永遠の杜、明治神宮 -百年後、千年後を見据えた森造り-
1. はじめに
地下鉄の明治神宮前駅、そして山手線の原宿駅のほど近く、大木と共に、大きくも静かな存在感を放つ鳥居が佇む。明治神宮の表玄関である南参道口にある第一鳥居だ。
明治神宮が代々木の地に鎮座されてから今年で百周年を迎えるが、休日ともなれば、老若男女、日本人以外にも海外からの観光客など、多くの参拝者が集う。
その人々の中で、鳥居の両脇から参道に沿って繁る樹木が、献木や移植されたものであり、この森が、人の手によって造られた人工の森であることを知る人はどのくらいいるだろうか。
実際に存在する森を目の当たりにしながらも、百年後、千年後といった遠い未来を見据えてこのような森が造れるものか俄かには信じがたいような気持ちになる。壮大な計画がどのように成し遂げられたのか探って行きたい。
2. 基本データ
【所在地】
・東京都渋谷区代々木神園町1-1
【規模】
・敷地面積 70万ヘクタール
・天然林 約8ヘクタール
・上木 主としてブナ科の落葉高木。コナラ、クヌギなど。
その他落葉広葉樹。ヤマザクラなど。
・下層植生 落葉樹、常緑樹が混在。シロダモ、モミ、カシ類など。
(詳細は図表「図表_上木と下層植生」参照)
・御苑 約8ヘクタール
・芝地 約3ヘクタール
・大鳥居 木造。原木はヒノキ(台湾産)。高さ12メートル、柱間9.1メートル、柱の径1.2メートル、笠木の長さ17メートル
3. 歴史的背景
神宮の森の造営は、明治45年(1912)の明治天皇崩御に遡る。この年の7月、新聞紙上にて天皇のご病気が伝えられ、引き続き病状は重くなっているとの報せに、ご平癒を祈る人々が、炎天下、宮城前(現在の皇居前)の玉砂利に伏したといわれる。
しかし、国民の祈りも叶わず、7月30日崩御となり日本中が悲嘆にくれることとなった。「墓所は東京に」との強い要望があったが、既に宮内省によって、京都・伏見の土地が決定していたため、実現はしなかったが、「神霊をお祀りし、ご聖徳を偲ぶ神宮の造営」を願う声が上がる。 政府はこれらに応え、神宮建設候補地として天皇と関係の深かったいくつかの遺跡地などの中から、御料地で皇室との縁故が深く、神域として相応しい環境と景観を備えていることから、大正2年7月、御一年祭終了後に明治神宮が代々木の地に建てられることとなったのである。
4.ぶれない信念
基本計画の大望として「永遠の杜」を造ることが掲げられ、その為に当時の最先端をいく技術者が多数集められたことは、造営計画を成功に導いた大きな要因と思われる。
「永遠の杜」を造るためには、天然更新の自然林を造りあげることが必要であり、それは神社林としての理想の姿であることから、広大な面積を持つ森において最も重要な要件だった。更に、もう一つの大きな要件はその自然林の状態を維持存続させることであった。その為、樹種の選定をはじめ、長い年月にわたる変遷を予測した計画が必要とされたのである。
大正4年4月には、明治神宮創建の実行機関として「明治神宮造営局」が組織された。境内の林苑、造園のスタッフとして参画したのは、ドイツで林学や林業技術を学び日本に導入した林学博士の川瀬善太郎や同じく林学博士の本田清六、造園家の本郷高徳、後の東京農業大学名誉教授となる上原敬二などである。
彼らは永遠の杜を現すため、現在でも通用する植生遷移の考え方を基に、緻密な植栽計画と、将来の樹林構成のモデルを作成した。
植栽計画の基準として五十年後、百年後、百五十年後の変化の過程を念頭に置き、三段階の予想林相図を作成、最終的にカシ、シイ、クスノキ類の常緑広葉樹が支配木となり、その間に、スギ、ヒノキ、サワラ、モミ、あるいはクロマツ、イチョウなどの大木を混成した状態となる長期的な展望だった。
当時の内閣総理大臣である大隈重信から「杉林にするべきだ」との反対意見も上がったが、日光地方と比較し代々木のスギの生育の悪さを説明することで漸く納得させ、常緑広葉樹を中心とした森にすることが決定した。
明治神宮の土地にスギは適さないこと、常緑広葉樹は藪でも雑木でもないこと、変化を見せる風致木も加えること、そして、常緑樹林でなければ明治神宮の森は永久に持続しえないこと。これらを科学的根拠に基づき説いて見せた結果、この植栽計画がいかに体系的に考え抜かれたものであるかをも証明出来たであろうことは、想像に難くない。林苑関係者の強い信念により計画の決定を手にしたこの時、神宮の森の未来も決定付けられたように思う。
4. 森林の美学
伊勢神宮で執り行われる式年遷宮の御用材として、神宮宮域林では二百年計画で檜を育てる。明治神宮と同様、長い年月の変遷の予測をする森林経営計画が立てられた森林である。
御用材として伐採することが目的で森林計画が立てられていることが、そもそも大きく異なる点であるが、更に、神宮宮域林が天然林であるのに対し、明治神宮は献木から造られた人工の森であり、森全体の景観をも考えた植栽計画が成された点が大いに異なる。
常緑広葉樹の構成木だけでは単調で殺風景な森になる心配から、植栽計画に矛盾しない範囲で形と色の変化をつける必要があるとし、風致木を配した。幽邃(註1)で森厳な景観を得るための配慮である。
ドイツの森林美学の第一人者であるザーリッシュ(註2)が森林計画を美的観点から考慮する必要性の一つに、「身近な森林の美を楽しむことによって、人々をゆったりさせる」(註3)ことを挙げ、国の森林官(註4)だけでなく、都市や農村の社会や私有林の所有者も、社会政策の上で考慮すべきことであると述べている。
造営計画のメンバーである川瀬は、近代化するドイツ林学を最初に日本に導入している。規則正しく秩序だったドイツの森林の姿を見て感動し、日本に持ち込んだのだ。更にその後、ドイツで議論されていた森林美学の概念を日本に導入、紹介したのが本多や本郷だ。
苑内の景観が絵画のように美しいと感じるのは、風致木を配し、明治神宮の森に美しい華やぎを加えたからであろう。参拝者にゆったりと、敬虔な気持ちを起こさせるための美しさと趣を散りばめたことは、森林美学を学んだ彼らならではの秀逸な演出だったと言える。
5. おわりに
夏季の都心部は、オフィスビルから排出される人口排熱、またコンクリートの建造物や道路のアスファルト舗装の影響による地表面の温度上昇により気温が上昇、もはや社会問題となっている。いわゆるヒートアイランド現象である。
森林や草地、田畑が主体の郊外田園地帯と比べると、日射に加え、高温のコンクリート面からの放射熱が加わるため熱容量・熱伝導率などが大きく異なり、その表面温度は50℃を越えると言われる。
暑い盛りでも林や森の中で涼しさを感じるのは何故か。一つは葉の生い茂った木々が日差しを遮るため、そしてもう一つは日差しを受けた植物が体内の水分を蒸散作用で水蒸気に代えて大気中に放出すると共に、気化熱を奪いその温度を下げるためである。
「クールアイランド」とは、空間内の気温を周囲の気温より低く抑えることが出来ている場所を指す。新宿御苑、自然教育園、そして明治神宮・代々木公園といった都内有数の公園緑地がそれにあたる。
都会に緑地・水面を増やし、風通し良く、涼しさを拡散させることでヒートアイランド緩和につながっていくことを期待されているが、クールアイランドのためにと、緑地をやみくもに増やしても、植物自体が高温により成長を阻害されては元も子もない。適切に維持する必要がある。
緑の大切さが、改めて認識されている今、明治神宮の森は、環境保全を図るという役割をも担うこととなった形だが、まだまだこの先も神聖で魅力ある森として在り続けて欲しい。
最高の技術力、構想力、そして創造力を持った人々が集結していたことはもちろんだが、何より強い信念が森をも造る真実に驚くと共に、深く感銘を受けた。
永遠の杜造りはこの先も続いていく。その中で我々に出来ることは何か考える。
常に考え続けることしか今はできないが、微力な力もたくさん集まれば大きな力となるに違いない。そう信じて。
参考文献
註1:幽邃
景色などが奥深く静かなこと。また、そのさま。
コトバンク 幽邃(読み)ユウスイ デジタル大辞泉の解説(2020年1月26日)
https://kotobank.jp/word/%E5%B9%BD%E9%82%83-650823
註2:H.フォン.ザーリッシュ
ザーリッシュは、自然合理な森林育成管理を主張し、木材生産と同等に森林美を重要視した自然的な森づくりの具体的な技術を体系化した。彼の主張は後に海を渡り,明治神宮林苑計画にも影響を与えたと言われている。
海青社(2020年1月30日)
http://www.kaiseisha-press.ne.jp/ISBN9784860992590.html
註3:ザーリッシュの森林美学
H・フォン・ザーリッシュ著、W・L・クック・Jr、ドリス・ヴェーラウ英訳『森林美学(H・フォン・ザーリッシュ)』、海青社、2018年6月
註4:森林官
全国各地にある広大な国有林を管理する最前線の林野庁職員。国有林の巡視や調査、間伐などの事業の監督、地元の自 治体や住民との連絡調整など多岐に渡る。
林野庁(2020年1月30日)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/kouhousitu/jouhoushi/pdf/rinya_no93_p14_15.pdf
参考文献:
上原敬二著、東京農業大学地域環境科学部編『人のつくった森:明治神宮の森〔永遠の杜〕造成の記録』、東京農大出版会、2015年2月
藤田大誠ほか編『明治神宮以前・以後:近代神社をめぐる環境形成の構造転換』、鹿島出版会、2015年2月
明治神宮社務所編『「明治神宮の森」の秘密』、小学館文庫、1999年8月
松井光瑶ほか著『大都会に造られた森:明治神宮の森に学ぶ』、第一プランニングセンター、1992年4月
伊藤弥寿彦著、佐藤岳彦写真『生命の森明治神宮』、講談社、2015年4月
濱尾章二、松浦啓一編『大都会に息づく照葉樹の森:自然教育園の生物多様性と環境』、東海大学出版会、2013年3月
KanKan写真『伊勢神宮式年遷宮のすべて:常若の祈り』、JTBパブリッシング、2014年1月
H・フォン・ザーリッシュ著、W・L・クック・Jr、ドリス・ヴェーラウ英訳『森林美学(H・フォン・ザーリッシュ)』、海青社、2018年6月
尾島俊雄著『ヒートアイランド』、東洋経済新報社、2002年8月
クールシティエコシティ普及促進勉強会編著、 尾島俊雄監修『緑水風を生かした建築・都市計画:THE COOL CITY脱ヒートアイランド戦略』、建築技術、2010年6月
http://www.meijijingu.or.jp/sitemap/index.html 明治神宮(公開サイト)(2020年1月19日参照)
明治神宮社務所編『「明治神宮の森」の秘密』、小学館文庫、1999年8月