柏原伝統産業「注染」の現状と繁栄への可能性

奥野 恭代

 注染の技法は、明治20年頃に大阪で開発された技術であり、浴衣や手ぬぐいの大量生産を可能にした。その技術を持つ工場は戦後、大阪市内から柏原と堺に分かれて移転した。その後、西洋化していく生活の中で、ゆかたが洋服へ手ぬぐいが西洋タオルへと変化し、注染工場の苦しい時代が訪れ、沢山の工場が潰れていった。柏原はブランド力がつけられず、現在では4軒の注染工場を残すのみとなっている。

1. はじめに
 私が嫁いできた柏原市では、市役所の天井に浴衣地が何本も飾られていて、その色合いや模様に心を奪われた。そして、柏原では古くから染物産業が栄えていた事を知った。その染色方法は、注染(ちゅうせん)という独自な技術で、職人さんが巧みな技法により鮮やかに染め上げる。しかし、その存在は衰退し、縮小していった。なぜ、この素晴らしい伝統産業が衰退へ向かったのか、歴史を振り返り文化的資産の評価を行うと共に繁栄の方向に進むための考察を行う。

2. 基本情報
・「注染」とは
 明治後期に発見された「注染」は、大阪で生まれた日本独自の染色技法である。その技法は、型紙作り→布への糊置き→型置き→染色(注ぎ染め)→洗い→乾燥(図1)の順で、手作業により行われる。
・「注染」が根付き繁栄した立地条件
 柏原は、大阪平野の南東部大阪府と奈良県との府県境に位置している。大阪の都心からわずか20Kmほどの距離だが、染物産業に欠かせない豊かな川があり、府内でも有数の自然環境に恵まれている。
・移転してきた「注染」
 大阪市内が戦災にあい、焼けたことにより、柏原のこの豊かな自然、特に「注染」に必要な川が近くにある土地が染色業者を呼び寄せた。
・柏原「注染」浴衣の生産量
 最盛期には全国生産量の約25%(約250万反)を占めていた。近年、中国などから機械染めの輸入品が増加し、全国的にも生産量が減少している中、柏原では年間約8万反の生産が続けられている。(1)

3.柏原「注染」浴衣の歴史
 明治時代、浴衣の染色は長坂染という藍単色染めが中心で「東京本染め浴衣」と呼ばれる隆盛を誇っていた。注染は誰によって考案されたか確かな文献はなく、染色技法の流れから推測して明治34年から36年にかけて大阪市天王寺区で開催された第5回内国勧業博覧会に、大阪の注染手拭業者が注染浴衣を出品し、入賞して大好評を得たことが記録されている。これが注染の発祥ではないかと考えられている。(2)
 注染は、1度に数十枚を染めることができるため、当時としては画期的な大量生産として、染業界に大変革を起こした。図柄が複雑化され、糊料の改良や伊勢型紙が使われるようになった。大正後期から昭和初期にかけて、染料を浸透させる吸入方式が開発され、手ぬぐい全面(約90cm)にわたる大柄が簡単に染められるようになった。
 柏原で染色が始まったのは、明治32年から大正初期である。当初は、手ぬぐいの染色が主であったが、大正13年頃から浴衣の染色が多くなった。染色には、綺麗な水が多く必要なため、旧大和川の川床筋である上市・古町地区に豊富伏流水を利用した染色工場が多く建ち並んでいた。昭和61年には洋服が流行し、浴衣の生産量は当時の4分の1になった。20数年前までは、大和川の堤防には真っ白な木綿地が干してあり(図2)、盛んに染色が行われていた。(3)

4.「注染」の特色と機械染めとの比較
 注染は、職人による手染めで生地の糸に染料を染みこませるので、裏表がなく、手染めならではの風合いやぼかし、肌さわりのよさが大きな特色である。現代では、便利な方法ができ、シルクスクリーンやジェットプリント方式等の生地の上に直接染料をのせる量産性重視の機械化が主流になった。
 ① 染色は、1つの型で1色を染める物が多いが、注染は1つの型で多色を同時に染める事ができる。シルクスクリーンは、多色にするには色毎に版が必要である。注染は、柄や色の境目に糊を置き堤防を作って防染し、差し分けて染める技法である。職人技の手作業が世界に一つしかない希少性を生み出す。また、糊を置かずに染めることでグラデーション染めもできる。
 ② 1度の型置きだけで両面に防染するので、吸引法により上から下まで染料がよく浸透し、染められた布には表裏がなく、生地の肌触り感に変化がないのが大きな特色である。シルクスクリーンやインクジェットは、生地の上に色をのせるため裏表ができ、ゴワゴワした感触になる。

5.評価される点
 注染は、明治時代から長い歴史を経て、令和元年11月に厳しい条件をクリアし、経済産業大臣から「浪華本染め(注染)」として、国の伝統工芸品指定(4)を受けた点。柏原では、先人達の編み出した染色技法が、世界でも例を見ない独自の方法であり、約120年の年月を経て今も継承されている点。これらは、後生に継承していくべき文化的な資産として評価されると考える。

6.染物産業を盛り立て活性化しようとする動き
 ① 参加型企画の実施(取材1)
 柏原を知ろう!まちを彩り日常を豊かにする「かしわら手ぬぐいWEEK」という参加型企画を行っている(図3、4)。注染手ぬぐいを飾り和を広げる活動で、参加表明している店や公共機関は、75カ所を数え現在も増え続けている。
 ② クラウドファンディングで店を立ち上げ、注染手ぬぐいをブランド化(取材2)
「注染てぬぐいCHILL」の店主である三上翔氏(図5)は、防染糊を作る会社に生まれ、注染に関わられてきた。本業の会社に勤めながら、クラウドファンディングにより店を立ち上げ、現代的なデザインのオリジナル注染手ぬぐいを作成(図6)、柏原の産業を活性化・宣伝し、注染手ぬぐいの再興にかける。
 ③ 歴史資料館の取り組み(取材3)
 染工場である神奴染工場が、2017年に廃業した際、歴史資料館に実際に使用していた伊勢型紙(図7)を約300枚寄贈された。注染については、資料をまとめて文化資産として伝承していく方向性であると語られている。(現状はまだ取り組めていない。)

7.今後の繁栄にむけた課題と考察
 地域ブランドを持つことで今後の繁栄につながっていく。
 6-①で挙げた「かしわら手ぬぐいWEEK」では、身近に感じる事で地域資源を知り、愛着を育み、強い地域ブランドを育てる基本になると考える。地域への愛着や誇りの醸成で、後継者の育成につながる。
 6-②で挙げた「注染てぬぐいCHILL」は、地域ブランドを保有し他にはない特色をより意識して追求している。工夫や連携は、競争力の高い物が作られ、地域ブランドの定着が図れる。例えば、泉州タオルの場合は、「泉州こだわりタオル」のブランドの立ち上げで「安全・安心・高品質」製品を開発しながら、産地全体の知名度やブランド力を高め、従来の製品や販路も伸ばす波及効果を重視した戦略がとられている。(5)
 更なる課題は、注染が持つ独自の特色を活かして、その魅力を多くの人に知ってもらい注染生地を使ってもらう方向性を見いだすことである。浴衣や手ぬぐいにこだわらない斬新な注染生地の使い方等、考え方の転換が必要である。新たな染型等、量産面の問題点はあるが、可能性に挑戦してみてはと考える。
 例えば、生地幅を広くし色々な用途に使えるように試みてはどうであろうか。現行の生地幅で見栄え良く制作できるのは、浴衣、手ぬぐい、マスク等と限られた物のため注染生地の需要が伸びない。生地幅を広くすることで、注染の良さをアピールできる。
 成功例としては、西陣織「HOSOO」の戦術がある。元禄時代創業の西陣織の老舗である「HOSOO」は、呉服業界が2兆円市場から2800億円産業となったことで、存続に危機感を抱いた。ニューヨークの展示会で、著名なピーター・マリノ氏の目に留まり、世界への扉を開いた。細尾氏の物質を超えた価値づくりは、帯や反物のみでなく“more than textile”という考えを基に、新たな挑戦と伝統産業を融合して大きく飛躍した。細尾氏は次のように述べている。

  伝統産業のポテンシャルとこれからの伝統産業人の使命を「伝統産業・工芸は、実は、最
 先端の技術を保有している」と考え、自分たちの足元にある有形無形の資産を見つめ直し、
 掘り下げて活かしていくことが重要である。(6)

 マリノ氏の依頼で、壁飾りの制作のために2 年間の試行錯誤の末、織機を開発し、150cm幅の従来では想像もつかない西陣織を作り成功した。完成した壁飾りは絶賛され、シャネル、ルイ・ヴィトンなど、世界中から注文がくるようになった。

8.まとめ
 伝統とは人間が何かに関わって試行錯誤して生まれ、問題にぶつかった時に形を変える場合もあると考える。現在に至るまでの歴史と先人たちの思考は、決して欠かせない宝物であるが、伝統というベースの上により良くするための革新が必要である。
 柏原伝統産業「注染」を繁栄に導くためには、その技術の特色を活かしながら新しい作品や技術の開発、そして新たな市場の開拓が必要である。従来の作業方法や、閉鎖的ネットワークにこだわらず、チャレンジ精神により「注染」の技術は、異業種間や海外文化の中でも活躍できる場があると考える。国や文化を越えて異なる物同士が融合することで、新たな展開につながり、後生へと継承されるべき更なる技術となる。そこには、新たな投資や技術の問題が生じるであろうが、乗越えた先に繁栄への可能性を確信する。

  • 1 (図1)柏原市政策推進部 秘書広報課著、『素敵に出会えるまち、かしわら』未来に繋ぐ染色業、布地が染められるまで―染色技法をご紹介―注染、17頁、2019年
    1の参考 糊置き(板場/いたば)
    [動画: https://www.youtube.com/watch?v=8yQmmOz3aYY ] (2020年9月20日閲覧)
    3の参考 注ぎ染め(壺人)
    [動画: https://www.youtube.com/watch?v=Dl7SUaPh0lc ] (2020年9月20日閲覧)
  • 2 (図2)柏原市政策推進部 秘書広報課著、『素敵に出会えるまち、かしわら』未来に繋ぐ染色業、和晒 天日乾燥風景 昭和30年頃の大和川堤防より古町地区の様子、16頁、2019年
  • 3 (図3)柏原手ぬぐいWEEK 参加表明店舗地図
    柏原を知ろう!まちを彩り日常を豊かにする「かしわら手ぬぐいWEEK」実行委員会 
    クラウドファンディングよりhttps://camp-fire.jp/projects/view/286820#menu (2020年9月20日閲覧)
  • 4 (図4)柏原手ぬぐいWEEK 町の様子
    柏原を知ろう!まちを彩り日常を豊かにする「かしわら手ぬぐいWEEK」実行委員会 
    クラウドファンディングよりhttps://camp-fire.jp/projects/view/286820#menu (2020年9月20日閲覧)
  • 5 (図5)お店の前で「注染てぬぐいCHILL」の店主;三上翔氏と現代風で斬新なデザインのオリジナル注染てぬぐい 
    クラウドファンディングに挑戦中!大阪柏原市の注染てぬぐいの復活&継承を目指してオリジナルてぬぐいブランドを立ち上げる!http://massage.855.jp/matome/press2.php?vno=558 (2020年9月15日閲覧)
    注染てぬぐいの優れているところは、コンパクトにたためて、乾きが早く、肌触りがよいところだと歴史を交えながら教えてくださった。デザイナーにもこだわりを持ち、現代風の斬新なデザインが印象的。三上氏からの人脈により素晴らしい繋がりが広がっている。(取材日;2020年10月3日)
  • 6 (図6)注染てぬぐいCHILL WEBショップより
    柏原市 カタシモワイナリーとのコラボてぬぐい 切り絵作家の方が、葡萄をモチーフにしてデザインされている。現代風の素敵なデザインで、染色の色合いにもオリジナリティなこだわりがある。https://chilltenugui.thebase.in/items/10459167 (2021年1月5日閲覧)
  • 7 (図7)注染の型紙 伊勢型紙(神奴染工場から歴史資料館へ寄贈された実際の伊勢型紙)
     撮影;筆者 2020年11月20日柏原市歴史資料館にて

参考文献

【註】
(1)柏原市HP ゆかたと柏原
http://www.city.kashiwara.osaka.jp/docs/2014090200057/index.html.r (2020年9月12日閲覧)
(2)大阪府HP 注染和晒(繊維化学関係)
http://www.pref.osaka.lg.jp/mono/seizo/seni-07.html (2020年9月12日閲覧)
(3)柏原市教育研究会社会部「わたしたちの柏原市」編集委員会、発行;柏原市教育委員会、小学3年生教科書、34頁、昭和61年9月1日改訂(2020年9月12日柏原図書館にて閲覧)
(4)柏原市政策推進部 秘書広報課著、『素敵に出会えるまち、かしわら』未来に繋ぐ染色業、国の伝統的工芸品にも指定されている、18頁、2019年
(5)初澤敏生『地場産業のブランド化戦略とその課題』福島大学地域創造第27巻第1号 4~12頁、2015年9月
(6)株式会社細尾代表取締役 細尾真生『伝統産業の継承と革新』、AJフォーラム23、2014年10月25日、世田谷キャンパス 34 号館 A306 教室講演、Asia Japan Journal 10 (2015)引用89頁

【参考文献】
・川上桂司著『てぬぐい風俗絵巻』手ぬぐいの染上がるまで、雄山閣出版株式会社、昭和50年9月5日 
・木村光雄『染色の歴史と伝統技法』特集〈染色―その鮮やかな世界―〉繊維と工業
Vol.60No.11、2004年
・前田技術士事務所 前田正幸『注染ゆかたの技法』―伝統的染めの法を訪ねて―
講座シリーズ 染織の伝統技法に学ぶVol.39No.2、1998年
・石原秀一著 文;大澤美樹子、手拭い;戸田屋商店、写真;岡本寛治
『手拭いづくし』、バナナブックス、2005年11月3日
・堺注染和晒興業会著
注染のはじまり 注染・和晒 手ぬぐい展 2016年 紹介冊子、Omoroiさかい実行委員会、2016年
・関東注染工業協同組合『本染め手拭の出来るまで 注染に息づく匠の技』
株式会社長崎出版、平成17年11月18日
・野村朋弘編 『伝統を読みなおす1 日本文化の源流を探さぐる』(芸術教養シリーズ22)、藝術学舎、2014年 芸術教養講義6;伝統について
・井上敏、義永忠一、野尻亘『南大阪における地場産業の展開 ―泉州繊維産業を中心にして―』、桃山学院大学総合研究所紀要 第30巻第1号、2004年7月1日
・大阪府 資料No.141
『大阪の地域ブランド戦略のあり方』、大阪府商工労働部 大阪産業リサーチセンター 大阪経済大学中小企業経営研究所、平成27年3月

【参考資料】
・注染・和晒について
南大阪地場産業ポータルサイト注染和晒(ちゅうせんわざらし)
https://www.sakai-ipc.jp/jiba/modules/pico/tyusen.html (2020年12月13日閲覧)
・BECOS HP
伝統工芸が衰退する3つの原因と私たちにできること
https://wp.thebecos.com/dentoukougei-suitai/ (2020年12月16日閲覧)
・内閣府政策統括官室 経済財政分析担当者 
地域の経済の活性化2005 -高付加価値化を模索する地域経済-平成17年10月
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr05/chr05_1-2-2-2.html (2020年12月16日閲覧)
・吉井 礼 東京大学大学院都市デザイン研究室 
伝統的ものづくり地域の継承にむけた課題と可能性に関する研究~京都市西陣を例に~
http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/research/thesis/assets/rei_yoshii_summary.pdf (2020年12月13日閲覧)
・FAAVO 地域に寄り添うクラウドファンディングHP
柏原を知ろう!まちを彩り日常を豊かにする「かしわら手ぬぐいWEEK」
https://camp-fire.jp/projects/286820/activities/169479 (2020年9月20日閲覧)
・注染手ぬぐいCHILL、パンフレット COLLECTION、令和元年版
・クラウドファンディングに挑戦中!大阪柏原市の注染てぬぐいの復活&継承を目指してオリジナルてぬぐいブランドを立ち上げる!
http://massage.855.jp/matome/press2.php?vno=558 (2020年9月15日閲覧)
・FIRECORNER HP  
柏原市の『注染てぬぐいCHILL』さんのクラウドファンディングにイラスト・デザインを提供させていただきました!https://www.firecorner.net/work/7332/ (2020年9月20日閲覧)
・株式会社スズキネHP 染色技法の種類
布にイラストや写真をプリントしたい! 用途に応じた印刷方法を解説!
https://www.suzukine.co.jp/blog/2015/05/31/95 (2020年12月26日閲覧)
・ピーワンコネクトHP シルクスクリーンプリントについて
https://www.p1-intl.com/p1connect/(2021年1月10日閲覧)
・プリントフルHP インクジェットプリントとシルクスクリーン印刷のメリット・デメリット
https://www.printful.com/jp (2021年1月10日閲覧)
・Tmix HP インクジェットプリントとシルクスクリーンプリントの違いをご存知ですか?
https://tmix.jp/articles/inkjet_difference (2021年1月10日閲覧)

【取材】
*コロナ禍にもかかわらず、お忙しい中ご協力いただき誠にありがとうございました。
(取材1)柏原市役所 秘書課 広報部 (2020年9月20日/11月2日)
(取材2)柏原市歴史資料館 柏原市教育委員会文化財課 石田成年氏(2020年11月2日)
(取材3)注染てぬぐいCHILL 三上翔氏(2020年10月3日)
(取材4)柏原市歴史資料館 柏原市教育委員会文化財課 山根航氏(2020年11月20日)

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