「松風荘」〜人と文化をつなげる空間の独自性〜

白川 恵美子

はじめに
フィラデルフィア市を流れるスクールキル川を境に、都市緑地のフェアモントパークが東西両岸に広がっている。書院造の建築および日本庭園を有する松風荘は、その公園の一角にあり、折々の日本文化に親しむ場として市民に開かれている。本稿では、米国の中でも極めて日本的な場所、松風荘を文化資産として評価し、今後の可能性を考察する。

1. 基本データ
名称:松風荘 (Shofuso)
所在:アメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィア市フェアモントパーク内(資料1)
設立:1954年、日本にて建立。1958年、現在地へ移築。
敷地:1.2エーカー(約4860平方メートル)
設計:書院造 吉村順三、日本庭園(池泉観賞式)佐野旦斎
施工:伊藤平左エ門
管理運営:非営利団体 Japan America Society of Greater Philadelphia (以下JASGP)

2. 歴史的背景
1954年、ニューヨークのMoMAが開催した「House in the Museum Garden」で、中庭展示されたことが松風荘のはじまりである(1)。当時の米国はモダニズム建築が普及していた時代。書院造が既に備えていた空間の有用性と簡素な美しさが、モダニズム建築の様式と深く関連することが見出され、高い評価を得た(2)。展示後はフィラデルフィア市のフェアモントパークへ移築された(3)。60年代に始まった芸術破壊運動の影響で松風荘も被害にあうが(4)、1976年の建国200年を機に、未利用地の再生、地元コミュニティーの活性化が図られる中、松風荘の修理も行われた。
2007年、日本画家の千住博による襖絵の寄贈(5)は、新たな松風荘がスタートする起点となった。以降、通常の訪問客に加え、地域の文化活動グループと協働し、日本の年中行事、茶道、生け花展示などの催しを提供している。昨今では「松風荘 x モダニズム」と題した展示会とドキュメンタリーが完成し(6)、専門家による歴史や思想性の再考と、地域の人々の文化交流を根にして、松風荘の再評価が続いている。現在、松風荘はフィラデルフィア市が所有する(7)。

3. 評価
3-1. 書院造を使う
松風荘は、限られた条件で書院造の特質を最大に見せる設計が追求されたため、空間性に優れている(8)。また、台所、浴室、手洗い場、茶室といった住まい要素を加え、伝統的な品格と、家の生活の温かみが調和した芸術品だ。評価すべき点は、フィラデルフィアに移築後の松風荘を、美術(9)としての鑑賞に留まらず、実用していることである。訪問客は式台脇の玄関で靴を脱ぎ、畳敷の廊下を進むと、先の広縁から庭園が視界に収まる。中を歩いていると、暮らしの導線、人の通い、自然との共存を直に感じる。このように、自由な視座で時間を過ごせる日本的な「場所」があることは、異国において日本的思考や作法の意味を触覚で理解するために効果的だ。松風荘は人の営みとともに、生きる文化資産としての価値がある。使うことは、ひいては清掃も欠かせない。それを支えているのはJASGPのプロジェクトチームである(10)。床や畳の手入れは、手を使って床を拭く掃除文化がない米国においては貴重なこと。それは松風荘が伝承する日本の精神のひとつである。守る、使う、伝えることで「場所」の長寿は支えられている。

3-2. 創る年中行事
松風荘のプログラムの中核は日本の年中行事だが、「使う」汎用性は庭園にも及ぶ。2020年の「精霊流し」は初の試みだった。池の水景を大川に見立て、美しい灯籠は参加者の手で浮かされた。近年のコロナ感染により世界中が失命の悲しみを共有したことからも、「祀る」行事の意味は大きく、恒例の「盆踊り」とは異なった時間と空間が生まれ、人々の心に響いた。なま身でぶつかり、そこから引き取り出すものを正しく生かし再生させ、形骸的な過去を否定するような、創造的ないとなみこそ、本質的に過去と結びつき、正しく伝統を受け継ぐ方法だ。と、岡本太郎が伝統への継承法を主張するように(11)、松風荘の「精霊流し」では、必要なモノ・コトを再考し、「盆踊り」の真正性を問い、池を活かし、「霊を弔う」普遍かつ主体的な行為によって、伝統の本質を思索する時間を創ることができたといえる。そのプロセスは、日本らしさの一端と、デザイン思考による創造的な営みとして評価できる。
JASGPが掲げる志向、「影響力のある変化の達成」(12)の点からみると、夏の風物詩を「精霊流し」へ変更するチャレンジは、翌年にチケットが即完売するという成果に表れている。また、「コロナ禍、BLMの社会情況の中、精霊流しは人々に必要だったと感じた。どんな人がどのような気持ちで参加するのか。これも、松風荘と地域コミュニティーをつなぐ自分たちの仕事だと考えている。」(13)という、文化のつなぎ方、創る伝え方への気づきは、JASGPの「精霊流し」が生んだ新たな価値と指標といえるだろう。

4. 特筆
「文化は土地や地域が生み出すもの」というが、松風荘は移築された異質なギフトであり、その存在は偶発的である。しかし、訪問客の多くは地元の住民といわれるほど、地域で長く愛され緩やかに発展している。そこには、歴史和解、あるいは異国への憧憬だけでない、何か共存可能な質が埋め込まれているからではないだろうか。オレゴン州ポートランド日本庭園(14)を比較に取り上げ、空間と情報編集に着目し、松風荘の特筆すべき点を述べる。

4-1. 人の活動域
ポートランド日本庭園は小高い丘の上にあり、その庭園入口前の広場に、図書館、展示場、カフェを擁するカルチュラルビレッジを構える(15)。文化芸術活動は主にそこで行われ、目的別に十分なスペースが備わり、かつ、その意図は本命である庭園の静寂さを保つためである。一方、松風荘では書院造と庭園の中の目の届く敷地に限り、常に人と住まいを感じる環境で文化活動が行われている。よって、ポートランド日本庭園は分散、松風荘は集結、といった人と空間の特徴をもつ(資料5)。

4-2. 広縁とつながり
ポートランド日本庭園は数々の庭を巡るガイドツアーを予約制で行っている。パビリオンを併設する平庭の広縁は、座観を補佐するベンチはあるが、土足のため「庭を見下ろす装置」に収まる。一方、松風荘にもガイドツアーはあるが、通常は案内スタッフがまるで家の主のようにぶらっと広縁を巡っている。訪問客は彼らに気軽に質問できるし、彼らは人の興味に寄り添い臨機に説明をしてくれ、文化の語り手と共存する空間だ。また、靴を脱ぎ広縁に直に座観すると、或るまとまった時間が生まれ、人と人のつながりに作用する。

4-3. ICT(16)と表現
ICTを利用した両者の見せ所は、伝統を誇る作庭と景色、四季の色彩、行事のシーンと、共通するが、ポートランド日本庭園は3Dバーチャルツアーなど最先端のサービスを提供し、急進的な伝達手段を駆使している。一方、松風荘は空間サイズの許容するモノ・コトへのまなざしが、むしろ要素の循環的な存在感を強め、豊かな語り口で空間の像を切り取る。彼らのインスタグラムは、全体と部分を調和させた高い表現力が見受けられる。日本の絵巻物は断片でも、時代の生活、文化、時間までもが豊かに表われ十分に愉しい。加藤周一はこのように述べ、「部分」は日本的時間と空間の質を描写すると示唆する(17)。松風荘の空間は、多様な視点が「部分」として集まり、情報伝達の手法に活かされている。

以上のように、JASGPの少人数チームによる自足的な創造力は、松風荘に空間自在をもたらし、人と文化を独自につなげている。その文化力が特筆すべき点である。

5. まとめと展望
今後も松風荘の手入れの質を落とさず、さらに、スタッフとの意識確認や訪問客からのフィードバックを密に行っていくことが大切だ。また、人々のより新鮮な好奇心を求めるならば、地方性に目を向けることではないだろうか。日本文化の豊かさは多様な風土が生んだ地方文化の著しさに依る。隣の州ニューヨークには各都道府県の県人会が多く、間口は広く近い。地方の伝統芸術や文化の発信を担う人々と松風荘とが、意味あるつながりを深めることで、人々の日本文化への視野と関心は一層広まるだろう。それが、松風荘のモダンさと日本的な場所が潤滑に生き続ける1つの方法だと考える。

  • 1 松風荘の広縁で憩う人々
  • 2 資料1 松風荘の立地
  • 3re-%e8%b3%87%e6%96%992 資料2 松風荘の移動
  • 4 資料3 松風荘の風景
  • 5%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94_re_2 資料4 松風荘とポートランド日本庭園の歴史年表
  • 6 資料5 空間構造と人の集散
  • 7 資料6-a 横山由香氏インタビューと回答(1〜5)
  • 8 資料6-b 横山由香氏インタビューと回答(6〜7)

参考文献

<註>
(1)1950年代、ニューヨークでは、メトロポリタン美術館の「日本古美術」展、MoMAの北大路魯山人「陶磁器」展、コロンビア大学で日本文化論や仏教、禅の授業が行われるなど、市民が日本文化に多く触れていた背景がある。
(山崎泰寛、松隈洋、「ニューヨーク近代美術館「日本家屋展」にみるキュレーターの役割」2013年)

(2)1950年、MoMA運営の中心核、ジョン・ロックフェラー3世が日本建築の展示出展を起案した。同展のキュレーター、アーサー・ドレクスラーが古建築の調査を丹念に行い、書院造を抜擢。吉村順三は、庭を石庭にする考えだったが、池を要求したのはドレクスラーである。書院造には、合理的な間仕切り、空間の融通性、自然とのつながり、光、などが、モダニズム建築に共通する。
(山崎泰寛、松隈洋、「ニューヨーク近代美術館「日本家屋展」にみるキュレーターの役割」2013年)

(3)フェアモントパークは、1876年に日本も参加したフィラデルフィア万国博覧会の会場である。自然環境の豊かさに加え、歴史的建築物の保存や展示に関する実績があったことが移転先に選ばれた理由である。

(4)芸術破壊運動を懸念し、松風荘周辺に網フェンスが建てられるが、なおも侵入され、内装が破損した。フェアモントパーク委員会の一時予算削減により、警備員が不足したために起こったとある。以後、予算が回復するが、松風荘の定期的なメンテナンスは市に依拠できず、その後も必要と判断し、1982年、非営利組織の松風荘友の会(Friend of the Japanese House and Garden - FJHG) が形成された。
(Christeen Taniguchi, Historical Narrative of Shofuso, Chapter 6-3)

(5)襖絵はモダンな滝の日本画。松風荘とそれを囲む自然世界の色研究によって創られた色彩で、庭園の自然美と融和する。

(6)2020年公開のドキュメンタリー「松風荘 x モダニズム」は、吉村順三、アントニン・レーモンド、ノエミ・レーモンド、ジョージ・ナカシマ、に焦点を当て、20世紀の日米間の建築や工芸にまつわる彼らの知恵の交流、土地と自然に密接した建築思想の歴史を編集し、松風荘の成立ちを辿ったものである。
(動画 https://www.youtube.com/watch?v=ba2drsok3EM)
また、展示では松風荘の部屋に数々の工芸品が配置され、World Street Journalでは、それらの作品と空間の融合は、書院造の持つMid-Centuryモダニズムの性質を浮き立たせている、と評価された。
(Micheal J. Lewis 2020 , Shofuso and Modernism: ‘Mid-Century Collaboration Between Japan and Philadelphia’ , World Street Journal, 2021年11月2日閲覧)

(7)1976年、フィラデアルフィア市が依頼し、松風荘の修復工事が行われた際は、修復基金は日本が負担した。それ以降、日本からの資金供給はストップし、松風荘の管轄はフィラデルフィア側へ移った。

(8)松風荘は三井寺(園城寺)光浄院客殿の書院造と庭を参照に再現したもの。MoMAの中庭に対し、可能な限り空間を確保するため、柱を細く、高さを抑えるなど、緻密な寸法調整が施されている。

(9)美術と同様、建築においても、空間、構造、細部、などの対象に触れた時間を過ごした結果、人の美的感覚や感情をゆさぶるものであると筆者は考えるため、建築物を「美術」と述べる。

(10)JASGPのプロジェクトチームは障子の張り替えも年に1度必ず行い、スタッフへのメンテナンス法の確認と継承は大切にしている。
(2021年10月28日、横山由香様のインタビューより)

(11)岡本太郎著『日本の伝統』光文社、2005年、p.255

(12)Japan America Society of Greater Philadelphiaウェブサイト
AboutページのVALUESにある文言より。
 "We take action with purpose and forethought to achieve impactful changes..."
(https://japanphilly.org/about/)

(13)2021年10月28日、横山由香氏のインタビューより

(14)ポートランド日本庭園 基本データ
所在:アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市ワシントン公園内
設立:1963年
設計:戸野琢磨教授
造園:平欣也
敷地:12エーカー(東京ドーム1個分)

国外の公共日本庭園の中でトップを誇り、8つの様式の日本庭園を擁する本格的な日本庭園。日本人に徹した造園ディレクター制を継続し、世界中から年間50万人の観光客が訪れる。1950年代後半からの「日本ブーム」、また、戦前からの日本への材木輸出が背景にあり、ポートランドの富裕層らは日本文化へ関心を高めた。

(15)隈研吾が担当し2017年に完成。Cultural Center、Garden Studio、Tea Cafeの3棟の建造物が中央の広場を囲み、自然と一体化した集落のような文化施設を作り上げた。

(16)ICTはInformation and Communication Technology(情報通信技術)の略。通信技術を活用したコミュニケーションを指す。

(17)加藤周一著『日本文化における時間と空間』岩波書店、2007年、P.233


<参考文献>
川添善行著、早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』藝術学舎、2014年
紫牟田 伸子著、早川克美編『編集学ーつなげる思考・発見の技法ー』藝術学舎、2014年
野村朋弘編『文化を編集するまなざし』藝術学舎、2014年
野村朋弘編『風月、庭園、香りとはなにか』藝術学舎、2014年
野村朋弘著『伝統文化』淡交社、2018年
岡本太郎著『日本の伝統』光文社、2005年
加藤周一著『日本文化における時間と空間』岩波書店、2007年
吉村順三建築展実行委員会編『建築は詩』彰国社、2005年
寺澤行忠著『アメリカに渡った日本文化』淡交社、2013年
田中宣一、宮田登編『年中行事事典』三省堂、2002年
永田久著『年中行事を科学する』日本経済新聞社、1989年
平欣也著『ポートランド日本庭園は、いかに生まれたか』三恵社、2019年
フレデリック・マルテル著『超大国アメリカの文化力』岩波書店、2009年
Linda H. Chance、戸田徹子、Adelaide Ferguson、浜田昌子編『Phila-Nipponica フィラデルフィアと日本を結ぶ歴史的絆』、Japan America Society of Greater Philadelphia 出版、2015年

Christeen Taniguchi, Historical Narrative of Shofuso
山崎泰寛、松隈洋「ニューヨーク近代美術館「日本家屋展」にみるキュレーターの役割」、2013年
羽藤広輔「1950年代の吉村順三の著作にみる伝統観について」、2018年
川添善行、小南弘季「開口部にみるアントニン・レーモンドと吉村順三の設計思想の継承と更新」、2021年
土沼隆雄「ポートランド日本庭園が目指す世界の日本庭園を守り育てるシステムとプログラム」、2016年
遠藤新「米国フィラデルフィアにおける未利用地マネジメント事業に関する考察」、2011年
鈴木誠「海外につくられた日本庭園の系譜」、2006年

Japan America Society of Greater Philadelphia 非営利団体報告レポート(JASGP ウェブサイトより)
•2021-2023 JASGP Strategic Plan
•2021-2023 JASGP Strategic Plan Goals, Outcomes, and Objectives
•2019 JASGP Annual-Report


<参考ウェブサイト>
Micheal J. Lewis 2019 , Shofuso and Modernism: ‘Mid-Century Collaboration Between Japan and Philadelphia’ , World Street Journal
2021年11月2日最終閲覧

アメリカンビュー、ポートランド日本庭園は「生きた教室」
https://amview.japan.usembassy.gov/portland-japanese-garden/
2021年12月04日最終閲覧

日米センターオンラインセミナーシリーズ「いまアメリカを考える、アメリカと考える」
第1回「アメリカで生きる日本の伝統空間:ポートランド日本庭園&ボストンの京町家」
https://www.jpf.go.jp/cgp/america/america_1st.html
2022年1月2日最終閲覧

横山由香「桜祭りと日本庭園で日米文化交流の歴史を学ぶ」週間NY生活
2022年1月06日最終閲覧

サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラム
隈 研吾/「木の国」日本の伝統建築に学び直し サステナブルなまちづくりをめざす
https://digital-is-green.jp/initiative/advisor/kuma/index.html
2022年1月18日最終閲覧

Portland Japanese Garden
https://japanesegarden.org/
2022年1月18日最終閲覧

Japan America Society of Greater Philadelphia
https://japanphilly.org/shofuso/
2022年1月22日最終閲覧


<参考動画>
【文哲研】芸術研究の世界#4 「 花咲ける『地方色』」上村博講演 
https://www.youtube.com/watch?v=j_AEND3NCsw
2021年10月6日最終閲覧

Tour of Portland Japanese Garden COVID-19 Safety Measures
https://www.youtube.com/watch?v=DaR_0oR55_c
2021年12月2日最終閲覧

A House in the Garden: Shofuso and Modernism
https://www.youtube.com/watch?v=ba2drsok3EM
2022年1月2日最終閲覧


<取材協力>
フィラデルフィア日米協会(Japan America Society of Greater Philadelphia )
横山由香氏ーAssociate Director of Exhibitions and Programs
2021年10月28日Zoomにて実施

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