「ライブグッズの多面的デザインの役割:アイデンティティーのデザインと消費の関係」 〜LIVE GOODS LABOの取り組み〜

山本 麗実

1:はじめに
筆者は音楽を中心としたエンターテインメント業界で、コンサート・ライブのミュージシャン・アーティストのグッズ(以下、ライブグッズ)の企画・制作業務に長年携わっている。
約6〜7年前からライブグッズを購入してくださるお客様(=ファン)の消費傾向に変化が現れ、その原因と対策の分析研究をすべきだと感じると同時に、この業務が極めて筆者を含めた担当者の感覚・センス・経験値頼り(=感覚的)で成立していることに気づき、果たして感覚的に制作したものがエンターテインメントのグッズとして成立するのだろうか、という疑問を抱いた。
さらに、数多くのライブグッズを制作する過程で、単にモノとしてではなくエンターテイメントにおいて別の役割・意味があると長年の経験から感じていたことも重なり、この<感覚的>な業務を可視化することが今後のライブグッズビジネスの成長につながるのではないかと思ったことが、本学科への入学と筆者が設立したライブグッズの研究分析・発信を行う「LIVE GOODS LABO」の設立につながっている。
(資料1、2参照)

1.基本データ
音楽業界では近年CDが売れなくなりコンサート・ライブビジネスが重要視されている。その中でもビジネスの要となっているのが筆者の関わるコンサート・ライブにおいてのグッズ制作・販売である。音楽業界ではこのグッズ制作・販売業務(企画・制作から販売・在庫管理まで)を総称して「グッズビジネス」や「マーチャン」、「MD」、「物販」と言う。制作は、所属事務所やレーベル、グッズ制作会社等が行い、コンサート・ライブ自体の制作・運営などの全てを支える重要ビジネスとなっている。
(資料3.参照)
会場で販売されているライブグッズは、各アーティストやその都度のコンサート・ライブのコンセプトによりアイテムとデザインが異なる。さらに音楽のジャンル、アーティストによって種類は多種多様である。
(資料4.参照)(資料8.参照)

2: ライブグッズの歴史的背景は何か。
海外のアーティストから考察すると、主力商品であるTシャツは1950年頃、エルビスプレスリー、ビートルズがTシャツで演奏していることから音楽とTシャツの関係は密接であることが見受けられる。さらに60年代にグッズビジネスの先駆けとも言われるグレイトフル・デッド、70年代にはファッションと音楽を融合させたセックス・ピストルズは、グッズビジネスの商業価値を拡大させ影響を与えたことは明確である。日本においては、ライブグッズの分析・研究は今までなされておらず、筆者の業務実績からみると約25年前には既に現在のグッズビジネスは確立されており、毎回の実施されるコンサートごとにデザイン・アイテムを変え制作・販売をしていたから、少なくとも30〜40年前から始まっていたことが推測できる。

3: 事例の何について積極的に評価しようとしているのか。
ライブグッズの多くは、その制作過程(アイテム・デザインの選定、進行等)において担当者の感覚・センス・経験値頼り(=感覚的)であることから、本書では、本学科でのデザインの学びを基に自身の実務経験、マーケティング・広告、行動心理学等の学びから、感覚的であるライブグッズを<多面的デザイン要素からの役割>として言語化・可視化すると共に、【アイデンティティーの形成(デザイン)】の役割に着目し、消費(購買)行動との関係を考察する。

3-1.ライブグッズの<つなぐ>役割
デザインが「モノ・コト」に意味を与え、さらに人との領域間をつなぐ役割を担うことがコミュニケーションデザインであり、コンセプトデザインが人とコトをつなぎ最終的な着地まで俯瞰して構想を組み立てるデザインであることから、ライブグッズの役割が《人=お客様(ファン)・アーティスト》、《モノ=グッズ》、《コト=ライブ・コンサート・音楽》と置き換えることができる。
以上より、ライブグッズの役割が多面的であり《モノと人とコトをつなぐためのコミュニケーションツール》であることが見えてくる。(資料5.参照)

3-2.共感とアイデンティティーの関係
前項で見えた《コミュニケーションツール》である為には「わかりやすいデザイン」=「共感の形成」が必要である。「共感」とは『自分自身の立場より他の誰かの立場により適した感情的反応と定義』(※1)であり、『他者との感情状態に対する同期的反応や他者の感情状態を共有すること』(※2)、『個人の持つパーソナリティや性格としての個人特性、個人が置かれた心理状態』(※1)であることから、自分とは何者かを意識し他と区別された独自の性質である「自己同一性」と置き換えることができ、これは『アイデンティティー』と同義であることから、「共感」の過程で『アイデンティティー』形成が発生すると言える。
以上より、ライブグッズは「コンセプト」、「コミュニケーション」、「アイデンティティー形成」、さらに同じ「空間」で《コト=ライブ・コンサート、音楽》を通し、「時間」を共有する役割を担うと考えられる。さらにその中心にあるライブグッズはこれらを《つなぐ》「共感感情のデザイン」と位置付けられる。(資料6.参照)
※(1)玉置 了[2015])を参照、(2)(玉置 了[2016])を参照

4: 国内外の他の同様の事例に比べて何が特筆されるのか。
特筆すべき点として、購買(消費)行動がエシカル消費よりも強くアイデンティティーの形成(デザイン)と結びついていることが挙げられるため、ライブグッズ特有の「作り手(運営)側」と「買い手(ファン)側」の心理・性質を把握する必要がある(資料7.参照)。

4-1: 消費とアイデンティティーの関係
消費とアイデンティティーの先行研究(Grubb and Grathwohl[1967])(玉置 了[2004])において
『消費者はシンボルとして財の購買・消費し、自ら購入した財が社会に承認され、また自らの自己概念を支持し、それと一致するような形で社会において区別されたときに自己概念は維持され、支えられるとする』、『個人はそのシンボルとしてのモノを用いることによって、自分自身ともコミュニケーションを行い、社会的に付与されたシンボルの意味を自らに映し出すことによってそれを成し遂げられる』とあることから、ライブグッズの購買(消費)行動にはアイデンティティーが影響することが考察できる。

4-2:アイデンティティーのデザインを反映したアイテム
さらに30組のライブグッズの分析を行った結果(資料8.参照)、アーティスト(個人・グループ)のメンバー別の個人の名前や写真がデザインされた購入者の共感を得やすい商品が多数制作されていることが判明した。これは、お客様(ファン)が贔屓(推し)にしている個人・グループのライブグッズの購入動機に影響を与え、それが購入者のアイデンティティーの形成(デザイン)の役割を担っている裏付けとなっている。

5: 今後の展望について。
新しいメディアの誕生と共にエンターテインメントの変化も激しい中であってもグッズビジネスの役割は重要視されていることから、今まで極めて感覚的で曖昧だったライブグッズの役割を明確にした本書は、エンターテインメント性のあるライブグッズの制作の基準となる考察であると感じている。さらに日本のエンターテインメントカルチャーの考察としてライブグッズが時代とアイデンティティーを反映していることが明確となったので、今後の更なる研究分析が求められる。

6: おわりに
ライブグッズがこのような多面的な役割を持っていることを明確に出来たことは非常に意味のあることだと感じている。このような研究分析は他に見られないためLIVE GOODS LABOの役割や発信がライブグッズの可能性とコミュニケーションツールであることの認知の拡大につながり、エンターテインメントの派生コンテンツとして確立され、一分野となることを期待したい。

  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac1 資料1<LIVE GOODS LABO取り組み①>2018.10.12-24開催 LIVE GOODS LABO エキシビション「LIVE GOODS LOVE」vol.1 (筆者撮影)
  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac2 資料2<LIVE GOODS LABO取り組み②>2018.10.12-24開催 LIVE GOODS LABO エキシビション「LIVE GOODS LOVE」vol.1 (筆者撮影)
  • %e8%b3%87%e6%96%993_20190206 資料3<基本データ①>
  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac4 資料4<基本データ②>
  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac5 資料5<モノと人とコトをつなぐためのコミュニケーションツール>
  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac6 資料6<ライブグッズの多面的デザインに基づく役割>
  • %e5%b1%b1%e6%9c%ac7 資料7<ライブグッズの特性>
  • %e8%b3%87%e6%96%998_20190206 資料8<ライブグッズ分析:2018年6月実施>

参考文献

<参考書籍、参考URL>
・デイヴィッド・ミーアマン・スコット (著), ブライアン・ハリガン (著), 糸井重里 (監修), 渡辺由佳里 (翻訳)『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』日経BP社
・ 早川克美(著)『デザインのまなざし』、藝術学舎、幻冬舎、2014年
・ 中西紹一・早川克美(編)『時間のデザイン―経験に埋め込まれた構造を読み解く 私たちのデザイン2 』藝術学舎、幻冬舎、2014年
・ 川添喜行(著)、早川克美(編)『空間にこめられた意思をたどる 私たちのデザイン3 』藝術学舎、幻冬舎、2014年
・ 博報堂行動デザイン研究所 國田 圭(著)『人を動かすマーケティングの新戦略「行動デザイン」の教科書』すばる舎 2016年
・ 佐藤尚之(著)『明日の広告』アスキー新書、2008年
・ 佐藤尚之(著)『明日のコミュニケーション』アスキー新書、2011年
・ 佐藤尚之(著)『明日のプランニング』講談社現代新書、2015年
・ 佐藤尚之(著)『ファンベース』ちくま新書、2018年
・ 山崎 亮(著)『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、2011年
・玉置 了[2016]「消費者の倫理的意識に基づくコミュニティへの参加行動:消費者のアイデンティティと共感の視点からの考察」(2016年)/ 玉置 了
https://kindai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=17793&item_no=1&page_id=13&block_id=21

・ 玉置 了[2015] 消費者の共感性が論理的消費にもたらす影響(2015年)/ 玉置 了
https://kindai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=12277&item_no=1&page_id=13&block_id=21
・ 玉置 了[2009] 消費者のアイデンティティ形成意識が購買行動に及ぼす影響(2009年)/ 玉置 了
https://kindai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=11952&item_no=1&page_id=13&block_id=21

・ 玉置 了[2008]消費者のアイデンティティ形成意識と製品評価(来住元朗先生退任記念号) (2008年) / 玉置 了
https://ci.nii.ac.jp/els/contents110007028337.pdf?id=ART0008952987
・ 玉置 了[2004]消費によるアイデンティティの形成と現代的諸問題(1) (2004年) / 玉置 了
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/45663/1/10174504.pdf
・ Grubb Edward L and Grathwohl [1967])”Consumer Self-Concept,Symbolism,and Market Behavior A Theoretical Approach.” /Journal of Consumer Re-search,17 December.pp 22-27

・Tシャツの歴史「音楽とTシャツ」/トムス株式会社
https://tomsj.com/lab/history_06.html
・ミュージックTシャツの歴史「Vivienne WestwoodからWes Langまで、音楽史に残るTシャツを生み出したデザイナーやブランドを年代順に紹介する。」/ Holly Connelly
https://www.redbull.com/jp-ja/evolution-of-music-tshirts

・Real Sound 兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第9回
レキシの「INAHO」はなぜ600円なのか? 「ミュージシャンとグッズ」の奥深い世界
http://realsound.jp/2016/03/post-6678.html
・ TOKYO FM未来の鍵を握る学校 SCHOOL OF LOCK! 「ツアーグッズとミュージシャンの関係」サカナクション
http://www.tfm.co.jp/lock/sakana/smartphone/index.php?itemid=9326
・「ライブの定義」 ライブをライブたらしめているものは何か、"ライブ感"の正体は?/音楽活動を一生続けるためのヒント集 音楽専門カメラマン宮原那由太のブログ
https://ameblo.jp/miyabie0227/entry-11735074203.html
・ ライブにおける規定づくり/ACPCの活動内容と取り組み音楽産業の発展に向けて/一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)
http://acpc.or.jp/activity/concert/

・ 国立国会図書館 ライブラリー・グッズの可能性-ミュージアム、米・英の国立図書館の事例を通して / 渡辺由利子
http://current.ndl.go.jp/ca1742

・国立国会図書館 オープンキャンパスにおける図書館イベントの現状-受験生・学生協働・教職協働の観点から- / 澁田勝
http://current.ndl.go.jp/ca1817


・拝啓、物販が売れないと嘆くバンドの皆様へ。そもそも物販とは サエヅキ キョウスケ
https://matome.naver.jp/odai/2140920118597499401?&page=1

・ 明治大学広告研究会 知っておいて損はない!ライブのしきたりあれこれ
http://meiji-ad.jp/article/trend/liveshikitari/

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