「そらからのまなざし」と「そらへのまなざし」―『とくしまドローン紀行 そらたび』がもたらす芸術空間の展開―

沢 丞

(1)『とくしまドローン紀行 そらたび』(以下、『そらたび』)について
『そらたび』は、徳島県のケーブルテレビであるテレビトクシマで配信されている番組である(註1)。「4K撮影によるドローン映像で徳島県内各地を旅し、ふるさとの魅力を再発見」すると説明している(註2)。2017年4月7日から放送を開始した。毎月ごとに新しい作品が公開され、これまでに総集編もふくめて70編製作されている。1編はクレジットを含めて10分であり、週4日、計8回放映している(註1)。
製作会社は、徳島県徳島市にある株式会社ベクトルである(註3)。代表取締役の水口知己氏は、徳島ドローン協会の副会長でもある(註4)。
(2)ドローンとはなにか
航空法におけるドローンの位置付けは「無人航空機の一種のマルチコプター」だが、ドローンそのものの航空法としての定義はない(註5)。本稿ではドローンは「撮影機能を有したマルチコプター」とする。
本来は軍事用として開発されたドローンが一般に普及し始めたのは、2012年に民生用ドローン製造会社DJIが「PHANTOM」を発売したのが嚆矢である。ローターによる振動からのブレを防止するジンバル機能、『そらたび』で使用している4K高解像度の小型カメラを搭載するドローンが2015年から発売された(註6)。
(3)『そらたび』のまなざしの変遷
『そらたび』の作品から3編を採りあげる。
第1回は「阿波國一之宮 大麻比古神社」である(以下、「第1回」)(図1、註7)。説明的なナレーションが全編に入り、ドローンによる映像は水平移動しながらの撮影や、真上から見下ろす撮影が多用されている。地上撮影は2分26秒である。女性モデルが登場するが、本編に関わることはない。
第9回「Night Flight in Tokushima City きらめく街へ。」(以下、「第9回」)は、タイトルが示すように暮れなずむ徳島駅前の空撮映像から始まる(図2、註8)。徳島市を拠点とする「劇団まんまる」団員が登場し、繁華街である秋田町の飲食店が舞台となる。地上撮影は4分39秒と全編の半分近くを占めている。市街地でのドローン飛行には航空法上の制限があるため垂直上昇とわずかな水平飛行のみで、眉山から秋田町の夜景を俯瞰する映像を加えている。「第1回」と同様に「見下ろす」まなざしが多い。
第19回「剣山(前編)いつか帰る場所。」(以下、「第19回」)の冒頭はドローン空撮ではなく、「第1回」に登場した女性モデルが登山を開始する地上映像から始まる(図3、註9)。空撮映像には早送り効果を加えるなど編集にも工夫が凝らされている。説明はナレーションではなく字幕を使用しており、地上撮影は2分12秒と前2作より短い。
なによりも印象的なのは「第1回」や「第9回」と異なる「まなざし」である。前2作での主体はドローンから見下ろした映像である。「第19回」では私たちは空飛ぶ存在となっているが、そこには地上を支配するようなまなざしがない。剣山を登る人のための道を映すことで人に対するまなざしを持ち続けている。その結果、空と地上との距離はむしろ小さく、手段としてのドローンを意識することがない(註10)。
(4)考察:「そらからのまなざし」と「そらへのまなざし」
映像芸術、空間芸術としての『そらたび』の特筆すべき点は、ドローンによる空撮を通じて「そらから」と「そらへの」まなざしを新たに展開したことである。以下、これについて論じる。
上村は、芸術は便宜的に空間芸術と時間芸術に分けることができるとした。空間芸術は物的に空間を占めるが、その空間は身体運動によって感覚が文節されていくことで形成される。芸術において感性によってとらえられた空間は客観的ではないが、行為されるものではなく、知覚されるものである。空間芸術を見るとき、空間において見るのではなく空間として見るのだ、と説いている(註11)。
身体と芸術という論点から考えるとき、例えば衣服(ファッション)は着られることで、近接した空間において身体と一体化して支配したが、現代においてはそこからの解放を目指している(註12)。身体の運動によって表現されるバレエは19世紀ロシアで高度に様式化されたが、バレエ・リュスやベジャールによってエロス的欲動(生)と破壊的欲動(死)を前面に出したことで、ヨーロッパの原初的な祭に由来する空間芸術に回帰した(註13)。
ヨーロッパの絵画芸術で風景は、古代、中世では重要視されていなかった。16世紀ルネサンス以後に風景画が出現するが、当時は手つかずの自然には関心がなく、災害をもたらす畏怖の対象であった。ロマン主義に至って「崇高」という概念が提唱され、自然の中に芸術性を求めるようになった(註14)。以上からヨーロッパでは、人体を中心とした支配が及ぶ範囲が空間芸術の舞台であり、ルネサンス以後に拡大したと言える。
他方において、ルネサンスにおけるラファエッロやミケランジェロの天井壁画では、「そら」は高さと垂直方向が強調され、真上からのまなざしは一種の畏怖を与える。「そらから」見下ろされる対象は人間であり、「そらへの」まなざしを持つ私たちは支配されている。したがって風景を代表とする自然が対象ではなかったのは必然と言える。
日本では古来、この高さと垂直方向のまなざしは前提となっていない。法隆寺は中門真ん中の柱によって境界をもたらし、やや遠くからうかがい見ることを求めている。三仏寺投入堂は、そこに入ることが目的ではなく、そこにたどり着くまでの障壁がメッセージとなっている(註15)。日本庭園においても、景観もふくめた自然との関わりが重視されている(註16)。ここには「そらからのまなざし」はない。本来は格納される仏像なのを開放した鎌倉大仏と、本来は上空に開放されている庭園なのに軒でほとんど格納されたかのような大徳寺塔頭龍源院東滴壺においても(註17)、「そら」から支配するという意識はない。このような日本でのまなざしは、古代から受け継がれてきたと考えられる(註18)。
ドローンによる空撮が映像芸術に及ぼす影響についての先行文献を、CiNii(NII学術情報ナビゲータ)で検索したが見つけることができなかった。社会学者の吉見俊哉は、空爆という切り口から「そらからのまなざし」を考察し、植民地主義が根底にある空爆における「そらからのまなざし」によって地上の人々は一方的に見られているのであり、「そらへのまなざし」を持つことができないと論じている(註19)。そして空撮を行う写真家たちは「そらからのまなざし」が下方で起きたことを可視化する限界があったとする(註20)。ここでの「まなざし」はあくまでもヨーロッパ的な視座であり、まなざしの対象とは物理的距離以上の隔たりがあると考える。
日本での「そらからのまなざし」の代表例は、「大正の広重」と呼ばれた吉田初三郎の鳥瞰図である。これは飛行機の発明後に遊覧飛行が流行したことに由来する。しかし、それ以前に江戸時代にも葛飾北斎や歌川広重、鍬形蕙斎、そして五雲亭貞秀に鳥瞰図の作例がある(註21)。これらの作例に共通するのは垂直方向のまなざしではなく、斜めからの「ながめるまなざし」である。そこには支配や畏怖はなく、物理的距離よりも近さがあり、寄り添う方向性がある(註22)。
『そらたび』の「第1回」や「第9回」はドローンという道具に依って「そらからのまなざし」は対象と隔たりがある。地上撮影でも客観的に切り取られており、真上からの空撮も相まってヨーロッパ的であると言える。一方、「第19回」においては、対象とのつながりが意識された「ながめるまなざし」がある。ドローンを用いながら、日本的な空間芸術が回帰されてきていると考える。観ている私たちは、自然と「そらへのまなざし」を持つことができる。
(5)今後の展望とまとめ
『そらたび』は地方のケーブルテレビで放映されており、視聴するには障壁が大きい。現在オンデマンドで視聴できる作品数も限られている。『そらたび』単体での有料オンデマンド配信で、さらに多くの人々に届くことを望みたい。それが、「ふるさとの魅力を再発見」するという本番組の目的の達成のためにも有用であると考える。
『そらたび』が投げかけた「まなざし」についての問いかけは、西欧中心の映像芸術と、日本的な視座の映像芸術との比較論にとって重要である。

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  • 81191_011_32183018_1_3_%e5%9b%b3%ef%bc%93_%e3%81%9d%e3%82%89%e3%81%9f%e3%81%b3%e7%ac%ac19%e5%9b%9e そらたび #19剣山(前編) いつか帰る場所。 タイトル画像 動画画面から筆者がスクリーンショットを行った。(撮影日 2023年1月29日)

参考文献

(註1) とくしまドローン紀行 そらたび|ケーブルテレビ徳島|さがそうもっと徳島の魅力 https://www.tcn.jp/program/detail/8/
そらたび | Facebook https://www.facebook.com/soratabitv/about
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註2) そらたび | テレビトクシマオンデマンド
http://www.spiral-pf2.com/tcn/cat/nature/%E3%81%9D%E3%82%89%E3%81%9F%E3%81%B3/ (最終閲覧 2023年1月29日)
(註3) Vector Co., Ltd. https://vector-jp.info/top
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註4) 「徳島県内のドローン事業者間の情報や技術の共有を図りスムーズな発展に資すること,また,ドローン利活用の相談窓口としての役割を担うことを目的」として発足し、「とくに,安全面において,運用に際する法律順守はもとより,ドローンに対する社会的信頼を積み上げる努力を,協会員相互に協力し取り組むシステムの構築を目指す」としている。
徳島ドローン協会 | Tokushima Drone Association http://www.tokushima-drone.com/
(註5) 国土交通省によれば「航空法第11章の規制対象となる無人航空機は、「飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船であって構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦により飛行させることができるもの。ただし100g未満の重量(機体本体の重量とバッテリーの重量の合計)のものを除く。」として、いわゆるドローン(マルチコプター)、ラジコン機、農薬散布用ヘリコプター等が該当するとしている
となっている。
航空安全:飛行ルール(航空法第11章)の対象となる機体 - 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000040.html
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註6) DJI「PHANTOM」進化の歴史【前編】 | | ドローンステーションブログ-Drone Station Blog- https://www.drone-station.net/blog/?p=146
(註7) そらたび #1阿波國一之宮 大麻比古神社 | テレビトクシマオンデマンド http://www.spiral-pf2.com/tcn/2017/05/17/%e3%81%9d%e3%82%89%e3%81%9f%e3%81%b3%e3%80%801%e9%98%bf%e6%b3%a2%e5%9c%8b%e4%b8%80%e4%b9%8b%e5%ae%ae%e3%80%80%e5%a4%a7%e9%ba%bb%e6%af%94%e5%8f%a4%e7%a5%9e%e7%a4%be/
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註8) そらたび #9Night Flight in Tokushima City きらめく街へ。 | テレビトクシマオンデマンド http://www.spiral-pf2.com/tcn/2021/04/13/%e3%81%9d%e3%82%89%e3%81%9f%e3%81%b3%e3%80%809night-flight-in-tokushima-city-%e3%81%8d%e3%82%89%e3%82%81%e3%81%8f%e8%a1%97%e3%81%b8%e3%80%82/
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註9) そらたび #19剣山(前編) いつか帰る場所。 | テレビトクシマオンデマンド http://www.spiral-pf2.com/tcn/2021/04/13/%e3%81%9d%e3%82%89%e3%81%9f%e3%81%b3%e3%80%8019%e5%89%a3%e5%b1%b1%ef%bc%88%e5%89%8d%e7%b7%a8%ef%bc%89%e3%80%80%e3%81%84%e3%81%a4%e3%81%8b%e5%b8%b0%e3%82%8b%e5%a0%b4%e6%89%80%e3%80%82/
(註10) 水口知己Facebook | 2018年6月20日 の公開投稿【そらたび的ドローン空撮講座 _ 002】  https://www.facebook.com/tomoki.minakuchi/posts/pfbid0sqsbU3ah4eSao3E8Dx1iLYDLrAj1h36BhChLLjNYdtf282CFFqLZ5B1UEBNYMpUel
において、「ドローンの映像だけではなくて、地上撮影の絵も散りばめてみよう。」、「ドローンは確かに、これまで見たことのない映像を撮れる便利な道具だけれども、「何か」を表現するための手段の一つでしかない。「何か」を表現するために、それが効果的であるなら、ドローン以外の他の手段や道具も積極的に使ってもいいのではないだろうか。」と記述している。
(最終閲覧 2023年1月29日)
(註11) 上村博著『身体と芸術』、昭和堂、1998年、172-211頁
(註12) 芸術史講義(近現代)2 レポート試験解答 
(註13) 芸術史講義(近現代)3 レポート試験解答
(註14) 芸術史講義(ヨーロッパ)2 レポート試験解答
(註15) 芸術教養講義3 第14章 瞬間と永遠 / 法隆寺西院伽藍と三仏寺投入堂 における質問 2021年7月15日
(註16) 芸術教養講義8 レポート試験解答
(註17) 芸術教養講義3 レポート試験解答
(註18) 笹生衛著、『神と死者の考古学: 古代のまつりと信仰』、吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2016年
従来の神道考古学およびその根底にある折口信夫が提唱した「依代(よりしろ)・招代(おぎしろ)」の考え方は、神は祭りの場に常在せず祭りの時だけ迎え、祭りが終われば帰っていくという存在であった。これに対して笹生衛は、考古資料と古代文献史料を比較検討する祭祀考古学の立場から考察している。以下、要約する。
神とは、依存の感情と畏怖の感情を同時にいだかせる自然環境や事物の特別な動きに、人間が感じた超越的な存在と定義できる。祭祀は超越的な存在に対し一定の儀礼体系(祭式)にもとづき祈願などの意思表示を行う形である。恵みと災いが、ともに多くもたらされる日本列島で人々が生活し一つの国家としてまとまっていく上で、五世紀代に明確化されていった(138-139頁)。そして「神への祭祀」と「祖(おや)への祭祀」が共通した形であった(187頁)。
五世紀代、古代日本での祭祀の成立には、『礼記』を代表例とする中国からの影響があったと考えられている。しかし、『礼記』の思想をそのまま導入したのではなく、死者と遺体・遺骨を一体に考える日本での霊魂観が維持された(193-197頁)。
神々への祭祀は、自然環境の働きが具体的にあらわれる場で行われた。神は祭祀のたびに天降るのではなく、その働きがあらわれる場所に「坐(ま)す」「居(ま)します」のである(108頁)。
したがって、古代から日本においては、神に対して垂直軸での「そらへのまなざし」「そらへのまなざし」の要素は少なく、包まれるように遠くを仰ぎ見るようなまなざしであったと考える。
(註19) 吉見俊哉著、『空爆論: メディアと戦争』、岩波書店 クリティーク社会学、2022年、22-23頁
 なお本書では「眼差し」と表記しているが、本稿と合わせるため「まなざし」と置き換えていることを付記する。
(註20) 同書、78-79頁
(註21) 本渡章著、『鳥瞰図!』、140B、2018年、149-174頁
(註22) 補論となるが、本稿で論じた欧米と日本のまなざしの違いの典型例を、1954年に封切られた映画『ゴジラ』と、アメリカでリメイクされた1998年公開の『Gozilla』で見ることができる。以後、映画作品名を『』、登場する怪獣を「」で区別して表記する。
 「Gozilla」は陸上選手にイグアナのかぶりものを被せたような風体である。体つきは贅肉がなく筋骨たくましく、手足はすらりと伸び、足首はきゅっと締まっていて、見た目からもスピード感がある。そして、あくまでも下から見上げる存在である。疾風のごとく走り、足下の車や人は目撃する人は見下ろされ、容赦なく踏みつぶされ、尻尾で空中に巻き上げられる。高層ビルも壊れるが、あくまでも下から見た映像が多用されている。
「Gozilla」は、まるで箒にまたがり疾走する魔女でもあり、アメリカではあちこちで頻発し被害をもたらす竜巻のようでもある。『Gozilla』と同じスタッフが1996年に制作した映画『Independence Day』で、全米各地を上から覆い尽くすように出現する巨大UFOの描き方は、Thunderstormと呼ばれる雷雲のようでもある。アメリカ人たちにとっては、自分たちの力ではどうしようもないものは、大自然の脅威であり、だからこそ脅威たる「Gozilla」をそれになぞらえていると考える。
 一方で、吉見が「米軍空爆のメタファーであることは明白である。」とした「ゴジラ」は一言で言えば「山」である。それも遠くにある山。その動いてはいけない山が動く。ゆっくりと、しかし確実に周囲のものを壊しながら動いていく。そういう存在であったのが「ゴジラ」だと考える。ゴジラの醸し出す脅威は、あってはならぬものがゆっくりと迫ってくる恐怖である。上からである必要はない。遠くから地響きをたててゆっくりとこっちに向かって来さえすれば十分なのである。
 このように両者には、恐怖、脅威に対する考え方、そこに向ける「まなざし」の違いが如実に出ていると考える。

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