小面があゆんできた空間の演出と〜其処に秘められた美学へのこだわり〜

坂上 光男

はじめに
能は、今から700年前に仮面劇(1)として誕生し、観阿弥・世阿弥親子(2)により大成されたと宇高通成(1947〜)は説く(3)。その能とならんで今に引き継がれた能面(4)の数々。なかでも、「天下三面」とも呼ばれる豊臣秀吉(1537〜1598)愛蔵の小面(こおもて)を「雪・月・花」と名付けた(5)。本稿では、この小面を軸としながら(6)、能における小面がこれまであゆんできた時間や空間の演出(7)と、其処に秘められた美学(8)を評価し、小面における今後の展望について考察する。

1.基本データ
1−1.能とは
能は奈良時代に大陸から伝来した散楽(9)を源流にもち、日本古来の芸能である俳優(わざおぎ/10)と結び付いて生まれた猿楽(11)が母体で、南北朝時代に至って能と呼びうる芸能を発生させた(12)。現代においては、能を「詩劇」というのが相応しいと天野文雄(1946〜)は説いている(13)。なお、能の各演目は、主に能舞台(14/資料3)で演じられる。
1−2.小面とは
この名称はすでに15世紀末に文書資料に登場する。額から頬にかけて三本平行に緩やかに裾で太くなる毛描きが特徴(15)で、内面の深さを表現できる美しい女面だ。また「雪・月・花」の特徴は鼻にある(16/資料1、2)。
1−3.秀吉愛蔵の「雪・月・花」の所蔵先と制作者
所蔵先:雪は金剛家(17)に、花は三井家(18)が所蔵、しかし月は火災で失われた(19)。
制作者:室町時代の能面師(20)石川龍右衛門(21)
なお、花の所蔵先へ問い合わせの結果、雪も含め個人的な調査は困難と判明(22)。したがって、「雪・花」は、所蔵先の各種情報やその他文献に基づく調査とした。
1−4.本面と写面の定義
写した面が本面ともなる(23/資料4)。

2.小面の歴史的背景
能面は日本のオリジナルではなく、アジアにおける仮面群(24)が仏教伝来とともに伝わり熟成されたものと宇高通成は説いている(25)。小面は特定のキャラクターをより効果的に演じる道具として、能舞台という空間の中で重要な役割を果たしてきた。また、能面は単なる彫刻ではなく、役者によって演じられる時初めて真価をあらわす不思議な芸術だと能面師の長沢氏春(1912〜2003)は説いている(26)。そして、能楽師(27)の観世寿夫は、能の役者は、常に霊魂のようなもので、思いなりを安心して託すことができるのが能面であると強調した(28)。
このように、小面など能面には、歴史的な演劇としての関わりとともに、熟成してきた伝統(29)を重んじ、舞台において重要な役割を担ってきた背景がある。
なお、昭和50年(1975)東京の展覧会において、400年ぶりに「雪の小面」と「花の小面」が再会したという(30/資料5)、感動的な出会いがあった。

3.小面の美学的な評価
能面から思い描くのは「女面」だ。女面は約60種類あると言われ、黒髪を額の中央で分けた瓜実顔、喜怒哀楽を消し去った相貌、それが印象だ(資料6)。女面の見分け方は、小面は「女面の中で一番若く、毅然とし三本の毛描きに、頬や口端が豊かで高位置」とイラストを示しながら宇高通成は説いている(31/資料7)。小面は、若い女性の初々しさを表して内面の深さも表現する。先述した「雪・花」はこの美学を保有していると考察する。
また、優れた面がよき演者を得た舞台上でこそ本来の姿を甦り、能面の生む表情効果は芸術作品としての位置付けを示すことは論をまたないと中西通は断言する(32)。なお、能には、余分なものをそぎ落とし、現実を極小化することで、逆接的に、無限の世界を喚起する「ないこと」が最大の効果を発揮する意味で、省略の美学(33)、余白の美学とする。そこで小面もまた繊細でシンプルが故の美学を秘めた抑制された美は、能舞台で観客により深い感情を呼び起こすことを意図している。そして、小面には異なる役柄や性格を表現する様々なバリエーションがあり、演者の技術と感性が重要な要素となっている。この美学は、シンプルながらも奥深く、見る者にその能舞台という空間で深く共感をもたらすのである。
能の演目では、小面など能面をかけた主人公が登場してさまざまに変身(34)するが、この変身を通じて、物語の主題や感情を表現し、観客に感動や共感を与えることを意図する。また、小面の使用により、一つの役柄に留まらない多様な人間性を能楽師は描き、人間の複雑さや多面性を表現する。さらに、豪華な唐織(35)の能装束など(資料8)は、伝統的な装飾が施された美しい外観から小面の美学と調和して美を象徴するのである。
このように、小面の美しさはいくつかの要因によって成り立ち、その美は、熟練した能面師が古来より継承してきた制作工程(資料9)によって、また各種の面打ち道具(資料10)を用いて繊細な彫刻が施されて優雅な美を醸し出すのである。また、小面は美的なバランスを重視することで美を強調するが、それはアシンメトリーであり、あえて左右のバランスを微妙にずらすことから伺える(36/資料2)。そして小面は、日本の伝統芸能である能と結びつき、芸術や文化に対する尊重と共感が小面の美学を感じさせる。そこには演者の厳しい訓練があって、古来の伝統(37)を重んじた優れた技巧を披露する。そして、日本の文化が海外に紹介され、世界的な舞台でも公演(38)されてきたことが国際的な芸術的評価を高める。それが複合的に作用して、小面の秘められた美学が世界からも評価される理由ともなっている。

4.小面と他の女面との比較
小面は、日本の伝統的な女面だ。中でも「雪・花」は、玲瓏(39)たる処女性の美をたたえる美女を表現した傑作であり、美学的にも特別な存在にある。他の女面と比較する際の違いは、デザインや使用用途の他、顔の表情や髪型(毛描き)によっても判別することができる。その中でも小面は特徴的であり(資料1、4、7)、最も若い女性を表し、頬の辺りがふっくらと少女のような可愛らしさをたたえた10代の女性を表現する。一方、小面を除く他の女面(資料6、11、12)には強調される妖艶な女性を醸し出す女性や中年の女性など、特定のキャラクターや感情を表現するのに使用され、そのデザインや表現は小面とは異なる。
能面は、伝統的な能において多くの演目(40)で使用されるため、その目的は感情やキャラクターの表現に合わせ、能楽師や能面師により表現を構成してきた。そして、それぞれ異なる特徴や目的を持ちながら、芸術的な能が成り立っているのである。

5.小面の今後の展望
小面は日本の伝統文化の重要な一部であり、今後もその伝統を守り新しい世代に伝えることは、伝統と継承と保存の意味から更なる重要性が高まる。そして、国際的な普及から、能面は日本国内外で人気を増し、国際的な舞台や美術品とした展示会を通じて、能面の芸術性が小面の知名度を更に高める可能性がある。将来的には、現代の演出やテクノロジーを取り入れた古典劇と融合した公演や、若い世代向けのアプローチが増えているかもしれない。これらの要素が、能面芸術の将来に影響を与える可能性がある。その中で、小面は豊かな日本の文化遺産として、その価値と美学が今後も広まることが展望され、其処に「雪・花」は、歴史を担ってきた美学をまた継承していくのである。

6.まとめ
能には独自の美学があり、緩急自在な動きや雅な装束、抑制された表現が日本の伝統文化としての美を象徴し、無の美学、幽玄の美を象徴して時代を継承してきた。其処に美学を見出してきたのは紛れもなく女面を代表する「小面」だ。これら能面は伝統的な芸術形式であり、舞台上でその真価を発揮する。しかし、美術品として眠ってしまうことは、その力や表現の一部を失う可能性がある。本稿で取り上げた「雪の小面」は、今でも舞台上で優美さを誇り、「花の小面」は美術品としての重要さを高めるが、やはり能面は舞台でこそ美学は生きるのである。
また能は、世界で多くの公演をしてきた。無の美学を象徴する能は、西洋の舞台劇である「オペラ」とも似て、省略を基本とした抑制された美学の流れがある。小面はまた省略された面に隠された美学であり、能楽師の細やかな演技により観客を幽玄の美の世界へ誘う。700年を経過した今も、「雪・花」が輝くのは、川添善行や早川克美が「継承」を論考(41)するとおり、その時代背景を緩やかに現代に引き継いできた美学へのこだわりがあるからである。

  • 81191_011_32081022_1_1_IMG_0282 資料1
    1)、2)三井記念美術館『特別展 金剛宗家の能面と能装束』、画像引用。
    https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/2477(2024年1月15日最終閲覧)
    3)文・向井大輔、写真・佐藤慈子『秀吉が愛した伝説の能面 今も現役で舞う数奇な運命』朝日新聞デジタル(2018年6月23日)、記事及び画像引用。
    https://www.asahi.com/articles/ASL6G3GR1L6GPLZB00C.html?iref=pc_photo_gallery_breadcrumb(2024年1月15日最終閲覧)
    資料2
     現代の名工は、室町から江戸時代にかけた古面をもとに、写面を打っている。
     瞳孔や鼻や唇に彫刻上の工夫が見られるという。また、製作工程は古面と同様の技術を継承して制作されている。
    上段図像3面:長沢氏春作
    ・長沢氏春・渡会恵介『面打ち入門』日貿出版社、1976年、p.10、13、14より画像引用。
    下段図像3面:初代堀安右衛門作
    ・初代堀安右衛門著、神田佳明撮影『能面打ち(下)』淡交社、2003年、p.26、27より画像引用。
    **いずれの画像も当該書籍から、2023年11月7日筆者撮影
  • 資料3,4修正分 資料3
     歴史がいきづく能舞台の仕組み
    1)図像左:能舞台の仕組み(平面図)
    2)図像右:能舞台の仕組み(立体図)
    ・松岡心平『能・狂言を楽しむ本』主婦と生活社、2008年、p.28、29の画像引用。
    当該書籍から、2023年11月8日筆者撮影
    資料4
     室町時代前期、世阿弥による能楽の大成期には新たな種類の創作面が盛んに作られた。江戸時代、能が武家の式楽になると面の需要が爆発的に増え、専ら古面の写しを行うようになる。このような時代背景から、江戸時代には室町時代の古面をもとに写面が多く制作された。
    ・東京国立博物館『日本の仮面 能面 創作と写し』、ColBace画像引用。
    https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4106 (2024年1月15日最終閲覧)
    ・文化遺産オンライン『能面』文化遺産データーベース、ColBace画像引用。
    https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/218979(2024年2月20日最終閲覧)
  • 81191_011_32081022_1_3_IMG_0284 資料5
    ・画像及び記事はいずれも、[三友新聞 2018年7月5日号 ]より引用。
    https://www.mitsuipr.com/news/2018/0705-3/(2024年1月15日最終閲覧)
  • 資料6修正分 資料6
     女面にはおよそ60種類あると言われており、役柄や身分、年齢などによって使い分けられている。 年齢的には10代「小面」、20代「若女」「万媚」、30代「増」「曲見」、40代「深井」等がある。表内の能面は、室町から江戸時代にかけての面である。
    ・文化遺産オンライン『能面』データーベース、より、ColBace画像引用。
    https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/search(2024年2月20日最終閲覧)
  • 81191_011_32081022_1_5_IMG_0286 資料7
    ・宇高道成監修・小林真理編著『能面の見かた』誠文堂新光社、2017年、p.146、147の画像をもとに筆者作成。
  • 資料8修正分 資料8
     能(猿楽)が隆盛を誇った時代の能装束(一部抜粋)
    ・文化遺産オンライン『能装束』文化遺産データーベース、画像引用。
    https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/search(2024年2月21日最終閲覧)
    (4)の画像は、石川県立美術館、その他は、ColBace画像
  • 81191_011_32081022_1_7_IMG_0288 資料9
     「小面は、般若などと違って単調な作りに見えるが、目や鼻、口を作れば、小面になってしまうと思いがちだ。般若などが、形がはっきりしていて、線を掴まえやすく造作がしやすいの比べ、小面は線や立体感が掴めないために、頬の作り方や顎の作り方などが難しい。また目の作り方によって、額や頬が影響を受けて、おかしな形になってしまう。それだけ奥の深い面なのである」。
    ・倉林朗『小面を打つ』日貿出版社、2008年、p.60
    ・同書、裏表紙画像から引用(2023年11月4日筆者撮影)
    資料10
    1)彫に必要なもの
     ・コピーした型紙を切るハサミと糊
     ・木に型紙を当てて記入する鉛筆
     ・型を取った木を切る鋸
     ・型を取った木を削る突き鑿
     ・荒彫に使う平と丸のたたき鑿
     ・彫刻刀1式
    2)彩色に必要なもの
     ・面裏用漆又は工芸漆
     ・胡粉(下塗り、上塗り)
     ・にかわ液
     ・水千絵の具
     ・顔彩(顔料)
     ・乳鉢・乳棒、絵皿
     ・メスシリンダー    
     ・とうし(#150)
     ・各種筆(平筆、彩色筆、たたき筆、面相筆など)
     ・サンドペーパー
    ・茨城県水戸市中丸町の「中丸能面教室」における能面制作道具メモから引用(2023年6月28日転記)
    ・倉林朗『小面を打つ』日貿出版社、2008 年、p.44~53 の画像から引用。
    当該書籍から、2023年11月4日筆者撮影
  • 81191_011_32081022_1_8_IMG_0289 資料11
     能面は小面の属する女面、中将の属する男面、大癧見 (おおべしみ)の属する鬼神面、般若の属する怨霊面、小尉の属する尉面、翁の属する翁系など、おおまかに分けて約70種類ある。しかし、能の演目や流派により使う面が違うなど、細分化すると約250種類と言われている。
    ・倉林朗『小面を打つ』日貿出版社、2008年、p60。
    ・各画像は、2023年6月28日に取材先「中丸能面教室」の生徒制作面25種類(同日筆者撮影)
    資料12
    ・福岡市博物館『能面の世界−女面−』、女面さまざまより、画像引用。
    https://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/186/index02.html(2024年1月15日最終閲覧)

参考文献

【註釈】
(1)わが国の仮面芸能の完成度は世界に比類のないものといえる。古代から、祖霊の崇拝と、天地長久、子孫繁栄、五穀豊穣、悪疫退散などへの祈願と信仰に結びついて、単なる遊興や演劇に堕することなく、大切に真摯に演じられてきた結果である。
 ・奈良県『第28回日本の仮面芸能–序説』、
 https://www.pref.nara.jp/59998.htm(2024年1月15日最終閲覧)
(2)観阿弥(1333〜1384)は、南北朝時代の能役者、能作者。観世流の始祖で、世阿弥の父。能の大成の基礎を築いた。世阿弥(1363?〜1443?)は、父と同じ能役者、能作者。観世座2世大夫。父とともに将軍足利義満に見出されて殊遇を受けた。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『観阿弥』、
https://japan.eb.com/rg/article-02506200(2024年1月15日最終閲覧)
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『世阿弥』、
https://japan.eb.com/rg/article-06237900(2024年1月15日最終閲覧)
 また、青木孝夫は、世阿弥の能楽論は、演劇論や美学思想を重要視し、『風姿花伝』からは、花の美学と、それを支える芸道の理論について論考している。
 ・宇佐美文理・青木孝夫『芸術理論古典文献アンソロジー 東洋編』藝術学舎出版、2014年、p.288。
(3)宇高道成監修、小林真理編著『能面の見かた』誠文堂新光社、2017年、p.6。
(4)「観阿弥・世阿弥の時代には、能はすでに能面を前提とする演劇となっていた」。また、世阿弥の伝書には、古来の翁面のほか、笑尉・小牛尉などの老人の面や、悪尉・天神・飛出などの超人的な面、鬼の面、男女の面の記述がみられる。なお、ギリシア悲劇や伎楽、雅楽(舞楽)の仮面は頭からかぶるが、能面は浅く小型で顔をおおう形式だ。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 大項目事典 『能』、「能面」の項。
https://japan.eb.com/mb/article-128670(2024年1月15日最終閲覧)
(5)産経新聞『雪月花…徳川幕府と国立能楽堂「薄」公演』コラム|浪速風、2019年6月4日発行。
https://www.sankei.com/article/20190604-Q4T6FWLQRJLB5BBUBLMPWC6RBA/(2024年1月15日最終閲覧)
(6)「雪・月・花」を軸とした理由は、筆者が以前に能面制作で指導いただいた「中丸能面教室」(水戸市中丸町)に2023年6月25日(日)訪問して、教室の石川先生と講師の成見氏に「雪・月・花」の特徴について聴取して得られた結果からである。先生からは、「この3面の歴史的な価値は大きく、中でも「雪・花」は美学的にも特別であり、その特徴を写すのは能面師にとって高度な技術が必要である」こと。また、講師からは「現在でも雪・花は女面の頂点にあり、若き美女を表現した傑作として、美学的、美術的にも特別な存在である」との評価が得られ、小面の中での軸としている。
(7)川添善行の提唱する「空間の演出」や、中西紹一の「歴史の再構成という時間のデザイン」が、能の世界から伺える。
 ・川添善行・早川克美『空間にこめられた意志をたどる』藝術学舎出版、2014年。
 ・中西紹一・早川克美『時間のデザイン—経験に埋め込まれた構造を読み解く』藝術学舎出版、2014年、第3章。
(8)美学とは芸術の哲学であり、美と藝術と感性を論ずる哲学だと佐々木健一は論考している。
 ・佐々木健一『美学への招待』中央公論新社、2004年、まえがきより。
 本稿では、古来小面が歩んできた空間の演出を紐解き、其処に仕組まれた美の境地を触れる。
(9)散楽とは、中国漢代における芸能として、綱渡り、馬の曲乗りなど、当時は「百戯」と総称され、のちには「散楽」と呼ばれた。
 ・赤松紀彦『中国の伝統文芸・演劇・音楽』藝術学舎出版、2014年、p.41、42。
(10)俳優とは、古代中国で生み出されたもので、芸能の担い手をさしていう言葉。面白おかしい技を演じてひとの心をやわらげる存在。
 ・赤松紀彦『中国の伝統文芸・演劇・音楽』藝術学舎出版、2014年、p.42。
(11)猿楽とは、中国から伝わった「散楽」の転化した名称と考えられ、「散楽」「散更」「申楽」などとも記される。平安時代においては、卑俗な滑稽物まね、歌舞であった。後に猿楽は、物まねを中心としたものとなり、鎌倉時代には劇的な内容をもった「猿楽の能」を生み出した。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『猿楽』、
https://japan.eb.com/rg/article-04688600 (2024年1月15日最終閲覧)
(12)矢内賢二『歌、舞、物語の豊かな世界』藝術学舎出版、p.133「能の成立と発展」から。
(13)能という演劇の本質を極端に言い表そうとした時、「詩劇」というのがもっとも相応しい。そして、能の読み方は人さまざまであってよいが、最低限、「詩劇」的な性格を濃厚に有した演劇であることを忘れてはならない。と説いている。
 ・天野文雄『現代能楽講義』大阪大学出版会、2004年、p.134、139。
(14)能および狂言を演じるための舞台。京間3間 (約 6m) 四方で、四隅に太い柱が立つ。向って左正面先が目付柱、奥がシテ柱、右正面先がワキ柱、奥が笛柱。正面奥の鏡板 (松羽目) には大きな古松を描く。また、奥に後座 (あとざ) があり、後座から左方斜めに橋懸りと呼ぶ勾欄 (こうらん) 付きの渡り廊下がかけられ、本舞台と楽屋とを結ぶ。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『能舞台』、
https://japan.eb.com/rg/article-08915100(2024年1月15日最終閲覧)
(15)見市泰男は、小面について次のように説いている。
 小面は、若い女性の初々しさを表しながら、愛らしさが強調され、神秘的で、多様な表情を曲趣によって使い分けられる。
 ・西野春雄監修、見市泰男解説『能面の世界』平凡社、2012年、p.34のキャプションから。
(16)特徴は鼻にあり、雪は微妙に鼻を右に振り、月は左に、花は中央にある。これは、いずれも面に向かっての方向を示している。
 ・初代堀安右衛門著、神田佳明撮影『能面打ち(下)』淡交社、2003年、p.26、27のキャプションから。
(17)「大和猿楽四座の一つである坂戸座を源流とし、法隆寺に仕えた猿楽座の能楽金剛流の宗家」。京都に金剛能楽堂を所有する。
 ・京都通百科事典『金剛家』、京都観光・京都検定・京都の伝統文化。
https://www.kyototuu.jp/Tradition/NouKongouKe.html(2024年1月15日最終閲覧)
(18)「江戸時代以降の豪商。藤原氏の末裔といわれる」。なお、三井記念美術館は、「多数の日本・東洋の優れた美術品を収蔵している三井文庫別館が、三井家及び三井グループに縁の深い日本橋に移転して、平成17(2005)年10月に開設した美術館」。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『三井家』、
https://japan.eb.com/rg/article-11608900(2024年1月15日最終閲覧)
 ・三井記念美術館『美術館概要』、
https://www.mitsui-museum.jp/overview/overview.html(2024年1月15日最終閲覧)
(19)豊臣秀吉が「雪・月・花」と命名した伝承ある小面。名工龍右衛門作と伝わる3面の小面。「月の小面は江戸城の火災で焼失したが、「雪の小面」「花の小面」が金剛宗家と三井記念美術館にそれぞれ伝えられている。
 ・西野春雄監修、見市泰男解説『能面の世界』平凡社、2012年、p.86。
(20)日本の伝統芸能である能楽、神楽で使われる面を作る職人。面打師とも呼ばれる。能面には大きく分けて「神・男・女・狂・鬼」の5種類があり、その形態自体は桃山時代には完成していたといわれる。
(21)石川龍衛門(生没年不詳)は、室町初期の名工といわれた能面作家で、名は重政。女面に名品を残す。
(22)筆者が「三井記念美術館」に能面の展覧会予定を電話で問い合わせる(2023年11月5日)。担当者からは、「2023年12月8日から1月27日までの約2ヶ月間に、展覧会『国宝雪松図と能面×能の意匠』の開催」を聴取。しかし、調査の中心となる秀吉愛蔵の「花の小面」の展示有無の確認は取れず、展覧会でのビデオ及び写真撮影も禁止である旨の情報も得る。また、担当者の案内では展覧会詳細をインターネットで照会できることを得るが、照会の結果、「花の小面」は展覧会に含まれないとのことであった。したがって、個人による直接の調査は不可能であることが判明した。
 ・三井記念美術館『国宝雪松図と能面×能の意匠』、特集展示 新寄贈能面。
https://www.mitsui-museum.jp/exhibition/next.html(2023年11月6日閲覧)
 また、「雪の小面」に至っても、同様な調査は困難と判断せざるを得ない。
(23)鈴木慶運は、「今日伝わっている作品の原型は殆どが室町時代のものばかりといっても差し支えない程だ」と。また、能面には本面と写面があり、本面とは写面に対する真作面のことで、足利時代前後に制作された面のことであると説いている。
 ・鈴木慶運『能の面』太陽印刷、1960年、p.7、11。
 徳川家康を筆頭に、江戸幕府の将軍たちも能を好んだ。二代将軍の秀忠は、能楽を「幕府の式楽」と定めた。
 ・松岡心平『能・狂言を楽しむ本』主婦と生活社、2008年、p.146。
 ことから、各大名家もその式楽に倣いこぞって能面を所蔵することになる。このことが、写面を拡大させる要因となる。
 現在、本面といわれる面には江戸時代に制作された優美な写面が重要文化財や重要美術品に指定され、その中には天下一の称号を許された名人河内家重(?〜1657?)の写した小面がある。その作品がいつしか古作の本面と思われる美しい作品になったと門脇幸恵は論じている。
 ・門脇幸恵「女面—その美と造形の妙」、西野春雄監修・見市泰男解説『能面の世界』平凡社、2012年、p.87。
 能面は舞台上の演者の力量と相乗して豊かな感情を表現。その面には、作者である能面師の工夫により、瞳孔や鼻そして唇に彫刻上の工夫が施される。その工夫の実際は、現代の名工といわれる今は亡き長沢氏春(1912〜2003)や初代堀安右衛門(1931〜)両氏作の面からも見ることができる。
(24/25)飛鳥、奈良、平安の頃に中国や韓国から伝わったのは伎楽面、その後に舞楽面などがある。
 ・宇高道成監修、小林真理編著『能面の見かた』誠文堂新光社、2017年、p.10。
 また、天平勝宝4年(752)に東大寺開眼会の楽舞がおこなわれ、そこには伎楽面が用いられた。
 ・宮治昭『正倉院』保育社、1986年、p.57。
(26)長沢氏春・渡会恵介『面打ち入門』日貿出版社、1976年、p.20。
(27)能楽師とは、役者として能や狂言を演じる者。基本的に、定期公演に出演したり、出演依頼を受けて舞台に立つ。なお、観世寿夫(1925〜1978)は、観世流の能楽シテ方で53歳で早世している。
(28)金春信高他『能面入門』平凡社、1984年、まえがき。
(29)「伝統」に対して、近世文化史の大家である西山松之助の論考をもとに、伝統を正しく把握し、どのように変容してきたか理解することに伝統の意味があると野村朋弘は論じている。
 ・野村朋弘『日本文化の源流を探る』藝術学舎出版、2014年、p.51
(30)増田正造「能面の表情と技法」、金春信高 他『能面入門』平凡社、1984年、p.98。
(31)宇高道成監修、小林真理編著『能面の見かた』誠文堂新光社、2017年、p.146(小面の図のキャプションから)。
(32)中西通・今駒清則『能面』保育社、1981年、はじめに。
 このことから、高位置にある小面は高レベルの芸術作品としての存在感も大きい。
(33)天野文雄は、藝術学舎のオンライン講座「詩劇としての能」の中で、第1回講義資料(香西精『能謡新考』)を基にして、能の真髄が「分かり易さを取るのか、深さを取るのか」との問いに対して、能は省略の世界であり、その省略から生まれでる深さを求める世界である。また、能の省略の美学は能楽の概念で、余分なものを省き、必要最小限の要素で深い美を表現することを指す。これは、簡潔でありながら深い意味を含む芸術表現の手法であり、観客や聴衆に余韻や解釈の余地を残すと説いている。
 ・天野文雄『少しだけ深く読み解く「詩劇としての能」–『葵上』のすべて−』藝術学舎秋季オンライン講座第2回(2023年11月8日講義)
(34)各演目に合わせた役柄を、古来の伝統を重んじながら優れた技巧により演技を披露し、その中で、小面など能面をかけた(顔に付けること)役者は様々に表現する。
(35)「色糸に金銀を交えて絵文様を織り出した豪華な織物。色糸を浮かして織るので刺繍のような効果がある。中国からの輸入品であったが、室町時代末期頃から堺や西陣でも織られるようになった」。
 ・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『唐織』、
https://japan.eb.com/rg/article-02366000(2024年1月15日最終閲覧)
(36)初代堀安右衛門著、神田佳明撮影『能面打ち(下)』淡交社、2003年、p.26、27(雪月花の画像から)。
(37)能楽での各宗家(流派)が古来より継承してきた流儀と技巧。
(38)戦後初の海外公演は、1954年夏、イタリア・ベニスで行われたビエンナーレ国際音楽祭への参加。この本格的な海外公演は、能楽史上初めての出来事。喜多流、観世流の合同能楽団が、欧州の地に立ち、特設の組み立て舞台で舞った。イタリア国内ではテレビ放映。これは3年後のパリ文化祭参加につながり、その後、欧州各地、米国、南米、インド、中近東、東南アジア、中国、韓国などへ公演は広がった。
 ・tha能ドットコム『概論 能の海外交流史』、1954年、「イタリア・ベニスで初の海外公演」の項から。
https://www.the-noh.com/jp/oversea/01_introduction.html(2024年1月15日最終閲覧)
(39)玲瓏を国語辞典では、「玉などが透きとおっているさま。また、明るく光り輝くさま」とあるが、小面からはまさに奥深いところにその真意があると考察する。
(40)小面を用いる演目では、『井筒』『杜若』『船弁慶』『玉鬘』『龍田』『松風』『江口』『夕顔』他、多くの演目に使用されている。
 ・天野文雄『能楽手帖』角川文庫、2019年、各演目説明より。
(41)川添善行と早川克美は、「継承」について次のように論考している。
 我々は、過去のものと過去の時間の中に生き、生み出された建築やまちなみは、その瞬間から必然的に「過去のもの」となる。つまり、すべてのデザインの営は、過去から大切なものを見極めて、時間の流れを未来へと接続する作業なのである。そして今だけでなく、長い時間の中で空間の意味を見いだすことが大切なのだと。
 ・川添善行・早川克美『空間にこめられた意志をたどる』芸術学舎出版局、2014年、p.145、146、「過去の先に未来を見つける」【継承】から。

【参考文献】
・宇佐美文理・青木孝夫『芸術理論古典文献アンソロジー 東洋編』藝術学舎出版、2014年。
・佐藤正英『風姿花伝』筑摩書房、2019年。
・田中裕『世阿弥芸術論集』新潮社、1976年。
・宇高道成監修、小林真理編著『能面の見かた』誠文堂新光社、2017年。
・中西通・今駒清則『能面』保育社、1981年。
・赤松紀彦『中国の伝統文芸・演劇・音楽』藝術学舎出版、2014年。
・野村朋弘『日本文化の源流を探る』藝術学舎出版、2014年。
・矢内賢二『歌、舞、物語の豊かな世界』藝術学舎出版、2014年
・天野文雄『現代能楽講義』大阪大学出版会、2004年。
・天野文雄『少しだけ深く読み解く「詩劇としての能」–『葵上』のすべて−』藝術学舎秋季オンライン講座第2回(2023年11月8日講義)。
・小川直之他『暮らしに息づく伝承文化』藝術学舎出版、2014年。
・川添善行・早川克美『空間にこめられた意志をたどる』藝術学舎出版、2014年。
・中西紹一・早川克美『時間のデザイン—経験に埋め込まれた構造を読み解く』藝術学舎出版、2014年。
・宮崎市定『アジア史概説』中央公論新社、1987年。
・佐々木健一『美学への招待』中央公論新社、2004年。
・宮治昭『正倉院』保育社、1986年。
・長沢氏春・渡会恵介『面打ち入門』日貿出版社、1976年。
・倉林朗『小面を打つ』日貿出版社、2008年。
・金春信高 他『能面入門』平凡社、1984年。
・鈴木慶運『能の面』わんや書店、1960年。
・天野文雄『能楽手帖』角川文庫、2019年。
・松岡心平『能・狂言を楽しむ本』主婦と生活社、2008年。
・松岡心平『能の見方』角川学芸出版、2013年。
・初代堀安右衛門著、宮野正喜撮影『能面を打つ』淡交社、2008年。
・初代堀安右衛門著、神田佳明撮影『能面打ち(上)』淡交社、2002年。
・初代堀安右衛門著、神田佳明撮影『能面打ち(下)』淡交社、2003年。
・伊藤通彦『面打ちの技法』日貿出版社、2008年。
・西野春雄監修、見市泰男解説『能面の世界』平凡社、2012年。
・芸術教養演習1拙稿『小面に秘められた美学とは何か』京都芸術大学レポート、2023年夏期。
・ブリタニカ国際大百科事典 大項目辞典『能』、
https://japan.eb.com/mb/article-128670 (2024年1月15日最終閲覧)
・奈良県『第28回日本の仮面芸能–序説』、
 https://www.pref.nara.jp/59998.htm(2024年1月15日最終閲覧)
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『観阿弥』、
https://japan.eb.com/rg/article-02506200( 2024年1月15日最終閲覧)
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『世阿弥』、
https://japan.eb.com/rg/article-06237900(2024年1月15日最終閲覧)
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『猿楽』、
https://japan.eb.com/rg/article-04688600 (2024年1月15日最終閲覧)
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『能舞台』、
https://japan.eb.com/rg/article-08915100(2024年1月15日最終閲覧)
・京都通百科事典『金剛家』、京都観光・京都検定・京都の伝統文化。
https://www.kyototuu.jp/Tradition/NouKongouKe.html(2024年1月15日最終閲覧)
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 『三井家』、
https://japan.eb.com/rg/article-11608900(2024年1月15日最終閲覧)
・三井広報委員会『特別展「金剛宗家の能面と能装束」』、会員会社ニュース、三友新聞 2018年7月5日号 より。
https://www.mitsuipr.com/news/2018/0705-3/(2024年1月15日最終閲覧)
・三井記念美術館『国宝雪松図と能面×能の意匠』、特集展示 新寄贈能面。
https://www.mitsui-museum.jp/exhibition/next.html(2023年11月6日閲覧)
・文・向井大輔、写真・佐藤慈子『秀吉が愛した伝説の能面 今も現役で舞う数奇な運命』朝日新聞デジタル(2018年6月23日)。
https://www.asahi.com/articles/ASL6G3GR1L6GPLZB00C.html?iref=pc_photo_gallery_breadcrumb(2024年1月15日最終閲覧)
・東京国立博物館『日本の仮面 能面 創作と写し』、
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4106 (2024年1月15日最終閲覧)
・東京国立博物館『是閑と河内』、1089ブログ。
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2013/12/09/%E6%98%AF%E9%96%91%E3%81%A8%E6%B2%B3%E5%86%85/(2024年1月15日最終閲覧)
・e国宝『能面 小面』河内大掾家重作小面。
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100431&content_part_id=024&langId=ja&webView=(2024年1月15日最終閲覧)
・The New York Times Style Magazine:Japan『能面に誘われてーー。能楽師がキュレーションする幽玄なる能の装飾品』、
https://www.tjapan.jp/art/17194563?page=3 (2024年1月15日最終閲覧)
・文化遺産オンライン『能面』文化遺産データーベース、能面を検索。
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/search(2024年1月15日最終閲覧)
・文化デジタルライブラリー『能楽』、
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc9/kouzou/index.html(2024年1月15日最終閲覧)
・文化遺産オンライン『能装束』文化遺産データーベース、能装束を検索。
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/search(2024年1月15日最終閲覧)

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