次代に繋ぎたい「名古屋のモザイク壁画がつくる景観」  ~日常空間に溶け込み、彩る 矢橋六郎作品~

本地 亜星

■概況

私の生まれ育った街、名古屋は「モザイク壁画の街」と言っても過言ではない
地下街の通路、ビルの外壁やロビーなどに大理石やタイルを使った「モザイク画」が数多く
見られる。作品群は建物と一体になっている場合が多く、すでに都市空間の景観の一部を構成するといってもよいであろう。

今回は名古屋市営地下鉄の矢場町駅(名古屋・中区)松坂屋連絡通路、南から北への通路にあるモザイク画「生活」(1967年作品)を含めた景観を取り上げる。
地下通路とモザイク画が一体となっており、統一感をみせる空間へと仕上がっている。
この地下連絡通路は栄、矢場町エリアのオフィスビルへの通勤の他、松坂屋や名古屋パルコ等、商業施設の利用客が大変に多く、名古屋市営地下鉄・名城線の駅の中では栄・金山に次いで利用客が多い。(註1)
この事からも、作品と一体となった通路はパブリックアートの要素を併せ持つ特異な景観である。
このモザイク壁画「生活」の作者は岐阜・大垣市出身の画家 矢橋 六郎氏(1905-1988)である、実家が大理石などを扱うの商社で、世界中から石を輸入することが出来たのである。(註2)
「生活」のモチーフは人、動物、風景などで通路の両壁面を22点の連作モザイク壁画が彩り
無機質な地下の通路を華やかに演出している。
入り口からすぐには鳩が憩う噴水に火山の噴火口、ヨット、女性達、とんぼ、人の様なモチーフ、果物、自然、抽象的なモチーフなど、多岐に渡るデザインで人が生活の中で出会うであろう光景が大変にシンプルでありながらも、石の模様や輝きなど素材の質感を利用し、単色ではない深く、幅広い色調で細部にわたってモチーフが表現されている。

■製作背景
矢橋氏のモザイク壁画の多くが製作されたのは高度経済成長期の1960年代であり、
当時は「ビルなどの建築資金の一部を芸術に」(註3)という社会の流れがあり、陶壁やモザイク画などが各地の建物や公共施設に設置された。

■現場観察~評価すべき点~

通路は名古屋市営地下鉄名城線の北改札口を出て、すぐ右側にあり地下を南北にほぼ直線にむすび、途中に2箇所の階段と車椅子に対応したスロープと隣接する地下駐車場、エンゼルパーク駐車場があり、平らではない。
通路としての機能を考えれば決して便利ではないが、この段差による天井の高さの確保は「空間の広がり」にとって大変有効に作用し、かつ視覚的にも圧迫感がほとんど感じられないのである。これは通路の入り口に入った直後に、通路の奥側(北方向)を見ると感じるものであり、実際には階段を上がれば天井の高さは低くなるが、床のタイルと壁面の色もクリーム色に近く統一感を持たせており、空間の広がり、繋がりを持たせる効果を出している。また、通路を歩く際に松坂屋名古屋店のショウウインドーがあり、季節の催しや販売促進用の展示がなされている。ウインドー内は大変に色鮮やかで目立つ、当然であるが、このウインドーのディスプレイや装飾よりも目立つことなくモザイク壁画は存在し、空間を彩っているのである。ウインドーに目を向けながらも、いったんはウインドーの情報が無くなり、矢橋氏のモザイク壁画が流れるように視界に入ってくる、そして、またウインドーの商品などが視野に入ってくるのである。一連の流れを途切れさせない、「絵巻物を見ているかの様な感覚」を覚えるのである。百貨店に繋がる通路の特性上、利用者の多くは松坂屋へ向かう、「より利用者がウインドーの情報に意識を向け続ける仕掛け」が見て取れるのである。それも見通しがよく開放的であり、買い物をするであろう利用者の気持ちをより、高める効果があるのではないだろうか。
また10年ほど前までは、通路の天井に蛍光灯がむき出しで設置されており、大変に暗い空間であった、私の観察では歩行者の足元が見る事が出来れば問題はない程度にとらえられていた様に感じるが、近年の改修で天井を一段低くし、連続した梁が設置され内側に間接照明を仕込み、光が天井の全体に行き渡るようになり、壁面も大変に明るく照らしている。
これは空間の明るさはもとより、モザイク壁画にもより一層、輝きを与えていることに貢献している。空間のコントラストがはっきりし、より通路全体を認識することが出来るのである。

■特筆すべき点「現存する作品」

これまでに矢橋氏の作品に関して、展示会などは多く開催されているが、
モザイク壁画を含めた景観や周辺環境の変化に関しては、建物などの構造物と一体になっているために研究の対象となる機会を持たれなかったと言ったほうが言い得ていると考える。
モザイク壁画などが設置された多くの建物や施設が建設から50年以上が経ち、老朽化に伴うビルの建て替えによる取り壊しや市街地の再開発によりモザイク壁画が消滅する可能性が高くなっている。
「生活」がある地下通路も、2012年の7月にバリアフリー化による流れをうけた改修工事で、車椅子等の利用者に向けたスロープを設置する際に壁画の一部がタイルで覆われてしまい、景観の一つである作品が消失したのである。
2011年に出版された「なごやのたからもの」(著者・甲斐みのり)には現在は見られない、太陽をモチーフにしたと思われる図と、窓をのぞく人がデザインされたであろう、2点の作品の写真があり、天井、手すりなどの位置関係からタイルが張られている箇所と確認ができる。(註4)

またバリアフリー化により、通路の統一された配色が突如として白いタイルで分断され、空間の繋がりが欠落し、通路を歩くと違和感がある。
名古屋市交通局の広報公聴課に話を聞いたところ、この地下通路を管轄する名古屋市交通局にもスロープを設置する際にモザイク壁画自体を外し、タイルを張ったのか、またはモザイク壁画自体をタイルで覆ってしまったのかを確認ができる詳細な記録が残されていないのである。
この点からも地下通路としての利便性を第一に考え追及した結果、作品により演出される空間の繋がりが途切れ、特に白のタイルを張り、色の統一感を失ってしまった点については地下通路の景観に対して配慮がなされていない。しかし、一部の作品以外はその場所に、製作当時の状態で残されたのである。

■モザイク作品群の今後と展望

モザイク壁画「生活」を含めた地下通路の景観は通路の利便性を追求し、作品の一部が姿を消し景観は変化をした。
その一方で「過去の景観」を継承しようとする動きも出てきている。
名古屋駅(名古屋・中村区)の大名古屋ビルヂングのロビーの壁画「海」(1962年 矢橋六郎作品)は、大名古屋ビルヂングの取り壊しの際に保存が決まり、一部が新しく建て替えられた大名古屋ビルヂング(2015年開館)の車寄せに移設されたのである。作品は正面のエントランスの車付けに設置され、ビルへの来館者が最初に目にする場所である。建物の景色の一部として、訪れる人が旧大名古屋ビルヂングを思い出し、イメージを継承する要素となり得るのである。
また中日ビル(名古屋・中区 2019年3月閉館)の天井のモザイク画「夜空の饗宴」(1965年矢橋六郎作品)も中日ビルを代表するロビーの景観となっており、壁画の一部、または全てを建物の内部に設置することを検討している。
このように市民らに愛されてきた作品が作り出す「景観のエッセンス」を何とかして次代に残そうという模索が今、始まっているのである。
建物と運命を共にする景観は時と共に変化はするが、作品を含め、「その場に残すべき価値」があるのではないだろうか。
街角を歩く何気ない一瞬に目にはいる景観こそが、そこに集う人たちの日常に色を添えるのであるから。矢橋氏の言葉がある、「幾千万年の自然の力を経て出来た色、絶対に退色しない石の深みのある色・・・」色が景観に与える変わらぬ美しさを私たちに示唆しているようである。(註2)作品と景観が形を変えながらも、作品が本来あるべき場所にあり続けること、そして作品を守ろうとする動きを評価する。

  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 地下通路の入り口  筆者撮影(2019年8月15日)
  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 火山をモチーフにしたモザイク画がはじめに出迎える  筆者撮影(2019年8月15日)
  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 噴水と鳩の優雅な動きが気分を高揚させる。 筆者撮影(2019年8月15日)
  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 2012年にバリアフリー化のスロープ工事によりモザイク画の一部が失われた。異なった色のパネルで覆われている。 筆者撮影(2019年8月29日)
  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 天井の改修により間接照明が作品と通路を明るく照らし輝きを与えた。 筆者撮影(2019年8月29日)
  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 笛を吹く人物、よく見ると目の部分の色分けがされており、表情が豊かである。 筆者撮影(2019年12月15日)
  • 7_%e9%96%89%e9%a4%a8%e5%89%8d%e3%81%ae%e4%b8%ad%e6%97%a5%e3%83%93%e3%83%ab%e3%83%bb%e5%a4%a9%e4%ba%95%e3%83%a2%e3%82%b6%e3%82%a4%e3%82%af%e7%94%bb%e3%80%8c%e5%a4%9c%e7%a9%ba%e3%81%ae%e9%a5%97%e5%ae%b4 閉館前の中日ビル・天井モザイク画「夜空の饗宴」、太陽の輝きと星の瞬きを表現。ガラス、タイルなども使用され光線の具合では輝いている様子が見られる。 筆者撮影(2019年3月31日)
  • 8_%e4%b8%ad%e6%97%a5%e3%83%93%e3%83%ab%e9%96%89%e9%a4%a8%e5%be%8c%e3%80%81%e5%90%84%e3%83%96%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af%e3%81%94%e3%81%a8%e3%81%ab%e8%a7%a3%e4%bd%93%e3%81%95%e3%82%8c%e3%82%8b%e5%a4%a9 中日ビル閉館後、各ブロックごとに解体される天井モザイク画「夜空の饗宴」 
    画像提供:中部日本ビルディング株式会社

参考文献

(註1)名古屋市統計年鑑 (統計なごやweb版)
(註2)(財)大垣市文化事業団編『生誕100周年 矢橋六郎展 悠久なる色彩』、
 大垣市、大垣市教育委員会、2005年
(註3) 朝日新聞 『モザイク壁画 ご賞味を』2016年05月03日
(註4)甲斐みのり編『なごやのたからもの』、リベラル社、2011年

 取材先 名古屋市交通局 広報公聴課
     中部日本ビルディング株式会社 広報

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