愛知県岡崎市の伝統食「八丁味噌」~蔵元まるや八丁味噌の取り組み~

山根 将午

愛知県岡崎市の伝統食「八丁味噌」~蔵元まるや八丁味噌の取り組み~

Ⅰ.はじめに
伝統食とは日本の風土に根ざしながら今日まで継続してきたものである。[註1]愛知県は味噌の生産量が全国で2位であり[註2]、八丁味噌を伝統食としている。八丁味噌とは愛知県岡崎市の「まるや」と「カクキュー」で製造された味噌である。味噌は大きく分けて米味噌、麦味噌、豆味噌、調合味噌の4種類があり八丁味噌は豆味噌に分類される。本稿では愛知県岡崎市の蔵元である「まるや八丁味噌」を取り上げ、八丁味噌が持つ伝統食としての評価と今後の展望を述べる。

Ⅱ. 基本データ「まるや八丁味噌について」
まるや八丁味噌は延元二年(1337年)創業で、従業員48人の株式会社である。主な商品は豆味噌(商標「八丁味噌」)、赤だし味噌、田楽味噌、みそ煮込みうどん、味噌漬物であるが他にも多くの味噌商品を生産している。また、八丁味噌の創業社であり「本場の本物」と呼ばれる。一方で、いち早く海外に目を向けアジアやアメリカを中心に世界各国へ輸出していることから伝統的でグローバルな企業といえる。また、愛知ブランド企業にも認定されており、愛知のものづくり競争力を高める企業として重要な役割を担っている。[註3]

Ⅲ.歴史的背景~八丁味噌の誕生と発展~
八丁味噌は、江戸時代初期から旧東海道を挟んで立地する「まるや」と「カクキュー」が伝統製法により製造する味噌であり680年前に誕生した。愛知県岡崎市の八町村(現八帖町)に立地したことから、「八丁味噌」という名がついたとされる。江戸時代の岡崎市八帖町は、東海道と矢作川が交わる水陸交通の要所であり、矢作橋付近には「八丁土場」と呼ばれる船着き場があった。この船着場を活用して大豆や塩を入手するとともに、出来上がった八丁味噌を出荷していた。極力水分を少なく仕込み、熟成期間の長い八丁味噌は生産性がよくない反面、保存性に優れていた。戦に必要な三河武士の兵糧として岡崎藩に保護され、岡崎藩御用達となり、岡崎の伝統品である花火や石工とともに地場産業として発展してきた。

Ⅳ.まるや八丁味噌の特筆すべき点
①伝統的工法の継承
まるや八丁味噌は、味噌が出来上がるまでのすべての工程を手作業で行っている。愛知県には約30社の味噌製造会社があるがすべての工程を手作業で行っているのは、まるや八丁味噌だけである。原料は大豆と塩のみ。添加物は一切使用しないというこだわりだ。八丁味噌の製造工程は、大豆精選、水洗、浸漬、水切、蒸煮、冷却、こうじ作り、混合、仕込、ピラミッド型石積、熟成の11工程からなる。特に重要なのが仕込と石積でこの作業は職人の技なしでは完結することができない。仕込とは簡単に言えば大豆麹を木桶に仕込む工程である。大桶の中に職人が入り、踏み固め、均す。余分な空気を抜き、石積みの土台をつくるこの工程は八丁味噌造りの基礎となっている。また、630年以上継承されてきた石積は地震に耐え、美しくなければならない。大桶の上には3トンの石が積まれ、二夏二冬の熟成を待つ。[註4][写真1]一般に浸透している白味噌の熟成期間は2週間~4週間であるのに対し八丁味噌は2~3年の熟成期間を有する。

②有機味噌の先駆者
今でこそ、有機やオーガニックを謳った食品や化粧品が多く出回っているが、まるや八丁味噌は1980年代からオーガニックにこだわった味噌造りに取り組んでいる。当時の日本は健康食品やオーガニックの関心が低く、需要があった海外へ全て輸出していた。アメリカ有機食品認定機関OCIAの認証やヨーロッパ有機認証機関(ECOCERT)、さらには厳しい食品規律を持つユダヤ教のコーシャ(Kosher)の認証も受けている。伝統的な八丁味噌の原料は大豆と塩だけであり添加物を一切使わない。原料を有機大豆に変更した八丁味噌は本当の意味でのオーガニック商品と言えるのではないだろうか。国内においても2003年に有機JAS認定工場として認可されている。

➂八丁味噌普及活動
まるや八丁味噌が行なっている八丁味噌普及活動の一つとして味噌蔵の工場見学がある。実際に使用している蔵を見学しながら八丁味噌の歴史や製造に関する説明が聞け、最後には味噌田楽の試食とお土産付きというフルコースが無料で楽しめる。[写真2]この工場見学は人気があり旅行のツアーにも組み込まれており団体での来場も少なくない。また、定期的に八丁味噌を使った料理教室の開催やレシピの公開を行っている。インターネット上の料理レシピサイトであるクックパッドには600件を超えるレシピが公開されており、八丁味噌を使った料理のバリエーションの多さに驚かされる。[註5]このように、まるや八丁味噌は味噌を作るだけでなく、八丁味噌の魅力を積極的に発信している。

Ⅴ.八丁味噌の評価と今後の展望
➀伝統食としての評価
以上の調査結果から八丁味噌は理想的な伝統食としての価値を十分保持していると評価できる。川に囲まれ湿気が多い岡崎市八帖町の地域性を逆手にとり生まれた八丁味噌は、水分を極力少なく仕込み、職人の計算された石積によって真空状態に保つことで保存性が良い。また熟成期間を長く取ることで得られる旨味や味の奥深さが魅力となり着実に東海地方に根付いてきた。そして680年という長い年月が経った今でも同じ製法で変わらない味を受け継いでいる。完全な手作りという製法は生産効率が悪い原因となっているが、まるや八丁味噌の信念のひとつである「事業の拡大を望まず継続を優先する」を実行し利益の確保や発展でなく継続を重視してきた。この信念があったからこそ戦争や洋食文化の流入にも耐え八丁味噌は伝統食としてこの地域に残っているのだ。また、愛知ブランド企業に認定されていることは、企業内部に秘められた独自の能力やスキルが認められ愛知を代表するブランドとして地域に貢献し、評価されていることを証明している。

➁今後の展望
全国の味噌生産量は1973年の59万トンをピークに、1980年には約56万トン、2008年には約46万トンと年々減少傾向にある。[註5]日本文化の西洋化に加え、様々な国の食文化が輸入され多様化が進行するほど消費者は日本食を選択する機会が減るため、八丁味噌のような日本の伝統食はその影響を大きく受ける。つまりいつまでも国内需要に頼っていては八丁味噌を伝統食として守っていくことはできないのだ。しかし、全国的な海外への味噌輸出量は1977年の約1千トンから2010年には約1万トンと10倍に増加している。[註6]さらに海外の日本食レストラン数は2006年には約2.4万店、2013年には約5.5万店、2015年には8.9万店と急激に増加しており、[註7]味噌の海外需要が今後も増加していく可能性が非常に高い。まるや八丁味噌はいち早くオーガニック商品に取り組み長期に渡って海外進出を続けてきた。日本国内の需要縮小という課題はあるものの、海外への安定した供給を確保し続けることで八丁味噌が愛知県岡崎市の伝統食として継続していくことを期待したい。

  • image-3 [写真1]職人によって積み上げられた石。美しく均等に荷重がかかるように積むには10年以上のキャリアが必要。
  • image-2 [写真2]味噌蔵の工場見学の様子。30分おきにスタッフが付き蔵の中を案内してくれる。

参考文献

[註1]日本の伝統食を考える会
http://blog.dentousyoku.org/
[註2]経済産業省「工業統計調査」
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kougyo/
[註3]愛知ブランド
http://www.aichi-brand.jp/
[註4]まるや八丁味噌ホームページ
http://www.8miso.co.jp/kojo.html
[註5]全国味噌工業協同組合連合会「みその生産概要」
http://zenmi.jp/data/seisansyukka/seisangaiyou68-08.pdf
[註6]全国味噌工業協同組合連合会「みそ輸出実績」
http://www.zenmi.jp/data/Export/exportnenjibetu2015.pdf
[註7]農林水産省「海外における日本食レストランの数」
http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/service/pdf/150828-01.pdf