江戸から続く信仰 やくよけ祖師「堀之内のおそっさま」堀之内妙法寺

青木 恵

1【はじめに】
東京杉並・堀ノ内の妙法寺は、江戸時代より将軍たちから庶民まで厄除け祖師として信仰を集めてきた。葛飾北斎(日蓮宗信者)、安藤広重、高山彦九郎など参拝した著名文人らの影響も見られ、奇跡的に第二次世界大戦の戦禍を免れた妙法寺とその寺宝および寺町として捉えた妙法寺周辺の魅力を歴史的文化資産として評価し、同じく江戸時代より参拝者の多い杉並区内の大宮八幡宮を比較対象とする。

2【基本データ】
名称:日蓮宗本山 日圓山 妙法寺
所在地:東京都杉並区堀ノ内3-48-8(最寄駅:地下鉄丸ノ内線東高円寺駅から徒歩15分)
敷地:18700㎡
主要建造物:
江戸期
仁王門(山門)、祖師堂、本堂、日朝堂、御成の間(書院)、鐘楼、額堂、浄光様、手水舍
明治期
鉄門、二十三夜堂
本尊:十界曼荼羅
行事:
①縁日 妙法寺では毎月「3」のつく日(3日、13日、23日)に縁日が行われ毎月23日は二十三夜尊大祭でニ十三夜堂開帳と「堀之内寄席」を開催
②主要年中行事
1月 初詣 太歳三が日大祝祷会(本堂で屠蘇が振舞われ、干支の絵の猪口を持ち帰るのは参拝者たちの楽しみである)
2月 節分会 15日 釈尊御涅槃会 16日 尊祖御降誕会
3月 春の彼岸
4月 8日 灌仏会(花まつり)
5月 法華千部会
6月 25日 日朝上人御命日祈願
7月 盂蘭盆施餓鬼会
9月 秋の彼岸
10月 12日 宗祖御報恩お会式(日蓮上人命日) 13日 万灯練供養 など
他:学校法人堀之内学園として東京立正保育園・中・高・短大を創設

3【歴史的背景】
真言宗の尼寺に発端し、元和年間(1615-1624)に日逕上人が自身の母・日圓法尼の菩提に際し日蓮宗に改宗し当初目黒・碑文谷の法華寺末寺となる。一時天台宗に改宗されるも元禄12(1699)年に身延山久遠寺の直末となり現在は日蓮宗の由緒寺院である。日蓮上人が数え42歳の弘長元(1261)年に伊豆以東への流罪で身命に関わる大難の際、弟子日朝上人が由比ガ浜で感得した霊木に師の姿を彫り給仕し続け、3年後戻った日蓮上人がその事実に喜び自ら開眼した尊像が妙法寺祖師堂に奉安されており、それが「やくよけ祖師=おそっさま(お祖師さま)」と言われる所以である。日蓮上人の言葉「わが心神いまよりこの木像にうつれり、長く来際に至るまで救護、衆生の利益無窮ならん。われすでに四十二歳にして救ひを得しかば、この木像に厄除の号を称ふべし」が『江戸名所図会』「妙法寺」本文に記載されている。
寺宝として以下を所蔵する。
国指定重要文化財:
鉄門
昭和48年指定、明治11年に英国の建築家ジョサイア・コンドルが設計した和洋折衷式門
東京都指定有形文化財三点:
①祖師堂
昭和35年指定、裄行17.57m梁間26.97m、入母屋造、軒唐破風附、背面千鳥破風附、日蓮上人42歳の厄年にちなみ42本の欅の丸柱にて建立
②御成の間
昭和40年指定・狩野探幽の天井・床の間・襖絵あり、徳川歴代将軍の野遊びの際に御成り
③仁王門
昭和40年指定、天明7=1787年再建、万治2=1659年徳川4代将軍家綱から赤坂日枝神社に寄進の金剛力士像が明治元年に遷座安置
杉並区指定有形民俗文化財
:明恵上人書状
本阿弥光悦筆和歌巻・同断簡
板絵尺職老翁奇端の図 ほか多数

4【特筆すべき点】
①「ほりのうちのおそっさま(志やれの内のお祖師様)」は江戸時代からの言葉遊び「地口」に登場する。
例:「恐れ入谷の鬼子母神 びっくり下谷の広徳寺 どうで有馬の水天宮 志やれの内のお祖師様 うそを築地の御門跡」
江戸時代は盛大な寺院として浅草・浅草寺と並び人気で「ほりのうち」と言えばすなわち妙法寺を指し、現在でも日蓮宗の寺院では「ほりのうち」で通じる。(日本橋小伝馬町 身延別院の住職談・2019年10月7日)
堀ノ内の妙法寺周辺には、福相寺、宗延寺、修行寺など日蓮宗の寺院が数多く並び寺町を形成している。
「東京のへそ」と言われる東京杉並の大宮八幡宮は妙法寺から2キロ弱の近距離にあり、文字通り東京の中心に位置する15000坪の境内は明治神宮、靖国神社に次ぎ都内で三番目に広く、境内に若宮八幡神社・白幡宮・御嶽榛名神社・大宮天満宮・大宮稲荷神社・三宝荒神社がある。

②落語『堀の内』の題材:『堀の内』は、神田の長屋の住人が、自身の粗忽を治したいと堀の内詣でをする噺である。『堀の内』の枕に「祖師は日蓮に奪われ、大師は弘法に奪われなんていいまして、ひとつの宗旨を広めた方はみな祖師なんですが、御祖師様というと日蓮様に決まっているように人は言います」とあるように、江戸の町人の日蓮宗の信仰は多かったようだ。道に迷った主人公の男が四谷(江戸御府内)で道を尋ねた際の答えに「まっすぐ行くと新宿がある、そこをまたまっすぐ行くと鍋屋横丁で、そこを曲がると太鼓を叩いている人たちがいるから、その人たちにくっついていけばおそっさまに着く」とあり、妙法寺の参道は中野区の鍋屋横丁からさらに妙法寺を超えて大宮八幡宮まで続いていたという。
大宮八幡宮も『江戸名所図会』に掲載され、妙法寺の約600年も前に源頼義が勧進しており、永禄4(1561)年に上杉軍が武蔵に攻め入った際、鎌倉街道の要に所在するため焼討ちの巻き添えにされたとのことで歴史は非常に古い。

③浮世絵の題材:浮世絵にも数多く描かれ、当時の流行りを垣間見る。江戸の片田舎杉並村の堀ノ内が浮世絵に登場するのはジャポニズムに多大の影響を与えた北斎・広重が風景画を描いた文化・文政期(1804~30)以降だが、 二代広重・三代豊国『江戸自慢三十六興 堀之内淀はし水飴』(元治元年)から今は存在しない水飴屋が有名だったのだと当時の風俗を知る。ほかに安藤広重『江戸名所 堀の内妙法寺祖師詣』(弘化4~嘉永5年頃)、『東都名所 堀之内妙法寺境内』(安政3年)、三代豊国『江戸名所 百人美女 堀の内祖師堂』(安政4年)などが残る。多くの絵の登場人物の手が参拝の際に藁のような束を持っているが今では見かけることがなく、浮世絵に描かれている建物が今と同様と発見するのも興味深い。
大宮八幡宮も数は少ないが「花見東京大宮八幡」や広重の「東京大宮八幡おのこへし」などの浮世絵に登場する。

④お会式:毎年10月の日蓮上人の命日は日蓮宗の一大イベントで、13日の万灯供養にて桜造花で飾りたてた背の高い万灯を掲げ妙法寺の周囲や門前通りをお題目「南無妙法蓮華経」を唱え太鼓ではやしながら練り歩くさまは華々しく、19時開始もまるで昼間のように明るく賑やかで時間を忘れてしまうほどで、一見の価値がある。
大宮八幡宮の春のわかば祭と秋の大宮八幡祭では、清々しい境内で熱気に満ちた神輿担ぎが見られる。

⑤千日紅市プロジェクト:毎年10月初めに地元美術専門学校、地元民、商店会と「おもてなしの心+デザインの感性」として関東夏三大植木市「妙法寺の千日紅市」を開催し、「堀ノ内」に新たな価値を生む取り組みをしている。

5【まとめと展望】
縁日・寄席やお会式などで地元で圧倒的に信仰を集めるが、寺が積極的に信徒を集めているのでなく、人々の日常生活に行事が溶け込みごく自然に寺の魅力に引き付けられている部分が大きい。大宮八幡宮も初宮参り、七五三、成人式など人生の節目の行事を行う身近な存在で、境内に大宮幼稚園を創設して地元民と密接につながっている。
妙法寺では御朱印としては力強く威厳のあるお題目(南無妙法蓮華経)や毎月23日限定の二十三夜堂御朱印などがある。最近は千日紅市や「寺子屋」(小学生と勉強をして昼食を楽しむ)を定期的に開催するなど、古寺で大寺ならではの品格と伝統を備えつつ新たな切り口で様々な世代にアプローチするも仰々しさは皆無で好ましく誇りさえ感じる。歴史と伝統があり、宣伝しないといった面では大宮八幡宮にも共通している。
今回比較して、甲乙つけがたいのは、妙法寺は寺院として、大宮八幡宮は神社として、地元で古くから両者共生の調和がなされているからこそである。質実剛健な妙法寺は、大宮八幡宮の浄化された空気が流れる神域と並んで、都心に近く広々と緑豊かで気軽に立ち寄れ、地に足の着いた、人間としての原点に立ち戻れる貴重な空間である。
「ほりのうち」の魅力を時代に即して微調整しつつ少しずつ引き出し、宝と歴史と信心とを守っていくことは、地元住民のみならずとも人としての責任であると実感せざるをえない。

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  • 2_%e5%a6%99%e6%b3%95%e5%af%ba%e9%89%84%e9%96%80%e3%81%ae%e7%94%b1%e6%9d%a5%e8%aa%ac%e6%98%8e%e6%9b%b8 妙法寺鉄門の由来説明書(2019年12月15日、著者撮影)
  • 3_%e5%a6%99%e6%b3%95%e5%af%ba%e7%a5%96%e5%b8%ab%e5%a0%82 妙法寺祖師堂(2019年12月15日、著者撮影)
  • 4_%e5%a6%99%e6%b3%95%e5%af%ba%e4%bb%81%e7%8e%8b%e9%96%80 妙法寺仁王門(2019年12月15日、著者撮影)
  • 7_%e3%80%8c%e6%9d%b1%e4%ba%ac%e3%81%ae%e3%81%b8%e3%81%9d%e3%80%8d 「東京のへそ」大宮八幡宮(東京都杉並区大宮)、手前に一の鳥居・奥にニの鳥居(2019年12月11日、著者撮影)
  • 8_%e5%a4%a7%e5%ae%ae%e5%85%ab%e5%b9%a1%e5%ae%ae%ef%bd%a5%e5%a4%95%e5%88%bb%e3%81%ae%e7%a4%be%e6%ae%bf 大宮八幡宮・夕刻の社殿(2019年12月18日、著者撮影)
  • 添付資料「「寺子屋」 in 妙法寺のチラシ」「『江戸名勝図会 堀之内妙法寺』二代歌川広重、安政6(1859)年」非掲載

参考文献

杉並区教育委員会編集・発行『妙法寺文化財総合調査』、1996年

杉並区立郷土博物館編集・発行『平成12年度特別展・霊宝開帳と妙法寺の文化財展 展示図録』、2000年

堀之内やくよけ祖師日圓山妙法寺パンフレット『江戸時代から信仰を集める堀之内やくよけ祖師日圓山妙法寺』、1989年頃配布分(筆者実家にて故両親が保管のため詳細年不明)

やくよけ祖師本山堀之内妙法寺リーフレット、2019年12月配布分

妙法寺教誌『ほりのうち』第51号、令和元年9月発行、2019年

重信秀年著『「江戸名所図会」でたずねる多摩』、けやき出版、2013年

鎌田紀彦著『大宮八幡の社から』、クニメディア、2015年

萩原弘道著『東京・和田大宮の研究』、大宮八幡宮、2005年

杉並区立西荻図書館 図書館だより 平成25年3月号、2013年

日蓮宗 本山 やくよけ祖師 堀之内 妙法寺 公式ホームページ
(http://www.yakuyoke.or.jp/ 2019年12月14日閲覧)

東京紅團 江戸三大鬼子母神を歩く
(http://www.tokyo-kurenaidan.com/kishibojin1.htm 2019年12月17日閲覧)

杉並区 公式ホームページ 歴史資料
(https://www.city.suginami.tokyo.jp/histmus/shiryo/1009085.html 2019年12月18日閲覧)

杉並大宮八幡宮 公式ホームページ
(https://www.ohmiya-hachimangu.or.jp/ 2019年12月18日閲覧)

歌川広重『三十六花撰』『東京大宮八幡 おのこへし』『廿九』
(https://ja.ukiyo-e.org/image/metro/035-C001-030 2019年12月18日閲覧)

千日紅市プロジェクト
(https://www.sen-nichi.com/news3.html 2020年1月22日閲覧)

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