。イベントも春と秋の時期に開催され、私が最近参加したもので「駒井卓没後50周年企画展 藤田惠子と田中花音展 ボタニカルアートとサイエンスアートの融合」が開催されており、その他にも演奏会や研究発表会など様々なイベントで賑わっている。

3-4)ボランティアとしてより身近な存在に
「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」はボランティアが中心となり運営している。アットホームな雰囲気の中、週1回、月1回など、個人のペースでボランティア活動ができ、講座といった学びの場や、柿・ブドウ狩りなどの楽しみもある。公開時の受け付けやガイド、利用対応、お庭の手入れなどに参加。(注2)
ヴォーリズ建築ファンや洋館好きな方々を中心に老若男女が40名ほどが登録し、常時20名くらいで活動を行なっている。

4.「岩倉具礼幽棲旧宅」との比較

4-1 「岩倉具礼幽棲旧宅」の特徴
「岩倉具礼幽棲旧宅」は国指定史跡として京都市左京区岩倉に京都市が保存している。岩倉具視(1825〜1883)は、明治維新における王政復古に力を注いだ幕末、明治期の代表的な政治家で文久2年(1862)から慶応3年(1867)までの間、洛北の岩倉村に幽棲していた。(注4)
平成20年(2008)から4箇年をかけて京都市が国庫補助を得て、本格的な修理を行い、平成25年にこの史跡を長年にわたって守り続けてきた(財)岩倉公旧蹟保存会から京都市が寄付を受け、保存。本旧宅の修繕には公益財団法人日新電機グループ社会貢献基金様にご支援を受けている。京都府の指定管理者制度により、京都の造園会社である植彌加藤造園株式会社が管理運営を担当している。(注4)
「岩倉具礼幽棲旧宅」は岩倉具礼が明治期の代表的な政治家であったことで、企画展や連載講座なども開催されており、歴史ファンにとってかなり魅力的な存在であることは確かだ。また地域の小学生も学習の題材として訪れ、地域振興をテーマに、地域に所在する各施設などを紹介するとして「岩倉具礼幽棲旧宅」のパンフレットとポスターを作っている。
利用は水曜日を休館日としているが他は午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)でコロナの影響か完全予約制となっている。スタッフによるガイド(無料、所要時間約10分)やボランティア・ガイドによる無料案内もある。ここでもボランティアさんの活躍が見られる。学芸員から研修を受けたボランティア・ガイドによるわかりやすい解説で施設や岩倉具視のことの説明が受けられる。

4-2 「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」と 「岩倉具礼幽棲旧宅」の比較
施設管理者が財団法人であるか、行政(指定監理者)であるかの違いが見られるが、どちらも文化財であること、ボランティアにより施設案内が受けられること、は同じである。それぞれ建物を見学でき、ガイドによる案内を受けられ、イベントにも参加できる。どちらも家族や保存会が守り伝え残してきた結果、現在も丁寧に保存されている。施設管理者が違うことで、「駒井家住宅」が日常的な管理までボランティアでまかなっている点は最も特質したところである。有志で集まり、建物の清掃や庭の手入れなどを行なっているなど、とても興味深い。

4.今後の展望について
「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」は写真撮影や映像撮影のロケ地として、イベント会場として、さまざまな用途で利用できる。ウエディング、成人式の撮影場所として趣のある洋館を利用されることも多いという。さらに「駒井家住宅」が地域の人々にとって身近な存在となる様、地域のイベントなどで使われたり、庭のお手入れや清掃、ちょっとした補修などを地域の高齢者や子どもたちも参加できる機会などあれば人の集まる場所として更に魅力のある空間になるのでないか。
現在見学の他に写真撮影、映像撮影、貸切利用、下見などの料金が意地修復協力金として設定されている。どれも数万単位なので日常的に利用しやすい金額ではない。例えば自治会や行政に補助を依頼し、地域の学区民や京都市民は半額で利用できるなど、親しみやすい環境をつくればどうか。地域の子どもたちに昭和時代の良き建物を幼い頃から五感で感じ、物を大切にする仕組みを学べる機会を増やせると良い。

5.まとめ
どんどん、新しい建物が建つ時代に100年近く残っている住宅。これからも大切に残したいと思う人が集まっている現状。そんな建物から温もりを感じられ、その場所にいるだけで幸せな気持ちになれる場所。建物としては一番幸せなかたちだ。その住宅を建てた駒井夫妻も設計したヴォーリズも、おおいに喜んでいるはずだ。私もボランティアに参加したところだが、これからも「駒井家住宅 駒井卓・静江記念館」の温もりを後世に伝える一員として楽しみたい。

  • 81191_011_32083265_1_1_%e8%b3%87%e6%96%991 〔資料1〕南西より眺める駒井家住宅(筆者撮影、2021年4月23日)
  • 81191_011_32083265_1_2_%e8%b3%87%e6%96%992_%e5%9c%b0%e5%9b%b3 〔資料2〕京都市内地図 Yahoo地図(https://map.yahoo.co.jp/search?q=京都府&fr=top_ga1_sa&lat=35.02091&lon=135.75435&zoom=17&maptype=twoTones)を筆者にてスクリーンショットにて引用・加工(赤字は筆者による加工)
  • 81191_011_32083265_1_3_%e8%b3%87%e6%96%993 〔資料3〕駒井家住宅(筆者撮影、2021年4月23日)
  • 81191_011_32083265_1_4_%e8%b3%87%e6%96%994 〔資料4〕 写真提供:(公財)日本ナショナルトラスト
  • %e8%b3%87%e6%96%995_%e5%9c%b0%e5%9b%b3 〔資料5〕現在の駒井家住宅とその周辺航空写真 Yahoo地図(https://map.yahoo.co.jp/search?q=京都府&fr=top_ga1_sa&lat=35.03664&lon=135.78380&zoom=15&maptype=satellite)を筆者にてスクリーンショットにて引用・加工(赤字は筆者による加工)

参考文献

〔資料1〕南西より眺める駒井家住宅 駒井卓・静江記念館(筆者撮影、2021年4月23日)
〔資料2〕京都市内地図
〔資料3〕駒井家住宅 駒井卓・静江記念館(筆者撮影、2021年4月23日)
〔資料4〕建ったばかりの頃の駒井家 写真提供:(公財)日本ナショナルトラスト
〔資料5〕現在の駒井家住宅とその周辺航空写真

■注釈一覧
(注1)公益財団法人日本ナショナルトラスト発行『駒井家住宅 駒井卓・静江記念館』
(注2)公益財団法人日本ナショナルトラストHP 駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)より
(注3)山形政昭『ヴォーリズ建築の100年 恵みの居場所をつくる』、株式会社創元社、2008年
(注4)岩倉具礼幽棲旧宅HP 施設案内より


■参考文献
公益財団法人日本ナショナルトラスト発行『駒井家住宅 駒井卓・静江記念館』
山形政昭『ヴォーリズ建築の100年 恵みの居場所をつくる』、株式会社創元社、2008年


■参考URL
公益財団法人日本ナショナルトラスト 駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)2023年1月14日最終アクセス
京都市情報間HP 文化財の保護 より 2023年1月14日最終アクセス
駒井家住宅 駒井卓・静江記念館 FaceBook 2023年1月14日最終アクセス


■調査協力
駒井家住宅 駒井卓・静江記念館 マネージャー 國谷なつみ氏、髙木良枝氏

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