人々の暮らし・伝承が織り成す「歴史民俗」からの学び~歴博から考える過去・現在・未来~

渡部 結花

1.はじめに
「歴博」(れきはく)の略称・愛称で知られている「国立歴史民俗博物館」(以下「歴博」)は、日本の歴史民俗をテーマに総合的に研究・展示を行う国立博物館である。千葉県佐倉市に歴博は立地する。この地は、「印旛沼」や、幕末の老中首座「堀田正睦」が藩主の地であり、彼が招聘した蘭方医の佐藤泰然が西洋医学の礎として「西の長崎、東の佐倉」で名を馳せた「佐倉順天堂」(1843年)開設の地として知られている。堀田公が統治した佐倉城址の一角に歴博は立地する。広大な敷地・建物に我が国の歴史と「民俗学」を研究・展示を行う本邦唯一の国立博物館である[註1]。著者はこの地に居住し、歴博は学びの場であると同時に休日に家族と過ごす憩いの場としても馴染みが深い。
本稿では歴博を中心に得られる民俗学からの教えと、未来の子供たちに伝え残したい無形の価値について考察したい。

2.基本データ[参考資料1]
施設名:大学共同利用機関法人人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館
所在地:千葉県佐倉市城内町117番地
開館:1983年(昭和58年)3月
敷地面積:129,496㎡
建築面積:17,839㎡
延床面積:37,058㎡
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造、地上5階地下2階建て。主体棟(管理部、展示室、講堂等)、収蔵庫・車庫、研究棟、総合研究棟、機械棟などに分かれている。外観は台形のピラミッドのような特徴的な意匠となっている。1階に第1~3展示室・エントランス・ミュージアムショップ・レストラン、地下1階に第4~6展示室・たいけんれきはく(子供向け体験コーナー)・図書室で構成されている。

3.成立と歴史的背景
記録[註2]によると、歴博は、1966年(昭和41年)11月に明治百年記念事業の一つとして設置された。「明治百年にととどまらない日本の歴史全体を扱う博物館の建設(坂本太郎)」が主唱され、我が国の「歴史民俗博物館の建設」が実施すべき事業として望ましいと閣議決定された。
なぜ千葉県佐倉市にあるのか。その理由は、総合的な資料収集・保存・展示・研究を行う機関であることから、東京周辺である必要性が望ましいとされ、東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城などの候補地が挙がった。1969年(昭和44年)当時佐倉市長の堀田正久市長が佐倉城跡への誘致を申し出、文化庁長官の現地視察後、同年佐倉城跡に決定した。佐倉城址は、明治時代に帝国陸軍歩兵第2連隊、後に歩兵第57連隊(通称・佐倉連隊)の駐屯地として国の軍部施設としても利用されていた。
「国立大学共同利用機関」(現:大学共同利用機関)(注1)として、1983年(昭和58年)3月開館式典が開催。最新の調査研究結果や、時代と共に開発された新たな展示技術を利用するため、各展示室は逐次リニューアルされ、国外内の人々に日本の歴史と文化への研究と普及の大きな役割を果たしている。

4.評価すべき3つの点
(1)我が国全体の「歴史民俗学」をテーマにした唯一の機関
歴博は日本全体の歴史・文化を全時代の研究・展示が行われている。全国に所在する考古・歴史・民俗資料を把握するための調査が行われ、特に民俗に関し民間伝承の調査を行い、その土地土地にのみ存在するであろう一般庶民の文化や習慣、神話など、生活・文化の発展の歴史を全国規模で収集し、研究されたのち一般公開されている。[参考資料2]
民俗学とは、日本では柳田国男が確立した学問領域として知られている[註3]。日本各地に残る伝承(言い伝え)、暮らし、慣習、言語、宗教・信仰などの有形・無形の文化財から、歴史と民俗の成り立ちについて教えてくれる。なお、「民俗」であり「民族」ではないことに留意したい。文化人類学・民族学の研究所としては、大阪府に「国立民族博物館(みんぱく)」があり、歴博とはみんぱくでは学問領域で異なる存在である。

(2)来館者に分かりやすいテーマ・展示
第4展示室に着目してみたい。ここでは、「列島の民俗文化」がテーマになっている(2019年1月現在)。「民俗学」とは何か、難題なテーマが身近な現代社会に残る地域の祭り、妖怪、多種多様な儀礼、民家や職人などの私たちの生活活動として展示されている。
常設の総合展示は、現代からみて重要なテーマを選び、それらを生活史に重点を置いて構成されている[註4]。展示資料はテーマに即して選び、実物資料に加え精密なレプリカ、復元模型などで構成されている。また、グラフィックパネル、映像、タッチパネル、ガイドレシーバーなどの補助手順も使用することによって、各テーマをできるだけ具体的に解説している。各展示室のテーマ別に内装も変化させ、視覚効果によって感覚的にテーマへの理解を深めている。[参考資料3]

(3)次代を担う子供たちに残るコンテンツ
小中学校の校外学習等で博物館見学を行う際、児童が主体的に学べる工夫が随所に見受けられる。展示物の中にクイズがあり、解答用紙を持ち展示を巡る。児童は答えを求めて展示物を捜し歩く。その中で実際に私たちが触れることのできる展示物もある。楽しみながら多くの展示に見て触れる機会を創出している。「たいけんれきはく」や寺子屋「れきはく」では、体験型の教育プログラムも提供されている。更に、学校職員に対し利用ガイドを設け、「事前学習・博物館での学習・事後学習」の流れを推奨し、「こどもサイト」で児童の興味が湧くWEBコンテンツや展示紹介がある。事前授業によって興味を持たせ、見学の際に実際に手で触り体験することで児童の記憶に残らせ、事後授業によりさらに知識を深めることになるだろう。一過性ではなく記憶・知識として多くの人に定着することは学問にとって大きな価値となる。

5.国内の同様な施設との比較
国内において歴史と民俗に関する展示を行っている博物館は、歴博と「埼玉県立歴史と民俗の博物館」(以下「民俗の博物館」)がある。[参考資料4]
「民俗の博物館」は、「過去から未来へ、埼玉の歴史を継承する博物館」[註5]として、2006年4月に設立された。として民俗展示では、埼玉に特化し、利根川と荒川の2大河川が縦断する土地であるため、「水とくらし」がテーマに設定されている点が興味深い。竜神伝説が県内各地で残る水害の歴史や雨乞行事、漁業や藍染め・酒造りといった地域の水に関わる生活文化が扱われていた。歴博同様に、歴史民俗に関する総合的な調査研究機関であり、県内の地域の文化資源の保存を行う施設としての価値が高い。「ゆめ・体験ひろば」では、昭和の原っぱを再現・開放し、藍染めや組紐など伝統的な民俗工芸を実際に子供たちが体験できるよう体験メニューが用意されている。
歴博での全国的な対象物と埼玉という限定された民俗の歴史を比較することで、日本人の全国共通のしきたりや、地域ごとの風習や文化の違いを見て取れることができる。竜神を称える祭り一つにとっても全国のそれとは異なる。このように土地土地により姿かたちを変え伝承されているものこそが歴史民俗であることが見て取れる。

6.おわりに~今後の展望~
過去から現在までの人々の暮らしに着眼してみてわかったことは、古代・中世から近世まで変わらずに残り続けるものもある。それは人間と自然の共存に関連した行事や風習、人々の助け合い等の文化である。著者が過ごした昭和・平成においても地域コミュニティーとともに生き、そこに残る伝統や知恵が残っている。なぜ季節のお祝い事や古いしきたり、言い伝えがあるのか。それは単なる形式上のものではなく、その裏にある自然への畏怖や、人間関係の大切や尊重、自然に抗えない人間の無力さへの警鐘など、いま改めて過去から残されてきた、つまり重要であるからこそ失われずに残ってきたものである。一方で、その昔は最新であった考えや働きが時代の変化とともに退化していき、現代においては失われつつあるものや、人の移住や災害等により消失してしまった歴史や文化があることに気が付かされる。人々が暮らし残してきたものの「意味・意義」を問い、古き時代から日本人が当たり前としてもってきた感覚や大切にしていた心構えを、民俗学に触れた人は改めて感じ・自身に問いかけてくる。
自分が子供の親となり、モノ・情報に溢れ便利に過ごせる世の中に生きる中で、人間としての本質として大切にしていなければならいものがある。時代が移り変われども私たち人間の暮らしは長く続いていく。今私が過ごすこの時代の暮らしそのものも未来の民俗学の糧となっていく。それぞれの地域で続いてきた歴史や文化を継承されているものにはその地域で暮らす人々と密接に関連し大切なものである。先祖から受継いだ財産として民俗学は脈々と次の世代に残り、そして私たちが残していく責任をもっている。
歴博はこれからも研究・展示を通して、次世代を担う子供たちから今を生きるすべての人々へ、受け継がれてきた財産を広く伝えていくであろう。

(注1)全国の国公私立大学の研究者のための学術研究の中核拠点として、個別の大学では整備や維持が困難な、「先導的共同研究や新分野開拓の場」、「大規模な施設や設備」、「膨大な学術資料やデータなどの知的基盤」を全国の研究者の利用に供し、効果的な共同研究を実施している。

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参考文献

[註1]パンフレット『大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館』
[註2]国立歴史民俗博物館三十年史編纂委員会編『国立歴史民俗博物館三十年史』、正文社、2014年
[註3]谷川健一著『柳田国男の民俗学』、岩波新書、2001年
[註4]国立歴史民俗博物館編『大学共同利用機関法人人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館要覧:平成27年度』、2015年
[註5]パンフレット『ミュージアムヴィレッジ大宮公園公式ガイドブック』施設概要

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