市民と育む「舞岡・やとひと未来」の空間デザイン 未来への展望

江口 亮子

1,はじめに
「舞岡・やとひと未来(以下 やとひと未来)」(1)は神奈川県横浜市戸塚区の南東部にある舞岡公園の中心部、田園体験区域(資料1) (2)を横浜市指定管理者として管理維持運営しているNPO法人である。
この場所には横浜の原風景である谷戸(3)の景観をそのまま生かし、土の道に田んぼと雑木林・茅葺き屋根の農家といった昭和30年頃の風景が広がる。自然の豊かさ、生物多様性を楽しみながら学べる空間を作り継承していくため市民運動が発端となり保全されたエリアである。
本稿では「やとひと未来」の活動をデザインの観点から考察し、その存在意義と文化資産としての評価を示し次世代に向けた展望を検証する。

2,基本情報
正式名称:舞岡公園(まいおかこうえん)
分類:横浜市立都市公園(広域公園)(資料2)
開園:1993年6月
総面積:285,000㎡
田園体験区域の面積:63,914㎡
住所:横浜市戸塚区舞岡町1703
緯度経度:北緯35度23分12.5秒
東経139度33分0.4秒
標高:海抜49m
ボランティアの登録数:約400口 (資料3)

3,歴史背景
「やとひと未来」は1970年頃に始まった公園計画に対する住民運動が原点となる。谷戸の風景を残し農体験のできる場にしたいと、当時では前例のない行政への市民参加・協働の働きかけを市に要望。それが認められ山林や田んぼの手入れ、谷戸の植生調査、長年にわたって不法投棄されたゴミの片づけ、公園用地に隣接する民有の休耕田を復元するための援農など、すべてボランティアの自主活動により実践する。その独自性・活動実績が認められ1984年から10年間、公益信託「富士フイルム・グリーンファンド」(4)のパートナーに選ばれ礎を築く。
1984年10月、横浜市より公園予定地内の谷戸の水田跡地と山林部分の計25,000㎡の使用許可を受け市民活動が誕生。1985年公園の整備工事が始まり1993年6月に開園。こうして出来上がった公園内にはいくつもの水源(資料4)が本来の形のまま保全され地区中心には長く大きな田んぼが整備された。また隣の品濃町にあった明治後期の建築である古民家が移築され「小谷戸の里」という活動の拠点も作られる。
開園二年目には活動基準のルール作りを行い、それを次世代に引き継ぐ人材育成・確保のため自然保護活動、農体験、レクリエーションに専門性を持ちコーディネート力を学ぶ「谷戸学校」(資料5)をスタートさせる。
2006年から横浜市指定管理者となり、2012年「NPO法人 舞岡・やとひと未来」に改称、2015年横浜市より認定NPO法人に認証され現在に至る。詳しくは年表を参照(資料6)

4,評価
①空間性の考察(資料7)
①-1:景観を損ねない工夫や演出。特に5つの特徴が挙げられる。
1,主園路の土舗装と木製電柱(老朽化の為いずれ撤去予定)
2,木造平屋造の管理棟
3,古民家の移築
4,水車小屋、火の見櫓の設置
5,自然物利用の看板

①-2:「人の営み」が風景になる空間性 ―川添善行の空間に関する論考より(資料8)
田園体験区域では四季折々の物質的変化に加え、ボランティア活動等による動的な風景が展開されている。田園体験区域=モノとしての価値と、人々の活動=コトとしての価値の組み合わせであり「文化的景観」(5)といえる。
田園体験区域での活動の目的がこの場所の環境と景観の保全であることを一人一人がしっかり理解しており、次世代に繋げたいという信念に基づいて行われている。これは過去から大切なものを見極め選択し、時間の流れを未来へと接続するというデザインの営みそのものであると高く評価する。

②時間性の考察 ー中西紹一、森公一の時間に関する論考より(資料9)(6)
②-1:「タイムスリップ」したかのような時間性
田園体験区域には生態系を守り希少な動植物の保護のため、エリアの境界として三つの入り口に門を設置し夜間の立入を禁止(7)している。門の横には「舞岡公園憲章」(8)を記した掲示板を掲げている場所もあり区域の内と外を分けるシンボル的役割も担う。
この門を通過することで日常の時間から「分離」し、生き物たちの鳴き声を全身に受けながら土の道を歩いていくと昭和30年頃の壮大な景観が目の前に広がる。このことから時間性を感じ「形式性」が生じる。さらに区域奥に進むにつれて茅葺屋根の古民家が現れ非日常の時間に「移行」する。当時の懐かしい風景から思い出が蘇り、五感で感じる瞬間があるかもしれない。これは「逆転・役割転倒」といえる。田園体験区域を出ると徐々にアスファルトの道が現れ、多くの車が往来し日常の時間に「統合」していく。
このようにこの空間を歩くことで生じる時間性がエドマンド・リーチの儀礼論と一致する。

②-2:農文化・農芸体験活動から伝える「季節感」という時間のデザイン(資料10)(9)
「やとひと未来」の事業の一つである農文化・農芸体験活動では、古民家を中心に家庭で失われつつある様々な日本の伝統的な行事や農芸体験を行っている。それは季節感という時間のデザインによる仕掛けを通しこの場所で人々が感じる時間概念を作り出しているといえる。

②-3:活動から生じる時間のデザイン(10)
田園体験区域でのボランティア活動やイベント事業はまさに環境問題に関することであり、すべての活動や事業はエコイベントの4つのタイプに分類(11)することが出来る。
ボランティア活動やイベント参加では時間を忘れ没頭して活動する。そこで生じている時間性はミハイ・チクセントのいう「フロー状態」にあり持続可能な活動に繋がる。また活動で得た様々な知識や感覚がさらに「事後の時間」へと繋がっている。(12)

③「引き算の発想」というデザイン  ―早川克美のデザインへのまなざしより(13)
『舞岡公園憲章』の理念を徹底し、農薬や化学物質を一切使わずすべて手作業で行うこと(14)、自動販売機を公園内には置かない(15)、イベント来園者のマイ食器・箸の持参など、現代社会の過剰なサービスに囲まれた身の回りを見直す視点を提起している。このことは人間本来の感受性を甦らせ、支え合いのコミュニティという社会デザインがこの空間から始まり、日本人の心のふるさとが灯る希望の場所といえる。

5,比較
隣接する横浜市港南区に1986年3月開園の「横浜自然観察の森」(資料11)という場所がある。そこは自然に親しみ、自然を知るための施設として環境教育、環境保全ボランティアの育成推進の拠点となっており、安全に観察が行えるよう4つのネイチャートレイルが整備されている。
この空間は安全第一への配慮から建造物、案内板等は自然物ばかりではなく耐久性に優れた素材で作られた物が多く設置され、園内はアスファルトの広い道や立派な手すりもありとても歩きやすい。また番号による案内が掲示されているため迷うことなく安心して進むことが出来る。
しかし、逆に田園体験区域で感じる空間性、時間性によるデザイン思考を論じることや日常を離れることは難しいといえる。このことからも田園体験区域の空間にこめられた意志、思い入れの深さが浮かび上がる。

6,今後の課題と展望
現在の問題点として市内の限られた場所でしか見ることのできなくなった植物、昆虫、鳥が生息している公園であるがその数が減少していること。もう一つは外来生物の移入の激増が挙げられる。(16)
さらに公園南部には都市計画道路「横浜藤沢線」の建設の予定があり、おんどまり環境区の湧水への影響が懸念される。(17)
また携わってきた人々の高齢化という大きな問題ものしかかる。そのため開園30周年記念事業の一環として舞岡公園の未来を考える組織『未来宣言推進委員会』が発足した。(資料12)これまでの歴史を尊重し継承しつつ長期的展望を見据え、たくさんの人がより関わりやすい組織づくりとはどのようなものなのか専門的機関、地域との連携・協力、若い人材の確保など、時代のニーズを取り入れた更なる柔軟な対応をしようと動き始めている。

7,まとめ
舞岡公園田園体験区域の空間性、時間性を評価した結果、この空間は公園という概念に留まらず、日本の伝統的田園風景という空間的思想が残り継承されていると高く評価できる。
私たちにとって日常であったこのような環境や風景はより速く、便利にと急ぐ現代社会によって非日常となってしまった。しかし様々な地球環境問題の解決のためにはこのような空間こそ見直されるべきであり、すべての生き物にとって今後最も必要不可欠な場所となるであろう。

参考文献

【注釈】
(1)①田園体験事業 ②農文化・農芸体験事業 ③施設維持管理 ④生物多様性 ⑤地域連携 ⑥里地里山再生 ⑦人材育成という7つの部門に分かれ田園体験区域の維持管理運営を行い、延べ年間約4万人のボランティアの人々が活動している。
(『舞岡公園の市民活動』舞岡・やとひと未来より参照)

(2) 園内は動植物の保護や利用形態の違いを考慮し以下の3つのゾーン(1,一般区域 2,田園体験区域 3,自然保護区域)に区分されている。
1,一般区域   一般の公園と概ね同じ利用形態(散策、休憩など)
2,田園体験区域 「田園・自然の環境を活かす」という計画理念を具現化し、約5000㎡の水田と田園体験施設の中心部に管理施設(小谷戸の里)を集約して配置
3,自然保護区域 生き物の生育環境の保全から自然度の高い5つの谷戸を保護区に設定し、一般利用者の立入を制限
(『舞岡公園保全計画』横浜市環境創造局南部公園緑地事務所2021.3より参照)

(3)関東平野と呼ばれる一帯はそのすべてが平坦というわけではなく、なだらかな丘陵になっているところも少なくない。丘の上には畑や雑木林、細長く入り組んだ低地には水田が並ぶといった風景がどこでも見られていた。多摩丘陵から三浦半島にかけてそのような地形が多く一般に谷戸(やと)と呼ばれた。この呼び名は神奈川から東京、埼玉あたりにかけて聞かれる呼称であり、現在も谷戸と名前がつく場所や公園の呼称が残っている。
(舞岡公園公式ホームページより 2023.7.8閲覧)

2,基本情報については、横浜市ホームページ参照

(4)1983年に社会貢献の一環として「自然保護」を対象に10億円の資金を拠出し「公益信託富士フイルム・グリーンファンド(FGF)」を設立。自然保護をテーマとした民間企業による公益信託としては日本最初のものである。
(富士フイルムホールディングス(株)ホームページより 2023.7.8閲覧)

(5)川添善行著、早川克美編『空間にこめられた意志をたどる』、藝術学舎、第2刷2020年
P142  文化的景観とは、「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」(文化財保護法第二条第1項第五号より)と記されている。平成16年の文化財保護法改正で新たに「文化的景観」が文化財の種類に加えられ、2013年11月1日現在、全国で38件の重要文化的景観が選定されている。
P136 第11章「保存と生業」を参照して考察

(6)中西紹一、早川克美編『時間のデザイン』、藝術学舎、2014年 P21~第2章「普遍的な時間のデザイン」を参照し考察

(7)田園区域開門時間  11月から3月まで 8時半から17時
            4月から10月まで 8時半から19時
小谷戸の里開園時間  11月から3月まで  9時から17時
             4月から10月まで 9時から19時
           休館日 第1,3月曜日 祝祭日の場合は翌日
それ以外の区域は24時間開放している

(8)『舞岡公園憲章』 1993年11月23日 制定
私たちは、横浜市の原風景である谷戸を愛する市民です。
舞岡公園は、水や土、それに私たち人間をはじめとする、生きとし生けるものの調和によって成り立ってきた谷戸の景観をとどめています。この緑あふれる谷と丘を良好に維持保全し、ながく後世に引き継ぐことを目的として、ここに憲章を定めます。
・私たちは、舞岡公園で自然とふれあい、様々な生き物たちと共にあることを大切にします。
・私たちは、谷戸で受け継がれてきた文化や農体験を大切にします。
・私たちは、舞岡公園を市民の手づくりによる市民のための公園にします。

(9) 中西紹一、早川克美編『時間のデザイン』、藝術学舎、2014年 P45~第4章「季節感に見られる時間のデザイン」を参照し考察

(10)中西紹一、早川克美編『時間のデザイン』、藝術学舎、2014年 P99~第9章「エコイベントが変える未来の時間」を参照し考察

(11)舞岡公園のイベントを4つのタイプに分類
①フェスティバル型→収穫祭、グループ内での炊き出し
②アウトドア協働型→雑木林整備、田んぼ作業、畑作業
③クラフト講座型→各種イベント(わら細工、竹細工等)
④フォーラム型→谷戸学校での学び

(12)ボランティアとして関わる人だけでなく、来園者にも「事後の時間」に繋げる事例として、あえて草木に名札を付けず「これは何?」という会話から人との触れ合いが生じることを意図しているなどの様々な仕掛けや、親子で参加できる作業やイベントへの参加から、家庭に戻ってからの会話の展開など「事後の時間」を生む要素を作り出している。(舞岡公園ホームページ2023.7.11閲覧)

(13)早川克美著『デザインへのまなざし』、藝術学舎、第2刷2020年 P105~第9章「気配を想像する」、第15章「私たちのデザイン」を参照し考察

(14) 自家採取した籾を使って苗づくりから無農薬栽培を実施。また、堆肥も公園内の田んぼの草や藁、落葉を堆積した堆肥のみ使用した栽培
舞岡流の有機栽培「三原則」2002年制定
①農薬を使用しない ②化学肥料を使用しない ③機械を使用しない
また、公園内の物を持ち出さない、公園内に持ち込まないというルールも存在する。

(15) 自動販売機は駐車場入口付近にのみ配置。
田園体験区域には、夜行性の生き物や環境への配慮から外灯も設置されていない。草木に名札がないことと同様、谷戸の風景をゆったりと楽しんでもらいたいとの思いからである。
(舞岡公園ホームページ2023.7.11閲覧)

(16)①水鳥、冬鳥、トンボの種類の減少が特に挙げられるが、その原因として気候変動によることなのか、来園者の増加なのか、②が原因の一つなのか、はっきりとしたことは分かっていない。
②外来生物の移入の激増によって在来生物の生息環境が壊されている。
植物→セイタカアワダチソウ、セイヨウタンポポ、アメリカフロウ、ニワゼキショウ、ウラジロチチコグサ等が公園のすぐ外にはいくらでも生えている
水性生物→アメリカザリガニ、ウシガエル、アカミミガメ等
動物→アライグマ、タイワンリス等
(やとひと未来事務局長 安田さんからのお話より2023.7.9)

(17) 『舞岡公園保全計画』横浜市環境創造局南部公園緑地事務所2021.3より参照
おんどまり環境区の場所は、資料1に記載の地図を参照。

【参考文献・書籍】
・横浜市環境創造局南部公園緑地事務所『舞岡公園保全計画』、2021年3月策定
・村橋克彦監修/横浜市立大学国際総合科学部ヨコハマ企業戦略コース編、『横浜まちづくり市民活動の歴史と現状―未来を展望してー』、(株)学文社、2009年7月25日初版
・小野佐知子『こんな公園がほしい―住民がつくる公共空間』、1997年11月1日初版、築地書館(株)
・浅羽良和『里山公園と「市民の森」づくりの物語―よこはま舞岡公園と新治での実践―』、2003年9月30日初版、(株)はる書房
・特定非営利活動法人 舞岡・やとひと未来 企画編集・発行
『舞岡公園開園25周年記念誌「人と人、人と自然をつないで」~生物多様性あふれる地域コミュニティーを未来へ』、2018年7月31日
・『舞岡公園の市民活動(自然体験施設・文化体験施設の管理・運営概要)令和3年実績版』、2022年6月
・『舞岡公園開園30周年記念 ようこそ舞岡公園へ ~懐かしい風景とたくさんの生きものに出会う里~』、令和5年4月1日
・舞岡公園田園・小谷戸の里発行『管理運営委員会かぞえ年でつくった舞岡公園開園20周年記念誌2021』、2021年3月
・古南幸弘、尾﨑理恵、掛下尚一郎編集『(公財)日本野鳥の会ブックレット4 都市の森の自然保護 横浜自然観察の森の三十年』、2017年3月27日

・早川克美、『芸術教養シリーズ17、私たちのデザイン1、デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』第2刷、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年
・中西紹一、早川克美『芸術教養シリーズ18、私たちのデザイン2、時間のデザイン―経験に埋め込まれた構造を読み解く』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2014年
・川添善行、早川克美、『芸術教養シリーズ19、私たちのデザイン3、空間にこめられた意志をたどる』第2刷、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年
 
【参考文献・論文】
・林公則著『横浜市における公園管理 -舞岡公園における市民と行政の連携・協働-』   明治学院大学機関リポジトリ 明治学院大学国際学研究2021年10月31日
・研究員 寺林暁良『生物多様性問題の展開と方向性』農林金融2010年10月

・芸術教養演習1拙稿「市街地の海に浮かぶ緑の島 ~舞岡公園の景観~」、2022年度冬期
・芸術教養演習2拙稿「コミュニティ運営:NPO法人 舞岡・やとひと未来について」、2022年度秋期
 
【Web閲覧】
・公園とみどり 横浜の150年より『郊外の緑を残す/横浜の原風景を守る取組』、2022.12
・舞岡公園公式ホームページ、2023.7
・横浜市公式ホームページ、2023.7
・横浜自然観察の森ホームページ、2023.7

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