伝統工芸からアートへー未来へ繋げるー「雲母唐長」の取り組み

田邊 由紀子

はじめに

王朝文化を彩る装飾紙、それは平安時代から現在まで受け継がれてきた。
唐紙の伝来は、和紙に彩りをもたらし、その文化は私たちの生活のいたるところに生きている。
私は、『アネモメトリー風の手帖ー西陣の町家とものづくり#9』(以下アネモメトリ)から、唐紙職人である嘉戸浩氏の記事で、唐紙の伝統、そしてその伝統を紡ぐ人々の活動に興味を持つようになった。
そこで、本稿では、400年の歴史をもつ「雲母唐長」を守り受け継ぐ、トトアキヒコ、千田愛子夫妻の活動を取り上げ、彼らの取り組みが唐紙の文化資産としての価値をどのように変化させたのかを評価するものである。

1、基本データと歴史的背景

1-1、基本データ
名称:株式会社雲母唐長
創業:1624年(寛永元年)
所在地:京都嵯峨(住所非公開)
唐紙師:トトアキヒコ氏・千田愛子氏
・2004年 千田愛子氏がココン烏丸にKIRA KARACHOショップオープン
・2009年 作品「inochi」(トトアキヒコ氏・千田愛子氏合作)が、MIHO MUSEUMに収蔵・ 展示される。(唐紙がアート作品として初めて美術館に収まる)
・2010年 2年がかりで養源院・重要文化財である俵谷宗達「松図」の唐紙修復を手がける。ま た祈りの唐 紙作品「星に願いを」を奉納。(唐紙がアート作品として寺社仏閣に納められ た歴代はじめての作品)
・2011年 護王神社に作品「イノチノヒカリ」(千田愛子合作)を奉納
・2013年 株式会社雲母唐長となる
・2014年 「唐紙の美トトアキヒコの世界 雲母の旋律―400年のひととき」を開催。
・2018年 「平成の百文様プロジェクト始動。  上記【註1】より

「雲母唐長」は、1624年に京都で創業した唐紙屋を受け継いだ、京唐紙の老舗である。
いくたびもの危機に直面し、板木(=版木)の焼失に見舞われることもあったが、その時々の代で唐紙の命ともいえる板木が復興される。先祖から受け継がれた板木は600枚以上で、その半数は江戸時代に彫られたものである。(図1)

1-2歴史的背景
唐紙(からかみ)とは、平安中期に中国から伝わった紋唐紙(文様のある紙)を和紙で模造したものである。紙の全面に胡粉を塗り(和紙を胡粉で染め)、その上に雲母の粉末を板木で型押しする(版木に彫ってある文様を紙に刷る)という作業によって唐紙が生まれる。(写真1、2)
図2は、板木に雲母や顔料をのせ、その上に和紙をおき、手のひらでやさしくていねいに文様をうつしている。
唐紙は当初、和歌を書く詠草料紙の一種であったが、後に大量生産されるようになると、文様を生かして襖や屏風などにも装飾されるようになった。【2】
江戸時代初期に刊行された嵯峨本は、その素材に唐紙が使われ、初代「唐長」もその制作に関わったとされる。【3】

2、評価

2-1プロジェクト
「平成-令和の百文様プロジェクト」は、唐長考案文様、コラボレーション文様、一般公募文様の3つのカテゴリーから百文様を選定するというもので、「今を生きる私たちの祈りや願いの物語が込められた100の文様を創出し、凡そ400年という長い時を経て育まれ伝承されてきた文様とともに、平成から令和の時代を経て100年後の未来に文化を伝えようとする試み」である。【4-①】
このプロジェクトは多くの協賛を得、文様の選定も終了、令和5年ころまでには100枚の新たな文様が誕生することになる。【5】
伝統は守りそのまま伝えるだけではなく、守りながらも新たな伝統を生み続けることが、未来へ繋ぐことではないかという点において、この新たな100枚の文様が、平成・令和という時代に生まれたことを評価する。

2-2、伝統工芸からアートへ
唐紙を主役にした作品は、伝統工芸がアートへ、新たな領域に踏み出したことを示している。(図3)その過程において、《しふく刷り》【6】と名づけられた新たな技法が生まれた。【4-②】
この技法などによって仕上げられた作品:「Universal Symphony」は、世界平和への祈りをテーマにした作品で、「トトブルー」で染め上げられた大作である。
技法と色彩にテーマ性をもたせ、唐紙を見事にアートへと昇華してみせた点が評価に値する。唐紙の概念を覆すような新たな取り組みは、伝統を単に守るだけではなく、形を柔軟に変化させながらも発展させて行こうとするトトアキヒコ氏の姿勢がうかがえる。

2-3、文様アイテム
ホテル、寺社仏閣、商業施設などの空間だけでなく、和紙以外の素材とのコラボレーションで生まれた文様アイテム、椅子やカーテン、タオルや装丁本、器などが、日常生活にも存在感を示している【4-③】(図4)
現代では身近に感じられにくい伝統工芸を、日用品に取り入れることで、より身近に感じられるようにした点を高く評価する。

3、他の装飾紙と比較して
女流作家が多く生まれた平安時代、王朝文化を彩る詠草料紙(和歌や手紙など、文字を書く紙)には、女性ならではの色彩感覚が反映された。【7】
その一つである継ぎ紙は、紙質や色彩の違う二種以上の紙を継ぎ合わせて、一枚の料紙に仕立て上げたものである。3つの技法(破り継、切り継、重ね継)の組み合わせによって自然を表現するなど、かな文字と調和する美しいものである。【8】
しかし、継ぎ紙はこれらの技法を継承する担い手がなく途絶えることになった。
近代になって、その技法のいくつかを画家の田中親美氏の努力によって解明され、現在に活かされ、そして「王朝継ぎ紙研究会(主宰 近藤陽子)」が、教室や展覧会を通して伝えている。【9】
これらから継ぎ紙と唐紙を比較すると、
一つ目、〔守る〕という点は、共通している。継ぎ紙は、技術を継承する担い手がいなかったが再現のうえで、教室や展覧会を通して守ろうとしている。唐紙は、「雲母唐長」に昔から変わらぬ技法が受け継がれている。
二つ目、〔発展〕という点では、継ぎ紙は、新たな発展を促すような取り組みがない。唐紙は、「雲母唐長」によって、伝統の再現だけでなく、より柔軟に形を変え、新たな領域に踏み出す取り組みがある。
三つ目、〔身近〕という点において、継ぎ紙は伝統の域を超えていない。唐紙は、「雲母唐長」によって、日用品などに取り入れられ、より身近な存在になった。
これら三つの点において、やはり「雲母唐長」の取り組みは特筆すべきである。

4、今後の展望
唐紙は、伝統的な襖や壁紙、寺社仏閣などの文化財修復に必要とされる。それは同時に観光客や歴史あるものを愛でる人たちなどの一部が目にし、記憶の端に追いやられ、主役には成りえなかったのではないか。
しかし、「雲母唐長(KIRA KARACHO」の「唐紙」は、脇役ではなく主役である。
一つ一つの文様には意味があり、その文様の意味を最大限に引き出し、さらに和紙ならではの「あじわい」を生み出している。それは、和紙・唐紙・表具などという伝統が合わさって成り立つもので、どれも欠くことのできない存在であり、ここにもしっかり伝統が引き継がれている。
主役となった「唐紙」を、私はまだ観る機会がない。しかし、構想中とされる美術館プロジェクトが実現され、アートとしての「唐紙」を観る日は近い。
これらの活動を通して、「雲母唐長(KIRA KARACHO)の「唐紙」は、無限の広がりを感じることができる知る人ぞ知る芸術である。

5、まとめ
この研究を通して、唐紙、そして「雲母唐長(KIRA KARACHO)」と出会い、「唐紙」の奥深さ、文様に込められた想い、さらに受け継ぎ伝えることの意義を知ることができた。『アネモメトリ』で学ばなければ、唐紙という名さえ知らなかっただろう。だからこそ、もっと身近にアートとしての唐紙を知ってもらいたいと心から思える。
「雲母唐長」の唐紙は、日本だけでなく世界で展開されている。「雲母唐長(KIRA KARACHO)」が生み出す歴史の一ページを見てみたいと思える研究であった。

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    (画像内キャプション「京都伝統産業ふれあい館」→「京都伝統産業ミュージアム」)
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    (画像内キャプション「京都伝統産業ふれあい館」→「京都伝統産業ミュージアム」)

参考文献

参考文献

【註】
【1】『唐長の唐紙|唐紙屋|唐長・雲母唐長(KIRA KARACHO)』「唐紙の歩み」より
   https://kirakaracho.jp/about/karakami/ (2020/09/25)
【2】『すぐわかる 和紙の見わけ方』(p20)
【3】『京都、唐紙屋長右衛門の手仕事』(p18~19)
【4】『人生を彩る文様』(①p144、②p86、③68~81、他)
【5】『平成・令和の百文様 プロジェクト概要』
https://kirakaracho.jp/hyakumonyo/about/ (2021/01/22閲覧)
【6】『日本の文様ものがたり』(p184)
  指を用いた染めの技法。東洋の「たらし込み」と西洋の「点描」を融合させて、トトアキ  ヒコ氏が編み出した技法。指の腹を用いて、色を滲ませ、重ねながら、和紙を染めてい   く。「指腹(しふく)」は、その音が「至福」に通じることから、唐紙で人々にしあわせ  を届けたいと願うトトアキヒコ氏の活動と重ね合わせて名づけられた。命名は、文化庁の  筒井忠仁氏

【7】『装飾和紙譜』(p122~127)
【8】『和紙の源流』(p147~151)
【9】『王朝継ぎ紙づくり』(p3、6~7)

【参考文献】
トトアキヒコ・千田愛子『人生を彩る文様』講談社(2020年)
トトアキヒコ『日本の文様ものがたり 京都「唐長」の唐紙で知る』講談社(2015年)
千田堅吉『京都、唐紙屋長右衛門の手仕事』生活人新書(2005年)
『アネモメトリー風の手帖ー京都 西陣の町家とものづくり #9 後編 ショップ兼工房としての町家 唐紙職人・嘉戸浩さんの場合』https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/60/(2020/01/04)
久米康生『和紙の源流』岩波書店(2004年)
    『すぐわかる 和紙の見わけ方』東京美術(2003年)
    『彩飾和紙譜』平凡社(1994年)
近藤陽子『王朝継ぎ紙づくり 和紙で楽しむ料紙制作・箔装飾』マール社(2018年)
ピエール=マルク・ドゥ・ビアシ著 丸尾敏雄監修『紙の歴史―文明の礎の二千年』創元社(2006年)
『唐長の唐紙|唐紙屋|唐長・雲母唐長(KIRA KARACHO)』「唐紙の歩み」より
   https://kirakaracho.jp/about/karakami/ (2020/09/25)
『平成・令和の百文様 プロジェクト概要』
   https://kirakaracho.jp/hyakumonyo/about/ (2021/01/22閲覧)
『平成-令和の百文様』https://kirakaracho.jp/hyakumonyo/ (2020/10/14)
『文様について|唐紙屋|唐長・雲母唐長(KIRA KARACHO)』
   https://kirakaracho.jp/about/monyo/ (2020/09/25)
『唐長・雲母唐長とは|唐紙屋|唐長・雲母唐長(KIRA KARACHO)』(2020/12/28)
『雲母唐長/唐紙師トトアキヒコが奏でる光と音「雲母唐長美術館」への軌跡』
   http://toto.kirakaracho.jp/ (2020/12/28)
『唐紙アート作品:トトアキヒコのブルーアート』
   https://kirakaracho.jp/toto_blue/384/(2021/01/12)
『紙の歴史』http://www.washiya.com/washinomokuji/0012.html (2020/12/28)
『唐紙―Wikipedia』 
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E7%B4%99 (2020/12/28)
『日本で唯一 四百年続いてきた力 KIRA KARACHO』パンフレット

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