トロントのファサーディズムを活用した文化遺産のある景観の保存とその可能性

富山 美歩

はじめに
カナダ・オンタリオ州の首都トロントは、さまざまな背景を持つ人々が暮らす多文化な街である(註1)。現在300万の人口は、2030年までには350万人に増加すると予想されている(註2)。住宅建設への投資は、2017年から2022年にかけて140%に増加し(註3)、現在多くの建設工事が行われている。また、2022年時点で11,009件 (註4)が文化遺産建築として登録され、その保存が積極的に行われている。本稿では住宅や商業施設を増建築しながら文化遺産を保存する方法「ファサーディズム」に着目する。その中でもヨークビルヤング区画(資料1)の文化遺産を活用した、景観保存の評価と課題を考察する。

1. 基本データ
区画所在地
本稿で注目するヨークビルヤング区画の所在地は、1 ヨークビル アベニューから836 〜 850ヤングストリートである(資料2) 。区画はヒストリックヤングストリート地区 (以下ヤング地区)の4つに分かれるエリアの北に位置する(資料3)。

文化遺産活用内容
ERAアーキテクツによる、コンドミニアム開発プロジェクトの一環として、ヨークビルヤング区画のヤングストリート沿いにある、文化遺産建築のファサードが保存・修復(註5)された。1 ヨークビルアベニューは住宅施設として、836 〜 850 ヤングストリートは商業施設として(資料4)開発プロジェクトは行われ、2020年に工事は完了した。

文化遺産建築の建設年
区画の最北に位置する850 ヤングストリートは1887年にイギリスはロンドン出身のチャールズ・J・フログリー (Charles J. Frogley)(註6)によって建築された。セカンドエンパイア様式を持つその建築は、1974年3月15日に文化遺産登録された(註7)。その他のヤングストリート沿いの文化遺産建築も1850年から1909年にかけて建築され、イタリアネイト様式やロマネスク様式を持つ。

2. 歴史的背景
トロントの原型となる街、ヨークは1793年、イギリス人による植民地として発展した(註8)。当時の人口は212人で、初期の街計画は、湖畔から北に向かって1キロメートルに満たない、クイーンストリート地点までであった(資料5)。1834年には人口は9254人に増加し、成長を続ける街の需要を満たすため、2キロ北のブロアーストリートまで拡張された (註9)。その拡張されたエリアに、本稿で着目するヨークビルヤング区画は位置する。その時代に建築された建物には、前述したセカンドエンパイア様式やイタリアネイト様式に加え、ジョージアン様式やルネサンス・リバイバル様式もあり(資料6)、現在多くが文化的遺産として登録されファサーディズムに活用されている。

3. ヨークビルヤング区画のファサーディズムの評価点
3-1. 文化価値を蘇らせるファサーディズム
ヨークビルヤング区画が採用するファサーディズムは、文化遺産建築物の外装を保存することで、歴史的、そして文化的な価値を保存し、再評価する方法である。文化遺産建築には壁のレンガ素材、窓の形、軒の装飾など、時代ごとの潮流があり、ファサーディズムはそれを保存する最適な方法である。ヨークビルヤング区画では、色彩や欠けてしまった装飾は改修され、景観に彩りを添え(資料7)文化遺産をこの時代に蘇らせている。

3-2. ファサーディズムによる区画の景観保存
次に評価すべき点は、ヤング地区の特徴であるストリートウォールの継承についてだ。ストリートウォールとは、敷地境界線に建てられたガラス張りの連なる軒先である(資料8)。店舗の中にのぞき見える活気は、街の賑やかな風景の一部となる。隣接する8カンバーランドプロジェクトも、同様のファサーディズムが採用され(資料9)、一区間のストリートウォールすべてが保存されている。それによって局所的な文化遺産の保存とは大きく異なり、1850年から1909年にかけて形成された地域の景観を保存している。

4. 北部ヤング地区と南部オールドトロント地区(資料10)のファサーディズム比較での特筆すべき点
4-1. 立体的なファサーディズム
まずヨークビルヤング区画と南部オールドトロント地区の222 ベイストリート(資料11)を、立体と平面という視点で考察する。ヨークビルヤング区画では統合(資料12)と呼ばれる、立体的なファサーディズムの方法が採用されている。それは、文化遺産の外装が三次元的に保存され、まるで舞台装置のような印象を与える。一方、222 ベイストリートの装飾的なアール・デコ建築は、平面と呼ばれるファサーディズムの方法によって、文化遺産のファサードのみが平面的に保存され、シンプルな漆黒のビルに取り込まれている。2012年にコロンビア大学でワシントンDCのファサーディズムを研究したカレンザ・ウッド(Kerensa Sanford Wood)は、平面的なファサーディズムは装飾的な要素が強調されているが、立体的なファサーディズムは街の景観に貢献していると分析する(註10)。このことからも言えるように、ヨークビルヤング区画の立体的なファサーディズムは、景観の保存を効果的に行っているといえる。

4-2. 新建築と文化遺産を分立するファサーディズム
次にヨークビルヤング区画と南部オールドトロント地区の31 アデレードストリートを分立と融合という視点で考察する(資料13)。分立するファサーディズムを持つ、ヨークビルヤング区画は、レンガ造りとコンドミニアムのガラス張りのスタイルが大きく異なり、新旧が分立し文化遺産がはっきりと際立っている。これも舞台装置に見える理由の一つだ。一方、融合するファサーディズムを持つ31 アデレードストリートは、新旧の境界線が曖昧に融合している。それによって、カナダ帝国銀行として50年間親しまれた建物の原型は薄れ、様相の違う建築へと変貌している。この新旧が融合する方法と比較すると、ヨークビルヤング区画での新旧を分立するファサーディズムは、文化遺産の様相を変化させずに、より原型に近い風格を保存する効果がある。

4-3. ファサーディズムの一貫性
さらに地区ごとのファサーディズムを一貫性と多様性という視点で比較する。一貫性を持つヤング地区では、他の建築もヨークビルヤング区画と類似したファサーディズムを採用している(資料14)。この地区は近年開発が進み、その結果一貫性が生まれた。一方、先に取り上げた222 ベイストリートと31 アデレードストリートの2つを比較しても大きく異なるように、多様性を持つ南部のファサーディズム(資料15)は、様々な年代のものがあり、複雑性を生んでいる。適度な一貫性は美しい景観の重要な要素であり(註11)、南部の複雑な多様性に比べ、北部ヤング地区にあるファサーディズムの一貫性は、地区全体の景観の美しさに寄与していると言える。

5. まとめと今後の展望について
これまで考察で、ヨークビルヤング区画はファサーディズムを効果的に活用し、特徴であるストリートウォールを再生保存していることがわかった。また、南部のファサーディズムと比較すると、立体的で新旧を分立し、地区として一貫性を持っているファサーディズムが、歴史的な景観の美しさを蘇らせていることも理解できた。文化遺産が多くの残るこの街では、これからもファサーディズムを中心とした街づくりを継続し、ヨークビルヤング区画のように、街の特性を継承していくことが必要だ。さらには隣接する新建築物も、文化遺産の存在を尊重し調和を作りだすことも必要だ。具体的には、新建築が文化遺産建築の構造や素材を取り入れる(資料16)ことで可能になると考える。それによって、独自の景観とアイデンティティの強化、文化そして経済的価値を高めていくことができるだろう。今後は、文化遺産と共に景観も成長し、人々が暮らしやすい街となっていくことを期待したい。また、ファサーディズム研究が増え、街として成長を続けるトロントに役立つことを願う。

  • 81191_011_31786038_1_1_%e8%b3%87%e6%96%991_2 資料1、2
  • 81191_011_31786038_1_2_%e8%b3%87%e6%96%993 資料3
  • 81191_011_31786038_1_3_%e8%b3%87%e6%96%994_5 資料4、5
  • 81191_011_31786038_1_4_%e8%b3%87%e6%96%996 資料6
  • 81191_011_31786038_1_5_%e8%b3%87%e6%96%997 資料7
  • 81191_011_31786038_1_6_%e8%b3%87%e6%96%998_9_10 資料8、9、10
  • 81191_011_31786038_1_7_%e8%b3%87%e6%96%9911_12_13 資料11、12、13
  • 81191_011_31786038_1_8_%e8%b3%87%e6%96%9914_15_16 資料14、15、16

参考文献

【註釈】
(1) City of Toronto, “T.O. Health Check: An Overview of Toronto’s Population Health Status”, T.O. Health Check: An Overview of Toronto’s Population Health Status (2019), 2019, p.5
(2) City of Toronto, “T.O. Health Check: An Overview of Toronto’s Population Health Status”, T.O. Health Check: An Overview of Toronto’s Population Health Status (2019), 2019, p.6
(3) Statistics Canada, “Chart 2 Investment in residential building construction, seasonally adjusted”, https://www150.statcan.gc.ca/n1/daily-quotidien/230213/cg-a002-eng.htm (2023年7月5日閲覧)
(4) Storeys,”With Bill 23 Passing, the Clock is Ticking on Nearly 4,000 Toronto Heritage Properties”, https://storeys.com/bill-23-clock-ticking-toronto-heritage-properties/#:~:text=The%20city%20had%2C%20as%20of,removal%20after%20about%20two%20years (2023年7月5日閲覧)
(5) Architectural Conservancy Ontario, “1 Yorkville Avenue”, https://acotoronto.ca/building.php?ID=13531 (2023年7月5日閲覧)
(6) Toronto Public Library, “FROGLEY'S ON YONGE”, http://omeka.tplcs.ca/virtual-exhibits-contribute/items/show/57 (2023年7月5日閲覧)
(7) City of Toronto, Heritage Property Detail, “850 YONGE ST”, https://secure.toronto.ca/HeritagePreservation/details.do?folderRsn=2436576&propertyRsn=725567 (2023年7月5日閲覧)
(8) Patricia McHugh, Alex Bozikovic, “Toronto Architecture: A City Guide” , 2017年, 7ページ。
(9) Patricia McHugh, Alex Bozikovic, “Toronto Architecture: A City Guide” , 2017年, 9ページ。
(10) Kerensa Sanford Wood,「Architecture of compromise: A history and analysis of facadism in Washington, D.C.」, Columbia University Master degree thesis, 2012年, P21
(11) The Guardian,Francesca Perry, What makes a city attractive?, https://www.theguardian.com/cities/2015/feb/10/what-makes-city-attractive (2023年7月5日閲覧)

【参考資料・参考文献】
- Patricia McHugh, Alex Bozikovic, McClelland & Stewart, “Toronto Architecture: A City Guide” , 2017
- Unesco https://uis.unesco.org/en/glossary-term/cultural-heritage (2023年7月5日閲覧)
- World Economic Forum https://www.weforum.org/agenda/2019/06/this-is-why-attractive-cities-do-better-economically/ (2023年7月5日閲覧)
- ACO Toronto https://www.acotoronto.ca/index.php (2023年7月5日閲覧)
- Heritage Toronto https://www.heritagetoronto.org/ (2023年7月5日閲覧)
- Historic Heritage Conservation Yonge Street District Plan https://www.toronto.ca/legdocs/mmis/2016/te/bgrd/backgroundfile-88803.pdf (2023年7月5日閲覧)

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