馴染みのレストランからみた食文化の持続性について

岩本 剛

はじめに
現在、世界はかつてない程大きな変化につつまれている。新型コロナウイルス感染症の発生、ロシアによるウクライナ侵攻などにより食料の供給問題、食材料の高騰などレストランをはじめ飲食店ほどこれら影響をうけた産業はないであろう。生活様式も大きく変化した今、飲食店は感染予防とレストランの存続といった課題にむきあっている。これまで私たちが感じてきた食を通じた感動は消え去ってしまうのだろうか?よく通っているレストランの取組みを考察し食を通した食文化の持続性について考察をした。

1. 基本データ
会社:株式会社ひらまつ
店舗名称:レストランひらまつ
創業;1982年4月
所在地:東京都渋谷区恵比寿4-17-3
創業者:平松宏之
事業:レストラン・カフェ・ホテル経営、これらにおける結婚式の企画・立案・運営

2. 歴史的背景
レストランひらまつは、フランスで日本人オーナーシェフとして初めてミシュランの星を獲得した平松宏之氏が1982年4月東京・西麻布にオープンさせた「ひらまつ亭」が母体となっている。以来、国内にレストラン23店舗、カフェ4店舗、ホテル7館を経営する東証プライム市場に上場する企業である。店で提供される料理は、主にフランス料理であり個人差はあるとは思うが非常に美味しく、見た目も楽しませる工夫がされている。(資料1)そのことは平松宏之氏の兄弟が画廊を経営し、本人自身も芸術、美術に関心が高いことも関係しており彼は国立新美術館内にカフェをオープンさせている。
日本のフレンチレストランは、ミシュランガイドの評価において世界的にみても評価の高い店が数多く存在している。それは、本場フランスの料理をベースにメニューを構成しているだけではなく、店ごとの工夫、努力がされているからだといえる。例えば、輸入品だけに頼らず季節に応じた日本の食材を使っていること。日本料理のエッセンスを調和させていること。テーブルに料理が運ばれてくるまでに関わる一人ひとりのおもてなしの心などが、日本が世界で一番ミシュランの星が輝く国となった所以であるといえる。(資料2)レストランひらまつは、「この世界を、食の感動で繋がる大きなテーブルに。」を目指す方向性として発信しており食の可能性を広げ、多様な文化、価値観を融合した料理を提供することは食文化の持続性といった点において重要といえる。

3. 特筆できる価値
レストランひらまつの価値はシェフが調理場におけるアーティストと位置づけ、パティシエ、サービス、ソムリエ、コンシェルジュはアーティストの表現したいことをチームワークで料理という形に仕上げていることである。これは芸術的な観点にも類似した特徴を持ち合わせており評価できる点である。 明治時代に活躍した料理人で、後に天皇の料理番として有名な秋山徳蔵(1888年―1974年)は著書『仏蘭西料理全書』の中でフランスのレストラン、メニュー、シェフの紹介を記しフランス料理の概要を伝えているが、その中で料理は味覚だけではなく触覚、聴覚、視覚、嗅覚、これら五感の全てで味合うものと論じている。その検証の為、リピートしている食事という視点で、レストランひらまつの料理と某ファーストフード店のハンバーグを比較してみた。まずハンバーグは全ての点において均一である。特に大きな特徴であるスピードと生産性を維持・向上させるために、調理内容は細かくマニュアル化され、調理を担当するスタッフは自分の創造性を働かせることは必要なくマニュアルを忠実に守り調理をすることが求められている。極論であるが、近未来では高性能のロボットが調理を担うことも可能である。一方のレストランひらまつの料理は、「味」について嗜好性が高いと感じる。背景には料理にこめられたプレゼンテーション、人のあたたかみを感じるホスピタリティーがあり、ファーストフード店でのマニュアルでは管理することが不可能な領域である。これは芸術と同様、ひとりひとりの個性を持った人間だけが相手に示すことのできる、表現の領域だといえる。接客においても、ファーストフード店の声をかけるタイミング、台詞、お辞儀の角度が決められているのとは異なり、サービスを担当するスタッフがお客様ごとに自分の意志で自由に判断し行動している。実際に、私には手をあげて笑顔で声を掛けてくれるスタッフもいる。しかし、この自由ほど責任が大きいものはない。マニュアル通りに行いミスが生じた場合は他責にすることはできるが、自分の自由な意志に基づいた行動がもたらした結果については、自分の責任になってしまう。フランス料理だけあってフランス文化にある自由の精神からきているのではないのだろうか。

4. 課題
冒頭に論じた通り、飲食店を取り巻く環境は厳しいがポストコロナ時代を見据える必要がある。新型コロナウイルス感染症の感染状況次第ではあるが今後海外からの訪日観光客に備えた対応が求められてくる。その一例として、訪日観光客の多くが飲食店を選ぶ際に参考にしているミシュランガイドの評価指標を意識すべきといえる。その指標とは食材の産地、栽培方法、市場、それらが客のテーブルに料理として届くまでの各段階で、持続可能性を意識した食・食文化=サスティナブルガストロニミーの達成を掲げている。このサスティナブルは、飲食業界だけに限ったことではなく全ての国や地域、産業、人に関わる世界的な達成目標であり、ポストコロナ時代を見据えてSDGs、ESG投資など、サステナビリティを重視する考え方がより顕著となっている。これらの対応は必要ではあるが実現にむけた問題としてあげられるのは従来と比較してコストが増えることにある。日本ではこの数十年、賃金水準、物価価格も殆ど変わっておらず経済が停滞している状況にあり、コストを消費者に負担させることへの不安が企業側にはあるといえる。俯瞰した課題点としては、日本の経済成長の実現と欧米並みにSDGs、ESGに対する意識を国民に共感してもらう取り組みを行う必要がある。

5. 今後の展望、まとめ
新型コロナウイルス感染症は未だ終息していないが、日本をはじめ各国では行動制限緩和を進めており訪日観光客は増加傾向である。(資料3)また政府はポストコロナにむけて、日本をガストロノミーツーリズムとして位置づけて訪日観光客を呼び込む発信を世界におこなっている。(資料4)このことは、今後レストラン等飲食業界で強く意識するテーマだといえる。そういった点では、レストラン、ホテルセグメントの位置づけにあるレストランひらまつの展望は明るいといえる。最後に、卒業研究を進めるにあたり研究テーマにしたレストランひらまつを運営している株式会社ひらまつに取材を実施した。詳細は別紙資料(資料5)で記載をしているが、食文化の解釈について気づいた部分がある。食文化とはその国、土地の料理を再現して提供することではなくそれらはひとつの要素であり、食に関わる人たちが担うべき役割で関わり、交わり、料理を食べた人が精神に働きかけをして感動をするところまで到達して食文化となり、そして更なる感動を与える為に努力を重ねていくことが食の文化の持続性につながるのだと感じた次第である。早く新型コロナウイルス感染症には終息していただき、世界各国のレストランに足をのばして食文化を感じたいものである。
以上

  • 81191_011_32183379_1_1_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%91_page-0001 資料1 レストランひらまつでの料理たち(著者撮影 2022年12月20日)
  • %e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92_page-0001 資料2 各都市のミシュランの星付きレストラン
  • %e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%93_page-0001 資料3 2022年訪日外客数・出国日本人数(対2019年比)
  • %e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94_page-0001 資料4 JNTO日本をガストロノミーツーリズムの旅行先として世界にPR
  • 81191_011_32183379_1_5_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%95_page-0001 資料5 株式会社ひらまつインタビュー(筆者撮影 2022年12月14日)

参考文献

【参考文献】
紫牟田伸子著・早川克美編『編集学―つなげる思考・発見の技法』(京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年)
ミシュランガイド編集部『LE GUIDE MICHELIN TOKYO』(日本ミシュランタイヤ株式会社、2022年)
辻静雄著『フランス料理の学び方』(中公文庫、2016年)
国末憲人著『ミシュラン三つ星と世界戦略』(新潮社、2011年)
北山晴一著『世界の食文化 フランス』(農文協、2008年)
メアリー・アン・カウズ著・富原まさ江訳『名画の中の料理』(エクスナレッジ、2018年)

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