福岡県立美術館の移転 文化芸術を軸にしたまちづくりへの期待

柴田 哲也

1. はじめに
2020年1月、福岡県は、老朽化した福岡県立美術館(須崎公園敷地内に所在)(図1)を、福岡市のほぼ中心に位置する大濠公園南側の福岡武道館および日本庭園の一部を再整備して移転することを決定した。2023年3月には、基本設計者を建築家の隈研吾氏にすることが決定、2029年に開館を予定している。(図2)大濠公園と隣接する舞鶴公園(図3)の活用については、2014年に県と市が共同で『セントラルパーク構想』(1)を取りまとめ、 2019年にその実現に向けた「セントラルパーク基本計画」を策定している。両公園を歴史・芸術文化・観光の発信拠点として一体的に活用し、公園そのものを広大なミュージアム空間にする試みである。これに福岡県立美術館の移転が加わったことで、福岡のまちの魅力をさらに高めることが期待できる。本稿では、県立美術館移転を含む公園エリアの一体開発の課題と期待について、調査・報告する。

2. 基本データ・歴史的背景、評価
2-1 基本データ・歴史的背景
公園エリアを構成する主要施設は以下のとおり。

福岡県立美術館
1964年に開館、福岡県出身作家・福岡県にゆかりのある作家の近世から現代の作品を収集している。移転先となる大濠公園南側には、日本を代表する造園家 中根金作氏が手掛けた日本庭園があり、新県立美術館と庭園とを一体的に整備することで、日本庭園の良さをいかした魅力ある美術館にすることが計画されている。新県立美術館の目指す姿とコンセプトとして、『① 芸術の可能性を拡げ、挑戦する美術館 ② 九州・福岡県の文化芸術の発展に貢献する美術館 ③ 県民が親しみ、誇りを育む美術館 ④ 公園と一体となった美術館』(2) を掲げている。

福岡市美術館(図4)
1979年、大濠公園南側に開館し、ミロ・ダリ・ウォーホル等の20世紀の大作、青木繁ら九州出身の近代洋画家の作品、近現代美術、黒田家伝来の大名道具、仏教美術等の古美術のコレクション展示と特別展を企画・運営している。県立美術館の移転によって、大濠公園南側には、2つの美術館が所在するかたちとなる。

大濠公園(図5・6)
総面積約40万平方メートル、その内側に約22万平方メートルの池を有する水景公園、黒田長政が福岡城築城の際、博多湾の入り江の一部を埋め立て、外濠としたことがその名の由来である。東亜勧業博覧会を機に造園工事を行い、1929年に開園、園内には、福岡市美術館、能楽堂、日本庭園等が所在し、市民の憩いの場となっている。

舞鶴公園
大濠公園に隣接し、古代遺跡である鴻臚館跡(図7)、近世の遺跡である福岡城跡(図8)の二つの史跡を有する、桜の名所として市民に親しまれているほか、平和台陸上競技場をはじめとする運動施設も所在する。

2-2 公園エリア一体開発に対する評価
セントラルパーク構想・基本計画と県立美術館の移転(以下「本計画」という)
セントラルパーク構想・基本計画は、①一帯の空間をつなぎ、一体感のある緑地空間づくり ② 福岡にしかない重層的な歴史資源を活かし、福岡二千年の時をたどる空間づくり ③ 観光集客機能の向上によるにぎわいをつくり、都市の活性化につなげる拠点づくり ④ 「まちの公園」から「公園のまち」へ展開し、みんなで育てる公園づくりを基本的な方向性としている。県立美術館の移転に関する具体的な検討はこれからではあるものの、セントラルパーク構想・基本計画に県立美術館の移転が加わったことで、一体開発に奥行きが生まれた。県立美術館の移転により、公園エリアは、国内でも有数の美術館エリアとなる。ただ、2つの美術館がどのような機能・役割をもつのか、福岡県は、『福岡市美術館、能楽堂及び日本庭園などの芸術文化施設をつなぐ空間、周辺地域への広がりを含めて 「芸術文化エリア」とされ、それらの芸術文化施設が連携し相乗効果を高め、福岡の芸術文化発信のための核となるエリアとして位置付ける』としている。(3)本計画は、商業都市的な色彩が強い「福岡」に新たな側面=文化芸術都市としての発展の可能性を期待させる。

3. 同様の事例との比較
美術館をまちづくりの主軸にした事例として、本稿では、金沢21世紀美術館を取り上げる。金沢21世紀美術館は、2004年に「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」を目的に開設され、様々な出会いや体験が可能な公園のような美術館を目指してきた。周辺部は、兼六園、金沢城、石川県立伝統産業工芸館等が立ち並んでいるが、近代的な美術館と歴史的建造物との境界面を感じさせない一体的な空間を創出している。使命のひとつとして、「まちに活き、市民とつくる、参画交流型の美術館」を掲げ地域の自治組織、アーティストとの連携、イベントプログラムの開催等、市民参画・交流を重視しており、現在は、年間の来館者数が200万人を超え、兼六園・ひがし茶屋街と並ぶ金沢の名所となっている。ただ、開館当初は、金沢21世紀美術館が扱う「現代」と茶屋街界隈や兼六園・金沢城等の「伝統」との間に対立が生じたという。「現代」と「伝統」の対立を乗り越える処方箋について、金沢21世紀美術館の館長を務めた秋元雄史氏は、『歴史そのものというよりも歴史性といったほうがいいようなものだ、時間軸に耐えうる意味や価値だろうか』(4)としているが、美術館という新しい箱を作ることではなく、その地域と歴史との関わりに着目すること、市民の内面的特徴や精神性を踏まえた設計が重要になると解釈できる。

4. 今後の展望について
本計画により、市民や国内外からの多くの観光客が訪れ、公園エリアの魅力がより一層高まることが想定される。ただ、金沢市がそうであったように、「まちのつくりかえ」においては、「新しいもの」と「古いもの」、「現代」と「伝統」といった対立が生じやすい。これらを融合させる、「一体性」をいかにもたらすことができるか、公園エリアの整備における土木建築面での物質的な「一体性」だけではなく、市民の心を動かす実質的な「一体性」を生み出す工夫や取組が強化されるべきであろう。

5. まとめ
「一体性」をもたらす「まちのつくりかえ」を実現する上で、福岡の歴史性や市民の内面的特徴にも触れておきたい。福岡の歴史性、例えば、市民生活と文化芸術との距離・関係性に目を向けると、私は福岡市に生まれ育った者のひとりであるが、必ずしも、市民と文化芸術との距離は、近しいもの、日常的なものとは言えないと感じている。
本来、福岡は、アジアの玄関口でもある地政学的特徴から、古代には、奴国と大陸との交流(金印の出土)、平安時代には、外交使節の迎賓館である鴻臚館の存在、中世には、中国大陸 宋との貿易拠点としての発展、江戸時代には、黒田藩による治政等、重層的な歴史資源を有する地域である。ただ、近代以降は商業都市としての色彩が強くなり、現在は、人口増加、市中心部の再開発促進事業、国家戦略特区への選定等、経済的な活力をもつ姿が耳目を集めている。古代から交易拠点としての機能を担った福岡の土地柄は、外部を受け入れる、開かれた性格をもつ一方で、『平安時代に設置された外交使節「鴻臚館」の上に福岡城が築かれ、さらに、その上に(中略)平和台球場が建てられた』(5) と常に上書きを繰り返してきたとの指摘もある。わたしたちは、新しいものを積極的に取り入れることができる反面、古いものを丁寧に扱うことを苦手としている。このような性格をもつ福岡においては、市民が無意識的に置き去りにしがちな伝統を再認識できること、現代と伝統とを繋ぐ仕掛けが必要だろう。本計画が、人々の賑わいだけではなく、伝統的な日本の芸術と現代アートとのコラボレーションや交流を通じて、「自然や美意識を守る」「受け継ぐ」「そのための行動を促す」といった新たな価値を感じさせ行動に駆り立てるといった精神的な作用をもたらすことを期待したい。

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  • 81191_011_32086130_1_2_%e6%96%b0%e7%9c%8c%e7%be%8e%e5%b1%95%e7%a4%ba%e6%a8%a1%e5%9e%8b 図2 新県立美術館模型_福岡県庁内展示(2023年4月17日筆者撮影)
  • 81191_011_32086130_1_3_%e5%85%ac%e5%9c%92%e4%b8%80%e5%b8%af%e5%9c%b0%e5%9b%b3 図3 大濠公園・舞鶴公園地図(2023年5月5日筆者撮影)
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  • 81191_011_32086130_1_5_%e5%a4%a7%e6%bf%a0%e5%85%ac%e5%9c%92 図5 大濠公園(2023年5月5日筆者撮影)
  • 81191_011_32086130_1_6_%e7%a6%8f%e5%b2%a1%e5%9f%8e%e5%a4%a9%e5%ae%88%e5%8f%b0%e3%81%8b%e3%82%89%e8%a6%8b%e3%81%9f%e5%a4%a7%e6%bf%a0%e5%85%ac%e5%9c%92 図6 舞鶴公園内福岡城跡天守台から見た大濠公園(2023年5月5日筆者撮影)
  • 81191_011_32086130_1_7_%e8%88%9e%e9%b6%b4%e5%85%ac%e5%9c%92_%e9%b4%bb%e8%87%9a%e9%a4%a8%e5%ba%83%e5%a0%b4 図7 舞鶴公園内鴻臚館広場(2023年5月5日筆者撮影)
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参考文献

註・参考文献
(1)福岡県・福岡市『セントラルパーク構想』 福岡市HP 
  https://www.city.fukuoka.lg.jp/jutaku-toshi/koenkeikaku/midori/central_park_kousou.html
  2014年6月
(2)福岡県人づくり・県民生活部文化振興課 新県立美術館建設室『新福岡県立美術館基本計画』
  https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/shinkenbi-sakutei13.html 2021年3月
(3)福岡県人づくり・県民生活部文化振興課 新県立美術館建設室へのヒアリング回答 福岡県・福岡市『セントラルパーク構想』より
   2023年5月5日 電子メールにて
(4)金沢圏の建築家と建築編集委員会+金沢工業大学蜂谷研究室編
 『金沢圏の建築家と建築』 建築メディア研究所 2021年 本文献内コラム 秋元雄史著
  『時間軸に耐えうる意味や価値 金沢の景観をつくる歴史的建造物群と現代の建築』
(5)郡司 聡編 『ブラタモリ4 松江 出雲 軽井沢 博多・福岡』KADOKAWA 2016年

その他参考文献・資料
・福岡県立美術館編『福岡県立美術館コレクション・アルバム1964-2014』 2016年
・福岡市美術館編『福岡市美術館ザ・ベスト これがわたしたちのコレクション』
 福岡市文化芸術振興財団 2019年
・福岡歴史遊学の会編『福岡歴史探訪ウォーキング』メイツ出版株式会社 2009年
・小冊子『大濠公園・舞鶴公園ガイドマップ』福岡市経済観光文化局発行

参考ウェブサイト
・新福岡県県立美術館 特設HP https://2029.fukuoka-kenbi.jp/ 2023年4月16日閲覧
・福岡県立美術館HP  https://fukuoka-kenbi.jp/ 2023年5月3日閲覧
・福岡市美術館HP  https://www.fukuoka-art-museum.jp/ 2023年5月3日閲覧
・金沢21世紀美術館HP https://www.kanazawa21.jp/ 2023年5月3日閲覧
・福岡の経済メディアNETIB-NEWS(2020年3月10日記事) 
 https://www.data-max.co.jp/article/34556 2023年4月18日閲覧

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