Ayalis in Motionの作品を通して考える日本におけるコンテンポラリー・ダンスの展望

高橋 純

1.はじめに
20世紀前半にアメリカのイザドラ・ダンカン(1877~1927)やマーサ・グレアム(1894~1991)らによって、クラシック・バレエとはまったく異なる体系の「モダン・ダンス」が作られた。ドイツでも「表現主義ダンス」と称される同様な動きがあり、バレエとは別の新しい芸術的なダンスが指向された。
グレアムのもとで学んだマース・カニンガム(1919~2009)は、人間の内面描写を物語性を表現するグレアムの手法に疑問をもち、その手法から自由になった抽象的なダンスを創り出した。これは「ポスト・モダンダンス」と呼ばれるようになり、舞台芸術だけでなく多方面にわたり大きな影響を与えた。
そして、20世紀後半に登場したのが「コンテンポラリー・ダンス」である。コンテンポラリー・ダンスはフランスで起きた「ヌーベル・ダンス」がその起源で、ポスト・モダンダンス以降のダンスを指している。ドイツのタンツ・テアター、日本の舞踏など振り付けや表現方法に決まった形がなく、自由で多彩なダンスが時代とともに変化しながら展開している。
日本におけるコンテンポラリー・ダンスも多種多様であり、ここではAyalis in Motion が2022年11月に行った公演を例にあげ、その注目すべき点と日本におけるコンテンポラリー・ダンスの展望について考える。

2.Ayalis in Motionについて
2018年にニューヨーク州公認コンテンポラリー・ダンスカンパニーとして設立された。アメリカ、アイスランド、フランス、トルコなどで作品を発表しており、最優秀審査員賞、最優秀オーディエンス賞をはじめ各賞を受賞した。2021年より拠点を日本に移している。
芸術監督である高橋綾子は慶応義塾大学人間科学科卒業後渡米し、Lesley Universityにて修士を取得し、マサチューセッツ州公認臨床心理士・米国公認ダンスムーブメントセラピストとしても活動している。

3.Ayalis in Motion の新作公演とその評価
2022年11月29,30日の2日間にわたり、東京五反田の東京デザインセンターガレリアホールにおいて、Ayalis in Motionの新作公演「Sugar in the Sea ~悲しみの讃歌~」が行われた。この公演のフライヤーには下記のように書かれている。

ひと匙の砂糖は大海にどれほどの変化をもたらすのだろうか?個人の存在意義と価値と
は…。舞台は精神科閉鎖病棟。会場にいる全ての人が患者として存在し、踊り手も見届け人
も 食べ飲み歌い、踊り狂う。互いが共鳴し作り上げる体験型パフォーマンス、Ayalis in
Motionオリジナルの世界観を存分にお楽しみください。(1)

この公演の特色としてまず使用した会場の構造があげられる。ガレリアホールは一般的には、展示会などで利用されるギャラリーで通常の劇場とは異なる。このホールの地下1階と2階を会場とし、主にダンスを披露するフロアは地下2階である。各階に展示スペース、地下2階にはバーカウンターがある。展示スペースにはコラボレーションした各種アーティストの作品が展示され、公演の前後に作品を鑑賞したり飲食ができるようになっている(図1)。このように、コンテンポラリー・ダンスになじみのあまりない者にとっても、興味がそそられ来場しやすい工夫がされている。
また、会場全体が「S.S病院精神科病棟」という設定で、来場者は入院患者となる。ダンサーは入院患者と医療チームに分かれ、ダンス公演が始まる前からその役を演じている。パンフレット(写真1)には、次のような「病院長よりごあいさつ」が書かれている。

この度は数ある病院の中から本院をお選びいただきまして誠にありがとうございます。本
院は美味しい飲み物やアートセラピーをはじめとする最新の治療法をそろえ、みなさまの社
会復帰のサポートをさせて頂くべく、職員一同、日々邁進しております。安心して自由にお
過ごしくださいませ。日常生活のストレスから解放され、ゆっくり心と身体を療養いただけ
ますと幸いです。(2)

会場に足を踏み入れた瞬間から観客も作品の一部となり、五感全てを使って作品を体験してもらうことがコンセプトとなっている。本編上演の1時間前より既にダンサーが動きまわり、「Sugar in the Sea」の世界観を体現している。来場者は本編が始まる前からダンサーとふれあい、この作品の一部となっていく。観客用の指定席はなく、会場にある椅子やクッションを利用し自由に席を決め鑑賞する。
突如耳をつんざくような女性の叫びを合図に本編のダンスが始まる。約1時間の本編では、ダンサーたちが音楽に合わせ踊り様々な身体表現を試みる。そして、中盤では観客を招き入れ一緒に踊り、体験型パフォーマンスとしてオリジナルの世界観を共有する(写2,3)。
芸術監督の高橋はインタビューで、「日本人はダンスと普段の生活を切り離しすぎている気がする。ダンスと日常の境目がないような生き方、作品つくりをしたいと思っている。(3)と述べており、今回の公演にはこの考え方が反映されている。
筆者は2日間にわたりこの公演に観客として参加したが、高橋の意図が強く感じられる内容で、観客とダンサーの繋がりが感じられる作品であった。

この公演の協力アーティストは下記の通りである(写真5、6)。
加藤慧(mixed media artist)、神田豊島屋(醸造家)、三木瑛子(鍛金作家)、caféあおい
と(カフェティエ)、Kakeru Asai(アートジュエリー作家)、荒俣夏美(ダンサー)、大上
一重(デザイナー)

4.「Sugar in the Sea」で注目すべき点
日本のコンテンポラリー・ダンスについて考える点で欠かせないのは暗黒舞踏である。1960年代に土方巽、大野一雄らによって始められ、欧米で高く評価され舞踏(Butoh)として世界に知られる。床や地面へのこだわり、中腰でゆっくり動くなど、クラシック・バレエとはまったく異なる動きをする。この舞踏から大きな影響を受けた日本のコンテンポラリー・ダンスは多い。
そのような中で「Sugar in the Sea」において注目すべきことは、イスラエル発祥のコンテンポラリー・ダンステクニック Kinetica をベースとして作品を創っていることである。これは⽔の動きからインスピレーションを受け、⾝体と脳を解放し⾃由に動くことができるようになるメソッドである。今回の作品ではこの手法が随所に生かされており、水の流れのような動きが見られた。芸術監督の高橋はイスラエルのNadine Bommer Dance Company で指導を受けこのメソッドを教える資格を取得している。

5.日本のコンテンポラリー・ダンスの展望
舞踊評論家の石井達朗は、コンテンポラリー・ダンスについて、表現の方法論においてはまったく自由である。男女差、世代差、年齢差、職業、経験、学歴、師弟などのヒエラルキーから離れて、自分の身ひとつで表現することは、それまでの日本の歴史でほとんどなかったと述べている(4)。そうであるならば、コンテンポラリー・ダンスにおける身体表現は自由であり様々な試みがなされその可能性は広がっていく。しかし、志のある物が自由に創作できる一方で、日本の場合、ほとんどのダンサーがダンサーとしての収入だけで生活を成り立たせることはできない。非正規の仕事やアルバイトでやりくりしているのが現状である。また、普段の練習場や作品を発表する場の確保も容易ではない。
この解決策として、ダンスカンパニーが拠点となる劇場を持つことが考えられる。これによって、ダンサーの生活が保障されじっくりと作品の創作に取り組むことができる。ヨーロッパでは一般的だが、日本では新潟市民芸術文化会館を拠点とする金森穣の「Noism」が唯一の例である。
フランスやベルギーではアーティストの失業保険があり、外国人でも受給できる。また、ダンサーの医療費が半額などの補助も手厚い。日本でも文化芸術を育てるために国などから援助するという体制が必要だ。企業などにもメセナ活動などで援助を積極的に行ってほしい。そのためには、国民自身が芸術に触れる機会を日常生活の中で増やし、芸術を楽しみ援助への理解を深めてもらわなければならない。
ここで取り上げたAyalis in Motionのように日本には豊かな想像力や高い技術を持った多くのダンサーや振付家がいる。彼らが、継続的に創作活動ができるよう環境整備がされることを期待したい。

  • 81191_011_32183045_1_1_%e5%9b%b3%ef%bc%91 [図1]会場図(Ayalis in Motion作成、筆者撮影)
  • 81191_011_32183045_1_2_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%91 [写真1]パンフレット表紙(Ayalis in Motion作成、筆者撮影)
  • 81191_011_32183045_1_3_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%92 [写真2]公演風景(2022年11月30日筆者撮影)
  • 81191_011_32183045_1_4_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93 [写真3]公演風景(2022年11月30日筆者撮影)
  • 81191_011_32183045_1_5_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%94%e5%a4%a7%e4%b8%8a [写真4]協力アーティスト大上一重作品(Ayalis in Motion写真提供)
  • 81191_011_32183045_1_6_%e5%86%99%e7%9c%9f5%e5%8a%a0%e8%97%a4 [写真5]協力アーティスト加藤慧作品(Ayalis in Motion写真提供)
  • 81191_011_32183045_1_7_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%96%e3%83%aa%e3%83%8f%e3%83%bc%e3%82%b5%e3%83%ab%e9%a2%a8%e6%99%af [写真6]リハーサル風景(Ayalis in Motion写真提供)

参考文献


(1)Ayalis in Motion 公演「Sugar in the Sea ~悲しみの讃歌~」フライヤー、2022年
(2)Ayalis in Motion 公演「Sugar in the Sea ~悲しみの讃歌~」パンフレット、2022年11月29日
(3)高橋綾子インタビュー、2023年1月21日
(4)石井達朗『ダンスは冒険である』論創社、2020年、10頁

参考文献
・石井達朗『ダンスは冒険である』論創社、2020年
・アニエス・イズリーヌ 岩下綾・松澤慶信訳『ダンスは国家と踊る』慶応義塾大学出版会、2010年
・森山直人編『20世紀の文学・舞台芸術』芸術学舎、2014年
・乗越たかお『ダンス・バイブル増補新版』河出書房新社、2016年
・乗越たかお『どうせダンスなんか観ないんだろ⁉』NTT出版、2009年
・貫成人「コンテンポラリーダンスの身体とヨーロッパ諸都市の文化構造」、『人文科学年報』46、131-143、2016年
・永田美和「有身体表現におけるコンテンポラリーダンスの独自の文法」、『九州国際大学国際・経済論集』9、133-170、2022年
・稲田奈緒美「日本におけるコミュニティダンスの導入と展開」、『人文研究』11、桜美林大学、1-19、2020年
取材日
・「Sugar in the Sea」公演、2022年11月29、30日
・高橋綾子インタビュー、2023年1月21日

年月と地域
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