「Museum Start あいうえの」―リアルとデジタルを活用した、人とモノ、人と人との出会いとつながり―

春名 真由美

はじめに
コロナ禍において文化芸術鑑賞・教育の機会が大幅に減少する中(1)、ミュージアムでの学びを止めない取り組みに成功している施設もある。中でも、「Museum Start あいうえの(以下、あいうえの)」のリアルとデジタル両方のツールを活用したアート・プロジェクトを評価し、子どもがミュージアムとどのように出会い、つながっていくのか、今後の可能性について考察する。

1. 基本データ
名称:Museum Start あいうえの
開始:2013年4月1日
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、東京藝術大学
活動拠点:東京都美術館
所在地:東京都台東区上野公園8-36

2. 歴史的背景
上野公園は1876年(明治6年)に日本初の公園として開園以来、文化芸術の中心地として発展してきた。現在では9つの重要な文化施設(2)がひとつの公園に集まる日本でも類を見ない珍しいエリアである(3)。
その文化施設の一つである東京都美術館は、2012年のリニューアルにあたり新たにアート・コミュニケーション事業を開始し、これまでの美術館としての活動に加え(4)、文化資産を介して、人と人がつながり、新しい価値を創造していく活動を行なっている。
「あいうえの」はその事業の一環として、9つの文化施設が存在する地域特性や各施設の持つ特性(資1)を活かし、美術や科学、歴史、音楽、動物などの領域を越境したプロジェクトである。「あいうえの」ではアートの入口として「すべてのこどもにミュージアム体験を届ける」というミッションのもと、3つのプログラムを用意し(5)、子どもたちのミュージアム・デビューを応援している。

3. 事例の評価
本稿では、「あいうえの」のファミリー向けプログラムの中でも、2020年度に開催されたリアルとデジタルを活用した「上野へGO!」について、時間のデザインの観点より評価する。
「上野へGO!」はウェブ会議システムZoomを使用したステップ1と、実際にミュージアムを訪れるステップ2の2段階からなる。
このプログラムを森高一が示す三段階での時間のデザイン(6)で捉え、筆者とその子の体験を基に参加者の視点から述べる(7)(資2)。

3-1. 導入
ステップ1は、Zoomを使ってオンラインで行われる。参加者が全員集まったところで運営側より本日の流れを説明。その後少人数グループに分かれ、アート・コミュニケータ(とびラー)(8)と参加者とのオンライン絵画鑑賞が行われる。鑑賞の場では、一つの絵を参加者と鑑賞しながら絵から感じたことを自由に伝え合う。最初は緊張気味の参加者も徐々に慣れてきたところでメインルームに戻り、運営側よりステップ2のプログラム内容の説明を受ける。
親子共にプログラムの概要を理解し、運営側と参加者双方向の交流によりつながりが生まれ、参加者がステップ2への期待を膨らますことに成功している。そしてこの段階で重要な、参加者自らが自分の意志でミュージアムに行く動機づけができる。

3-2. 展開
ステップ2では、実際にミュージアムに訪れて探索をする。参加者は集合場所である東京都美術館アートスタディールーム(以下、ASR)に集まり、ステップ1の際オンライン上で会った運営スタッフ(9)やとびラーに温かく迎え入れられ、一緒に参加する仲間と対面する。この時はじめて「あいうえの」に参加する子どもには「ミュージアム・スタート・パック(以下、スタート・パック)」(資3)と、自分の目で観察し、思考するきっかけとなるミッションカード(指令書)が手渡される。全員が集まったところでオリエンテーションが行われ、その後参加した家族は上野公園内にある9つの文化施設の中から行きたいミュージアムを選び、指令書に書かれているキーワードや問いに当てはまるモノを探しに冒険に出かける。発見したり気づいたりしたことをスタート・パックにある冒険ノートに書き留める。徒歩圏内に9つの文化施設が点在する地域特性や各施設の持つ特性を最大限に活かした取り組みは特筆すべき点である。
上野公園内での楽しい約2時間半の冒険はあっという間に過ぎ、ミハイ・チクセンミハイのいう、「フロー状態」(10)を味わうことができる。

3-3. まとめ
作品を見終わるとASRに戻り、冒険ノートに冒険の記録をまとめる。とびラーは参加者に寄り添い、子どもの制作活動において声掛けすることでサポートする。記録が終わると、同じテーブルの参加者同士で冒険した内容を発表する。発表の後は、まとめた冒険ノートを投稿フォームに送信し、後日とびラーのコメント付きで冒険ノートの内容がSNS、ウェブサイトに投稿される。
ミュージアムでの体験が数週間後に「見える化」することにより、楽しかった思い出がよみがえり、子どもたち自らまた行きたいという気持ちを創出することに成功している。

このように「あいうえの」は、時間のデザインという観点から非常に綿密に作り上げられたプログラムである。

4. 課題
参加者の行動をプログラムへの参加前、参加中、参加後に分けて分析したところ、以下の課題が明らかになった(資4)。
①参加前:各文化施設ウェブサイトからの逆引き
東京都美術館のウェブサイトでは「あいうえの」の特設サイトが設置され情報発信されているが、連携している各文化施設から「あいうえの」のサイトに誘導する仕組みがない。
②参加前:プログラムを知るきっかけづくり
告知媒体の一つであるチラシを以前ほど配布できない今、各ミュージアムへ来館した人が、「あいうえの」のプログラムを知ることが難しい。

5. 比較事例
そこで本稿では、比較事例として全国のミュージアムが協働し情報発信を行っている「おうちミュージアム」を取り上げる。
「おうちミュージアム」は、北海道博物館が企画した取り組みである。2020年2月末ごろ、新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国での学校休校やミュージアムの多くが長期の臨時休館となり、家で長い時間を過ごす子どもたちが増えた。そこで北海道博物館から各地のミュージアムへ呼びかけ、家で楽しめるコンテンツを提供しているミュージアム同士が手を組み、協働して情報発信を行い、本稿執筆時点で全国約240以上のミュージアムが参加している(11)。各施設が相互連携をし、コンテンツや文化資源をお互い活用している点は「あいうえの」「おうちミュージアム」両者の共通点である。
北海道博物館のウェブサイト内にある「おうちミュージアム」の特設ページでは、当施設の家庭でできるコンテンツの紹介をすると共に、参加するミュージアムを一覧で見ることができる。さらに、参加施設が共通のロゴ(12)(資5)を使用し、ハッシュタグをつけてSNSで投稿をすることにより、個々のミュージアムへ元々情報アクセスしていた人びとにとどまらず、情報がより広く届けられ認知度が上がっている。

6. 今後の展望
ミュージアム体験を応援する「あいうえの」の取り組みがより広く認知されるためにはどんな工夫が必要であろうか。一つは、上野にある9つの各施設に訪れた人々を「あいうえの」のサイトに誘導するため、各施設に特設ページ、または「あいうえの」へのリンクがあると誘導しやすいのではないだろうか。もう一つは、SNSの拡散力を活用するとさらに効果が上がると考える。たとえば、東京都美術館のTwitterでのフォロワーは216,076人(13)であるが、9施設を合わせると、約160万人になる。各施設で共通のハッシュタグをつけると、新たなつながりが発生し、各施設のSNSに訪れた人が「あいうえの」の取り組みを知り、興味を示すきっかけになるだろう。そして、「あいうえの」を通して各施設がさらに相互連携し、それぞれが保有する文化芸術資源の価値を顕在化し、有効に活用されていくことにもつながる。

7. まとめ
2015ユネスコ勧告によると、ミュージアムの社会的な役割の一つとして「伝達」があり、「博物館は、社会において積極的な役割を果たすため、伝達のための全ての手段を用いるよう奨励されるべきである」と述べられている(14)。
「あいうえの」はコロナ禍においてもリアルとデジタルを活用したブレンデッド・ラーニング(15)形式で実施することにより、子どもたちがミュージアム体験を通してアートと出会い、人とつながる機会を提供し続けていることが活動実績からも明らかである(資6)。デジタルという伝達方法を取り入れることで、単なる感染症対策の目的を超え、ミュージアムと人との新しいつながりの可能性を広げたと言える。先駆的な取り組みを実施している「あいうえの」が、ミュージアムに関心を持つ、より多様な層へすそ野を広げることを期待する。

  • %e8%a1%a8%e7%b4%99%e5%86%99%e7%9c%9f 表紙写真:「ミュージアム・スタート・パック」
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    (図:OpenStreetMapを使用して筆者作成)
    出典:
    「上野の文化施設」上野文化の杜
    https://ueno-bunka.jp/facilities/(2022年7月10日閲覧)
    「建築概要」東京都美術館
    https://www.tobikan.jp/outline/architecture1.html(2022年7月10日閲覧)
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    (表:筆者作成)
  • %e4%bf%ae%e6%ad%a3%e8%b3%87%e6%96%993_ 資料3
    Museum Start あいうえの 「ミュージアム・スタート・パック」
    (2022年8月28日 筆者撮影)
  • %e4%bf%ae%e6%ad%a3%e8%b3%87%e6%96%994 資料4
    (表:筆者作成)
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    (図:筆者作成)
    出典:
    「おうちミュージアム 特設サイト」北海道博物館
    https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/ouchi-museum/(2022年7月18日閲覧)
    産業総合技術研究所 地質標本館
    https://www.gsj.jp/Muse/ouchi.html(2022年7月18日閲覧)
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    (表:筆者作成)
    出典:
    『東京都美術館年報2020年度(令和2年度)』
    https://www.tobikan.jp/media/pdf/2021/ac_annualreport_2020.pdf(2022年7月1日閲覧)
    『東京都美術館年報2019年度(平成31年度)』
    https://www.tobikan.jp/media/pdf/2020/ac_annualreport_2019.pdf(2022年7月1日閲覧)
    『東京都美術館年報2018年度(平成30年度)』
    https://www.tobikan.jp/media/pdf/2019/ac_annualreport_2018.pdf(2022年7月1日閲覧)

参考文献

【註】
(1) 「数字で見る文化芸術活動 わたしたちの直接鑑賞行動とコロナ禍の影響―コロナの影響
   により文化芸術鑑賞が大幅減少―」、文化庁ぶんかる
   https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/news/news_008.html(2022年7月10日閲覧)
(2) 上野の森美術館、恩賜上野動物園、国立科学博物館、国立国会図書館国際子ども図書館、
   国立西洋美術館、東京藝術大学、東京国立博物館、東京都美術館、東京文化会館
(3) 「上野の歴史」、上野文化の杜
   https://ueno-bunka.jp/about/history/(2022年7月2日閲覧)
(4) 東京都美術館の役割を具現化する4つの活動
   • 特別展や企画展など、見る喜び、知る楽しさを提供する「展覧会事業」
   • 公募団体やグループと連携し、つくる喜びを共有する「公募展事業」
   • アート・コミュニティ形成による新たな可能性を探求する「アート・コミュニケーション事業」
   • アートラウンジや美術情報室、ミュージアムショップ、レストラン等、訪れる楽しさを充実させる「アメニティ事業」
   『東京都美術館年報2019年度(平成31年度)』、p.6
   https://www.tobikan.jp/media/pdf/2020/annualreport_2019.pdf(2022年7月3日閲覧)
(5) ファミリーにミュージアムでの学びの機会を提供する「ファミリー・プログラム」、
   広く公平に子どもたちに参加してもらうための「学校プログラム」、多様な文化的背景を
   持つ子どもたちを対象とする「ダイバーシティ・プログラム」がある。
   Museum Start あいうえのhttps://museum-start.jp/(2022年7月2日閲覧)
(6) 参加者を主体的な体験に誘うための「導入」、参加者が自ら体験し、没入する「展開」、   
   そしてそこでの体験を参加者自身の次の展開へとつなげる「まとめ」を指す。
   中西紹一・早川克美編『時間のデザイン―経験に埋め込まれた構造を読み解く』、藝術学舎、2014年、p.111
(7) 当プログラム参加当時、子は小学1年生。プログラムは、小学1年生~3年生(6~9歳)、
   小学4年生~6年生・中学生(9~15歳)に分かれている。
(8) 公募により選ばれたプログラムの伴走者であるアート・コミュニケータ。東京都美術館と
   東京藝術大学の連携事業「とびらプロジェクト」に所属。任期は3年。
   子どもたちの活動に保護者でも先生でもない大人として、アートを通して対話する
   場づくりや、多様な人々を結びつけるためのコミュニティデザインをする。プロジェクト
   参加者とアートとの重要な架け橋となっている。”とびラー”という愛称には、「東京都
   美術館(とび)」と「新しい扉(とびら)を開く」という意味が込められている。
(9) 学芸員、大学教員など。
(10)本人が集中し没入している状況。このような状態にあるときは、機能的でパフォーマンスが
   高く、加えて幸福感を得られると指摘している。
   ミハイ・チクセンミハイ著『フロー体験 喜びの現象学』今村浩明訳、世界思想社、1996年
(11)北海道美術館「おうちミュージアム特設ページ」
   https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/ouchi-museum/(2022年7月10日閲覧)
(12)デザイナー和田武大(株式会社 デザインヒーロー)がおうちミュージアムに賛同し、
   協力。
   様々な状況での使い方の展開を充実させ、ロゴマークのほか、ウェブ用のボタンや
   バナー、教材作りに使えるテンプレート、館内掲示や配布用のチラシについても継続的に
   協力している。
(13)Twitterのフォロワー数(2022年7月14日現在)
   上野の森美術館(49,890)、恩賜上野動物園(1,072,916)、国立科学博物館(66,777)、
   国立国会図書館国際子ども図書館(2,309)、国立西洋美術館(60,410)、東京藝術大学(14,139)、
   東京国立博物館広報室(120,5547)、東京都美術館(216,076)、東京文化会館(12,477)
(14)「博物館及びその収集品並びにこれらの多様性及び社会における役割の保護及び促進
   に関する勧告(2015ユネスコ勧告)」、Ⅱ博物館の主たる任務―10 伝達、文部科学省
   https://www.mext.go.jp/unesco/009/1393875.htm(2022年7月10日閲覧)
(15)複数の手法を組み合わせ、それぞれの手法のメリットを最大限に生かす学習形態のこと。

【参考文献】
・稲庭彩和子編著、伊藤達矢・河野佑美・鈴木智香子・渡邊祐子著『こどもと大人のための ミュージアム思考』、左右社、2022年
・中西紹一・早川克美編『時間のデザイン―経験に埋め込まれた構造を読み解く』、藝術学舎、2014年
・渋谷美月「大きなコミュニティとなったおうちミュージアム」、『博物館研究』、 Vol.55 No.10(No.629)
・島絵里子「ミュージアムが姿・形を変えてあらゆる人々のところに飛び込んでいくための一提案:
 物理的(physical)とデジタル(digital)両方のツールを用いて」、『日本の博物館のこれからIV プレプリント』、2021年9月
・室井宏仁、奥本素子「COVIT-19 感染拡大下における博物館施設のオンライン発信の傾向と分析」、
 『科学技術コミュニケーション、28、1-10』、2020年8月20日
・「アート・コミュニケーション事業報告」、『東京都美術館年報2018年度(一部抜粋)』
 https://www.tobikan.jp/media/pdf/2019/ac_annualreport_2018.pdf(2022年7月1日閲覧)
・「アート・コミュニケーション事業報告」、『東京都美術館年報2019年度(一部抜粋)』
 https://www.tobikan.jp/media/pdf/2020/ac_annualreport_2019.pdf(2022年7月1日閲覧)
・「アート・コミュニケーション事業報告」、『東京都美術館年報2020年度(一部抜粋)』
 https://www.tobikan.jp/media/pdf/2021/ac_annualreport_2020.pdf(2022年7月1日閲覧)
・「コロナ禍における美術館と高等学校との連携」、『東京都美術館紀要No.27(2020年度一部抜粋)』
 https://www.tobikan.jp/media/pdf/2021/ac_bulletin_2020.pdf(2022年7月1日閲覧)
・「ミュージアムとコレクションの保存活用、その多様性と社会における役割に関する勧告」、UNESCO国際連合教育科学文化機関
 https://icomjapan.org/wp/wp-content/uploads/2020/03/UNESCOreport2015.pdf(2022年7月1日閲覧)
・「博物館及びその収集品並びにこれらの多様性及び社会における役割の保護及び促進に関する勧告(仮訳)
 2015年11月17日第38回ユネスコ総会採択」、文部科学省
 https://www.mext.go.jp/unesco/009/1393875.htm(2022年7月1日閲覧)

【参考URL】
・Museum Start あいうえの
 https://museum-start.jp/(2022年7月2日閲覧)
・上野文化の杜
 https://ueno-bunka.jp/(2022年7月15日閲覧)
・北海道博物館「おうちミュージアム特設ページ」
 https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/ouchi-museum/(2022年7月10日閲覧)
・産業技術総合研究所 地質標本館
 https://www.gsj.jp/Muse/(2022年7月10日閲覧)

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