明治神宮の森、都市においての自然の重要性

渡部 由紀子

はじめに

大都会東京にある巨大な森「明治神宮」鳥居をくぐると樹木のトンネルが出迎え、先ほどまでの喧騒は何だったのかと思えるほどの静寂が訪れる。空を覆う木々の葉、植物の青い匂い、鳥の声が包み込み、忘れていた自然の荘厳さに気づく。約10年間代々木に在住し、都会のど真ん中であるにもかかわらず夜中から早朝にかけて感じていた空気の清浄感や静けさと落ち着きは明治神宮の森に関係するのではないかと思い、明治神宮の森を題材に選んだきっかけである。
本稿では明治神宮の森を文化的資産として評価し、都市においての自然の重要性について考察する。

1.基本データと歴史的背景
名称:明治神宮
所在:東京都渋谷区代々木神園町1番1号
創建:大正9年(1920)11月1日
敷地:70万平方メートル
概要:明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社
明治45年7月30日に明治天皇が崩御後、国民の願いで創建された。いくつかの候補地の中、代々木は御料地で昭憲皇太后との縁故が深く、神域にふさわしい環境を備えており決定された。全国から寄せられた95559本もの献木があり、造苑には全国の約11万人の青年団が奉仕した。(1)

2.評価する点

2−1 50年、100年、150年先を考えた森の構成

永遠の杜を作るという壮大な計画で、150年先を見据えて高度な植栽計画を行わなければならなかった。林学博士の川瀬善太郎、本多静六、造園家のドクトル本郷高徳、農学博士の原煕、折下吉延、技手として寺崎良策、上原敬二などの最先端の技術者が集められた。
どのような森にすれば未来へ更新していけるのか、この地域に昔存在した森林の状態を再現し、暗い環境に適した陰樹であるカシ、シイ、クスノキなどの常緑広葉樹を主木にすることがふさわしいと考えた。これらの主木が生育し、落とした種子から生えた稚樹が生長し母樹の後継となり常に樹木が若返り、森が更新する。資料1
しかし、当時の内閣総理大臣大隈重信は伊勢神宮や日光にある杉並木の荘厳な景観が望ましいと考え、神宮の森を藪にするのはよくないと反対意見だった。林苑関係者は、常緑樹林でなければ神宮の森を永久に持続することはできないということと、代々木にある杉の生育がいかに悪いかを杉の生育状態を示すサンプルをとり、科学的な根拠に基づき納得させ、最終的にシイ、カシなどの常緑広葉樹を中心とした神宮の森にすることに決定した。(1)
風致的な観点で、クロマツ、サワラ、コウヤマキ、落葉広葉樹のイチョウ、エノキ、カエデ、ケヤキ、シデ、ムクノキなども植栽され、自然の森ではあり得ない多様な樹種が共存している。

2−2 日本のランドスケープデザインの発展の礎

鎮守の森として認識される明治神宮だが、日本の伝統的な神社空間と庭園空間、近代化の中で積極的に取り入れた西洋公園空間とが融合した形で組み合わされており、日本のランドスケープデザインの発展の礎となった。
大きく5つにゾーニングされ、①社殿を包囲する森林区②前域③宝物殿区域④苗圃⑤御苑で構成される。
林学者たちによって計画された「林」部分と園芸学系技術者たちの「苑」部分が組み合わさった「林苑計画」である。(2)資料2
この計画の重要なポイントとして外せないのが、森の足下にある「水」や「地形」である。
御苑の最奥にある清正井は、毎分60リットルも湧き出る豊富な水源で渋谷川の源流の一つであり、林苑内に配された「北池」「南池」「東池」の三池は玉川上水原宿村分水や渋谷川という地域の水脈と繋がっている。
最大の「南池」は苑内の三つの集水域より水が注ぎ込み、神橋を過ぎて地下に潜り渋谷川へと注いでいる。
南参道に接続する土地は、もともと代々木練兵場の敷地(現在の代々木公園)の一部であったが、風致的価値があるとは言い難く、明治神宮の玄関にふさわしい植栽と地形改変が行われた。現在の代々木公園側の調整池と神橋の上流とを連結した排水管を埋設したところも趣のない状態であったため、風致的な観点で自然の渓谷状へと改変させることと、渓流としての水量確保が必要であった。土木工学的な計算をもとに大規模な地形造成によって周辺一帯の雨水を集め予想以上の水流確保に成功した。
海外の専門家から得た知識と当時の日本人が持つ技術を結集した集大成として緻密な地形と豊かな水環境が作られた。(2)

2−3 林苑の管理

これまで森を支えてきたのは、その後を託された技師たちによる。
『林苑計画書』では、林苑の管理機関の中で、維持管理のための独立組織の必要性を明記し、植物という生きている素材を中心に構成されている空間は、適切な維持管理が避けては通れない課題と強く指摘している。それゆえ神社の社務一般を扱う機関とは別に林苑技師を責任者として、設計者であり工事の施行者であるものが望ましいとし組織された。
2020年に100年を迎え、当初の計画よりも予想以上に育成し、すでに計画段階での150年後をイメージした4段階目の豊かな森となっている。資料1
あまり人間の手をかけないといわれる森の管理とは実際に何をしているのか、林苑担当主任技師の中村道人氏によると、参道に落下の恐れのある枯木、邪魔になる枝の最低限の剪定、参道脇の笹や芝刈り、参道上の落ち葉を森林に戻し還元するなどの地道な管理により森は守られている。これからの50年100年先は、将来、森林の上層を占めるシイやカシなどの種が落ちて発芽し、森林を構成する樹木に育っていくことが課題になるという。資料3
現在の主な構成木のクスノキの跡継ぎがあまり育っておらず、将来はシイやカシがとってかわり、森の階層構造が単純化し、下木保存や移植・伐採などの林苑管理の方針にかかわる現代的な課題といえる。(2)

2−4 多種多様な森の生物と森の役目

森の中にはたくさんの生物が生息し、特に野鳥の観察は100種類以上見られ、野鳥の宝庫となっている。
平成23年明治神宮鎮座100年祭記念事業の一環として史上初の生物全般にわたる調査が行われ、3000種の生き物、779種の植物確認された。生態系の頂点である大鷹が棲んでおり、それは豊かな自然があるという証明であるという。東京都区部の絶滅危惧種のウラナミアカシジミ、トゲアリなども見つかっている。(3)
森はヒートアイランド現象である気温の上昇を抑え、大気汚染による空気の浄化、都市騒音の緩和など、過酷な都市環境を和らげる大きな役目となっている。(8)

3.国内外の他の同様の事例との比較

国外でまず思い浮かぶのがアメリカのニューヨーク州マンハッタンにあるセントラルパークである。明治神宮と同様に都市の真ん中に存在する。1850年代から1860年代にかけて人工的に造園され、今では、都市の中の田園風景の再現、建造物と自然景観が調和し、森、湖、芝生地、外周林などが配置されており、近代アメリカの公園建設計画のプロトタイプとなった。(4)セントラルパークはニューヨーカーや観光客のレジャー地としての公園で、豊かな自然を持ち合わせている。明治神宮の森のように循環を意図されたものではないが、しっかりと管理され豊かな林や森を維持している。
国内では、近年の開発に興味深いものがある。2014年、大手町タワーという高層ビルの建設と共に森を計画している。一般的な緑地と違い、約3,600m²というまとまった森作りは周辺地域にも影響があり、緑地が気温の低い領域を生み出しヒートアイランド現象の緩和に貢献し、憩いの場となっている。局地的豪雨などに際しても、まとまった土壌を保持していることから一定の保水機能が期待でき、水害の抑制に貢献している。(5)大手町タワーの森は、その土地の特性を調査、理解し、未来に循環していく森を建築物と共に計画しており、明治神宮の森のコンセプトと通じるものがある。

4.今後の展望とまとめ

環境破壊による地球温暖化でさまざまな災害に見舞われ、自然的バランスを失ってしまった今、自然を守り、破壊された自然を取り戻すことが急務である。また、現代人のストレスや現代病は、自然に関わることが少ないことが原因とも言える。(6)(7)

持続可能な世界を取り戻すため、これからの都市開発に自然を取り入れることは不可欠であると言える。
明治神宮は人の手で豊かな自然を造ることが可能であると証明しており、文化的資産価値が高い。
今一度、この価値を私たちは認識し、明治神宮の森をレガシーとして、都市開発の手引きとすべきである。
自然環境を取り戻すことは、都市にいる人間が、健全な精神を取り戻すことでもある。

  • 81191_011_32083125_1_1_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%91_page-0001 林苑の創設より最後の林相に至るまでの変移の順序(予想)
  • 81191_011_32083125_1_2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92_page-0001 林苑計画のゾーニング
  • 230227%e8%b3%87%e6%96%993_page-0001 明治神宮 管理課 主幹 林苑担当主任技師 中村 道人氏にメールでの質問回答書
  • 55 明治神宮内の写真1
  • 66 明治神宮内の写真2

参考文献

参考文献
〈註〉
(1)松井光+内田方杉+谷本丈夫+北村昌美『大都会に造られた森ー明治神宮の森に学ぶ』企画:社団法人国土緑化推進機構、発行:森田稲子、1992年
(2)明治神宮ランドスケープ研究会「『林苑計画書』から読み解く明治神宮100年の森」公益財団法人東京都公園協会、2020年 p7 はじめに p112 水を制するものは森を制す p105 森が一人立ちするまでの撫育
(3)Youtube明治神宮公式チャンネル 明治神宮の森の生き物たち 鎮座百年記念 第二次明治神宮境内総合調査記録映像 https://youtu.be/7Tnmjva8vXc 2023年1月29日閲覧
(4)セントラルパークHP https://www.centralparknyc.org/locations?filters=architectural-features 2023年1月29日閲覧
(5)大手町タワー「都市と自然の再生」東京建物HP https://www.tatemono.com/csr/special/ootemachi.html 2023年1月29日閲覧
(6)外にいることが重要である10の理由 著者:シドニースプラウス オレゴン州フォレストグローブを拠点とするフリーランスのサイエンスライター ユタ州立大学人間生物学の理学士号
https://askthescientists.com/outdoors/ 2023年1月29日閲覧
(7)養老孟司「森とは何か」
https://youtu.be/XabDUlanqbs 2023年1月29日閲覧
(8)浜田崇 三上岳彦「都市内緑地のクールアイランド現象--明治神宮・代々木公園を事例として
   地理学評論.Ser.A/日本地理学会 編 67(8)1994年

年月と地域
タグ: