美しい国づくり推進室によるカントリー・アイデンティティの形成手法について

高橋 恵理子

0.はじめに
2007年、「美しい国、日本」というスローガンを掲げ、日本の理念、目指すべき方向を模索するプロジェクトが日本政府内にあった。それが「美しい国づくりプロジェクト」である。日本らしさを文化の基軸に据え、カントリー・アイデンティティを国民で共有し、それを基に国内外へ向けての広報活動や政策立案をするつもりであった。しかしながら、政権の退陣によりわずか7ヶ月でプロジェクトは終了している。当時企画官だった、立谷光太郎氏から詳細を聞くことができ、中途の成果物であっても今の日本に残すべき資産と考え、国家像の形成手法と編集、そこから導き出されたものを考察する。

1-1.基本データ
正式名称:「『美しい国づくり』プロジェクト」[1]
事務局:内閣官房 美しい国づくり推進室
期間:平成19年3月23日~平成19年9月21日
構成員:政府職員5名、独立行政法人・民間出向者4名
対象:全日本国民
目的:①「日本ならでは」の感性、知恵、工夫、行動に気づき、生活の中で創出することによる『カントリー・アイデンティティ』の形成と共有。日本人としての誇りの醸成。②行動を世界に発信し、世界との相互理解や経済進出に伴う文化的共感、信頼感の獲得。

1-2.美しい国づくりプロジェクトが発足した背景
当時の安倍晋三総理大臣は、日本にナショナル・アイデンティティ[註1]がないことを危惧し、日本らしさを文化の基軸に据え、導き出された“日本らしさ・ならでは“を国民で共有し、それに基づいた国内外へ向けた情報発信を通じて、日本のブランディングを行おうとした。(前述1-1目的①)立谷氏によると、その背景には、ODAを含め世界に経済貢献を行うものの評価をされない日本の姿があった。政府はその原因を「経済貢献に文化や生活が伴っていない」とし、世界から「ああいう国になりたい」と憧れを抱かれる国、文化を背景にさらなる成長を遂げる政策を作るという意図があった。(前述1-1目的②)

2006年6月、安倍晋三著「美しい国へ」を発表し、同年9月、安倍元総理大臣は所信表明演説にて「美しい国、日本」と発言。その内容を4本柱にまとめた。[2]
■文化、伝統、自然、歴史を大切にする国
■自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国
■未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国
ゆえに、■世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国 とした。
この4本柱を機能させるために「美しい国づくり」推進室の設置とプロジェクトが発足した。

2.評価すべき点
2-1.国民から意見募集、意見集約
プロジェクト開始直後より、『あなたが思う「日本の“らしさ”“ならでは”」である美しい日本の粋(すい)[註2]』を、国内外、国籍問わず日本に関わる人より広く募集した。[3]広報は新聞広告、インターネットを用い、一人ひとりの内にある日本らしさの表現を募集したものである。2ヶ月間で、3447件の意見が寄せられ、推進室がそれを分類整理した結果、多様な意見を以下の6分野に分類することができた。[4-別紙2]
「気質・感性/生活様式/文化芸術/自然・景観/健全で安心・安全な社会/技術」
国民より広く募集し、意見集約、整理分類する手法は国レベルのプロジェクトでは聞いたことがない。公務員の他、民間からの出向者で構成されたことで、民間のワークショップ手法を対国民に実践した点において評価する。

2-2.編集方法
次に、多様性をそのまま活かした分類について評価する。四季のある自然、里山やまち並み景観、文化芸術、社会ルールや法制度、職人や先端技術といった、目に見える等顕在化した“もの・こと”があがる一方、『気質・感性』と『生活様式』にあたるものの合計が48%を占めている。そこから読み取れることは気質・感性やそれに伴う生活様式の土台の上に、一人ひとりの日常生活の中における「日本らしさ、ならでは」が在るということがわかる。[4-別紙3]この構造的把握から、土台というのは日本各地にある自然、景観、文化や技術であり、それらの上に発現するのが一人ひとりの生活を通した日本らしさである、としている。[資料1]

この構造化された日本らしさを基に、文化・芸能・歴史・産業等、各界の有識者による企画会議[5]でアイデンティティ形成へ昇華させようとした。
①4本柱をより具体的に議論し深掘りすること
②“私たち視点”で参加できる国民にとっての企画を発案し、一人ひとりの思いを引き出すような推進施策を検討すること
③共感・感動する広報展開を行うこと
④私たちの日本を世界に発信していくこと、を目的として設置された。
本来であれば、ここから討議が始まり、推進施策の検討実行や、それに伴う広報と広がりをみせるところであったが、政権退陣によりこのプロジェクトは幕を閉じた。

プロジェクト推進室はこれまでの考察より、地方ならではの文化、風土、歴史をその地域の人々が自覚し、行動することが重要とし、カントリー・アイデンティティは、地方創生なくしては成立しないと導いた。祭りや町並み、歴史的建造物、伝統技術など文化を守り、“我が町“の自覚を誇りとした人々が交流し、特徴を活かし合う事で、新しい文化や最先端技術が生まれると言うことである。

3.他の事例比較と特筆すべき点
本プロジェクトは、1997年5月英国トニー・ブレア首相が就任時から唱えた文化政策「クールブリタニア」と比較されることが多い。
クールブリタニアを紐解くと、①英国デジタル・文化、メディア・スポーツ省(DCMS)が所管する文化政策②DCMと英国貿易産業省(DTI)共管よる輸出政策③外務英連邦所管のパブリック・ディプロマシー政策から成立しており、①②については、現在実施されているクールジャパンに相当する。③に関しては、美しい国づくりプロジェクトと同様の目的を持っており、正確にいえば、クールブリタニアの一部と理念は同じであったといえる。
しかし、クールブリタニアは失敗したと言われている。太下義之のレポートによると[6]、2001年6月Jowell DCMD大臣は失敗の原因を、英国の複雑さを特別な存在に集約していこうという善意の試みであり、文化の集大成を試みたが、集大成しようとするほど硬化する。言語(英語)や共有された大衆文化は、異なるルーツがあることを意味しており、一つのフレーズ、一つの核心に要約することは出来ない、と述べている。
英国は、風土や歴史的な文化を土台にできず、現在の多様な文化から共通項を見い出し、特徴をワンコンセプトで表そうとした。また、共有すべきコンセプトを国が示し、国民がそれを受け容れる必要があった。失敗したと言われる理由が多民族性にあるとすれば当然である。「美しい国づくり」は自ら培ってきた生活・文化様式を自分ごとにし、そこに誇りをもつことから始めようとしていたため、ボトムアップ型でのアイデンティティ形成であり、その意味では多様性も包含しうるものであったと考える。

4.今後の展望について
可視化された日本らしさに基づき、有識者による企画会議を再招集するに値すると考える。そこには、日本を研究する外国人識者も参画し、外国人が考える日本らしさや海外との比較を加えると、将来にむけ持続性をもったカントリー・アイデンティティになると考える。
それは、ワークショップ手法の異なる視点、揺さぶりと同様である。

5.まとめ
第二次安倍政権下で、まず先に取組んだ施策に「地方創生」があるのは、この美しい国づくりの考察を基にしたからである。しかし、アイデンティティの核になる理念の共有は未だされていない。また、地域の文化に関心のない国民も多くなり[7]、継承が危機にあることは明白である。今後、広報を教育に変え、理念の共有と主体形成を図り、オールジャパンの具体的な実行に移すことが必要と考える。

  • 【資料1】卒論_技術の発現過程_page-0001 [資料1]技術の発現過程例。筆者作成。

参考文献

註・参考文献
■インタビュー
美しい国づくり推進室 企画官(当時)立谷光太郎氏(現株式会社博報堂 顧問)(2023/6/8実施)

■註
[註1] ナショナル・アイデンティティnational identity
一定の領土や共通の価値信条体系,社会文化的様式などのような,一つの共同体的単位としての国家の特性,あるいはこれに帰属しようとする構成員としての国民の一体感をいう。このような連帯意識は,特に新興独立国や深刻な分裂状況に直面した国家にとって,政治的権威の確立と並んで,国家的統一の根幹をなす。
ブリタニカオンラインジャパン
https://japan.eb.com/rg/article-08519100(2023/7/6閲覧)

[註2]粋(すい)
江戸時代における美意識の一つ。ものによく通じていること,あるいは通じている人をいい,転じて色の道によく通じていること,あるいはよく通じている巧者をいう。
ブリタニカオンラインジャパン、
https://japan.eb.com/rg/article-05969800 (2023/7/13閲覧)

■参考文献

[1]「美しい国づくり」プロジェクトHP、2007年。
https://web.archive.org/web/20070526115535/http://www.kantei.go.jp/be-nippon/index.html
(2023/6/9閲覧)

[2]「第165回国会 安倍内閣総理大臣所信表明演説」、2006年。
https://web.archive.org/web/20071018080702/http://kantei.go.jp/jp/singi/utukusii/abespeech/165.html/(2023/6/9閲覧)

[3]「募集要項-あなたが思う美しい国ニッポン」、「美しい国づくり」プロジェクト、2007年。
https://web.archive.org/web/20070526115112/http://www.kantei.go.jp/be-nippon/sui/index.html/(2023/7/6閲覧)

[4] 「美しい日本の粋」の最終取りまとめについて
https://www.kantei.go.jp/be-nippon/archive/release_0921.pdf

[5]「美しい国づくり企画会議有識者一覧」、「美しい国づくり」プロジェクト、2007年。 https://web.archive.org/web/20070526115512/http://www.kantei.go.jp/be-nippon/archive/index.html(2023/7/6閲覧)

[6] 太下義之「英国のクリエイティブ産業政策に関する研究~政策におけるクリエイティビティとデザイン~」、『季刊 政策・経営研究』/2009年。P.130-131
https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2012/07/1192.pdf(2023/6/30閲覧)

[7](5)地域の文化的環境「あなたは、文化芸術を鑑賞したり習い事をしたりする機会や、文化財・伝統的町並みの保存・整備などお住まいの地域での文化的な環境に満足していますか」、文化に関する世論調査 報告書(令和4年度調査)、文化庁、2022年。P.30
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/93911701_01.pdf
(2023/7/11閲覧)



■資料1作成 参考文献(全て2023/7/22閲覧)
・工芸ジャパン、https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/
・李参平の歴史、陶祖李参平窯、https://toso-lesanpei.com/history
・有田焼とは、有田観光協会、https://www.arita.jp/aritaware/
・柿右衛門とその歴史<江戸前期>、柿右衛門財団
https://kakiemon.or.jp/kakiemon/history.html
・「ふつう」じゃない鍬を100年作り続ける鍬専門工場、近藤製作所、中川政七商店の読み物、
https://story.nakagawa-masashichi.jp/26481
・近藤製作所 歴史と伝統、近藤製作所、https://kuwakaji.com/history/
・金沢漆器、金沢漆器商工業協同組合、http://www.icnet.or.jp/dentou/national/08.html
・日本遺産ポータルサイト、https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/
・南部鉄器の伝統とこれから、岩清水 晃著、公益社団法人 日本表面科学会、2017年。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsssj/38/9/38_479/_pdf/-char/ja
・盛岡南部鉄器の歴史、料理を旨くする南部鉄器ーあなたの知らない南部鉄器の世界、
https://kitchengoods-yanagiya.com/nanbutekki/history/morioka.html
・燕三条の歴史 ものづくりの始まり、燕三条 工場の祭典、https://kouba-fes.jp/history2/

■その他参考資料
・早川克美編、安斎勇樹著『私たちのデザイン5 協創の場のデザイン―
ワークショップで企業と地域が変わる』(芸術教養シリーズ21)、藝術学舎、2014年
・紫牟田伸子著、早川克美編『私たちのデザイン4 編集学―
つなげる思考・発見の技法』(芸術教養シリーズ20)、藝術学舎、2014年

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