アクロス福岡ステップガーデンー建築デザインが発するメッセージとその持続性ー

平島 由美

1.はじめに

福岡市天神の西鉄福岡駅を出て中洲方向へ向かうと、天神中央公園⑴とアクロス福岡ステップガーデン⑵が見えてくる。本稿では、このアクロス福岡ステップガーデンを文化資産とみなし、建築デザインが人や社会に発するメッセージとその持続性を観点に、同じように緑化屋上を有するアイランドシティ中央公園中核施設ぐりんぐりん⑶と比較しながら評価し、報告する。

2.対象について

2.1.アクロス福岡ステップガーデン(以後、ステップガーデン)
設計原案は、エミリオ・アンバース⑷である。1995年、県有地の民活事業として建設された。ステップガーデンはその屋上で、隣接する公園と一体化するよう緑化した空中庭園である。公園から見る階段状の緑の塊は、まるで都会の真ん中に鎮座する里山⑸のようである。そのデザインには、有機物と無機物を同時に示すことでノイズを起こそうという、アンバース建築の特徴が顕著に現れている。本稿でとりあげるステップガーデンの緑化については、ランドスケープデザイナーの田瀬理夫⑹がデザインをした。

2.2.アイランドシティ中央公園 中核施設 ぐりんぐりん(以後、ぐりんぐりん)
設計は、伊東豊雄⑺である。建築そのものを丘の形状とし、公園との一体化を図っている。3つの丘は、それぞれ違うテーマを持ち、屋内と屋外を曖昧に連続させることで、散策を面白くする時間的デザインが仕込まれている。屋上部分に植栽された植物は、主に芝生、地被類、ツタ類である。

3.比較して特筆すべき点

両者について、「1.人と建築の距離に応じた印象付け・2.時間的デザイン・3.有機物と無機物の融合・4.ランドスケープデザイン」の4つの視点から比較する。

3.1.人と建築の距離に応じた印象付け
両者にとって隣接する公園は、いわばプラザ⑻の役割を果たしている。建物全体を眺めるには、公園の端に行けばよい。ただし、ぐりんぐりんは、それ自体を公園内部にある丘という見立てのため、距離を縮めていっても特にはっとすることはなく、あくまで丘として公園空間に馴染んでいる。一方、ステップガーデンは、全体を山に見立てているが、距離を縮めていくと中央にそびえ立つ巨大な天然石の門が迫ってきて、それがただの山ではなく 何か特別な意味をもつ人工物と感じさせられる。
建築デザインには、人との距離に応じて意味や役割がある。ステップガーデンのデザインには、段階的な距離に応じた印象付けが明確に備わっている。

3.2.時間的デザイン
建築とは、空間の連続である。空間とは、人をとりまく事象と空気の集まりである。その中で活動することで、体験者のなかに印象がつくられる。印象は、連続する場面と場面との差異から体験者に認知され、そこには体験者の過去の体験との差異も含まれる。また、当然ながら、空間デザインはデザイナー自身の記憶も宿している。このように建築は、時間と体験と記憶によって把握される。だから、優れた建築とは、体験者の活動によってデザイナーの記憶と体験者の記憶が共振し、エモーショナルな体験ができる建築と考える。
さて、ステップガーデンを散策すると、里山のような錯覚と、実は人工物であるという事実とが、繰り返し印象付けられる。同時に、鳥や虫、花や水のような自然を味わうことができる。また、植えられている植物のほとんどが地域に自生していることから、体験者は、自分の記憶の中にあるイメージを重ねることだろう。つまり、ステップガーデンでは「デザイナーの記憶と体験者の記憶が共振し、エモーショナルな体験ができる」と言ってよいだろう。
一方、ぐりんぐりんにも、内部(温室)と外部(屋上庭園)とを行き来する連続的な体験が仕込まれている。しかし、ここで比較したいのは、その体験時間の濃度である。ステップガーデンでの体験は、多様な植物が四季折々に表情を変え、それらは、体験者の記憶と重ねられる点が多いと考える。また、体験時間の長さもとても充実している。

3.3.有機物と無機物の融合
有機物と無機物を融合させるには、境界をまたぎつつ境界を曖昧にし、境界を感じさせ、それを反復させることで境界の存在に気付かせることが重要である。なぜならば、その気づきが空間理解に繋がるからである。
ステップガーデンを散策していると一瞬、自然の山を散策しているように錯覚する。しかし次の瞬間、近隣のビルや中央に突き出たトップライトが目に飛び込む。そして、自分の錯覚に気が付く。その錯覚と事実の繰り返しが、ステップガーデンを散策する面白さでもある。このようにステップガーデンは、有機物と無機物を意識的に巧妙に融合させている。
比較するぐりんぐりんも、丘を形成するアーチ状のルーフが上り下りするなか、芝生(有機物)とガラス天井(無機物)とが、とても美しい配分で組み合わされている。そして、建築の内部と屋根を曖昧にし、屋根の上では、それが建築の上であると同時に丘の上でもあることを面白がらせてくれる。つまり、錯覚ではなく曖昧さを強調しているのである。

3.4.ランドスケープデザイン
ランドスケープデザインには、人間の所作と自然への干渉が映し出される。よって、植物のかたちが時間経過で変化することを、理解し受容しなければ成立しない。人は、目に見えるものを手がかりにし、自然への畏敬の念を抱き、自らも自然の一部と意識する。このことから、目に見えるものの背後に目に見えない自然の息吹を醸し出すことがランドスケープデザインの存在意義と言える。
この視点から見ると、ステップガーデンでの四季折々の豊かな体験は、格別に優れている。春夏秋冬の草花、萌芽、落ち葉、枯れ木、多様な景色が、鳥たちや虫たちの営みまでもを想像させてくれる。
一方、ぐりんぐりんの緑化屋上は、植栽用の土壌が浅い上、海上の人工島ということもあり、多様な植物を栽培できる条件を満たしていない。したがって、ぐりんぐりんは、自然の息吹を醸し出すという点ではもの足りなさを感じてしまう。

4.評価する点

ステップガーデンは、地域文化と地続きに、人々の暮らしの中に溶け込みながら存在する。それを実現するために、植物選びから、葉と葉の間から射し込む陽光までも配慮し、植物とその土地の環境をよく知り、よく考え、後の手入れについても最初から計画に入れるという徹底ぶりである。そして、現在も常にランドスケープデザイナーが関わりながら、絶妙なさじ加減で手入れがされている。そのような背景を知らずとも、誰もが共感でき、地域の誇りと思えるデザインである。また、人々の暮らしに非常に近いところで、忙しい日常で忘れがちな自然への敬意や季節の移ろいを、建築そのものが発信している点が素晴らしい。個々人の感じ方、考え方、背景によって、主体的に課題を見つけるきっかけになる点も素晴らしい。そのうえ、その幅広いメッセージは、いつも新鮮であり、山が育つとともに濃度が増している。これらの点で、他に類を見ない建築デザインと言える。

5.今後の展望

今後も丁寧な手入れが続けられ、本物の里山のように地域社会に寄り添うことだろう。また、山の成長とともに、地元にとって存在感が増している。この建築を誇りに思う地元民は今後も増えるだろう。それぞれの価値観でもってこの建築を愛し、この緑豊かな空間を楽しみ、それぞれの主体性でもって、自然環境や社会についての課題を発見し、将来へ繋いでいってもらいたい。また、そうして積み重ねられた時間が、スクラップ&ビルドによって一瞬で全て消え去ることなく、末長く我々のいちばん身近にある里山であり続けてもらいたい。

6.まとめ

建築デザインとは、知覚・思考・運動といった体験を経て、意識の中に立ち上がるものである。密度の高い作品には、それらがひとまとめの持続的な経験として存在している。そして、体験者の記憶やデザイナーの記憶が交錯することで、体験者が味わう「生きている実感」が濃くなるのだと考える。このように、「生きている実感」を味わうことのできる空間は、時間や空間が短縮化された現代においては、特に求められるだろう。だから、建築デザインに限らずデザイナーは、単に「かたち」ばかりに捉われず、時間や経験や記憶など「時空の中」にもデザイン要素があることに意識を向けるべきである。

  • e382a2e382afe383ade382b9e5b1b1e381aee59b9be5ada3_page-0001 アクロス山の四季(筆者撮影)
  • bty アクロス福岡ステップガーデン 福博プロムナードより(2019年4月8日、筆者撮影)
  • 71095_3 アクロス福岡ステップガーデン 内部よりトップライトを見上げる(2019年12月23日、筆者撮影)
  • dav アクロス福岡ステップガーデン 内部の滝(2020年8月16日、筆者撮影)
  • 71095_5 アクロス福岡ステップガーデン 植栽足元部分(2019年 6月22日、筆者撮影)
  • 71095_6 ぐりんぐりん外観(2020年10月21日、筆者撮影)
  • 71095_7 ぐりんぐりん屋上緑化部分(2020年10月21日、筆者撮影)
  • dig ぐりんぐりんルーフ(2020年10月21日、筆者撮影)

参考文献

【註】

⑴天神中央公園
 福岡市中央区天神1丁目1番地1号。明治9年(1876年)以来100年間、旧福岡県庁舎が建っていた場所。1981年に県庁が移転し公園になった。今も、そのことを物語る痕跡が公園のあちこちに残る。広さは約2万8000㎡。

⑵アクロス福岡ステップガーデン
施設案内:https://www.acros.or.jp/r_facilities/stepgarden.html
設計原案:エミリオ・アンバース
ランドスケープデザイン:田瀬理夫
施工:竹中工務店
所在:天神1丁目1番地1号
 アクロス福岡は、1995年、福岡県有地の民活事業で建築された官民共同の複合施設(リース期間:60年間)。その屋上のステップガーデンは、隣接する公園(約28000㎡)と一体化した地上60mの空中庭園である。1995年、福岡市の都市景観賞受賞。CNNは「世界で最も美しいスカイガーデン10選」に選び、「まるで草に覆われたインカのピラミッドのようだ」と紹介した(https://edition.cnn.com/travel/article/amazing-gardens/index.html)。

⑶アイランドシティ中央公園 中核施設 ぐりんぐりん
施設案内:https://ic-centralpark.jp/grin-grin
設計・監理:伊東豊雄建築設計事務所
構造:佐々木睦郎構造計画研究所
施工:竹中工務店・高松組 建築工事共同企業体
所在:福岡県福岡市香椎浜3丁目地内
計画:福岡市
 2005年、全国都市緑化ふくおかフェア「アイランド花どんたく」会場のテーマ館として建設された。閉会後、アイランドシティ(約400haの人工島)にある中央公園(約1.53ha) の中核施設として現存する。「ぐりんぐりん」という名称は、「アイランド花どんたく」開催にあたり全国公募で決められた。

⑷エミリオ・アンバース
 1943年アルゼンチン生まれ。「グリーンビルディングの先駆者」と呼ばれる建築家・プロダクトデザイナー・グラフィックデザイナー・ニューヨーク近代美術館(MOMA)建築・デザイン部門キュレーターである。 大学では、建築を専攻し、プリンストン大学、ドイツのウルム造形大学で教える。
「アンバースは、「建築というものはみな植物の世界へと侵入していくものであり、自然に対する挑戦だと言えます。私たちは自然と建物を調和させるための方法を具体化した建築を創り出し、解きほぐすことができないほど周囲の環境と深く結びついた建物をデザインするべきなのです」と語る。(Webマガジン「AXIS」編集部著「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 イタリア館がエミリオ・アンバースの代表作を展示」『AXIS web magazineーNEWS 』、2021.05.27(https://www.axismag.jp/posts/2021/05/375967.html)、2021.7.26アクセス)」

⑸里山
 農家や田畑に囲まれた雑木林。炭の材料や薪を得たり、落ち葉等は堆肥に利用した。複雑で繊細な日本の自然環境下で生まれた日本独自の文化。

⑹田瀬理夫
 1949年東京都生まれ。プランタゴ代表。プランタゴは、その土地の様相を感知し理解して、生態や地理、都市計画、土木、建築、造園などの総合デザインの視点からプロジェクトに対し最適解を求めて行動している。

⑺伊東豊雄
 建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。1941年に韓国ソウルで生まれ、長野に移住したのち、1965年に東京大学工学部建築学科を卒業する。多数の受賞歴があり、2013年には建築界の最高栄誉と言われるプリツカー賞を受賞する。建築と環境の関係性を重要視し、柔軟で斬新なアイデアを体現化するその作品は、国内外から注目を集めている。

⑻プラザ
 建築用語。人工的に造られた広場の意。
「プラザはパブリックなオープンスペースとして都市環境に貢献しているばかりでなく、絶対的なプロポーションのファサードを十分な引きをとって見せるうえでも効果的な装置となっている。(高島守央著「「スケール」を通して見る超高層建築のデザイン」岸田省吾編『建築の「かたち」と「デザイン」』、鹿島出版会、2009年、p.54)」


【参考文献】

加藤光男著「腕利き型枠大工がつくる三次元の曲面」『日経アーキテクチュア2004.11-15』、日経BP社、2004年、p.36-41

古林豊彦、篠崎弘之(伊東豊雄建築設計事務所)著「流動的なアンジュレーションとしての丘」『月刊建築技術12月号(第671号)ー特集 変わりゆく構造形態』、建築技術、2005年、p.66-69

湯澤正信著「形態思考」岸田省吾編『建築の「かたち」と「デザイン」』、鹿島出版会、2009年、p.9-20

高島守央著「「スケール」を通して見る超高層建築のデザイン」、前掲、p.49-60、

富永譲著「建築的散策」、前掲、p.61-86

木内俊彦著「共存する境界ーカルロ・スカルパの世界から見えてくるもの」、前掲、p.87-98

三谷徹著「自然の宿り木ーランドスケープデザインのかたち」、前掲、p.127-142

櫻木直美著「生成する「かたち」ー米国ランドスケープ・アーキテクチュアを通して見るデザイン試行」、前掲、p.159-172

岸田省吾著「時間の中の「かたち」・時間の中の「デザイン」」、前掲、p.187-200

宮城俊著『ランドスケープデザインの視座』、学芸出版社、2001年

日本造園学会監『ランドスケープのしごとー人と自然があやなす風景づくりの現場』、彰国社、2003年

日経アーキテクチュア編『アクロス福岡ー日経アーキテクチュアブックス』、日経BP社、1995年

浜田邦裕著「グリーン・モダニストの建築」『美術手帖 675号』、美術出版社、1993年9月、p.112-121

西村佳哲著『ひとの居場所をつくるーランドスケープ・デザイナー田瀬理夫さんの話をつうじて』、筑摩書房、2013年

田瀬理夫著「完成してなお生き続ける緑を管理してわかることーアクロス福岡ステップガーデン」日本造園学会監『ランドスケープのしごとー人と自然があやなす風景づくりの現場』、彰国社、2003年、p.80-88

後藤暢子著「探検!アクロス福岡 #23ステップガーデンの秘密⑥」『公益財団法人アクロス福岡HP』(https://www.acros.or.jp/magazine/tanken23.html)、2019.2.19アクセス

「都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬道夫(造園家、プランタゴ代表)」『一般財団法人セブン-イレブン財団法人HP』(http://www.7midori.org/katsudo/kouhou/kaze/miserarete/46/index.html)、2019.2.19アクセス

「協力事例・技術紹介、アクロス福岡」『内山緑地建設株式会社HP』(http://www.uchiyama-net.co.jp/technology/acros_fukuoka/index.html)、2019.2.19アクセス

「都商研ニュース、2019.1.9」『都市商業研究所HP』(https://toshoken.com/news/14756)、2019.2.19アクセス

『JIA公益社団法人日本建築家協会 登録建築家詳細』( http://www.jcarb.com/Portfolio00005732.html)、2021.7.23アクセス

「Interviews TOYO ITO」『Wakapedia 』(http://www.wakapedia.it/ja/toyo-ito/)、2021.7.23アクセス

日外アソシエーツ編『20世紀西洋人名事典』、日外アソシエーツ、1995年

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