ハリスツイードとレベッカ・ハットンの物語 ―自然、色、人間の調和を紡ぎ、新たな伝統を織る―

キャンベル 成美

はじめに
イギリス、スコットランドのアウター・ヘブリディーズ諸島(以下、アウター・ヘブリディーズ)に、ハリス島はある(地図1, 2)。その島民が家族のために織っていた毛織物が、長い歴史の中で島の地場産業へと発展したハリスツイードである(資1-1)。
ハリス島南部のノーストンというクロフト(農場兼自宅の小作地)で、ハリスツイードを織るのが、レベッカ・ハットン(Rebecca Hutton、1982-)である(資1-2)。本稿では各機関から高い評価を受けるハットンの織るハリスツイードに焦点を当て、その文化的価値を探り今後への展望を考察する。

1 基本データ

1-1 ハットンとその周辺
事業名:トゥース・トゥア・ツイード(Taobh Tuath Tweeds、資1-3)
名称:スコティッシュ・ゲール語で「ノーストンのツイード」
所在地:ノーストン村
創業:2012年
商品:シングル幅の伝統的ハリスツイード[1]
地域特性(地図3):1902年にクロフター(小作人)たちが入植した職住一体の村で、約40戸のクロフトに、現在約100人が暮らす[2]。以前は村全体で行われた製織だが、現在はハットンのルーム(織機のある製織小屋)のみ残る。
背景:ハットン家はノーストン最初の入植者である。ハットンは8歳ごろから、祖母が行っていた製織以外の染色、紡績、及び縮絨に従事し始め、全工程を体得した[3]。大学中退後に訓練と実習を経てルームを設置し、トゥース・トゥア・ツイードを創業、2022年には整経小屋を増築した(資1-4)。ハットンはミル(ツイードの総合工場)に属さない独立織工であるため、糸の買い付け、デザイン、整経、製織、及び製品販売を自身で行う。多様なコミュニティに属し地域活性化にも貢献するハットンは、人望も厚く様々な機関から高い評価を受けている[4]。

1-2 ハリスツイード概要・歴史的背景
ハリスツイードは、世界で唯一商標登録された毛織物である[5]。1993年に国会において、ピュア・ヴァージンウールを原料とし、その全工程がアウター・ヘブリディーズで完了される場合にのみ、ハリスツイードとして認可されると定義された[6]。殊に、製織は織工の自宅クロフト内にて手織りされる必要があり、ミルにおいて仕上げと検品完了後、高品質の証として「オーブマーク」が捺印される[7](資1-5)。現在はモダンツイードと伝統ツイードの2種類が流通しており、比較は資料にまとめた[8](資料2:比較表)。
ハリスツイードの名前が歴史に登場するのは1846年、当時のハリス島領主ダンモア夫人(Catherine Dowager Countess of Dunmore、1814〜1886)による注文記録である[9]。工程の体系化、産業化、及びイギリス本土への販売促進は彼女の尽力による。ハリスツイードが正式名称であること、及びオーブマークは彼女の家紋をアレンジしたものであることは、単に彼女への謝意を示すためである[10]。なお、1993年に発足された最高権威機関「ハリスツイード・オーソリティー」(以下、オーソリティー)は、イギリスだけでなく世界中のハリスツイードの管理、保全にも当たっている[11]。さらに詳細な歴史は年表にまとめた(資料3:年表)。

2 評価点

2-1 伝統文化として
クロフターは自然と密接な関係を保つ中で業務を行い、その一部として製織を行う[12](資1-6)。生活を通して型を体得したハットンはクロフト業務に従事しつつ、島の豊かな自然などを再解釈して独自のデザインを生み出している。またハットンは、ノーストン唯一の織工でもある。
野村朋弘が述べる「日本の伝統文化における模倣による型の習得」と、ハットンの製織技術の習得過程は類似する。また、ただ一軒残ったルームとして歴史的なクロフトにおいて織り続けられるハットンのハリスツイードは、ノーストンの伝統的文化に値する[13]。

2-2 自然環境に寄与するツイード
ツイード製作は、一般的に環境に優しい活動である。過去には染料となる植物の過剰伐採や媒染時の土壌汚染の問題があったが、ミルによって糸の化学的染色が始まり、汚染問題は解決した[14、15](資4-1)。そのほか、定期的に刈る必要のある綿羊の毛を利用すること、ツイード製品の耐久性が高く、長期利用が可能な点がその理由である。
さらに、ハットンのツイードは、持続可能な生産活動であるといえる[16]。ハットンは少量の残り糸をも破棄せず、アーティストへの提供や、撚り合わせボビンとして再利用を行なう(資4-2)。その上、ハットン特有のデザインにおいては糸の無駄が出ない。ハットンが選好する糸は単色ではなく、より多様な色の集合体である。その糸で織り上げることで環境条件により微妙に移ろう色彩のツイードとなる。視覚混合によって偶発的混色が起こり、他の糸との調和が生まれるのだ[17](資4-3、4-4)。結果的に少ない種類の糸で多様な意匠構成が可能となり、仕入れに無駄が出ないのだ。ハットンのハリスツイードは平野湟太郎の考える「地球に役立つデザイン性」が顕著であり、これは特筆すべき点でもある[18]。

3 比較からみえる特筆点

3-1 モダンアンテナ (以下、MA)[19](資5-1)
MAは、未来と過去をつなぐことをコンセプトに着物をデザインする着物工房である。昭和初期までのモダン着物のデザインを再解釈し表現する点、及び工程の一部を消えつつある京都の専門職人に外注する点が特徴的である。近年MAの着物は、時代に即した伝統文化である点が評価され、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A Museum、ロンドン)へ永年収蔵された[20](資5-2、5-3)。また、多様な場面での装い方や着物一枚でも成立する着方などを提案し、日常着の一部と捉えてリプロデュースし続けている[21](資5-4)。

3-2 特筆
手仕事を重んじる姿勢、イギリスの公的機関から認められた点で共通するMAのモダン着物と比較し、ハットンのハリスツイードの特有性を抽出する。

①不変性
MAのモダン着物は古いものを表現した結果として新しさが生まれ、その新しさを追求し続けることで流動的な変化をもたらしている。一方、ハリスツイードはいかなる時代でも同じ製法である。先祖代々同じ土地で織られるハットンのハリスツイードは、デザインは現代的であっても基礎概念は不変であることを特筆する。

②感覚に働きかける素材
ハットンのハリスツイードは、生地であるため着物のように形がない。よって、ツイードを使用するためには必然的に「作る過程」が生まれる。その過程で、素材と向き合うことによりユーザーが感じる気配の一つが、香りである。視覚的ではない香りは、小泉祐貴子の述べる「香りの知覚メカニズム」によってユーザーの潜在意識に作用する。多様性を視覚的に表現できるMAとは対照的に、ハットンのハリスツイードは印象としてより深くユーザーに響く[22]。

4 これから

4-1 課題
ハットンはハッタスレイ織機(資2写真⑥)を使用するが、製造元が廃業したため部品が破損した場合、その調達が困難となっている[23]。織工コミュニティで相談し譲渡を受けるか、代替え品を使うなどの手段があるが、調整に技術が必要とのことである。オーソリティーが部品受注会の告知を出す場合もあるが、ハリスツイードを次世代へ継承するためには、確固たる部品調達の方法と、代替え織機の開発を期待する。
次に、ハットンの後継者、及びノーストンには織工がいない点が課題である。近年までクロフト4番には、ダブル幅のモダンツイードを織る職人がいた。しかしながら現在は近隣の村へ移住したため、ハットンがただ1人の織工となった[24]。ノーストンの伝統文化としてのハリスツイードの製作過程を、ハットンから型として学ぶ後継者の育成、またはハットンの技術継承者の早急な発掘が課題である。

4-2 展望とまとめ
伝統文化を未来へ繋げるには、多様性が必要である。そこで、ハットンが取り組むのは、顧客自らデザインできるハリスツイードである[25](資6)。アイデアを視覚化するために色彩やパターンに意味づけをし、プロトタイプをデジタルで製作する。織工とのチームワークにより顧客はデザインのプロセスに関わることができるため、ハリスツイードがより身近になると推測される。
職住一体で作られるハリスツイードの歴史は、クロフターの歴史でもある。ハットンは「ハリスツイードは自分自身であり、人生そのものである」と述べているが、製織活動が生活の一部である故の言葉であろう[26]。手仕事の範疇で生産、及び販売するハットンのハリスツイードは、早川克美の述べる「消えゆく伝統に対し慈しむ姿勢」を心に留めることによって、日常生活に組み込まれた伝統文化となり、未来へと継承されることに繋がると考える[27]。

  • %c2%8e%c2%86%c2%82p_page-0001 【表紙】
    レベッカ・ハットン(Rebecca Hutton)2023年4月5日 筆者撮影
  • 81191_011_31986005_1_2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%90%e5%9c%b0%e5%9b%b3_page-0001 (資料:地図)
    地図1 2023年6月 国土地理院地図をもとに筆者作成
    地図2 2023年6月 国土地理院地図をもとに筆者作成
    地図3 2023年7月 筆者作成
  • 81191_011_31986005_1_3_%e5%8d%92%e7%a0%94%e8%b3%87%e6%96%991_page-0001 (資料1) 筆者作成
  • 81191_011_31986005_1_4_%e8%b3%87%e6%96%992%ef%bc%9a%e6%af%94%e8%bc%83_page-0001 (資料2:比較表) 筆者作成
  • 資料3:年表_page-0001 (資料3:年表) 筆者作成
  • %e5%8d%92%e7%a0%94%e8%b3%87%e6%96%994_page-0001 (資料4) 筆者作成
  • 81191_011_31986005_1_7_%e8%b3%87%e6%96%995%ef%bc%9a%e3%83%a2%e3%83%80%e3%83%b3%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%8a_page-0001 (資料5) モダンアンテナより写真提供、許可を得て筆者作成
  • 81191_011_31986005_1_8_%e5%8d%92%e7%a0%94%e8%b3%87%e6%96%996_page-0001 (資料6)
    「HARRIS TWEED HEBRIDES COLOUR COLLECTION」(ハリスツイード用の糸見本)を使用して筆者作成
    【デザイン・プロセスの事例】写真はすべて2023年4月5日 筆者撮影

参考文献

[註]
[1]昔から伝統的に織られているシングル幅のツイード。
[2]系譜学、及び歴史学者のビル・ローソン(Bill Lawson、1938-)への聞き取り調査による。(2023年4月5日)
[3]ハットンよりメールによる回答。(2023年7月3日)
[4]ローソンへの聞き取り調査(2023年3月31日)、及びハリスツイード・オーソリティーのオフィス・マネージャー、クリスティーナ・マクラウド(Kristina Macleod、生年不詳)への聞き取り調査(2023年4月7日)による。
[5]長谷川喜美著『ものづくりの伝説が生きる島 ハリスツイードとアランセーター』(有)万来舎、2013年、p.20。
[6]長谷川前掲書、p.32。
[7]長谷川前掲書、p.25。
[8]一般的に流通している生地はダブル幅であるため、70年代から織機の技術革新などが行われた結果、ダブル幅のツイードが生まれた。21世紀にむけて新たに生み出されたためモダンツイード、シングル幅のものを伝統ツイードと呼ぶことになった。モダンツイードは、主にミル所属の織工によって織られている。
Janet Hunter, the Islanders and the Orb The history of the Harris Tweed Industry 1835 - 1995, Stornoway, Scotland: Acair Ltd, 2001, p.287-290, p.300
[9]Hunter前掲書、p.31。
[10]長谷川前掲書、p.25。
[11] 2003年には有名ブランドから最大の注文が入り、その知名度が上がった。その結果、世界的に市場が拡大したが、誤ったブランド使用を招いたという。そのため「より厳格な基準の導入と、各国へ監査官を派遣し現状把握と再発防止に努めた」とのことである。マクラウドへの聞き取り調査(2023年4月7日)による。
[12]農牧・綿羊の毛刈り・ピート(Pearts)と呼ばれる泥炭燃料の切り出し、及び乾燥など。
[13]野村朋弘著『茶道教養講座① 伝統文化』(株)淡交社、2020年、kindle.com 、第3章7節。
[14]過去には、各クロフトにおいて、島に存在する自然物を利用して多様な色に糸を染めていた。Gisela Vogler, A HARRIS WAY OF LIFE Marion Campbell (1909-1996) , West Tarbert Isle of Harris: Harris Voluntary Service, 2017, p.20。
[15]ローソンへの聞き取り調査(2023年3月31日)、及びハットンよりメールによる回答。(2023年7月1日)両氏によると、染料を定着させるために人の排泄物を使用していたとのことである。
[16]将来の世代の経済発展の基盤をそこなわない形で行われる経済開発。環境保全と開発とを対立するものではなく調和させること。
(ブリタニカ・オンライン・ジャパンより。https://japan.eb.com/rg/article-N0510900 2023年7月25日最終閲覧)
[17]画面上で色を隣接させ視覚的に混色が起こる状態で、印象派の技法である。
水野千依編『芸術教養シリーズ6 西洋の芸術史 造形篇Ⅱ 盛期ルネサンスから十九世紀末まで』藝術学舎、2013年、p.238。
[18]早川克美著『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』藝術学舎、2014年、p.124。
[19]モダンアンテナ。Modern Antenna。所在地は、京都市右京区嵯峨朝日町3-2。実際に訪問し、MAの代表である平山とデザイナーの山本へ聞き取り調査を行った。(2023年2月26日)
[20]「V&A博物館にモダンアンテナの品が永年収蔵されたお話」MODERN ANTENNA note、https://note.com/modernantenna/n/nf789a8e5888c 2023年7月27日最終閲覧。
[21]録画『Vogue Kimono : Fashion in evolution NHK WORLD-JAPAN、CORE KYOTO』、2020年NHK製作、モダンアンテナより提供された録画DVDより。
[22]視覚的ではない香りは、刺激となって人間の脳の深層部分に作用する。さらに、潜在的な匂いこそが風情を醸し出す重要な要素なのである。
野村朋弘編『芸術教養シリーズ24 伝統を読みなおす3 風月、庭園、香りとは何か』藝術学舎、2014年、p.128-129, 171。
また、偽物のハリスツイードを作る際、小屋の中で泥炭を焚いて香り付けを行なっていた事例もある。J. Hunter前掲書、p.116。
[23]イギリス製のシングル幅の伝統ツイードを織るための織機。多くの織工から愛用され続けている。
[24]クロフト4番に住んでいたエリ・キャンベル(Elly Campbell, 1972-)に、メールにて聞き取り調査を行った。(2023年6月4日)
[25]オリジナル・デザインのツイードのデザインを開始、今に至る。(2023年4月6日開始)
[26]ハットンへの聞き取り調査による。(2023年4月6日)
[27]早川前掲書、p.180。

<参考文献・資料>
・野村朋弘編『芸術教養シリーズ24 伝統を読みなおす3 風月、庭園、香りとは何か』藝術学舎、2014年。
・野村朋弘著『茶道教養講座① 伝統文化』(株)淡交社、2020年。
・長谷川喜美著『ものづくりの伝説が生きる島 ハリスツイードとアランセーター』(有)万来舎、2013年。
・早川克美著『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』藝術学舎、2014年。
・松井利夫・上村博編『芸術環境を育てるために』藝術学舎、kindle.com 、2020年。
・A. D. Cameron, GO LISTEN TO The Crofters THE NAPIER COMMISSION & CROFTING A CENTURY AGO, Stornoway, Isle of Lewis, Acair Ltd, 1986.
・Arthur Conan Doyle, SHERLOCK HOLMES : THE COMPLETE COLLECTION, kindle.com, The Sherlock Holmes Ultimate Edition, 2023.
・Bill Lawson, HARRIS IN HISTORY AND LEGEND, Edinburgh: Berlin Limited, 2006, 2008, 2011, 2017.
・Bill Lawson, The Teampull at Northton and The Church at Scarista, Taobh Tuath (Northton) Isle of Harris: Bill Lawson Publications ‘Co Leis The?’, 1993.
・Gisela Vogler, A HARRIS WAY OF LIFE Marion Campbell (1909-1996) , West Tarbert Isle of Harris: Harris Voluntary Service, 2017.
・Janet Hunter, the Islanders and the Orb The history of the Harris Tweed Industry 1835 - 1995, Stornoway, Scotland: Acair Ltd, 2001.
・Vixy Rae, The Art of Tweed From Weaver to Weaver, Edinburgh: BLACK & WHITE PUBLISHING, 2020.

・「HARRIS TWEED HEBRIDES COLOUR COLLECTION」(ハリスツイード用の糸見本)、ショウボスト・ミル、スコットランド。
Shawbost Mill, North Shawbost, Isle of Harris, Outer Hebrides, Scotland, United Kingdom.
・『KIMONO : Kyoto to Catwalk : Kimono Magic Society』(展覧会、及びイベントパンフレット)ロンドン、ヴィクトリア&アルバート博物館/王立美術学院、2020年。

<参考ウェブサイト>
・『Taobh Tuath Tweeds』HP、Taobh Tuath Tweeds 2023、
https://taobhtuathtweeds.com (2023年7月27日最終閲覧)
・『モダンアンテナ ABOUT』、【公式】モダンアンテナオンラインストア、
https://www.modernantenna.com/about (2023年7月27日最終閲覧)
・『モダンアンテナ』note、https://note.com/modernantenna/n/nf789a8e5888c (2023年7月27日最終閲覧)


<聞き取り調査等>
レベッカ・ハットンへの聞き取り調査 
・実際に訪問しての聞き取り 2023年3月31日、4月5日、及び6日。
・メールによる調査(回答) 2023年4月5日、28日、5月21日、6月17日、26日、28日、7月1日、2日、及び3日。

ビル・ローソンへの聞き取り調査
・実際に訪問しての聞き取り 2023年3月31日、及び4月2日。
・電話による聞き取り 2023年7月8日。

クリスティーナ・マクラウドへの聞き取り調査
・実際にハリスツイード・オーソリティーを訪問しての聞き取り 2023年4月7日。

エリ・キャンベルへの聞き取り調査
・メールによる調査(回答) 2023年6月4日、及び7日。

モダンアンテナの平山、及び山本への聞き取り調査
・実際に訪問しての聞き取り 2023年2月26日。
・メールによる調査(回答) 2023年5月24日、及び7月2日。

年月と地域
タグ: