生活を豊かにするアート、人を寄せつけないアートを日常にするカフェ「ハタメキ」 ~清澄白河での8年~

堀江 毅彦

0.はじめに
近年 “コーヒーの聖地”として知られるようになった東京の清澄白河。この地でそれまで蜷川スタジオに所属して演劇に打ち込んできた俳優にして着物コーディネーターの江間みずき氏がコロナ禍の2020年6月に、まず8年という期限を設定してカフェ「ハタメキ」(註1)をオープンさせた。
それはこのエリアにコーヒー好きが多く集うという理由からではなく、江間氏が取り組んできた演劇やわかりにくいと思われているアートを、街を行き交うふつうの人にふつうに楽しんでもらうための入口にしたいという思いがあり、コーヒーの街でカフェをはじめたのはあくまで結果であった。
江間氏がそこに思い至り「ハタメキ」をはじめた “今”と“これから”をレポートする。

1.「ハタメキ」の基本データと歴史的背景
所在地:東京都江東区清澄3丁目3-21(旧東京市営店舗向住宅)
建造:1928年
構造:鉄筋コンクリート造の2階建てが複数連なる長屋建築
面積:約60平方m(1・2階合計)
営業開始:2020年6月
用途:1階アートギャラリー&カフェ 2階レンタルスペース
オーナー:江間みずき氏(俳優、着物コーディネーター)

「ハタメキ」は東京都東部の、北に森下、南に深川にはさまれた清澄白河エリアに位置している。ここは江戸時代より運河が巡る首都の物流拠点で栄えたが、近年は倉庫に空きが目立つようになる。天井高がある空き物件に大型の焙煎機を設備した本格カフェの進出が相次ぎ、近年はコーヒーの聖地と呼ばれるようになっている。
また回遊式林泉庭園として名高い清澄庭園(註2)や、1995年に東京都現代美術館が開館してからはアートギャラリーや工房も増えはじめ、芸術の空気をまとった街の一面も持つ。
「ハタメキ」は、この清澄庭園のキワに立つ関東大震災の復興支援の一環として建設された旧東京市営店舗向け鉄筋コンクリート長屋住宅をリノベーションしたアートギャラリー&カフェである。この街で始めたのは、街がアートとカフェに彩られているからではなく、江間氏が生まれ育った深川に近く、縁あって清澄長屋の物件と出会ったからという理由から。
学生時代から演劇に打ち込み、飲食店の経験もない江間氏が、「ハタメキ」を始めるきっかけは、2011年3月11日におこった東日本大震災だ。
それまで少しでも良い演技をしたい、自身が憧れる役につきたいということを生き甲斐としてきたものが、人の生死の前では不要不急のものとされ、価値観やアイデンティティを大きく揺さぶられた。それでも仲間と被災地に入り、ボランティアを続けていく中であることに気づいていく。生死の間際から衣食住足り、少しずつ街が復興していく中で、人は生活の中に文化を求めるようになることを感じたのである。
同時にこの頃から、演劇やアートを見たいし楽しみたいが、難しくて親しみにくいという声がよく耳に入ってくるようにもなっていた。それは以前からもあったのであろうが、演劇から離れて一般の方々と接することで、人々が感じているアートの壁の高さを客観視できたという。
震災から感じた“生”、人が豊かに生きる上で欠かせないと気づいた“アート”、でありながら人を寄せ付けないアートの“高尚さ”、この問いを自身で感じ答えとして実現させたのが「ハタメキ」で、それは震災から9年、自身が38歳になった時であった。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
「ハタメキ」は1階がアーティストの作品に囲まれ飲食できるギャラリーカフェ、2階は着物着付け教室や様々なイベントや撮影などのレンタルスペースとなっている。が、当初は1階の用途は未定であった。そのとき《1階づくりはまちづくり》がコンセプトの設計デザイン会社グランドレベル(註3)よりカフェのアイディアと後押しを受け生まれ始めての飲食業をすることになった。
結果的には喫茶という気軽に立ち寄れる場を1階に設けることで、利用客が思いがけずアートと自然に出会う空間が生まれている。
そして「ハタメキ」で作品展示を行うアーティストにはできるかぎりカフェに在廊するようお願いし、作品を見て感じたことや聞きたいことがあれば思いがけず直接作者と話ができる環境をつくりだしている。

そんな活動を象徴するイベントが2022年9月に開催された石フェスである。石には宝石など高値で取引されるものもあれば、道や河原で見つけたどこにでもある、しかし愛らしく感じて思わず家に持って帰ってしまうその人だけの大切な石もある。石フェスは、そんな普通の石をこよなく愛する人たちが集い、語り、自慢の石を見せ合うイベントだ。
これを企画した意図は、「私これ好き」という感覚や価値観は誰にも否定されるものではなく、その行為はアートを楽しむ原点にも共通すると考えたからだという。事実、大人も子供もそれぞれの審美眼で大切にしている自慢の石を見せ合いとても幸せな時間が流れていたとのことである。
このように来店する人、それはアーティストであったり鑑賞者であったり食事に立ち寄っただけの人であったりするわけだが、「ハタメキ」に関わる様々な人の“やりたい”をできるかぎり実現させ、皆をアートの渦に楽しく巻き込んでいくユーザー中心主義のデザイン思考から出発している点を評価している。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
基本的に1階はカフェ、2階がレンタルスペースとはなっているが、相談の上ではあるが1~2階全てのスペースを利用することができる点は他のギャラリーカフェでは見られない。江間氏自身が面白そうと感じたことは基本的に実行するのが「ハタメキ」の特徴。
無論ボランティアではないので収支も見据えている。石フェスでも情報交換など参加は基本無料だが、トークショーやワークショップはドリンク付きで有料、お気に入りの石の販売(冗談のつもりで値段を付けたら売れたそうだ)など、ビジネスの形は忘れていない。そこで人は石にお金を出しているのではなく、石が持つストーリーに共感し対価を支払うことに気づいたという。
スペックにおいて差がなくなりモノが売れない現代、デザイン主導主義から生まれるストーリーが顧客の中に新たな欲求を生み出しているこうした事例は、次代の大きな潮流にもなる点で特筆に値する。

4.今後の展望について
コロナ禍にもかかわらず順調にファンが増えている反面、カフェ業務に忙殺されて利用者とのコミュニケーションが希薄になっている現実に江間氏は課題を感じている。
また「ハタメキ」のアート性に目をつけ工場生産の商品を展示・販売してしまい、客を困惑させたこともあった。いずれもコミュニケーションの問題であり、その時間を確保するためにどうすべきかまさに思案中とのこと。
一方でビジネスは無視しないし、否定もしないが、目的にはしないことがここに集う人の期待にそうことであろうと思う。今後の活動もその線の見極めが肝であろう。いずれにしてもここでの思案が8年という期限の残り、またその後の展開へつながることは間違いない。

5.まとめ
江間氏に影響を与えた思想家ルソーが友人ダランベールに送った手紙に「ハタメキ」の由来にもなった言葉がある。
「広場のまんなかに、花で飾った一本の杭を立てなさい、そこに民衆を集めなさい、そうすれば楽しいことが見られるのです。もっとすばらしいことをしなさい。観衆を見せることにするのです。かれら自身を登場人物にするのです」(註4)。
清澄白河に一本の杭を立て、花のかわりに旗をくくりつけた江間氏。その旗にアーティストや観衆が集い、登場人物となり活動している。とりあえずの8年の後、その次の幕がここで上がるのか、また別の新たな旗を立てるのか。ひきつづき見守りたい。

  • 81191_011_32183463_1_1_img_2077 清澄庭園のキワに立つ清澄長屋の一画に「ハタメキ」(Photo:2022年12月筆者撮影)
  • 81191_011_32183463_1_2_%e3%83%8f%e3%82%bf%e3%83%a1%e3%82%ad%e7%9c%8b%e6%9d%bf 1Fにアートギャラリー&カフェ 2Fは着物着付教室や各種イベントに貸し出すレンタルスペース(Photo:2023年1月筆者撮影)
  • 81191_011_32183463_1_3_%e3%83%8f%e3%82%bf%e3%83%a1%e3%82%ad%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%8a%e3%83%bc 「ハタメキ」オーナーの江間みずき氏。俳優でもあり着物コーディネーターでもあり(Photo:「ハタメキ」より提供)
  • 81191_011_32183463_1_4_%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%81%e3%83%a1%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc カフェメニューにもこだわり(Photo:2023年1月筆者撮影)
  • 81191_011_32183463_1_5_%e5%ba%97%e5%86%85 カフェしながらアーティストの作品に触れられる(Photo:2023年1月筆者撮影)
  • 81191_011_32183463_1_6_%e6%92%ae%e5%bd%b1%e3%81%ab%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%ab カフェスペースもフツウに貸し出す(Photo:「ハタメキ」より提供)
  • 81191_011_32183463_1_7_%e4%bd%9c%e5%ae%b6%e3%81%a8%e5%87%ba%e4%bc%9a%e3%81%86 アーティストや作家と気軽に話すことで自然とアートと寄り添える(Photo:「ハタメキ」より提供)
  • 81191_011_32183463_1_8_%e7%9f%b3%e3%83%95%e3%82%a7%e3%82%b9 「この石が好き」だけで参加できるアートフェス(Photo:「ハタメキ」より提供)

参考文献

註1:ハタメキHP https://www.hatameki.com/ 2023年1月閲覧
註2:清澄庭園HP https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index033.html 2023年1月閲覧
註3:グランドレベルHP http://glevel.jp/index.html 2023年1月閲覧
註4:ジャン=ジャック・ルソー著、今野一雄訳偏、『演劇について—タランベールへの手紙—』、岩波文庫、1979年

年月と地域
タグ: