都市生活の一部としての芸術空間─「竹の塚彫刻の道」調査から─

中山 咲

1.はじめに
21世紀初頭現在、日本の各地域のまちでは公園や広場などの公共空間に設置された彫刻や石碑などの立体物が頻繁に見られる(1)。このような日本における彫刻のある景観との関わりにおいて1960年代以降から各地で行われてきた彫刻のあるまちづくり(2)は無視できない事象である。しかし2022年現在では「まちを彫刻で飾る事業」を牽引した宇部市(3)などの一部自治体を除き、多くの自治体が彫刻設置活動を縮小しているのが現状だ(4)。彫刻はその大きさや設置場所によって周辺の環境や今後のまちという空間、そして住民の生活空間にも何らかの影響を及ぼす可能性が存在する。特に、まちづくりとして設置された彫刻にはまちとの関係性をどのように構築していくのか、という視点が必要だと考える。このような視点から足立区に所在する「竹の塚彫刻の道」について取り上げていく。

2.基本データと歴史的背景
「竹の塚彫刻の道」への彫刻設置活動を牽引したのは「財団法人足立区まちづくり公社(5)」である。「竹の塚彫刻の道」には1991~1992年にかけて7点の彫刻が設置された(6)。道の長さはおよそ600mで、彫刻は団地地帯と歩道の間に作られた空間に点在している(図版1)。周辺に所在する施設として「竹の塚第一団地」や「竹の塚保育園」「足立区立保木間小学校」などの児童に関わる施設が所在している様も伺える(図版2)(7)。この地域一帯が開発された当時の背景として昭和34年に発表された開発計画の中に団地・公園・学校といった施設についての計画も含まれていたという記録も残っており(8)、「竹の塚彫刻の道」周辺の地域は開発当初から住民がまちとして活用することを意識されていた空間だとも言えよう。この地域一帯の発展の形跡として筆者が作成した模式図を示す(図版3)。1947年のまちなみからは「竹の塚第一団地」の建設などの開発が進む以前は、周辺の土地が緑地として活用されていたであろう様子も伺える。「竹の塚彫刻の道」が作られた土地について建設省建設経済局の資料から考察すると「竹の塚彫刻の道」は水路跡をコミュニティ空間として整備した空間であり、道路下には災害時のための多目的貯水槽が設置されていると読み取れる(9)。こうした特徴からは「竹の塚彫刻の道」周辺は人々の住むまちとして開発が推し進められたであろう点や、彫刻がまちの中で身近な空間に所在している点が見受けられるのではないだろうか。

3.事例について積極的に評価する点
周辺の住民や児童に使用される道として「芸術鑑賞」「安全」という二つの面を重視し評価を行った。

3-1.芸術を五感で鑑賞できる空間である点
「竹の塚彫刻の道」周辺の景観からは歩道や団地の敷地内に豊かな芝生や樹木が広がっている様が見てとれる(図版1)。こうした景観は利用者にとって、周辺の自然環境や自然の香りと共に彫刻を鑑賞することができる空間とも言えよう。このような日本の都市における公共彫刻について、視覚障がい者に向けた美術教育に携わるジュリア・カセムは「触れる」という鑑賞方法で楽しむという可能性を示している(10)。「竹の塚彫刻の道」には彫刻と道路の利用者を仕切る柵などは配置されておらず、「竹の塚彫刻の道」の利用者には彫刻を「見る」だけではなく「触れる」「叩いた音を聞く」「彫刻に使われた素材や周囲の環境の香りを感じる」といった、より多様な鑑賞の可能性が拓かれているとも考えられるであろう。こうした特徴から「竹の塚彫刻の道」について都市空間の中で様々な感覚で彫刻を鑑賞することができる可能性をもつ点を、まちの人々の生活にとって有益であると肯定的に評価したい。

3-2.都市空間の中に「空間のへそ」を作り出している点
都市空間における歩道とは安全に使えることが安心を感じることに繋がるであろう。こうした落ち着く心地やしっくりくるといった印象を受ける空間のことを川添は「空間のへそ」と表現している(11)。「竹の塚彫刻の道」が周辺地域においてこの「空間のへそ」を作り出していると考える理由を以下に述べていきたい。足立区の自転車事故の件数は多く、警視庁によると2021年の足立区における自転車事故の発生件数は751件(12)と少なくない数を示している。足立区内における自転車事故の防止は喫緊の課題といえる。本稿において「緩衝地帯」とはこうした交通事故を防止することに繋がる機能と定義し以下に論じていく。具体的な空間の構造としてまず「竹の塚彫刻の道」における歩道と彫刻の作り出す空間の模式図を示す(図版4)。「竹の塚彫刻の道」には(図版1)の風景にも映っているように、彫刻だけではなく街路樹や柵、花壇などが道端に設置されている。このような設置物の周辺は自転車利用者には通りづらく感じるスペースとなり、そして歩行者にとっては自転車が近寄りにくいだけではなくすれ違う際に避けられる空間として機能しているとも考えられる。「竹の塚第一団地」の出入口のスロープ付近にも「竹の塚彫刻の道」の取り組みの一環として二か所に簡易な椅子であるスツールが設置されている(図版5)。このスツールが一種の障害物として機能していることで、スロープを出入りする自転車の速度の出し過ぎや飛び出しなどを抑止することに繋がっているとも言えよう。「竹の塚彫刻の道」について周辺の歩行者と自転車利用者が入り混じる空間に対して緩衝地帯を作り出すことで安心できる空間、つまり「空間のへそ」を作り出しているであろう点をまちづくりの視点から肯定的に評価したい。

4.今後の展望について─「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」との比較から─
「竹の塚彫刻の道」について先述した芸術鑑賞の場としての要素や「空間のへそ」として安心できる憩いの場などの評価点を伸長するための展望を、長野県に所在する「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」との比較から述べる。これに辺り比較のために作成した図版を示す(図版6)。「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」は長野県に所在する公園であり、園内では66点の彫刻と共に豊かな森や水路、湖などの自然を鑑賞できる点が特徴である。その鑑賞の時間を支える要素として挙げられる点が園内に配置されたベンチの数である。園内の各所に設置されたベンチは、座ったときに彫刻が目の前に見えるような位置関係のものが多い(図版6-⑤)。「竹の塚彫刻の道」にも彫刻の周囲にスツールとして使用し得るような物体は設置されてはいるが、一部の彫刻に限ったものであり、また二人掛けのベンチなどは現在確認できていない。「竹の塚彫刻の道」への今後の展望として、二人掛けのベンチなどの休憩場所を導入を提案したい。第一に利用者の彫刻鑑賞の時間の過ごし方の選択肢を広げる可能性があるからだ。歩いて眺めるだけではなく、一点にとどまり環境と彫刻を鑑賞することは憩いの時間にも繋がる事が期待できよう。また、日本社会では高齢化の進行が指摘されているが(13)「竹の塚彫刻の道」と隣接する「竹の塚第一団地」でも高齢化への対応が進められている(14)。「竹の塚第一団地」内だけではなく、その周辺の地域に当たる「竹の塚彫刻の道」においても、高齢者をはじめ体力の少ない児童などすべての住民が利用可能な休憩場所を作ることは住みよいまちづくりにも繋がると考える。

5.まとめ
都市空間において彫刻という芸術がまちとどのような関係性を築いているのか、という点に着目し「竹の塚彫刻の道」の事例について述べてきた。特に人口密度が高い傾向にある都市空間において、彫刻によって芸術への親しみを育むといった面だけではなく、安全を守るための一助になるように空間づくりを行ったであろう意識は様々な都市空間の空間づくりにおいて軽視できない視点と言える。「竹の塚彫刻の道」の事例について、見た目の美しさだけではなくまちの一部として機能するデザインが行われている点から、屋外彫刻とまちづくりの関係構築が為されている一例として今後のまちづくりの参考になるべき事例であると評価したい。

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参考文献

【謝辞】
 本稿執筆にあたり、足立区地域文化課 ご担当者様、リゾートホテル蓼科 蓼科高原 芸術の森 彫刻公園 ご担当者様には取材において大変お世話になりました。御礼申し上げます。


【註一覧】
註(1)例として、「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」「大井ふ頭中央海浜公園」「渋谷駅ハチ公銅像」など。
    リゾートホテル蓼科「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」
    https://resort-hotel-tateshina.jp/pages/63/ 2022年8月25日閲覧。
    東京都生活文化スポーツ局「野外彫刻 大井ふ頭中央海浜公園」
    https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/bunka/bunka_seisaku/0000000625.html 2022年7月22日閲覧。
    渋谷区「渋谷駅周辺の見どころ ハチ公銅像」
    https://www.city.shibuya.tokyo.jp/bunka/spot/spot/map_exe_shibuya_station.html 2022年7月22日閲覧。
註(2)「彫刻のあるまちづくり」は1960年代から日本の各地の自治体によって行われた彫刻の設置活動である。パブリック・アートの研究者である武田直樹によると、その作品内容決定の過程や方式は大きく分けて「一般公募コンペ方式(設置場所無指定)」「一般公募コンペ方式(設置場所指定)」「指名コンペ方式」「制作者指定制作依頼方式」「既製作品購入方式」「作品公開制作方式」の6つに分類され、各自治体によって様々な方式が選択されるという。『パブリック・アート入門 自治体の彫刻設置を考える』(株)公人の友社、1993年、72-76ページ。
註(3)パブリック・アートの研究者である武田直樹によると、日本における彫刻のあるまちづくり事業の第一号にあたるのが宇部市の取り組みだという。前掲書、31ページ。
註(4)宇部市によって開催される「UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)」は次回開催を2022年に予定している。彫刻のある街づくりの活動を縮小している自治体としては「八王子市」「半田市」「仙台市」など。
    宇部市「UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)」
    https://www.city.ube.yamaguchi.jp/kyouyou/choukoku/biennale/index.html 2022年7月22日閲覧。
    八王子市「彫刻のまちづくり まちは大きな美術館」
    https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kurashi/shimin/005/002/002/p000024.html 2022年7月22日閲覧。
    半田市「彫刻のあるまちづくり」
    https://www.city.handa.lg.jp/toshike/machi/toshi/shiryo/choukoku.html 2022年7月22日閲覧。
    仙台市「彫刻のあるまちづくり」
    http://www.city.sendai.jp/ryokukasuishin/kurashi/shizen/midori/shinse/torikumi/chokoku.html 2022年7月22日閲覧。
註(5)彫刻設置活動の終了時期に関しては「財団法人足立区まちづくり公社」の活動終了後に足立区の彫刻にまつわる活動を行っている「足立彫刻会」による以下の資料を参考にしている。足立彫刻会監修「あだち野外彫刻たんけんマップ」2016年。足立区役所にて2022年5月6日入手。
註(6)足立区でまちづくりに関連する事業の推進などを行っていた団体(2022年5月13日の足立区地域文化課の回答より)。「財団法人足立区まちづくり公社」による足立区への彫刻設置活動は主に1988~2004年ごろにかけて行われた。平成24年4月1日付で解散(2022年5月13日の足立区地域文化課の回答より)。
註(7)足立区まちづくり公社編『彫刻とふれあうまち足立 区制70周年記念』足立区まちづくり公社まちづくり事業課都市景観デザイン担当、2002年、43ページ。
註(8)東京都足立区企画広報室編『東京都足立区区制40周年記念出版 写真で見る足立区40年のあゆみ』東京都足立区役所、1972年、47ページ。
註(9)30周年記念誌編集委員会『創立30周年記念紙 のびよわかばのように』足立区立保木間小学校、1989年。(収蔵場所)足立区立郷土博物館。2022年5月15日閲覧。
註(10)建設省建設経済局監修『精選 手作り郷土賞 Part6 ─道・水辺・街角─』株式会社ぎょうせい、1994年、32ページ。
註(11)ジュリア・カセム著『光の中へ 視覚障碍者の美術館・博物館アクセス』小学館、1998年、15-24ページ。
註(12)足立区の都内23区内で最多の世田谷区の789件のに次ぐ件数。警視庁「都内自転車の交通事故発生状況 区市町村別・自転車関与事故(過去3年比) 令和3年中」
    https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/about_mpd/jokyo_tokei/tokei_jokyo/bicycle.html 2022年7月19日閲覧。
註(13)川添善行著、早川克美編『私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、58-59ページ。
註(14)内閣府サイト「令和2年版高齢社会白書(全体版) 第1節 高齢化の状況」
    https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_1_1.html 2022年7月20日閲覧。
註(15)足立区福祉部高齢化社会対策室は竹の塚第一団地のシルバーハウジング・プロジェクトの経緯について「竹の塚第一団地は昭和40年の入居以来、27年を経過する団地である。地元住民も住・都公団の高齢化への対応に深い関心を示しており、その理解のもとに足立区と住・都公団との連携による事業を推進することになった。」と述べている。「住宅・都市整備公団竹の塚第一団地におけるシルバーハウジング・プロジェクト推進計画報告書」、足立区福祉部高齢化社会対策室、1992年、「はじめに」より。

註(a)30周年記念誌編集委員会『創立30周年記念紙 のびよわかばのように』足立区立保木間小学校、1989年。

【参考文献・参考紀要・参考サイト一覧】
足立区まちづくり公社編『彫刻とふれあうまち足立 区制70周年記念』足立区まちづくり公社まちづくり事業課都市景観デザイン担当、2002年。
武田直樹著『パブリック・アート入門 自治体の彫刻設置を考える』(株)公人の友社、1993年。
武田直樹著『日本の彫刻設置事業 モニュメントとパブリックアート』(株)公人の友社、1997年。
足立彫刻会監修「あだち野外彫刻たんけんマップ」2016年。足立区役所にて2022年5月6日入手。

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