清澄白河のアライズコーヒーはなぜ人を惹きつけるのか?

合田 陽一

① はじめに

2015年の正月、東京の清澄白河にあるコーヒースタンド併設の焙煎所、アライズコーヒーに初めて足を踏み入れた。毎年恒例の深川七福神巡りを参拝中、交差点の角のお店に多くの人が集っている店に興味が湧いたのである。わずか6坪ほどのスペースに客達がコーヒーを片手に、和やかに微笑みながら談笑している風景に衝撃が走った。
店の中心でコーヒーを入れているのが、ドレッドヘアーで個性的なファッションを纏った店主、林大樹さん(以下、林オーナー)。今やコーヒーの激戦区というだけでなく、全世界から人が集まる「清澄白河」というトレンドスポットの中核ともいえる「アライズコーヒー」との出会いである。
店内には林オーナーが趣味とするスケードボードや謎のオブジェ、タイや東南アジアの民芸品などが陳列、展示されている。そして店内BGMも彼がお気に入りのアジアの楽曲が流れている。
名刺を渡し、私が刺繍屋という事を知ると林オーナーが「自分も刺繍が大好きなんです」と身を乗り出してくる。実際、彼はワッペンマニアで世界のワッペンのコレクターでもあった。
そんな多趣味な林オーナーの元に、様々な人が惹き寄せられてくるスペースでもあるアライズコーヒー。コロナ禍においても、全く売り上げが落ちずに「清澄の古参」として君臨するこの店。
林オーナーがなぜ世の人々を惹きつけて止まないのか?その魅力について考察したい。

② アライズコーヒーはなぜ人を惹きつけるのか?

アライズコーヒーは林オーナーが、清澄白河にある平野の交差点の一角に8年前に創業した。それ以来、焙煎業務からコーヒーの提供まで一人でこなしている。店内は常に陽気な雰囲気に包まれており、短い滞在時間であっても、林オーナーが外を歩く人々に店の中から手を振る姿、こちら側に手を振る人々の姿を見ることができる。アライズコーヒーは都会のイメージとはかけ離れた、どこか昔懐かしさを感じる事ができる場所になっている。
常連客は、近所のおじいちゃんから海外のツーリスト、少し離れた場所でお店を営んでいる店主など多種多様である。「アライズコーヒーに毎朝来るため清澄白河に泊まる」というくらい熱狂的なファンもいる。コーヒースタンド併設の焙煎所としての機能のみならず、清澄白河という“街”の一つのシンボルとしての機能も持ち合わせているように見受けられる。
接客においては、お客さん次第で他愛のない会話をしたり、時には、居合わせたお客様同士を紹介したりもする。その空間では「知人の知人は皆、仲間」そんな雰囲気を感じる事ができる。お客様のみならず、地元の同じ業種の店舗の従業員であっても、対応は変わらない。コンペティターとしてみるのではなく仲間として捉え、時には同業他店を紹介したりもする。アライズコーヒー、そして清澄白河という場所にはそういった日本の古き良き人との繋がりといった部分が根強く残っている。
そんな林オーナーが一貫して大切にしているのは「人として当たり前の事を当たり前にできているか」ということである。「挨拶を交わし、きちんと御礼をする」など人として基本的な事が出来るかどうか、という事だけである。
アライズコーヒーにはメニューが存在しない。お客様との会話を通して好みを聞き出し、提供するスタイルをとっている。そういったスタイルからも「アライズコーヒーが大切にしているもの」を垣間見ることができる。
店頭には常時10〜15種類の焙煎豆が揃えられ、丸い木枠と陶器のドリッパーからなるドーナツドリッパーで丁寧に抽出される。店頭に並ぶ豆はアジア産のものが多く、ミャンマー、タイ、フィリピン、ラオスなど他のコーヒーショップではあまり目にしない産地のコーヒー豆を扱う。また、店から歩いて10分ほどの「コトリパン」(こちらも清澄白河では名物のお店)のパンも扱い、コーヒーに合うフレンチトーストなども用意されている。

③ 深川の龍脈ストリート

清澄白河は、人の縁を大切にするという文化が色濃く残る町である。53基の神輿で賑わう祭りがあったり、困っている人がいたら声をかけたりと、いい意味で昔ながらの日本を感じることができる。住んでいる人たちは、年配の方々、クリエイターの方など様々で新旧の要素が入り混じり、雰囲気のある町になっている。チェーン店が少ないのも一つの特徴である。
以前この地は東京都現代美術館が存在感を放っており、それ以外は寺と墓と町工場が密集する町であった。そんな中、ここ数年で数々のカフェが清澄白河にでき、様々なメディアで取り上げられるようになった。
サンフランシスコ発、日本1号店で話題を呼んだブルーボトルコーヒー。ベルギーの有名チョコレートを扱う会社が運営する趣のある倉庫のようなザクリームオブザクロップコーヒー。築50年以上のアパートを改築した建物の1階がカフェになっている、どこか懐かしい雰囲気の店内のフカダソウカフェ。清澄白河の町にはまだまだたくさんの個性的で魅力あるカフェが多く存在する。
富岡八幡宮と深川不動尊の間を走るこの道を風水でいう龍脈と呼ぶ人たちもいる。この道を散策するだけで心が落ち着くのは、私だけではないはずである。人が集い、その人たちを元気付ける店が立ち並ぶのも肯ける。また先述した様に、同業者であってもそこにある店どうしが互いに交流しあっている。足の引っ張り合いをよく目にする今の時代、客はそこにも惹かれるのかもしれない。

④ 生い立ちから現在、そして未来へ

アライズコーヒーは林オーナーの「老後の前倒し」という理念を元に作られた。
林オーナーは元来、独立思考が強いわけではなかった。ただ「本当に自分が価値があると思うものを提供したい」そんな思いから8年前にこの地に店舗をオープンした。お店は、沖縄本島にある地元のおじいちゃんやおばあちゃん、ツーリストなど様々な人が自然と集まるコーヒーショップをイメージして作られた。そのコンセプト通り、現在のアライズコーヒーでは国籍、年齢問わず幅広い客層が集まっている。先述した様に東京では感じる事の少ないアットホーム感も漂い、とても落ち着き、明るい雰囲気になっている。
アライズコーヒーに惹きつけられ、集まってきた人達は「年齢、国籍、立場は違えども、やはり心の奥底で何かしらの共通点がある」とお店に滞在していると節々で感じることができる。
コーヒーは時に年齢や世代を超え、更には故人の思い出を語るきっかけにも成り得る、そんな風に語る林さんは今もなお、お客様においしいコーヒーと心地よい空間をこの清澄白河という穏やかな町の一画で提供し続けている。

⑤まとめ

様々なメディアで取り上げられるアライズコーヒー。
口コミやSNSを介して、世界中からコーヒー好きがこの店に足を運んでくる。
コロナが流行する以前の店内では、私以外全員が欧米、アジアの人という状態もあった。現在でも日本在住の外国籍の方々も多く利用されている。
アライズコーヒーの魅力、それはあらゆる多様性を受け入れる林オーナーの器の広さにある。それは年齢、国籍、職業、性別、に関わらず、まずは友人として迎えるという店のあり方によるのかもしれない。その判断基準で好きな人だけが集う空間になっている。
逆に相手が誰であれ、ほかのお客さんに変な絡み方をするなどマナーの悪い客にはきっちり注意をする。実際、私もその場面に何度か出くわした事もある。
だからこそ、安心して貴重な自分の時間をこの店で費やすことができるのである。
私には座右の銘がある。
「好きな人と好きなことをして、世のために豊かに暮らす」
刺繍屋の3代目として生まれてきた私は、家業でもこれを指標にしている。
アライズコーヒーは私の目標を、まさに目の前で現実化してくれている貴重な実例である。
私にとっては迷った時、自信を失ったときにリセットしてくれる、かけがえのない都内のオアシス。
こういうお店と出会ったことを感謝したい。

  • 1 ブルーボトルコーヒー外観(2021年1月28日、著者撮影)
  • 2 ザ・クリームオブ・ザ・クロップコーヒー外観(2021年1月28日、著者撮影)
  • 3 フカダソウカフェ外観(2021年1月28日、著者撮影)
  • 4 アライズコーヒー外観(2021年1月23日、著者撮影)
  • 5 アライズコーヒー店内(2021年1月23日、著者撮影)

参考文献

《参考URL》
HAIR CATALOG.JP「とある珈琲焼きの日常」


西田善太編集・発行『ブルータス』、2020年

株式会社枻出版社発行・『東京コーヒーロースターズ』、2019年

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