琵琶湖とヨシをつなぐ人の知恵

岡田 郁子

はじめに
日本地図で「滋賀県は何処」と言っても躊躇する人もいるであろうが、琵琶湖といえば、小学校の教科書にでも出てくるほど誰もが知る湖であると考える。その「琵琶湖が2022年7月18日、国連食糧農業機関(FAO)により、琵琶湖と矯正する滋賀の農林水産業「森・里・湖に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」が世界農業遺産に認定された。」①
これは滋賀県民が誇る「琵琶湖システム」が世界に認められたということであり、「琵琶湖システム」の重要な部分にかかわっているのが「ヨシ」である。
日本の河川になら生えているヨシが琵琶湖の生態系を守り、産業にも人のつながりにもかかわっている。

ヨシの歴史と性質
「「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」、これは日本書記に出てくる日本のことで、豊かにヨシ原が茂り、毎年秋にイネが穂を実らせる国という意味で、イネと同様にヨシは古くから日本人と関係が深く、日本を代表する植物といえる。
また琵琶湖のヨシは、万葉集の中でも「葦辺には鶴(たづ)がね鳴きて湖風(みなとかぜ)寒く吹くらむ 津乎(つお)の埼はも」若湯座王(わかゆえのおおきみ)と歌われている。
雄大な淡海(琵琶湖の古名)のヨシは古くから滋賀県の人に馴染み深いものであった。
また百人一首には、ヨシを詠った短歌、「難波潟 短きアシの 節の間も 泡でこの世を すこして世とや」伊勢 とある。」②
「ヨシは「葦」とも呼ばれ、世界中の亜寒帯から暖帯にかけての水辺に生えている。
ヨシは他の植物と同じように秋には穂をつけ、その中に小さな種を作り初夏には芽を出し成長するが野生のものは種から大きくなるのは稀である。イネやムギに近いところもあるが、大きな違いは多年草で、背が高くなるところである。冬は地中で地下茎がのび、春には地下茎から新しい芽が出て大きく成長する植物で地中では横に伸び、成長し、ヨシ原は大群落を作る。」②

評価する点として
「ヨシ群落は湖国らしい個性豊かな郷土の原風景であり、魚類、鳥類の生息場所、湖岸の浸食防止、水質保全など多様な機能を有し、豊かな生物相を育み、琵琶湖の環境保全に大きな役割を果たしている。
滋賀県では2022年3月30日に滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例を公布し、同年7月1日から施工し「琵琶湖の日」としている。これは「自然と人との共生」を具体化するものとして、生態系の保全を積極的に定めた全国で初めての条例である。このことにより、琵琶湖の保全活動の新たな第一歩として湖辺のヨシ群落の保全を図っていくものである」➂。
「滋賀県の中でも近江八幡の水郷は琵琶湖八景の一つで観光地としても有名で水郷巡りは季節を問わず狭い水路ではヨシの間を小さな船が通っていく。この始まりは織田信長や豊臣秀吉が戦国の世の疲れを癒すために宮中の雅やかな遊びを真似たといわれている。
これは重要文化的景観第1号として選定されたがその理由としては、内湖とヨシ原などの自然環境が、ヨシ産業などの生業や内湖と共生する地域住民の生活と結びつき、価値の高い文化的景観を形成していることがあげられる。
特に近江八幡のヨシ産業は古く、信長時代にはヨシが年貢として納められたと記されている。近江八幡市の円山町周辺には現在50ヘクタールに及ぶ群生地があり、江州ヨシと呼ばれ品質のよさは全国的にも有名である。元々は神事の際に使用され、一般的な用途としては、すだれ・衝立・屋根や天井などの建材、茶畑の覆いなどに使用されてきた。またヨシの根は漢方薬として、熱を冷まし吐き気を沈める効果やフグの解毒救急にも適しているとされてきた。
ヨシは今なお滋賀県民にとって琵琶湖湖岸に生息する身近な水草として周知されている。」④

他県との比較
琵琶湖と宍道湖
「宍道湖は、島根県出雲市と松江市の間にあり日本国内では7番目の大きさで、海水が混じる汽水湖で塩分濃度は外海の10分の1で水産物としてシジミは全国の生産額の4割を埋め、宍道湖の自然にとって大きな存在となっている。また有数の水鳥の渡来地としても有名で大量の鳥の命を支えているのが湖の魚や貝である.このエサとなる生き物たちを育むのがヨシである。宍道湖は海水と混じるために自生する4種類ヨシの中でも塩分のある水中に入っていけるのは1種類だけであることは琵琶湖と異なっている。
宍道湖は戦後の食糧増産を目的とした国の干拓淡水化事業により自然破壊があったが2002年に自然保護へと風向きが変わり、ヨシの植栽など生態系の保全が始まる。
宍道湖では湖の水質浄化や生態系の保全として水生植物を育むヨシ原を再生するために子供達も含め「宍道湖再生プロジェクト」として活動している。」⑤
一方、「琵琶湖では水質浄化や生態系保全は勿論のこと観光資源としても力を入れ、ヨシを産業に取り入れてきた。また、宍道湖と同じように、びわ中学校でヨシを育てているが、他校においては、びわ湖が公的な条例で縛られているために勝手にヨシを刈ったり植えたりは簡単にはできないという点がある。」⑥

今後の展望
「健全なヨシ群生の育成には、定期的な手入れが欠かせず、刈り取ったヨシの活用がされなくなり維持が難しくなっているが、新しい活用方法も考えだされてきている。その一つが近江八幡市の千賀(ちが)伸一さんの「ヨシ筆」である。軸から筆先まですべてヨシでできた筆を試行錯誤されながら考案された。
「ヨシ紙」も作られているがヨシだけでは作るには難しい点がある。」⑦
また「琵琶湖の内湖・西の湖のヨシで作った民族楽器ともいえる「ヨシ笛」がある。
滋賀県の素朴な地場産の楽器で、びわ湖の自然環境を考えるにもふさわしい楽器である。
重さ約10グラムぐらいで隊へ軽く長さも24cmとコンパクトであり、人口的な不可物は加わっていない。小学校で習うリコーダーに似ていて、少し練習すれば吹けるようになる。」⑧
ヨシ製品を全国的に普及させるには筆や紙は、工程や単価での面において時間が必要であるようにも思うが、ヨシ笛は滋賀県特有の楽器として、リコーダーの代用になれば、少しは期待が持てるようになるのではと考える。
例えば、全国的に給食などに地産地消で郷土料理も入れていくように、美術や音楽に少しずつ取り入れていくことができれば、郷土の再認識にもなるのではないかと考える。
また、ヨシ笛は、ふるさと納税の返礼品として使われている。ヨシ筆やヨシ紙も単価や作る工程が改善されれば滋賀の特産品とすることも期待できるのではないだろうか。

まとめ
安土町は西の湖があり毎年秋に「ヨシ灯り展」が開催され、居住している地域でも毎年住民が集まり出展作品を作り上げていくことで人の輪ができていく。たった二日の作品展であるが、夜に明かりが灯ると周りは幻想的な雰囲気を醸し出し人々から感嘆の声が聞こえる。まだまだ規模が小さく訪れる人は少ないが、この灯りが人の心を癒すならば、もっと多くの人に見てもらいたいと率直に感じる瞬間である。
三日月大造滋賀県知事にヨシと人との関わりについてご意見を伺った。
「時代の流れ、生活様式の変化もあり、「ヨシと人とのつながり」が希薄になってきました。
ヨシは暮らしの中で使うことで私たち人と琵琶湖や内湖とをつなぐものであり風景や水の浄化と通じて人と生き物をつなぎ、過去と今、今と未来をつなぐものであり、またラムサール条約登録湿地という点では、世界の湖沼とつなぐものであります。私たちが忘れかけている「大切なこと」を思い出させてくれるものの一つがヨシかもしれません。
「西の湖のヨシ灯り展」は「ヨシと人とのつながり」を取り戻し深める機会として貴重かつ有意義なものと考えます。
環境や景観、産業など、ヨシとの関わりを見つめ直し、条例などにも基づきヨシ群落の価値を再評価し、その保全となるさらなる利活用に向けて尽力してまいりと存じます。」⑨
小学生、大学生、一般市民たちも参加しているヨシ灯り展を県や市でも力を入れ、若い人のアイデアを取り入れながら、大きなプロジェクトとして盛り上げていくことができれば、安土のヨシ灯り展は県の誇れるイベントの一つとして、安土城再建構想とともに、ヨシを通して滋賀の文化発展が期待できるのではないだろうか。
琵琶湖の水草ヨシが、環境と産業と人を結ぶ一端になることを切に願うものである。

  • 81191_011_31885029_1_1_img_1488 2022年10月26日16:47 西の湖湖岸 筆者撮影
  • 81191_011_31885029_1_2_img_1298 2022年6月28日12:11 自宅庭にて筆者撮影
  • 81191_011_31885029_1_3_img_1747 2023年5月13日11:14 自宅にて筆者撮影 ヨシ紙とヨシ筆
  • 81191_011_31885029_1_4_img_1772 2023年6月3日16:02 自宅に 筆者がヨシ筆ヨシ紙使用にて描く
  • 81191_011_31885029_1_5_img_1752 2023年5月13日11:54自宅にて筆者撮影 ヨシ笛
  • 81191_011_31885029_1_6_img_1352 2022年8月30日9:55 地域の集会場にて筆者撮影 乾燥したヨシ
  • 81191_011_31885029_1_7_img_1432 2022年9月23日18:06 ヨシ灯り展会場にて筆者撮影 出展作品
  • 81191_011_31885029_1_8_img_1521 2022年11月27日20:03 自宅庭にて筆者撮影 ヨシに映える秋の花火

参考文献

①滋賀県ホームページより 2023年5月3日20:31
②ネット公益財団法人淡海環境保全財団より2022年10月㏠15:32
③滋賀県ホームページより2022年10月15日15:58
④近江八幡市観光物産協会ネットより2022年10月15日16:01
⑤一般財団法人環境イノベーション情報機構ネットより2023年4月25日17:35
⑥『やさしいネイチャーウォッチング』村上宣雄 著 サンライス出版
⑦ヨシ筆作りをされている近江八幡市の千賀伸一さんにお話を聞く2023年5月10日
⑧塚本楽器ホームページより2023年5月11日21:00
⑨滋賀県知事三日月大造氏より琵琶湖とヨシと人との関わりについて書面にてご意見をいただく 2023年6月30日

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