冬の手仕事『槇島ほうき』

土屋 理奈

1..基本データ
・槇島地区は山形県庄内町にあり、人口減少で2005年に余目町と立川町が合併し、庄内町となった旧余目町である。
・人口約 21,000人
・世帯数 7,100世帯

山形県庄内町槇島地区で作られている「槇島ほうき」は、その名の通り200年前から庄内町槇島地区に伝えられている手作りほうきである。米どころ庄内平野に位置する槇島地区は古くから農業を営んでいるお宅が多く、11月から3月まで積雪のある冬期間の仕事がなくなること、また現金収入が途絶えることを防ぐため、男衆がほうきを作り、女衆が売りに歩いた。職人さんが材料を仕入れ作るのではなく、種植えから刈り取りまですべての工程を地区の家々で受け継いできた。そのように丹精込めて作られたほうきは軽やかでシナリが良く、硬さもあるため丈夫で数十年使い続けることができる地区自慢のほうきとなった。座敷ほうきから蔵ほうきまで様々な場所を古くから掃き清めてきた。材料となる「ホウキキビ」は、背丈2m~3mにもなり、穂先から下のフシの位置間隔が長いのが特徴で、硬くしなりがよい。種の色も小豆色に近く、穂先も赤みがかっていて見ためからも「槇島ほうき」であることが分かる。

2.「槇島ほうき手作りの会」会長さんの取り組み
1960年代に掃除機が普及すると、「ほうき」の役割が減ってきた。また農業従事者も減少の一途をたどり、会社で働く若い人たちが増えた。言い換えれば冬期間も収入は途絶えない安定した生活へと変わった。槇島ほうきもその時代に乗った形で、15年前には1件の農家が作るのみとなってしまった。会長さんは幼少期に「槇島ほうき」を売ったお金で鉛筆やノートなどを買い、勉強をさせてもらった。その分自分を助けてくれたほうきへの思い入れが強く、他にない良質なホウキキビができる環境、200年続く伝統の技を無くしたくないと強く思ったという。2011年に「槇島ほうき手作りの会」を立ち上げ、継承するためにどのようにしていけばいいか試行錯誤した。その中で趣味では長くは続かない、会を運営するにも運営費がかならず必要で、ある程度の収入がなければいけないとの考えに至った。そして守っていくためには、子どもたち実際に制作体験をしてもらい、「槇島ほうき」に興味をもってもらわなければいけないと考えた。また、商品としてもしっかりしたものを作らなければいけないと技術の継承にも力をいれた。庄内町の物産を販売している「庄内町新産業創造館クラッセ」で販売し、一般の方への体験教室、幼稚園~大学へ出向き『槇島ほうき』についての講演活動をしている。会員は10名ほどしかいない。しかし「槇島ほうき応援隊」という2011年からの取り組みに賛同された地区外の方も定植や様々なPR等でもお手伝いされている。

3.ほうきの歴史的背景
ほうきは歴史的にも古く、正月を迎える準備でもある年中行事「煤払い」に由来している。かつては12月13日に長い笹竹を用いて寺院を掃き清めたことから始まり、やがて都市部、農村部に定着した。古くは「ハハキ」と呼ばれ神棚と仏壇を掃除し、家族で手分けして玄関から床の間、台所、便所と1年の厄をも祓うといった意味を含んでいた。家々には「ほうき」「はたき」「熊手」などが常備され、埃や塵をはたき、掃き清めた。掃除を通し日本人は身辺を清浄する習わしを、家庭において身につけてきた。またほうきには神の力が宿る神聖な物と考えられた。かまどの周りで使う子箒が荒神箒といって特別なものとされ、能の高砂で尉と姥が手にする熊手とほうきも神の依代の役割を持つとされてきた。山の神の祭りにほうきを立てる、ほうきをまたぐと罰が当たる、逆さに立てると長居の客が帰るといった俗信や安産祈願としてほうきで妊婦さんのお腹をなでる、出産のときに産室にほうきを立てておくといった風習も地域によってはみられた。このようにほうきは道具としてだけでなく、日本の生活文化に影響し、精神的にも生活と密着してきた。
ほうきには、室内用の座敷箒、土間で使う土間帚、庭や家周りで使う庭箒など種類があり、ホウキグサや笹や竹の他、稲藁、アカモロコシ、カヤ、ソテツ葉、柴木など植物の自生する地域別にも素材は違っていた。江戸時代には座敷箒を作る専門の職人も数多く出現し、特産地も出来た。職人が作るものは棕櫚箒など上等品とされるのもで、ホウキグサやササ、アカモロコシ、竹などで作られるほうきの多くは、草箒と呼ばれ、自作や農家の副業が多かった。

4.特筆される点
通常「ほうき」職人さんが、原材料を仕入れ工房で作って店頭で売る、または小売店へ卸すことが多い。しかし「槇島ほうき」は地区の冬の手仕事から始まっている。独自の特徴を持つ種が残っていることも強みである。また種植えから刈り取り、制作まで一貫して行われる。槇島地区は最上川沿岸で水はけのよい土地だったため、ホウキキビの栽培に適していたこともほうき作りに好条件であった。職人が作った逸品ではないが、猟師が舟のイカリを繋ぐための頑丈な結び方である舟結びを使い頑丈に作られ、見た目も重視し結び目が見えないように工夫されている。穂先から柄まで一本つながっており、柄まですべて一本のホウキキビで作られているという最大の特徴がある。

5. 今後の展望
電気掃除機が普及したことに加え、畳がある家が減ったこともほうきを使わなくなった理由の1つである。現代には自動で動きゴミをすってくれるロボット掃除機まであり、ほうきは肩身の狭い思いである。手作りの会ではまず最初に昔ながらの技術を継承しつつ、若い人がほうきの存在を認知してくれるよう、新しいアイディアをうまく取り入れ、現代風にアレンジしていくことを試みた。その過程では一部の地区の人から新しい試みへの反対はあったという。昔からの作り方では束ねる木綿糸は、昔は黒一色であった。それを現代風にアレンジが必要なのではないかと、オレンジや赤、緑、紫などの糸を使って作っている。その糸も化学染料を使わずに手染めで仕上げこだわって作られている。手間暇かけて完成した座敷ほうき(大)は1本15,000円と高額である。実際買われる人もその値段からか、購入までには店頭に2回~3回ほうきを見に来られるそうだ。しかし種からこだわり定植、刈取、乾燥など手仕事でこだわって作られていることを踏まえると妥当とも感じる。しかも丈夫で数十年も使用できる。現代は使い捨て文化で、物は大量に購入され、短期間で使い捨てされる。プラスチックなどは土に還ることもなくどんどん蓄積されていく。一方、槇島ほうきは長持ちする分、どんどん売れるものではない。よって、気に入ったもの、地球にとって安全なもの、物に作った人の心が宿ったものを大切に使っていくという「丁寧な暮らし」の提案を含め、求めている市場にRRしていく必要があると考える。地元で地元のものを売ることも、その環境や地域性、人柄などを含めた空気感や思いも一緒に購入できるという利点もあるとは思うが、収入増が後世へ残していくポイントだと考えたとき、人口の多い都市部であれば、その良さを分かってくれる人も比例して多くなる。SNSも活用し発信拡散することで、今度は庄内町に訪れる人が増える観光客増加効果も期待できる。結果、都市部と地域をつなぐ活性剤になることは十分考えられる。はじめは農村で現金収入を得るための「ほうき作り」が「ほうき伝承」のための現金確保となっている現状。ライフスタイルが変わり同じように道具を使うことは難しい。価格を少しでも下げるにはどうしたらよいか、もっとほうきの別の使い途はないかなど、現代と伝統のバランスのとれたカタチへ変えていくこともさらに継承には必要であると考える。

6.最後に
1925年柳宗悦によって「民芸」について注目され見直されたことから、手仕事のよさが認知された。また民俗学者柳田國男は自給民具を研究対象としてきた民具研究対象に「職人」「半職人」の作った民具も研究対象としなければならないと考えていた。民俗探訪のパイオニア宮本常一は、「民俗学の中で民具が正しく扱われたかといえばかならずしもそうではない。生産や生活の文化や技術を見てゆこうとするとき、民具を通して見ることが1つの重要な手段であり方法であると思う。」と述べている。
「槇島ほうき」のように小さいコミュニティで生活と密着しているため、地域外にはあまり伝わらない「無名の美」は全国にまだたくさんあると考える。
「暮らし」と「道具」は切っても切れない関係であることは現代においても変わらない。暮らしが変わり使われなくなった道具たちが生まれることは理解できる。道具として日常の任務を終え、資料館へ姿を移すことはしょうがないことと納得すべきなのか、それとも用途や形を変えても残していく努力をするのか。どちらが道具として幸せなのだろう。そして制作体験を通し「豊かさ」とは便利さだけではないことを考えさせられた。

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  • 2_%e3%80%8c%e6%a7%87%e5%b3%b6%e3%81%bb%e3%81%86%e3%81%8d%e4%bd%9c%e3%82%8a%e4%bd%93%e9%a8%93%e3%80%8d%e7%94%a8%e3%81%ab%e3%81%8d%e3%82%8c%e3%81%84%e3%81%ab%e6%95%b4%e3%81%88%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f 「槇島ほうき作り体験」用にきれいに整えられた材料。材料に限りがあるため先着順にはなるが、一人5,000円で座敷ほうき中サイズ(売価7,000円)を教わりながら作ることができる。
    教えてくださるのは「槇島ほうき手作りの会」の皆さま。
    下の板は制作用木工板。紐が付いており「ホウキキビ」を紐で括り絞めることで印をつけ、そこを丈夫に舟結びで締めていく。かなり力の必要な作業であった。(2019.11.16 筆者撮影)
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  • 4_%e7%ab%b9%e3%82%92%e6%9f%84%e3%81%ab%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e5%ba%a7%e6%95%b7%e3%81%bb%e3%81%86%e3%81%8d%e3%81%8c%e5%a4%9a%e3%81%84%e3%81%8c%e3%80%81%e3%80%8c%e6%a7%87%e5%b3%b6%e3%81%bb 竹を柄にしている座敷ほうきが多いが、「槇島ほうき」は特徴を生かして柄もホウキキビで作られる。中心部には細木を最後に差し込み、強度を上げる。(2019.11.16撮影 筆者撮影)
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  • 8_%e5%ba%a7%e6%95%b7%e3%81%bb%e3%81%86%e3%81%8d%ef%bc%88%e4%b8%ad%ef%bc%89 座敷ほうき(中)
    15,000円の座敷ほうき(大)はこの中ほうきの1.5倍の「ホウキキビ」を使う。黄色いタグは「槇島ほうき」の証。(2020.1.15 筆者撮影)

参考文献

参考文献・ホームページ
・https://magihouki.exblog.jp 槇島ほうき手作りの会 (2019.11.16閲覧)
・www.navishonai.jp/about.html 庄内町 (2019.12.15閲覧)
・https://www.town.shonai.lg.jp/gyousei/gaiyou/tyouseiyouran/rekishi.html 庄内町合併の歴史
・監修 岩井 宏實 編 工藤 員功 『民具の事典』 2008.年 河出書房新社
・岩井 宏實 著 『民具学の基礎』 2011年 慶友社
・丹野 顯 『暮しに生きる 日本のしきたり』 2000年 株式会社講談社
・柳 宗悦 『手仕事の日本』2015年 株式会社講談社
・志賀 直邦 『民藝の歴史』2016年 株式会社筑摩書房
・日本民藝館監修 『日本民藝館手帖』 2008年 ダイヤモンド社
・角田 多佳子本文執筆・構成 『柳宗悦 民藝の旅』2011年 株式会社平凡社
・坂田 和實/尾久 彰三/山口 信博 『日本民藝館へいこう』
・松井 健/猪谷 聡 他 『サヨナラ、民芸。こんにちは、民藝。改訂新版』2016年株式会社里文出版

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