きっぷの誕生から変遷、その技術と文化を伝える「Kumpel」の活動

松本 浩司

はじめに
「切符」「きっぷ」「乗車券」「乗車券類」はほぼ同じ意味だ。本稿では現在のJR東日本にならい、便宜上ひらがなの「きっぷ」に統一する。本稿の「きっぷ」は、鉄道に乗るため、または駅構内に入るための証拠証券性を備えた有価証券のこととする。

1:基本データ
「きっぷ」とは江戸時代初期に、堺や長崎で官許された「勘合貿易」につかわれた「割符」の別称である。書状を割き、日本の商人と外国船がそれぞれを保管し、翌年奉行所の役人の前で符号させ、許可された取引であることを確かめ合うもので、鎖国とともに廃止されたが、明治になってこれが乗車券の俗称になった経緯は判明していない。

2:歴史的背景
きっぷの誕生と日本での始まり

2-1:きっぷの誕生
きっぷは鉄道発祥の国イギリスで生まれた。
世界初の鉄道は、1825年9月27日開業のストックトン・アンド・ダーリントン鉄道だが、まだ馬車鉄道を兼ね、石炭輸送が主目的だった。蒸気機関車による公共旅客輸送機関としては、1830年9月15日開業のリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が最初である。旅客・貨物を輸送する、現在の鉄道と同じ形態で開業した。この頃のきっぷは薄い紙に一枚一枚手書きで、目的地・発車時刻・運賃・名前などを書き入れるもので、時間がかかることからクレームも多く、列車遅延の原因にもなる上に、売上金の正確なチェックも困難だった。その後、1832年7月17日開業のレスター・アンド・スワニングトン鉄道が開発した八角形の真鍮製きっぷ、1836年開業のロンドン・アンド・グリニッチ鉄道からは円形の銅製、銀製、象牙製きっぷが発売されたが、嵩張ることとコスト面の問題で普及するまでには至らなかった。
これらの問題を解決したのが、1837年(特許権取得は1840年)、ニューカスル・アンド・カーライル鉄道のミルトン駅長で、後に「鉄道きっぷの父」と呼ばれるトーマス・エドモンソン(1792~1851年)の発明したきっぷシステムである。エドモンソンのきっぷは、発着駅名、運賃、通し番号などの必要な情報の版を木枠にセットし、大槌で軽く打ってボール紙に印刷する木版印刷であった。また終列車が出た後、残存券の一番若い番号から前夜の番号を差し引き当日の発売枚数を調べ、その枚数に運賃を掛けて当日の売上金をチェックする、現在とほぼ同じシステムを作り出した。
さらにエドモンソンはきっぷのサイズも2 1/4インチ×1 3/16インチ(57.5×30mm)に統一し、専用の筒状の容器と印刷機械も製作した。このきっぷサイズと仕組みが世界の鉄道きっぷ制度の根源となったのである。これらのシステムは利便性の高さが認められ、イギリス国内のほかフランスを初め各国に広がり、きっぷの標準型として主要国のきっぷ規則に現在も「エドモンソン型(Edmonson Ticket)」と表示されるほど世界共通語になっている。

2-2-1:日本でのきっぷの始まり
日本でのきっぷの起源は、1872年(明治5年)9月12日の鉄道創業時に始まる。
新橋~横浜間鉄道開行式は、明治天皇を仰ぎ華々しく挙行された。その開業記念式典の入場券が日本初のきっぷである。
創業時の日本にはきっぷの製造能力は無かったため、印刷機械、用紙、日付印刷機から改札の鋏(はさみ)までのすべてをイギリスから輸入してきっぷを作った。[写真1]そのため、日本では開通当初からエドモンソン型のきっぷを採用し、活字体などのデザインもイギリスと似ていた。後に日本できっぷの紙を製造するようになるが、初期のきっぷは粗い厚ボール紙の表裏に色のついた和紙などの薄紙を貼り合わせた粗雑なものであった。現在も残る硬券(こうけん)[註1]と呼ばれるきっぷ用紙に近い、平滑な厚紙になったのは明治末期以降である。

2-2-2:日本でのきっぷの発展
日本のきっぷには A型、 B型、 C型、 D型と呼ばれる4種類のサイズがある。[写真2][資料1]
A型は先述したエドモンソン型で、57.5×30mmの世界きっぷの標準型。現在の自動券売機から買うきっぷもこのサイズである。B型は57.5×25mmで、1928年(昭和3年)9月16日に首都圏の「電車特定運賃区間」に初めて採用された。紙の節約を考えて、有楽町印刷場の武井伝次郎場長によって考案されたサイズで、同じサイズの板紙からA型なら117枚とれるところを、B型だと135枚とれた。戦時中は物資不足のため様々なきっぷに採用され、後に韓国、中国にも波及した。C型はA型を上下に合わせた57.5×60mmで、1907年(明治40年)帝国鉄道省の「補充往復乗車券類」に初めて採用され、以来、様々なきっぷに採用されたが、用紙のロスが多いことなどから現在では私鉄の記念券[註2]などを除いて姿を消した。D型はA型を横長にした88×30mmサイズで、鉄道院時代の「カード式指定補充式片道乗車券」が始めとされているが、正式なことは分かっていない。当時は現在のD型よりもやや長かった。1965年(昭和40年)頃からは料金券や往復券に採用され、現在でも一部私鉄で硬券のきっぷとして使用されている。海外だと韓国、台湾に多く見られる。

3:きっぷの変遷
硬券から軟券へ、またICカードへの移行

日本中で使われていた硬券のきっぷだが、薄いロール紙をセットして印字する自動券売機から発券される軟券[註3]の普及により、実用面では徐々に使われなくなっていった。自動券売機のルーツは1911年(明治44年)に梅田駅(現大阪駅)に登場した「入場券売函」だとされているが詳細は不明で、日本国有鉄道編纂『日本国有鉄道百年史』(1969年)によると、1926年(大正15年)に東京、上野の両駅においてドイツ製の券売機で入場券を発売したのが自動券売機の始まりとされている。その後、自動券売機のきっぷもインク式から、現行の熱で印字するサーマル式印刷のきっぷへと移った。また2001年(平成13年)11月18日には、1980年代後半から「きっぷを無くしたい」として開発が進められた、ICカード出改札システム「Suica」[註4]が東京圏424駅で一斉に導入され、きっぷも1872年の誕生から大きく変貌を遂げた。ここで硬券きっぷの役割はほぼ終焉を迎えた。

4:きっぷの文化と技術の継承
昔ながらの硬券きっぷは活版、もしくは凸版で印刷される。現在主流のオフセット印刷や無版で汎用性の高いデジタル印刷機と違い、手間と時間がかかる上、経験により出来栄えが大きく左右されるため、今では硬券きっぷを印刷できる会社はほとんどなくなり、関東では数社しか残っていない。[写真3、4、5]
150年近く続く、硬券きっぷの文化と印刷技術はこのままではいづれ消えゆく運命にある。そこで、硬券きっぷとその印刷技術を途絶えさせずに後世に残すために動いたのが、創業以来約100年にわたってきっぷを中心に凸版印刷の技術を継承してきた老舗印刷会社が立ち上げた、筆者の属する「Kumpel(クンペル)」というプロジェクトチームだ。

5:今後の展望
Kumpelは昔の硬券きっぷを知らない人たちにも、その手触り、風合いや凸版印刷の価値を伝えたいという想いのもと、きっぷと同じ素材・製法で製作する、既存の鉄道アイテムのデザインとは一線を画すワンランク上のステーショナリーブランドを目指し出発した。[写真6]
鉄道愛好家以外の幅広い層にもきっぷの良さを広めたいと考え、お洒落なアイテムや文具、雑貨が好きな20代後半から50代くらいまでの女性をメインターゲットとした。近年その魅力が見直されている活版印刷は、まさにきっぷ印刷において活用されてきた技術である。ターゲット層の近いイベントでの販売とワークショップを足がかりに、きっぷの良さは少しづつだが着実に広まりつつある。[註5]イベントを通して、昔のきっぷを知らない世代には新鮮なアイテムに映り、きっぷと知らなくても手に取ってもらえば、きっぷを知るきっかけとなる。また硬券きっぷを知っている世代にも、懐かしみを持ってきっぷの良さを再認識してもらうきっかけになればと考えている。

6:結び
本稿では、きっぷの誕生からICカード出改札システム導入による硬券きっぷ終焉までの変遷、その硬券きっぷの文化と印刷技術を途絶えさせないために動き出したKumpelの活動について述べた。

そのままにしておけば、この先消え入りそうな硬券きっぷの文化と印刷技術を、Kumpelの活動を通じて今後も広がることに期待したい。

  • [写真1]開通当初のきっぷ(鉄道博物館所蔵。所有者は天理参考館) 筆者撮影(非公開)
  • [写真2]まだ地方鉄道に残る硬券のきっぷ(手前がD型、左上がA型、右側2枚がB型) 筆者撮影(非公開)
  • [写真3]きっぷ専用印刷機(國友鐵工所製) 筆者撮影(非公開)
  • [写真4]きっぷ印刷風景(A型硬券きっぷを印刷中) 筆者撮影(非公開)
  • [写真5]凸版印刷機(ドイツの老舗メーカー・ハイデルベルグ社製「プラテン」) 筆者撮影(非公開)
  • [写真6]ステーショナリーブランド「Kumpel」の商品 筆者撮影(非公開)
  • 7 [資料1]きっぷの構造 筆者制作

参考文献

【参考文献】
日本国有鉄道編纂『日本国有鉄道百年史』(1969年)
帝都高速度交通営団『東京地下鉄開通50年の記録』(1979年)
近藤喜代太郎『国鉄きっぷ全ガイド』日本交通公社出版事業部(1987年)
徳江茂『きっぷの話』成山堂書店(1994年)
鉄道きっぷ研究会『鉄道きっぷ大図鑑』株式会社双葉社(2008年)
辻阪昭浩『鉄道きっぷクロニクル』イカロス出版(2011年)
澤村光一郎『鉄道切符ガイドブック』ミリオン出版(2017年)

【参考Webページ】
JR東日本ホームページ『Suica誕生までの軌跡』 http://www.jreast.co.jp/development/story/

【註釈】
[註1]硬券:鉄道創業時から使用されてきた厚紙きっぷの総称で、国鉄時代の基規179条で、板紙560g/㎡(厚みにして0.65〜0.7mm程度)と定められた。
[註2]記念券:鉄道各社が記念に発売するきっぷの総称。会社の周年記念券や、車両のデビュー記念券や引退記念券、駅舎の開業記念券などがある。
[註3]軟券:硬券に対して、やや薄手のきっぷで、「半硬券」と呼ばれることもある。基規179条では、定期券などは上質紙127.9g/㎡、団体乗車券などは上質紙81.4g/㎡と定められた。
[註4]Suica:東日本旅客鉄道株式会社が開発した、鉄道、バス、買い物などに利用できるICカード。
[註5]参加実績イベント:
①「紙博 in 東京 vol.2」2018年6月9〜10日 主催:手紙社 来場者数:約2万人
②「第25回 文具祭り」2018年6月14日 主催:だいたひかる&ノベルティ研究所
③「紙フェス vol.2」2018年6月18日〜7月3日 主催:東急ハンズ池袋店
④「DESIGN TOKYO 中原淳一ブース」2018年7月4日〜6日 主催:リードエグジビションジャパン
⑤「活版TOKYO」2018年7月28〜29日 主催:活版TOKYO運営事務局 来場者数:約5千人