映像制作集団「分福」の活動から、日本の映画制作の変容を考察する

熱田 美希

はじめに
日本における映画制作は現在どのような時期にあるのか。映画監督の是枝監裕和氏(1962年-)は「action4cinema 日本版CNC設立を求める会」で映画制作の支援を統括する機関を設立するために活動し(註1、画像2)、自身が代表を務める“映像制作集団”の会社「分福」では、独自の考えにもとづき仲間たちと共に若い世代を育てながら映像制作を続けている(註2、画像1)。「分福」は日本における映像制作でどのような仕組みと創作を目指し、次世代に何を継いでいくのか。同社のプロデューサーである北原栄治氏(1976年-)に同社の活動について取材し、これからの日本の映画制作における変容を考察する。

1.「分福」について
是枝氏は1987年に早稲田大学を卒業後、テレビマンユニオンに参加し、ドキュメンタリー番組を中心に演出。2014年に独立し、西川美和監督らと共に「分福」(東京都渋谷区)を株式会社として設立。映画やドラマ、CMやミュージックビデオなどの映像制作を手がける。現在は監督やプロデューサーとして約20人が活動している(画像5)。

2. 世界的に評価される是枝作品、その手法を継ぐ「分福」の若手育成
是枝監督の映画は、『誰も知らない』(2004)、『そして父になる』(2013)、『万引き家族』(2018)、『ベイビー・ブローカー』(2022)、『怪物』(2023)など多くの作品がカンヌ国際映画祭ほかにて数々の賞を受賞し、世界的に高く評価されている(註3、画像4)。是枝作品では、家族のつながり(血のつながらない疑似家族を含む)や人情の機微といった万国共通の感覚を繊細に描き、登場人物を悪者として描くことはせず、子どもたち自身の言葉を引き出す演出で彼らのリアルな反応や会話を映す。そのため観客は年齢や国籍を問わず自然に共感し、各人の思索につながる。こうした是枝氏の映像制作における考え方や手法を、「分福」では後進の若手に積極的に伝えている。北原氏は若手を育成する“助手システム”について語る。「うちでは是枝や西川の現場に、新人を助手としてつけます。現場経験のほとんどない人間が撮影現場でのコミュニケーションや、脚本をブラッシュアップする考え方を技術的に学んでいく。また月に1回ぐらいの企画会議では、それぞれがやりたい映画やドラマの企画を持ち寄り、全員で意見を出し合って企画をより良くするためのディスカッションをします。現場での経験と脚本を練る企画会議を両輪として、監督やプロデューサーの目線を育てていく。脚本に是枝や私やほかのメンバーが意見を出し合うことは、ほかではあまりない手法ではないでしょうか。大変だがその方が圧倒的に面白くなる」

3.日本における映画の認識、海外の環境との比較
現在の映画の形式は、フランスのリュミエール兄弟(兄オーギュスト [1862-1954]と弟ルイ[1864-1948])が発明した撮影兼上映装置のシネマトグラフによる1985年の有料上映会から始まった。1920年代末頃にはアメリカで映画は無声から音声を伴うトーキーへと変化し、映画産業は各国で積極的に展開(註4)。日本では1912年に日本活動写真株式会社(日活)、1920年には松竹キネマ合名会社が設立され、映画産業が発展。そして第二次世界大戦の敗戦による厳しい情勢のなか、映画は人々の主要な娯楽のひとつとなり、1950年代には日本人の監督の作品が世界的に高く評価され、充実の時期を迎えた。しかし1960年代に日本でもテレビが各家庭に普及し、観客の映画離れが進み映画産業が衰退。この時期に低予算、早撮りをする仕組みが日本にできたとする見解もある(註5)。そして北原氏は、現在の日本映画のなかでも特に小規模~中規模の制作費の低さが大きな問題であると指摘する。「欧米では小規模な映画の予算でも日本の中規模ぐらいの制作費があります。今の若い世代は約1千万~3千万の制作費でつくることが多いが、それはかなり大変です。日数がかかると費用がかさむため約1週間~10日で撮影し、休みもなく非常に厳しい労働環境になる。制作費をかけて質の高いものをつくることが必要であり、分福では1本目から最低でも6~7千万の制作費と約3週間以上の撮影期間で撮らせたいと思っているが、それが今とても難しい」
また北原氏は、日本では映画が文化よりも産業と捉えられ保護をする発想がなく、制作を支援する体制が各国とは大きく異なると示す。「日本にも経済産業省のVIPO(特定非営利活動法人映像産業振興機構)(註6)の助成金などあるにはあるが、フランスのCNC(国立映画映像センター)(註7)や韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)(註8)と比べると十分とはいえません」

4. 動画配信サービスの利用増加、変わりゆく映画制作
動画配信サービスの利用率は、新型コロナの感染拡大により自宅で過ごす時間が増えたことでさらに増加し(註9、画像6)、DVDの売上が落ちている(註10、画像7)。北原氏は、1990年代には単館(配給会社の系列ではない独立した映画館)上映の人気があり、また興行が低迷してもDVDの売上で全体の収益を確保できたと説明。現代における映画鑑賞の環境の変化と、映画制作の問題をこのように指摘する。「2010年以降、特にこの5、6年で顕著に配信サービスが伸びて利益構造が大きく変わっていくなか、映画業界全体がこれから配信とどう関わっていくかを考えていて、是枝も配信でドラマをやっています(註11)。また我々が1番つくりたい中規模作品が劇場で売れにくくなった理由は、日本の映画館の仕組みがシネコン(註12)に変わり上映サイクルが短くなったこと。単館上映はひとつの劇場で1~2カ月くらい長く上映して利益を得るシステムだが、シネコンでは短期勝負となり求められる映画の考え方が大きく変わってくる」

5.日本の映画制作が変化していくために
是枝氏は「分福」とは別に、自身が共同代表を、西川美和氏が副代表を務める「action4cinema 日本版CNC設立を求める会(a4c)」の活動を行っている。ここでは観客が支払った映画料金の一部を資金として、映画に関わる労働、製作、流通、教育を支援する共助の仕組みを統括する機関を設立し、関係者たちが健全な環境で働くことを実現し、作品をより豊かなものにしていくことを目指している。そして「分福」でも、長く持続する組織となるべく体制を整えていきたいと北原氏は説明する。「弊社は基本的にメンバーが社員ではなくフリーランスでしたが、今後はプロダクションワークを自社で行い、スタッフが安定して健全に働けるようにしていきたい。『怪物』にも少額の出資をしていますが、ゆくゆくは自分たちで製作費を出して作品の権利をもち、責任をもってつくりたいものを制作するまでに発展していきたいなと。ただ簡単ではないので、皆さんのお力を借りながら徐々にそうなれたらと思います。若手の育成には、いい映画をつくってちゃんと売れる循環を組織のなかで確立していくことが非常に大切です。是枝が元気なうちに、分福を50年後も維持できる体制にしていきたいですね」
例えば宮崎駿氏が引退を撤回して原作・脚本・監督を手がけ、前作から10年を経て2023年7月14日に公開した長編映画『君たちはどう生きるか』は、スタジオジブリの単独出資である(註13)。宣伝を一切しない異例の手法が注目されるなか、配給元の東宝は2023年7月18日に、7月14日~17日の4日間で観客動員135万人、興行収入21.4億円をこえたと発表した(註14)。単独出資により作品の権利を保有し収益を得て次回作の資金を得る。今回のスタジオジブリの手法は、持続可能な映画制作の実例を示唆しているのではないだろうか(註15)。

6.まとめ
日本映画には登場人物の関係や心情を繊細に描写する物語性の強い名作がいくつもある。そうした流れを継ぐ実写の映画をこれからも日本で健全に創作し続けていくためには、支援や体制など環境を整えていく必要がある。業界の体制が根深くあるなか、a4cは支援の仕組みを統括する組織の設立を目指し、2023年3月には日本映画制作適正化機構(註16)という団体が発足された。これからさらに映画制作の現場を支援して仕組みを改善してゆく活動が賛同を得て広く浸透し、「分福」のように制作の現場で実践されていくことで、日本で映画が文化としても尊重され創作が順調に継続されていくことを期待している。

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    https://www.bunbukubun.com/
    ©Bunbuku All Right Reserved.
  • 81191_011_32086071_1_2_%ef%bc%92_action4cinema-%e6%97%a5%e6%9c%ac%e7%89%88cnc%e8%a8%ad%e7%ab%8b%e3%82%92%e6%b1%82%e3%82%81%e3%82%8b%e4%bc%9a [画像2]映画制作の支援を統括する機関の設立を目指す「action4cinema 日本版CNC設立を求める会」ホームページより。
    https://www.action4cinema.org/
  • 81191_011_32086071_1_3_3_%e5%8c%97%e5%8e%9f%e6%a0%84%e6%b2%bb%e3%81%95%e3%82%93 [画像3]2014年の「分福」の立ち上げから参加しているプロデューサーの北原栄治氏(2023年5月26日、筆者撮影)。2006年の是枝裕和監督作品『歩いても 歩いても』の脚本制作、西川美和監督作品『ディア・ドクター』で脚本取材に協力。その後、是枝氏と西川氏のほぼすべての作品で企画・プロデュース、脚本制作などに関わっている。
  • 81191_011_32086071_1_4_4_%e5%88%86%e7%a6%8f_works [画像4]「分福」のホームページより、「分福」のメンバーが手がけた映画の数々。是枝監督の『怪物』(2023)、『ベイビー・ブローカー』(2022)、『真実(La Vérité)』(2019)、西川美和監督の『すばらしき世界』(2021)、川和田恵真監督の『マイスモールランド』(2022)、佐藤快磨監督の『泣く子はいねぇが』(2020)、河股藍監督の『Someone』(2019)、広瀬奈々子監督の『つつんで、ひらいて』(2019)ほか。
    ©Bunbuku All Right Reserved.
  • 81191_011_32086071_1_5_5_%e5%88%86%e7%a6%8f%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%90%e3%83%bc [画像5]「分福」のホームページより、「分福」のメンバーである映画監督の是枝裕和氏、西川美和氏、砂田麻美氏、プロデューサーの北原氏、福間美由紀氏、田口聖氏、大日向隼氏、ディレクターの今中康平氏、監督助手の金子実怜奈氏ほか。
    ©Bunbuku All Right Reserved.
  • 81191_011_32086071_1_6_6_%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%97%e3%83%ac%e3%82%b9%e7%b7%8f%e5%90%88%e7%a0%94%e7%a9%b6%e6%89%80%e3%80%80%e5%8b%95%e7%94%bb%e9%85%8d%e4%bf%a1%e3%83%93%e3%82%b8%e3%83%8d%e3%82%b9 [画像6]インプレス総合研究所による「動画配信ビジネス調査報告書2023」より、有料の動画配信サービス利用率。2016年と比べると、2023年の利用率は3倍以上になっている。
    https://research.impress.co.jp/report/list/video/501683
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    https://tinyurl.com/2p83734d
  • 81191_011_32086071_1_8_8_a4c-%e3%82%a4%e3%83%a9%e3%82%b9%e3%83%88 [画像8]「action4cinema 日本版CNC設立を求める会」のホームページの解説動画より、「日本の映像文化の未来のために」というキャッチコピーが象徴的。
    https://www.action4cinema.org/

参考文献

参考資料・引用元
註(1)action4cinema 日本版CNC設立を求める会
https://www.action4cinema.org/  閲覧日2023年6月26日

註(2)株式会社分福
https://www.bunbukubun.com/  閲覧日2023年6月26日

註(3)株式会社分福 是枝裕和監督プロフィール
https://www.bunbukubun.com/member/koreeda_hirokazu/  閲覧日2023年6月26日

註(4)森山直人編『近現代の芸術史 文学上演篇Ⅱ メディア社会における「芸術」の行方』(芸術教養シリーズ16)、藝術学舎、2014年、第7章、P80~第8章、P103

註(5)森山直人編『近現代の芸術史 文学上演篇Ⅱ メディア社会における「芸術」の行方』(芸術教養シリーズ16)、藝術学舎、2014年、第10章、P119~P132

註(6)VIPO(Visual Industry Promotion Organization、特定非営利活動法人映像産業振興機構)
https://www.vipo.or.jp/  閲覧日2023年6月26日

註(7)CNC(Centre national du cinéma et de l'image animée、フランス国立映画映像センター)
https://www.cnc.fr/  閲覧日2023年6月26日

註(8)KOFIC(Korean Film Council、韓国映画振興委員会)
https://www.kofic.or.kr/kofic/  閲覧日2023年6月26日

註(9)インプレス総合研究所 動画配信ビジネス調査報告書2023 
https://research.impress.co.jp/report/list/video/501683  閲覧日2023年6月26日

註(10)株式会社フィールドワークス/映像メディア総合研究所合同会社 映像メディアユーザー実態調査2023
http://www.eizomedia.jp/wp-content/uploads/2023/03/%E2%96%A0%E3%80%8C%E6%98%A0%E5%83%8F%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E5%AE%9F%E6%85%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB2023%E3%80%8D%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E8%B3%87%E6%96%99.pdf  閲覧日2023年6月26日

註(11)2023年1月12日よりNetflixで配信開始『舞妓さんちのまかないさん』
https://www.story-inc.co.jp/makanai/  閲覧日2023年6月26日

註(12)シネマコンプレックス。ひとつの建物に映画館が複数併設されている複合映画館。

註(13)映画.comのアニメ総合情報サイト「アニメハック」
「君たちはどう生きるか」分かっていることまとめ
https://anime.eiga.com/news/column/animehack_editors/119076/  2023年7月17日

註(14)日本経済新聞
映画「君たちはどう生きるか」 4日間の興収21億円
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC187P50Y3A710C2000000/#:~:text=%E6%9D%B1%E5%AE%9D%E3%81%AF18%E6%97%A5%E3%80%81%E5%AE%AE%E5%B4%8E,%E4%B8%87%E5%86%86%EF%BC%89%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%9F%E3%80%82  2023年7月19日

註(15)イーヒルズ「試写会日記」『君たちはどう生きるか』
本文の5ブロック目より間接引用。
https://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/event/cinema/230717/index.php  2023年7月21日

註(16)日本映画制作適正化機構
https://www.eiteki.org/  閲覧日2023年6月26日

【参考資料】
・『いま、映画をつくるということ 日本映画の担い手たちとの21の対話』
是枝裕和、土田環、安藤紘平、岡室美奈子、谷昌親、長谷正人、藤井仁子=編著
青山真治、芦澤明子、大九明子、大友啓史、大林宣彦、奥寺佐渡子、菊地健雄、岸善幸、空族(富田克也+相澤虎之助)、黒沢清、周防正行、諏訪敦彦、関弘美、想田和弘、冨永昌敬、中島貞夫、西谷弘、深田晃司、丸山昇一、三宅唱=著、フィルムアート社、2023年

・ひと研究所 生活者のテレビ・動画視聴の今と未来を知りたい
https://www.videor.co.jp/service/communication/hitoken.html   閲覧日2023年6月26日

・定額制ビデオストリーミングサービスは、映画館利用者を減らすのか!?
https://www.videor.co.jp/digestplus/market/2020/02/36122.html   閲覧日2023年6月26日

・総務省 令和4年 情報通信白書 放送・コンテンツ分野の動向PDF
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/pdf/n3300000.pdf   閲覧日2023年6月26日

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