『方巌売茶翁が作庭した八橋かきつばた園』

林 宏美

『方巌売茶翁が作庭した八橋かきつばた園』

1.基本データ
1-1.所在地
「八橋かきつばた園(以下「本庭園」)」は、愛知県知立(ちりゅう)市八橋町の無量寿寺の境内にある。
八橋は、『伊勢物語』で在原業平(825-880)が東下りの途中にかきつばたの句を詠んだ場所として有名である。毎年5月開催の「かきつばた祭り」に訪れると、来園者は見頃のかきつばたに囲まれ、まるで『伊勢物語』の世界に入り込んだような気分を味わえる。
(※1)

1-2.規模
庭園面積約13000㎡。うち約5000㎡は池が占め、毎年約30000本のかきつばたが咲く。
(※2)

1-3.構造
本庭園は寺の境内にあり(図1)、心字池を中心とした回遊式庭園となっている。地面には①庫裡前の庭②心字池の中の島の高さ③井戸の高さ④東南の池の南北の小道の4段階の落差がついている。段は、境が刈込の生垣で区切られ、人影を見ずにかきつばたを鑑賞できる。
造園当初は借景として遠景に岡崎市の村積山が、近景には逢妻川が見えた。
園内には、茶室「燕子庵」が建つ他、煎茶を楽しむ玉川卓が設けられており、煎茶庭園でもある。
その他、文化財指定のものを含む墓や碑などが配置され、間近で見ることが可能である。
(※3.4)

2.歴史的背景
本庭園を造園した人物は、方巌売茶翁(1759-1828 ※以下「方巌」)という人物である。京都・妙心寺で修行する中、高遊外売茶翁(1675-1763 ※以下「高遊外」)の生き方に深く感銘を受けた。やがて、方巌は高遊外の門人の大典禅師から煎茶を学び、後に江戸で修行をしながら、茶笈を背負って参拝客に煎茶を施しに来る人物として有名となった。
平安時代に『伊勢物語』で詠まれた八橋であるが、康平2(1059)年の『更級日記』には、「八はしハ名のミにして橋のかたもなく何の見所もなし」、仁治3(1242)年の『東関紀行』には、「そのあたりを見れども、かの草とおぼしき物はなくて、稲のみぞ多く見ゆる。」という記録がある。こうした紀行文からもわかるように、八橋のかきつばたは枯れ、橋は無くなり、物語の風景を求めてを訪れる旅人達は、その風景を残念に思っていた。
文化2(1805)年、方巌は東海道を江戸から西へ向かい、三河国八橋へ到着した。彼も同じく、八橋の寂れた風景に心を痛めた。そして、村人から荒廃した在原寺及び無量寿寺の再興を頼まれ、庭も造園した。「永く在原寺に茶笈を停めて 再び杜若池に八橋を架けようと思う 千歳の竜松は独り緑を添えて 茶店の旗は幾千秋の風に翻っている」との気持ちも綴っている。
その後の庭園については、おそらく無量寿寺と村人の協力によって管理された。明治44~45年には池を仕立て、ほぼ現在の姿になったという。大正2(1913)年に無量寿寺本堂が火災に見舞われた後には、一部を手直ししている。
戦争や天災の発生時には、本庭園も荒れた。それを見兼ねた近隣住民の方々が、昭和29(1954)年に「八橋旧跡保存会」を立ち上げ、園内の史跡や花を管理することとなった。
昭和45(1970)年には、園全体を見られる現位置に燕子庵が(※平成28年に耐震補強のため建替えられた。)、さらに北側には新庭園が増設された。昭和60(1985)年には、八橋史跡保存館が建立され、文化財が展示された。
平成21年には、来園者の寄付金により、新庭園に業平像や歌碑が建てられた。
(※3.4.5.6)

3.本庭園の何を積極的に評価しようとしているか
3-1.2つの評価点
㋐室町から江戸時代中期の庭の様相を多く残している。上記で示したように、本庭園の様式は、回遊式や煎茶の庭の様子を今に残す。ほぼ造園当初より変化していない。
㋑現在の場所に本庭園が存在するようになったのは江戸時代後期であり、庭園自体は、実際の伝説の場所とは少し離れている(図2)。しかし、美しく整備された庭を造ったことで、毎年多くの人が気軽にかきつばたを見に訪れるようになった。庭造りが、街づくりの一端を担った。
(※3)

3-2.デザインの評価基準
デザインの概念は広いため、庭園をデザインとして評価する基準は、「WS芸術教養講義4」のテキスト(※7)を参照した。
デザインは、「与件を整理して〈もののかたち〉へと落とし込む」これまでのデザインと、「すでにあるものごとを新たに整理しなおして〈ものごとのかたち〉をつくる」これからのデザインがあり、今後は後者にシフトしようとしている、とする記述がある。
本庭園は、今より200年程も前に造られた庭園であるが、この概念のように、㋐は、〈もののかたち〉をつくり、㋑は、江戸時代からいち早く〈ものごとのかたち〉をつくる先進的なデザインがされている、と感じた。

4.デザインとして優れた点及び国内外の他の同様の事例と比較し特筆される点
4-1.㋐について
回遊式庭園は、位の高い人々の社交場や趣味の場、憩いの場であり、江戸時代中期以後、特に江戸では大庭園都市を形成するまでとなった。しかし、明治維新が起こると、次第に衰退したところも多い。本庭園は、池や露地、茶室等が配置され、園を巡りながら景観の変化を楽しめる形をよく残している。
また、(※10)の中で、「花月庵玉川庭園」等の煎茶の庭に共通することとして、「流れが主体」「眺望を得る立地」「煎茶を庭で楽しむための玉川卓」の特徴があるが、本庭園も池の水の流れや、借景による眺望、大きな古松の取り入れ、刈込の工夫の形式、玉川卓があり、室町時代の煎茶の庭の形をよく残したものとされ、高く評価できる。
方巌は、様々な庭園形式をとりいれ、本庭園という〈もののかたち〉をデザインしている。
(※8.9)

4-2.㋑について
方巌の寺及び庭の再興は、資料も無いので推測となってしまうが、支出や労力も必要であり、相当な覚悟を持って行ったことであろう。庭園が造られた後には様々な紀行文に記録が残っている他、名所図会も残っている。『三河国八橋山無量寺紫燕山在原寺八景之図』(江戸時代後期)には、「八橋八景」の様子が描かれ、名所として紹介されており、東海道の道すがらに旅人が多く訪れたことだろう。また、方巌は煎茶を極めた人物であり、煎茶を村人に教え、茶葉を栽培させ、普及をも図ったということである。
この事例と類似していると感じたのは、愛知県蒲郡市の総合レジャー施設「ラグナシア」である。以前は、「ラグーナ蒲郡」の名称で、来園者も開園当初より減少し、多額の負債を抱えて経営危機となっていたところを、H・I・Sが建て直しを行った。1年中夜まで楽しめ、イルミネーションやプロジェクションマッピングが見所となる等、1年で黒字化したという。会長は、地元や観光が活性化し、雇用のお手伝いができるなら頑張ってチャレンジする、と語っている。すでにあるものに新しいものを仕掛け、地元を元気にしようとしている。
庭園は、近年まで多くの人の手によって守られ、60年以上も毎年かきつばた祭りが開かれている。祭り期間中には、茶会、俳句会、ハイキング等々、祭りを盛り上げる行事もいくつか開かれる。『伊勢物語』というすでにあるものごとを、庭園造りをきっかけにしてて整理しなおし、八橋地域のしくみとともに〈ものごとのかたち〉をつくるデザインがされている。
(※2.6.11)

5.今後の展望
今後に関して、知立市役所市民部経済課商工観光係の安藤さんによれば、保存館に「杜若図屏風硯箱」や「長線」(楽器)を展示したり、「歴史案内散策マップ」を作り、かきつばた園を盛り上げようと構想中である。また、旧跡保存会の方によれば、猛暑時に池全体のかきつばたが枯れたことがあり、補植をして現在少しずつ改善に向かっているとのことだが、より良い状態にするため、平成29年から5年をかけて園全体を改修する予定をしている。
庭園の管理については、ボランティアで年間60日程、町内会役員OBでまかなわれており、現在まで引き継がれている。今後の保存会も、引き続き継続していってほしいものである。
(※3)

6.終わりに
今回の庭園の調査で、祭りの季節ではなかったこと、煎茶や庭園について知らないことが多かったこともあり、調査は大変だったが、市や保存会の方々のご協力により、どうにかまとめられたことを感謝したい。今年のかきつばた祭りも、美しく咲くかきつばたの姿が楽しみであるとともに、庭で開かれる煎茶の茶会にも訪れ、方巌売茶翁の見た風景を改めて感じ、今に残る八橋の存在のありがたみを再確認したい。

  • jpg-12 図1:八橋かきつばた園 概略図 (※12.14)
  • img_6991 図2:八橋の伝説があった場所 (※6)
  • jpg-13 園入口
  • jpg-14 心字池説明書き
  • jpg-15 冬のかきつばた池
  • jpg-16 方巌売茶翁の墓
  • jpg-17 玉川卓、辻灯籠
  • jpg-18 燕子庵

参考文献

※1 知立市歴史民俗資料館/編集・発行 『平成20年度特別展 八橋無量寿寺~伊勢物語と方巌売茶翁~』(2008年)
※2 「Chiryuppi便り 知立市観光協会公式サイト」 http://www.chiryu-kanko.com/detail.html?id=1
※3 知立市役所市民部経済課商工観光係及び八橋旧跡保存会作成の資料より抜粋
※4 「知立(池鯉鮒)市の観光案内」 http://www.katch.ne.jp/~kakitu64/index.html
※5 知立市歴史民俗資料館・知立市八橋史跡保存館/編集 『八橋売茶展 展示図録』 知立市教育委員会/発行 (1997年)
※6 知立市歴史民俗資料館/編集・発行 『企画展 描かれた八橋』 (2015年)
※7 紫牟田伸子/著、早川克美/編 『私たちのデザイン4 編集学-つなげる思考・発見の技法』 京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎/発行 (2014年)
※8 尼崎博正/監修 『すぐわかる 日本庭園の見かた』 東京美術/発行 (2009年)
※9 小野健吉/著 『日本庭園-空間の美の歴史』 岩波書店/発行 (2009年)
※10 猪瀬弘義/著 『植治の庭における煎茶的発想(平成15年度日本造園学会全国大会 研究発表論文集(21))』 http://ci.nii.ac.jp/els/110004307995.pdf?id=ART0006478177&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1485873101&cp=
※11 「働く人のキャリア形成のために キャリコネニュース」〈「負け組」遊園地の再生に乗り出す 旅行会社エイチ・アイ・エスの戦略〉 https://news.careerconnection.jp/?p=6861
※12 隅田三郎/編集・著書 『知立の宗教』 知立市中央公民館/発行 (1991年)
※13 小川後楽/著  『美と創作シリーズ 煎茶を学ぶ 新しい茶味の発見 煎茶席と手前の基本』  角川書店/発行 (1998年)
※14 Googleマップ〈八橋かきつばた園〉 https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%85%AB%E6%A9%8B%E3%81%8B%E3%81%8D%E3%81%A4%E3%81%B0%E3%81%9F%E5%9C%92/@35.0073866,137.0759814,28m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x60049eb85700989f:0x6395bc144273cbdd!8m2!3d35.0076654!4d137.0760021