揚げ物機「フライヤー」から考察する、調理機器デザインの進化

吉田 隆

【はじめに】
業務用厨房機器全般に求められるものは大きくわけて3つあり、壊れにくい堅牢性、ニーズを満たす機能性、万が一の事故の際の安全性が挙げられる。従って外見としての進歩は遅い。何故なのか。プロの調理師たちが腕を振るう「厨房」という空間において、そのレシピや調理方法は親から子に、先輩から後輩に受け継がれていくケースがほとんどだ。その場合、調理機器の変化によってレシピが変わるケースもある為、全体的なデザインの変化の足枷となっていることが多くある。しかし昨今、オープンキッチンでのレストランやカフェが多く浸透してきており、厨房は料理を「魅」せながら調理することが多くなってきている。当然、機器は見栄え良く、衛生的で、使いやすい物としての進化を迫られている。その中で調理の性質上、最も外見が変わらない調理機器「フライヤー」をどのように進歩させるか、自身が携わったフライヤー製作プロジェクトでの所見を踏まえて考察していく。

【基本データと歴史的背景】
「フライヤー」とは、食用油での揚げ調理における温度管理を簡単に、かつ大量調理ができるように開発された調理機器である。熱源はガス・電気・電磁がある。

油を使用した料理の歴史は古く、日本では奈良時代に唐からの油菓子に始まり、現在に至るまで多くのメニューが発表されている。例えば日本においての代表的な揚げ物のメニューとしての「天麩羅」は「シクバージ」と呼ばれる牛肉の煮込み料理から派生された「ペスカドフリート」という魚のフライ料理が、ポルトガルのイエズス会によって1543年に長崎にもたらされたものが日本風にアレンジされたものだ。[1]「とんかつ」は、東京、銀座で煉瓦亭が、明治時代に提供された「子牛のコートレット」を始まりとして広まったと言われている[2]。そして「唐揚げ」は、2021年日本において400億個[3]も消費され、年々記録更新がされている。日本は揚げ物が大好きな国と言えるだろう。

調理道具として揚げ料理では、最初は土鍋、後に鉄鍋や銅鍋を使用して調理してきたとされている。[4]1955年あたりから、高度経済成長により日本の食品受給率は増加し、従来の鍋を使った調理では賄いきれず、1960年頃に今回の「フライヤー」【資料1】が誕生する。

【評価】
業務用キッチンは、時代の食文化とともに姿を変えていく。揚げ物が好きな国民性、そのニーズに応えるべく、限られた時間で多くのものを美味しく、かつ見た目よく調理する需要が高まってきた。油の価格が高騰し、コロナ禍によるテイクアウト用調理の増大に伴い、フライヤーのデザインは大きな変化を迫られている。その中で生まれたフライヤー「WAO」【資料2】は時代のニーズに応えた機能とデザインをもった先進的なフライヤーで、私はこの開発メンバーの一人として広報やデザインを担当していた。

このフライヤー「WAO」は厨房機器の総合販売メーカー北沢産業株式会社によって発表され、水と油という相反した物質を掛け合わせることで、油を常にきれいな状態で保ち、酸価値[5]を低く抑え、廃油を大幅に減少させることで、高騰する食用油のコストを抑えることができる。調理の仕上がりは、食材の油切れが良く、あがりたてのサクサク感が長時間保たれる。昨今のテイクアウト重視のスタイルにもマッチングされたフライヤーだ。
水と油を一緒に使うというタブーから生まれる不安を完全に払拭しないといけないデザインが必要だった為、全面に大きな耐熱強化ガラスを配置し水と油の位置関係が可視化できるようにし、かつ見る事のできない油槽内の状態を使用者がすぐに理解できるようにするため、通常の状態なら青色に、危険を察知したら赤色に光るようにデザインした。こちらが昨今のキッチンに多く採用される、調理している様子を見せながら調理するオープンキッチンでの「映え」にも良い影響を与え、フライヤーのある調理場にありがちな油で汚れたキッチンのイメージから、衛生的な揚げ物調理をおこなっているイメージへ変化することができる。操作パネルは上部に設置、簡単に温度と時間管理が可能な使いやすい物にし、ファームアップによって同社が発表する最新の機能の導入が可能だ。全体的なデザインは、職人の使用感を変えないようにする為、昔ながらのデザインを継承した。また様々な料理に対応する為、用途ごとの専用オプションを数多く用意している。

フライヤーWAOは、高品質なフライを安全に「魅」せながら調理することができる現代の食文化にマッチした調理機器に、そのデザイン、設計、コンセプトによって進化したのだ。

【比較】
準備・テスト
同社通常のフライヤーとWAOを並べて比較テストをした。【資料3】
・サイズ、能力は同等のものを用意した。
・冷凍のメンチカツを一週間、合計10,000個揚げる。
・油の酸価値をチェックする。
・機器の使用感をチェックする。

結果
・油の酸価値は大きな差が出た。【資料4】
・使用感はどちらも良好。
・WAOは油跳ねが極端に少なかった。

感想
一般的なフライヤーに比べてフライヤーWAOは、油が劣化しにくく、油跳ねが少ないため作業環境も良く、快適に使用できたと言える。

【今後の展望について】
昔ながらの職人のニーズを保ちつつ、現代の飲食にマッチさせていくのが必要とされる。デザイン・設計のブラッシュアップはもちろん、デジタルとアナログの融合を高い実現で両立させて行かなければならない。専用のアプリケーションを開発して様々な店舗におけるメニューの統一、3Dホログラム操作パネルを開発し非接触型にするなど、最新のテクノロジーを取り入れつつ、職人の経験値を損なうことのない、昔ながらの調理環境を再現できるデザインを継承することで、どの時代でも食文化に寄り添いながらの変化が必要だ。

現在は自宅での食事摂取回数の増加に伴い、フライヤーそのものを大きく、そして自動化し、食品工場にも導入可能な「WAO AUTO」【資料5】【資料6】と呼ばれる大量調理に向いたラインナップをプロジェクトしている。

【まとめ】
今回、調理機器の例として「フライヤー」をあげたのは、私が知る業務用厨房機器の中で、最も進化が遅くデザインが変更されない機器だったためだ。食用油を加熱し、温度管理をするだけのシンプルな構造で「揚げ」は成り立つため、それ以上の変化を長年必要としなかったのだろう。しかしここにきて、昭和時代から大きな変化をしてこなかった「フライヤー」が、コロナが生活に入り込んできた令和という時代に、大幅なデザインの変化をしなければならないという時代の需要を強く感じた。

コロナ禍や世界的な不況による食文化の激動が、長年成長を必要としてこなかった調理機器に急な変化をもたらしたのだ。もちろん「フライヤー」だけにとどまらず、戦後目まぐるしく変わり続ける日本の食文化のスピードに合わせて、様々な厨房機器は、飲食の元となる「調理」を支えるために、大きく変化していかなければならない。コロナ前からは想像もつかないが、私たちが今日常的にマスクをつけて生活をしているように、食に関してもテイクアウト、インスタ映え、YouTube配信など、様々なキーワードが私たちの食をより良いものに変化させ続けている。

しかし、どれだけ時代は変わっても、飲食における基本概念は変わらず、「生きることの基本は、食生活である」なままだ。[6]生命の生活の中心である「食」。私たち人間はその食事をさまざまな方法でデザインし演出できる、とても贅沢な存在だ。
そして食の進化とともに、調理も変化し続ける。調理機器のデザインは文化とともに姿形を変えて、私たちの生活をより良いものにしてくれるのだ。

  • 1 1956年製の揚げ物機「フライヤー」のデザイン。(北沢産業資料)
  • 2 2020年製の揚げ物機「WAO」のデザイン。そのビジュアルと機能は、時代によって変化する。(筆者撮影)
  • 3 機能と使い勝手のテスト。さまざまな調理を通じて、油の状態を可視化する。
  • 4 資料3をグラフ化した。(筆者作成)
  • 5 2021年製「WAOAUTO」のデザイン。誰が使っても、油の状態を可視化することができ、簡単に調理が可能な業務用厨房機器だ。(筆者撮影)
  • 6 「WAOAUTO」のラフ。油の状態の視覚化に特に拘った。(筆者作成)
  • 7 「フライヤー」として確立してから、現代までの造形の変化。※熱源と鍋を一体化してからをフライヤーとした。(筆者作成)
  • 8 フライヤーを使用することで、揚げ調理を簡単に、美味しく大量にこなすことができる。その技術とそれを可能としたデザインは、現代の食文化に貢献している。(筆者撮影)

参考文献

[1]書籍 和風たべもの事典 著 小野重和 農文協 1992年8月
[2]書籍 日本の洋食洋食から紐解く日本の歴史と文化 著 青木ゆり子 ミネルヴァ書房 2018年5月
[3]WEBサイト 株式会社ニチレイフーズ
https://www.nichireifoods.co.jp/corporate/company/research.html
[4]書籍 ペルシア人は天ぷらがお好き? 著ダン・ジュラフスキー 早川書房 2015年9月
[5]Wikipediaより 酸価(さんか、acid value, AV)とは、油脂の精製および変質の指標となる数値のひとつ。「油脂1グラム中に存在する遊離脂肪酸を中和するのに必要な水酸化カリウムのミリグラム数」を酸価として定義している。
[6]書籍 飲食 著 遠藤元男 谷口歌子 近藤出版社 1983年11月

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