目黒区のサクラ再生計画:碑さくら通り

山本 太朗

目黒川が桜の名所となっている東京都目黒区は、公園や緑道、道路緑地などに約2,200本の桜の木が植えられている。老齢化や生育環境の変化から樹勢が衰退し倒木の危険がある樹木もあるため、目黒区は平成26年に「目黒のさくら基金」を設立し、地域ごとに保全事業を行う「めぐろサクラ再生プロジェクト」を推進している。保全工事が進行している「碑さくら通り」の地域特性、空間造形を考察する。

1. 基本データと歴史的背景
1.1 めぐろサクラ再生プロジェクト
目黒区が主体となり地域毎に1)樹木診断→2)再生実行計画作成→3)保全・更新の流れで保全事業を行なっている。「目黒のさくら基金」には令和3年度までに総額約4千万円の住民・事業者による寄付が集まり、本事業の予算を補っている。令和3年度を例に取ると、樹木診断が目黒川を中心に268本、伐採・抜根・植替の保全工事が碑さくら通りの4本を含む26本、総事業費の約1/3がサクラ基金で賄われている※1。

<保全事業の流れ>
1) 樹木診断:樹木医が樹木を診断し、桜の健康状態を把握する。初期診断、外観診断、精密診断の3つの診断があり、倒木の危険がある樹木は安全を優先して伐採する。
2) 再生実行計画作成:桜の保護や植え替えなどの将来像について地域住民と検討会を設け、地域にあった再生実行計画を作成する。
3) 保全・更新:再生実行計画に基づき、樹木の伐採や抜根、植え替えを行う。弱った桜は樹勢回復のため土壌改良や施肥を行う。

1.2 碑さくら通り
目黒区碑文谷(ひもんや)を通る片側1車線約1.2kmの直線道路(資料1図1)。通り沿いには異国情緒ある「サレジオ教会」、古民家と竹林の「すずめのお宿緑地公園」、近くには碑文谷の地名の由来とも言われる碑文石を祀る「碑文谷八幡宮」があり、目黒区が指定する「みどりの散歩道」の一部になっている。サレジオ教会が建設された昭和29年は畑地が広がっていたが、現在は住宅地となっており、通勤・通学のバス通りにもなっている。
約60本の桜の木が街路の北側歩道に並んでおり、昭和50年代に植栽された樹木が3/4 を占める。桜が咲く時期の景観は見事だが(資料1図2)、植栽桝いっぱいに根元が肥大し、縁石や舗装を押上げている樹木が見られる(資料1図3)。平成27年の樹木診断の結果、心材腐朽菌のキノコが発生し、生育不良や幹折れの危険性がある樹木が約4割を占めた。平成28年に将来に渡って引き継ぎたい桜並木の景観イメージを協議する地元検討会を経た後、平成30年より樹木診断で不健全と診断された樹木の伐採、植え替え作業が進められている※2。

2. 事例のどんな点について積極的に評価しているか
樹木診断や地元住民との検討会の結果、碑さくら通りの桜並木の主な課題は下記5点である。1点目はソメイヨシノに共通する課題だが、その他の課題は地域特性に関係している。北側歩道幅2.2-2.4mに幅0.9mの植栽枡を設けて植樹しているため、歩行者・桜双方のスペースが限られている(資料1図5)。また昭和50年代とは周辺環境が大きく変わり、通り沿いには分譲マンションが多く建設され、交差点や駐車場から視界を確保する空間が必要となっている。

<主な課題>
1) 樹齢の長い大木が多く、心材腐朽菌に起因する倒木の危険
2) 幹が太くなったことによる歩道通行障害や交差点付近での視認障害
3) 根による舗装の持上げ や 縁石の押し出しによる凸凹
4) 大量の落ち葉による通り沿いの民家の清掃負担
5) 枝葉、根の広がりの限界による生育不良

これらの課題を解決するために作成された再生計画のポイントは3つ挙げられる。1点目の樹種に関して、空間スペースを確保できる学校・公園沿いにソメイヨシノ、住宅沿いにコシノヒガンザクラを選定した点は評価できる。コシノヒガンザクラの開花時期はソメイヨシノより少し早いが、淡紅色の花の色合いが似ているため連続した景色を形成できる。ソメイヨシノによる連続した景観を望む住民側に配慮した上、樹形が比較的コンパクトなため、住宅への枝の広がりや落ち葉による清掃負担を軽減できる。2点目のあえて桜に植え替えない判断も交通事情を考慮した積極的な対応である。碑さくら通りの桜並木は主に地元住民が楽しむため、日常生活の安全性が優先されている。3点目の根上がり対策は多くの桜並木に共通する解決策であるが、関東ローム層に黒土が堆積する本地域では、健全な生育と舗装障害の回避に有効な手段である。

<再生計画のポイント>
1) 学校・公園沿いをソメイヨシノ、住宅沿いをコシノヒガンザクラに植え替える。
2) 横断歩道の近くや車からの視界を妨げる場所への高木植栽は行わない。
3) 植栽枡には防根シートによる根上がり対策を行う。

3. 国内外の他の同様な事例と比較して何が特筆されるのか
3.1 目黒川緑地帯のサクラ再生計画
池尻大橋から品川区境までの目黒川緑地帯3.8kmには約800本の桜が植えられており、都内有数の花見の名所であり、めぐろサクラ再生プロジェクトの地域の一つでもある※3。
中目黒の目黒川舟入場付近を境として、川幅の狭い上流では両岸の桜の枝が川の中程で触れ合うが、川幅の広い下流では桜が枝葉を伸ばせる空間が広がっている(資料2図1-3)。樹木診断の結果、約9割が健全な状態だが、植栽間隔が約6mと狭いため日照不足による生育不良で衰退した若木や、隣木や建物との競合、根元周りの裸地化、根元範囲の狭さによる舗装障害等の課題が挙げられた。
再生計画のポイントは、更新が必要な場合ソメイヨシノを中心に植栽すること、適切な間隔を確保した植栽により健全な成長を促すこと、低木や地被植物により根元周りを保護することの3点が挙げられる。

3.2 碑さくら通りとの比較
碑さくら通りと目黒川緑地帯の再生計画には、地域特性や空間造形を考慮した3つの相違点が挙げられる。
1) 生育環境:目黒川緑地帯の中下流域は比較的開けた空間を確保できる。上流域は碑さくら通り同様に生育空間が限られているが、緑地帯を設けているため歩道上の植栽枡に比べて根元周りの平面空間を確保できる。一方、目黒川緑地帯は人通りが多いため、土壌を踏み固められないよう根元周りを保護する地被植物の役割が重要となっている。
2) 受益者:地元住民だけでなく多くの観光客が花見を楽しむ目黒川緑地帯に対して、碑さくら通りは地元住民が主な受益者である。シンボルであるソメイヨシノを優先する目黒川緑地帯に対して、碑さくら通りは周辺環境に応じた樹種の選定、交通事情に配慮した低木への植替等、地元住民優先の再生計画となっている。
3) 空間造形:観光名所である目黒川緑地帯は主役の桜が映えるように植栽間隔を見直し、周辺に被地植物を植えている。一方、碑さくら通りの桜は学校・住宅・公園・教会等が点在する空間に連続性を持たせる脇役である。開花時期に空間を彩るだけでなく、通りを挟んで向かい合う住宅間の目隠しとしての役割も果たしている。

4. 今後の展望について
サクラ再生計画では植え替え後の維持管理として、1年後に幹巻の撤去(幹巻きをしていた場合)、3年後に支柱撤去または支柱据え直し、3~5年後に将来の樹形を考慮した剪定を計画している。桜は太い枝を切るとそこから腐ることが多いため、枝が細い若木のうちに将来の樹形を考慮した剪定を行う必要がある。
サクラ再生計画の地域の一つである駒場野公園では、樹勢回復作業後に地面が踏み固められないよう保護柵を設ける等、ボランティアによる桜守活動が行われている※4。地域住民が日常的に桜を見守ることにより、病害虫発生時に行政への迅速な連絡につながるため、目黒区全体に桜守活動が広がることが期待されている。

5. まとめ
碑さくら通りのサクラ再生計画は、周辺環境に応じた樹種の選定や交通事情を配慮した植栽が特徴である。歩道上の植栽枡という限られた生育空間ではあるが、住宅・学校・公園・教会が混在する通りに連続性をもたらし、名脇役として地元住民に安らぎを与えている。

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参考文献

1. めぐろサクラ再生計画プロジェクト、目黒区HP、2022年7月18日検索
https://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/keikaku/torikumi/shizen/megurosakurahozen/index.html
2. 『目黒のサクラ再生計画「碑さくら通り・田向円融寺通り・碑文谷五丁目緑地 サクラ再生実行計画」』、目黒区、2017年3月
3. 『目黒のサクラ再生計画「目黒川緑地帯 サクラ再生実行計画」』、目黒区、2018年3月
4. 『目黒のサクラ保全事業だより 桜守活動編』、目黒区みどり土木政策課、2022年2月

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