王子狐の行列における文化的価値と今後について

奥抜 明美

王子狐の行列における文化的価値と今後について

1)基本データと歴史的背景
名称 王子狐の行列
開催場所 東京都北区王子二丁目三十番十四号 装束稲荷神社
東京都北区岸町一丁目十二番二十六号 王子稲荷神社
開催日 毎年12月31日〜翌1月1日
主催 王子狐の行列の会

王子狐の行列は、江戸時代に描かれた歌川広重(1797~1858)の代表作である、名所江戸百景《王子装束ゑの木大晦日の狐火》を現代に再現した、王子の歴史文化を今日に伝承する貴重な地域活動である。2023年12月大晦日から2024年1月1日の開催で、第31回目を迎えた。
その昔、毎年大晦日になると、この榎のもとに狐が集まり、装束を整えて関東総司の王子稲荷神社にお参りする。その行列時に、燃える狐火によって翌年の作物の豊凶を占ったという言い伝えから、この榎は、「装束榎」と呼ばれお社が建てられたのが装束稲荷神社という。

王子の狐火については、寛永十八年(1641)林羅山撰『若一王子縁起絵巻』が制作され、絵巻三巻のうち、下巻に王子稲荷と狐火の霊験について初めて記された。(資料1-1)『若一王子縁起絵巻』以降、江戸の地誌や名所案内記などを通して王子稲荷と狐火伝承が稲荷信仰の流行とあいまって広く周知されていく。『若一王子縁起絵巻』の制作から91年後に刊行された『江戸砂子』(1732)菊岡沾凉撰(資料1-1) では、衣裳榎、装束畑という表現が加わり、浮世絵にも、この言い伝えによる描写が現れた。(資料2-2)江戸時代での王子稲荷の人気ぶりがわかる。(資料1-2)(資料2-1)

現代の王子狐の行列、地域行事の成り立ちについてだが、この行事の立役者は、二つの会が大きな軸となる。昭和40年代から王子銀座商店街の若手が集う「さんもく会」と称する会が存在する。この活動の中から、王子狐の行列の隊列で音を奏でる王子狐囃子が生まれ、商店街の売り出しイベントの他、節分、初午、祭礼などの地域行事で盛んに活動していた。
もう一方、商店街メンバーが集まり、装束稲荷神社を管理する「奉賛会」という会が存在する。
この二つの会により、大晦日の晩に「かがり火年越し」として、装束稲荷神社に参拝に訪れる人たちに焚き火で暖をとり、奉納されたお酒を振る舞うようになっていた。平成4年12月31日に折り込み配布されたタウン紙 きたシティ第21号に「かがり火年越し」が掲載されると、例年以上に参詣者が増えた。その参詣者の中に、浮世絵摺師、中條甲子雄(1925-2006)が居合わせ、集まった人々に、浮世絵《王子装束ゑの木大晦日の狐火》の原点である稲荷神社であることを参詣者に説明した。伝承に従い、年越しの合図ととも参詣に集まった人々が行列となり一緒に初詣に行くことになる。王子狐の行列実行委員 高水豊さん[北区岸町一丁目在住、北区岸町一丁目町会総務部長、2023年11月3日調査]によると、当時、地元の人々は、王子稲荷神社へ初詣に行く風習はなかったと話す。現在、王子稲荷神社に並ぶ初詣の行列を見る限り、王子狐の行列の影響力が大きいことが証明されると語る。

2)文化的価値

1、歴史的背景から現代へ転換した時間デザインの効果

歴史的背景からもわかるように、江戸時代初期から王子の狐火について記されたものが存在した。江戸時代、明治時代にも狐火や狐に関する浮世絵が多数描かれている。(資料2-2)二百年余り、江戸中に広まっていた言い伝えを、現代版に再現し、榎の木の下に現代版狐達が集まり、装束を整え、カウントダウンをし初詣に向かう。行列スタート時刻、深夜0時の時間設定は臨場感を出す。行列は、狐囃子の太鼓と笛が鳴り響き、100名余りの隊列が移動する。その光景は、幻想的な空間が広がる。(資料3-1、2)言い伝えの時間軸をうまく地域イベントに転換したコンセプトを高く評価する。

2、王子流狐メイクおよび狐面着用による間接デザインの効果

王子流狐メイクや服装にもこだわりがある。参列者任せにすることなく、規則に沿うことで、より統一感がでる。観衆も、この間接デザインを施すことにより、行列で隊を成す狐達と、幻想的な情景に一体感を持たせる役割をしている。狐メイクや狐のお面で狐に扮装することで、参列者、観衆が一体となった参加型のイベントとを生み出す空間デザインが出来上がる。(資料3-3)

3、海外観光客からの支持

筆者である私も、第30、31回王子狐の行列では、王子狐の行列記念グッズ販売に従事した。第30回については、王子狐の行列は中止としたが、30周年記念グッズ販売は行った。
記念グッズ購入者は、アメリカ、オーストラリア、中国、韓国、台湾、ドイツと世界各地からの訪問者で溢れかえっていた。日本人の来客者は、数えるほどであった。沿道を埋め尽くす人々も、海外の人々ばかりであった。(資料3-3)
王子地域が、一夜にして日本にいると感じられないほどの世界各国の人々で賑わっていた。行列時間帯だけでなく、各々、狐のお面を携え、着物で着飾り、神社へ参拝に訪れ、狐の行列を楽しむ姿が印象的であった。王子狐の行列反省会(2024/1/21実施 筆者参加)では、通訳担当者のコメントから、第30回の行列は中止にも関わらず、海外から来訪者がおり、今回、第31回にも、再来訪したアメリカ人と再会したことを話す。これらのことより、世界的に支持され、リピーターを生み出すほど魅力的なイベントへと転換している。

3.国内外の他の同様の事例と比較して今後学ぶもの

王子流狐メイクは、つがわの狐の嫁入りで有名な新潟県阿南町から学び現在の形となった。阿南町では、狐メイクを狐の嫁入り館で体験でき、ふるさと納税の品目へも加えるなど、一年を通し、行列に関する企画を展開している。2023年王子狐の行列の会での活動は、行列の講座と狐のお面絵付け体験(2023/5/28実施)、王子狐の行列の由来や伝承を学ぶ座学(2023/12/9実施)の開催を行う。地域特性として、文化的価値評価の一つに挙げた、インバウンドの影響もあることから、区民向けの講座のみではなく、観光地の一端を年間を通し設けることで地域活性化が見込めると考える。

3)今後の展望、次世代への取り組み

「2020年からコロナウイルスのため3年連続で中止に。お囃子を担う子供たちの技術継承など、難しい問題が多々あった。」(註1)と王子狐の行列実行委員会会長大井さんが社説の記事に話している。
狐メイクについては、担い手の人数が揃わず、第31回王子狐の行列での狐メイクは中止となったことも、調査時大井さんより伺う。(2023/11/13調査)
当初携わっていたメンバーは高齢化し、継承のためそれぞれの部門で、後継者が育っていないことがわかった。
王子狐囃子も、コロナウイルス前は、王子小学校の児童から募集を行い、メンバーが集まり、次世代の継承が続いていたが、この三年間行列を中止していたため、子供達への伝承が途絶えていた。これまでもにも続けられていた小学校への出張授業を継続し、今後、持続的な活動が必要不可欠となる。
出張授業実績としては、平成5年(1993)5月から11月には、王子小学校[所在地:東京都北区王子2丁目7-1]へ王子狐囃子による出張授業を行い太鼓、篠笛の演奏、踊りの伝承を始め、2020年コロナウイルス前まで継続していた。
近年では、2022年11月に、王子小学校四年生児童の校外授業として、北区ボランティアガイドによる、王子狐の行列ルートを巡る学習が行われた。
翌2023年11月14日には、王子狐の行列実行委員と北区ボランティアガイドと共に、北区立王小学校四年生へ出張授業を行った。行列で使用される半纏、提灯、錫杖の説明、行列でどのように使用されるかなどの解説をし、ミニ行列を体験を実施した。(資料4)
王子小学校では、2023年11月の運動会にお囃子に合わせ、仁羽のおかめ、ひょっとこ踊りを披露するとのことであった。(2023/11/13調査)(資料4)
このように、小学生を対象とした伝承は、地域活動の一部として存在し、コロナウイルス後、復活の兆しがある。狐メイク、着付けについては、次回一年間で講習を企画し技術継承者を増やす予定であると高水さんは話す。(2024/1/21調査)

4)まとめ

第31回を迎えた王子狐の行列は、地域へ深く根付いている。。四年ぶりの開催にもかかわらず、行列見物客数は二万人以上であった。今後の行列伝承は、技術継承と、それを見届ける見物客から成立するであろう。両者の継続を維持することで伝承し続けると考察する。

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  • 81191_011_32283046_1_2_資料1−2_page-0001 資料1-2
  • 81191_011_32283046_1_3_資料2−1_page-0001 資料2-1
  • 81191_011_32283046_1_4_資料2−2_page-0001 資料2-2
  • 資料3-1(訂正1)_page-0001 資料3-1
  • 資料3-2(訂正1)_page-0001 資料3-2
  • 資料3-3(訂正1)_page-0001 資料3-3
  • 資料4
    (非公開)

参考文献

註1 日本経済新聞 2023/12/31発行 24p

高橋秀一他編『第20回記念「王子狐の行列の会」記念誌』、王子狐の行列の会、2014年
樽永他編『浮世絵と古地図でたどる江戸の名所』、洋泉社、2017年
北区飛鳥山博物館編『狐火幻影ー王子稲荷と芸能ー』、東京都北区教育委員会、2004年
北区飛鳥山博物館編『浮世絵の愉しみ』、東京都北区教育委員会、2017年
永井伸八郎著『令和版 江戸名所図会』、日貿出版社、2019年
北区飛鳥山博物館編『名所の情景 浮世絵系版画に描かれた王子・滝野川』、東京都北区教育委員会、1999年
北区飛鳥山博物館編『名所物語 浮世絵にみる北区の江戸時代』、東京都北区教育委員会、2013年
北区飛鳥山博物館編『徳川家光と若一王子縁起絵巻』、東京都北区教育委員会、2018年

北区ホームページ 小学生が観光ボランティアとともに「王子狐の行列」を巡る (2023/11/1閲覧)
https://www.city.kita.tokyo.jp/koho/kuse/koho/hodo/photo/202211/221121-2.html

北とぴあホームページ 北区の魅力再発見!シリーズ第8弾 30年の伝承行事 知ろう!楽しもう!「王子狐の行列」(2023/11/1 閲覧)
https://www.hokutopia.jp/workshop/6081.html

北区立文化センターホームページ (2023/11/15 閲覧)
https://www.kita-bunka.com/ko/ko01/ko-R5-fin.html

北区飛鳥山博物館ホームページ(2023/11/1閲覧)
https://www.city.kita.tokyo.jp/hakubutsukan/ukiyoe/images/ouji_oomisokanokitsunebi.jpg

王子流 狐のメイク | 王子 狐の行列 公式サイト(2024/1/25閲覧)
https://kitsune.tokyo-oji.jp/archives/141/

王子狐の行列パンフレット(2024/1/25閲覧)
http://kitsune.tokyo-oji.jp/wp-content/uploads/2016/12/kitsune_002j_02.jpg

江戸砂子 国立国会図書館デジタルコレクション (2024/1/6閲覧)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2563639/1/33
江戸名所図会 十五 長谷川雪旦画 東京都立図書館 (2024/1/6閲覧)
https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/upimage/big/1300399136.jpg

江戸名所道戯尽 十六 王子狐火 歌川広重画 (2024/1/6閲覧)
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1308276/1/1

東京名所三十六戯撰 王子 昇斎一景画 (2024/1/6閲覧)
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2541716/1/36

太田記念美術館 (2024/1/6閲覧)
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

阿賀町ホームページ つがわ狐の嫁入り行列 (2024/1/25閲覧)
https://www.town.aga.niigata.jp/agamachi_soshiki/machizukuri_kanko/kanko_event/451.html

阿賀町HP 令和六年度「第三十二回つがわ狐の行列」花嫁・花婿募集 (2024/1/25閲覧)
https://www.town.aga.niigata.jp/agamachi_soshiki/machizukuri_kanko/kanko_event/2469.html

つがわ狐の嫁入り行列|新潟のイベント|【公式】新潟県のおすすめ観光・旅行情報!にいがた観光ナビ  (2024/1/25閲覧)
https://niigata-kankou.or.jp/event/2460


つがわ狐の嫁入り行列実行委員会 - 新潟県ホームページ  (2024/1/25閲覧)
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/toshiseisaku/1202230863795.html

つがわ狐の嫁入り行列(2023) | 狐火伝説がモチーフの嫁入り行列 2023年の開催情報を紹介 | 新潟県東蒲原郡阿賀町 | いこーよとりっぷ (2024/1/25閲覧)
https://trip.iko-yo.net/events/1654

BSN新潟放送公式チャンネル 2023年10月8日開催 新潟県阿賀町で開催された『つがわ 狐の嫁入り行列』の模様を生配信。狐に扮した新婦と新郎が津川の街を練り歩く神秘的な行事  (2024/1/25閲覧)
https://youtu.be/tMGsDrA8Pjc

阿賀町ふるさと納税 (2024/1/25閲覧)
https://www.town.aga.niigata.jp/material/files/group/7/R04furusatonouzei.pdf

狐の嫁入り屋敷 (2024/1/25閲覧)
https://cocomo-mag.jp/spot/kitunenoyomeiriyasiki/

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