石川の発酵食文化を伝える「発酵食大学」

山田 亜紀子

はじめに 
石川県は、霊峰白山より端を発した手取川扇状地と日本海へ突き出した能登半島という自然環境に恵まれ、多くの発酵食品[1]が作られている。
本稿では石川の発酵食に携わる企業、糀料理研究家、石川県立大学[2]と連携し、発酵食の知識や活用法を学び体験できる場として設立された「発酵食大学」が「大人の食育」として石川の発酵食文化の継承につながることを評価し、今後の展望を考察する。

1.基本データ
名称:発酵食大学
事務局:石川県金沢市(株式会社ウーマンスタイル内)
協賛企業[3]:15社
開講年月[4]:2013年1月
キャンパス[5]:金沢中央卸売市場 食育会館内スタジオDO(講義、実習)
協賛企業各社(体験、見学)
延べ学生数[6]:大学、大学院、各認定校、通信部合計で約1,500名 
開講期間:6か月間で10回
受賞歴等:2013年 農林水産省主催「フードアクションニッポン アワード2013」
審査委員特別賞
2015年 日本政策投資銀行「第4回DBJ女性新ビジネスプランコンペディション」
ファイナリスト認定
2015年 (公財)石川県産業創出支援機構
「いしかわ産業化資源活用推進ファンド事業」採択

2.発酵食大学が成立した背景
味噌、醤油などの発酵調味料や漬物などの発酵食の消費は年々減少傾向にある[7](図1)。石川県はユニークな発酵食の企業が多いが、小規模なため発信力、宣伝力、資金力が弱く、どんなに良いものを作っても消費者に伝わらないことが課題の一つとなっている。
一方、県内の消費者については共働き世帯の割合が2012年時点で全国3位、15歳以上の女性労働力比率も2017年時点で全国3位と働く女性が多い[8]。そうした主婦たちは限られた時間で家族の食事を作るため、冷凍食品や惣菜に頼らざるを得ない場面があるが、同時に罪悪感を抱く[9]。
こうした背景のなか2011年の塩糀ブームが起こる頃、株式会社ヤマト醤油味噌の4代目である山本晴一社長が「塩糀の使い道が分からない」という声を受け、女性の視点で地域密着型のマーケティング・プロモーションサポートを行う株式会社ウーマンスタイルの成田由里社長と共に「ヤマト糀部」を立ち上げた。部活動として1年間で月1回、店舗内のキッチンスタジオにて発酵調味料の新しい使い方を実習で学び、自宅では自主練として日々の食卓に発酵食を取り入れるという内容である。
この活動で山本社長と成田社長は消費者の反応を直接知ることやファンづくりなどの手応えを感じ、県内の発酵食を扱う企業に声を掛け、2013年に「発酵食大学」を開講した。

3.文化資産としての評価
発酵食大学はプロジェクトの目的として石川の発酵食文化の保護・継承を主としていない。しかし企業と消費者の橋渡しをすることで家庭の食文化の充実へつながり、結果として発酵食文化の担い手となっている点が評価できる。
この評価の軸として2015年に農林水産省が作成した「地域の伝統的な食文化の保護・継承のための手引き」[10](以下、手引き)を参照する。そして手引きの中に挙げられている「活動体制」「地域の食文化の理解」「具体的な取り組み方法」の3点が達成されていることを、編集家の紫牟田伸子が編集のポイントとして挙げている「切り口」「構造」「語り口」[11]の観点で分析する。
まず切り口は発酵食を「忙しい現代女性の味方」「知っているとお得、価値がある」というフレームで切り取り、伝えるターゲットを明確にしている。講義は平日の昼間のため受講生は専業主婦が多いと予想していたが、実際は仕事をやりくりしての参加者が多く、中には発酵食大学へ通いたいがために受講を機に退社した人もいた[12]。つまり仕事を休んでまで通いたいと思わせるこの切り口での発信がうまくいっていることが分かる。
次に構造である。手引きの「活動体制」を見ると、民間団体が保護活動を行うことを想定し企業や公共機関などとの連携を提案している。発酵食大学では石川県立大学の小柳喬准教授が講義テキストを監修し、協賛企業が講師となっている点に研究機関と企業の連携がみられる。さらに「地域の食文化の理解」については、取り扱う発酵食の歴史、石川県の自然環境や北前船の寄港などが地域性を生み出す要因となっていることがテキストに記されている。そして「具体的な取り組み方法」については「活動体制」と「食文化の理解」の実践のほか「情報発信」が挙げられている。これは発酵食を日々の調理に活用できるようになると「自分が好きなものや良いと思うものを教えたい」という女性の特性[13]により、受講生が友人知人へ薦めたりSNSで発信したりという形で伝わる様子が見られる。実際に受講生の中には友人が受講していたことで興味を持ち、自分も参加したという人もいた。
最後に語り口は「大学」という形式にしている点であるが、これは特筆すべき点でもある。

4.他の事例との比較と特筆すべき点
発酵食大学の特筆すべき点は、一般の料理教室と差別化した内容の構成である。そこで料理教室の一例として金沢市の青木クッキングスクールと比較をする。当スクールは校長である郷土料理研究家の青木悦子氏が1957年に「長町料理塾」として開校して以来、今年10月で61周年を迎える県内でも歴史ある料理教室である。ここでは定番の家庭料理や「じわもん[14]」といわれる石川の郷土料理を習うことができる。このうち発酵食については石川の冬を代表する伝統的郷土料理「かぶら寿し」の作り方を教えているが、その他の発酵食に関しては調味料として使うものの特別な形で取り上げておらず、石川の食文化を学ぶような講義はない[15] 。
発酵食大学も一般の料理教室同様、レシピや調理法を学ぶ調理実習があるが、実習だけでなく各発酵食の歴史背景、栄養素、地域性など知識面について発酵食を扱うプロである協賛企業から直接教わることができることを特徴の一つに挙げている。蔵元や工場の見学、田植えや稲刈り体験を通して生産者の工夫、苦労などを直に見聞し体感すると、受講生はその企業に愛着を持ち、実際に商品を購入する際の決め手となる。受講後のアンケート[12]によると、見学前と後ではその企業および商品に対する関心度が高くなっている。
そして「大学」という形式にしている点にも違いが見られる。青木クッキングスクールは自身の都合により同じクラス内であれば曜日の変更が可能であるが、発酵食大学は半年間という期間設定により受講日時が決まっている。毎回顔を合わせる受講生同士に「同期生」として仲間意識や連帯感が生まれることが狙いである。大人になってから、住む地域や年齢が異なる者同士が「発酵食」という話題を共有できる友人と新たに出会えたことも、受講生には大きな収穫となっている。

5.今後の展望について
受講生の「甘酒や塩糀などを仕込むのにひと手間かかるが、これらを調理に活用することで結果的に時短かつ健康的[16]で美味しくなる[17]。」「家族に感謝された。」という感想から、発酵食というツールを用いて食卓をより良くデザインしていることが分かった。これを食育に活かせるのではないかと考える。
2005年に食育基本法が制定された。これは現代社会において偏った食事による健康問題や食の安全性、海外への依存、そして地域の風土を反映した日本の食文化が失われる危機の改善が期待された内容となっている。
食育関連のアンケートにおいて、学校給食に郷土料理や伝統料理を取り入れてほしいと望む保護者の割合が多い[18]ものの、実際に家庭の中で子どもにこれらを教えている保護者の割合は低い[19]。しかし食文化を継承するために必要なことへの回答では「家庭で教わること」の割合が一番多い[20]。また旭化成ホームズ株式会社が2013年に行ったアンケート[21]によると、子どもの頃の食に関する体験がその後の食生活に受け継がれることが分かる。
そこで学校給食等での食育より、家庭の食卓で取り入れる方が自然に食習慣として身につき、次世代へつながるのではないかと考え、子を持つ親が各家庭で伝えていくような仕組みを期待したい。

6.おわりに
発酵食の長い歴史から見ると、発酵食大学の活動はまだ始まったばかりである。伝統文化を修得する「型」と「デザイン思考」が類似している[22]ということを参考に、発酵食大学のプログラムもデザインや編集のまなざしから改良を重ね、発酵食が次世代へ継承されていくことを望み今後の活動に期待する。

  • 1 (図1)
    「日本人一人1日あたりの食料供給量の推移」
    農林水産省「平成28年度食料需給表」をもとに筆者作成(2018年7月27日)
  • ○演習2・資料(A3).ai (資料1)
    発酵食大学 講義風景(2018年3月30日 筆者撮影)
    伝統の発酵調味料「醤油・醤油糀・いしる」
  • 演習2・資料(A3).ai (資料2)
    発酵食大学 見学・体験風景(2018年5月11日 筆者撮影)
    お米の勉強と田植え
  • 演習2・資料(A3).ai (資料3)
    発酵食大学 講義風景(2018年5月25日 筆者撮影)
    日本の発酵食「納豆」
  • 演習2・資料(A3).ai (資料4)
    株式会社ヤマト醤油味噌 社長インタビュー(2018年5月23日 筆者撮影)
  • ○演習2・資料(A3).ai (資料5)
    発酵食大学 卒業パーティー(2018年6月29日 筆者撮影)
  • ○演習2・資料(A3).ai (資料6)
    発酵食大学 卒業パーティーのメニュー一例(2018年6月29日 筆者撮影)
  • ○演習2・資料(A3).ai (資料7)
    発酵食大学事務局インタビュー(2018年7月2日 筆者撮影)
    株式会社ウーマンスタイルにて

    家庭での発酵食活用例(2018年6月17日 筆者撮影)

参考文献

<註釈>
[1] 味噌、醤油、日本酒、酢、納豆、漬物、かぶら寿し、大根寿し、こんかいわし、いしる、ふぐの卵巣の糠漬けおよび粕漬けなど
[2] 石川県農業短期大学が前身。農業だけでなく食や環境、健康、バイオテクノロジーなどの研究を行う。
[3] (株)加賀屋、(株)金城納豆食品、(株)四十萬谷本舗、(株)芝寿し、(株)高野酢造、(株)福光屋、(株)ホリ乳業、(株)ヤマト醤油味噌、(株)六星、(株)京都一の傳、(株)北川本家、(株)西利、菱六もやし、藤原食品、村山造酢(株)(2018年7月現在)
[4] 大学院と通信部は2014年11月、武蔵小杉認定校は2015年10月、京都認定校は2018年1月に順次開講した。
[5] 大学院…石川県立大学、スタジオDO、武蔵小杉認定校…おでかけキッチン(川崎市)、京都認定校…京都料理学校(京都市)
[6] 2018年7月現在で大学は10期・約240名、大学院は14期・約140名、武蔵小杉認定校は7期・約110名、京都認定校は2期・48名、通信部は約1,000名。
[7] 統計・資料:漬物ポータルサイト:全日本漬物協同組合連合会
 http://www.tsukemono-japan.org/statistics/index.html(2018.07.17閲覧)
[8] 統計局ホームページ/統計でみる都道府県のすがた
 http://www.stat.go.jp/data/k-sugata/index.html(2018.07.17閲覧)
[9] 2016年度 キユーピー 食生活総合調査
https://www.kewpie.co.jp/company/corp/newsrelease/2017/38.html(2018.07.17閲覧)
[10] 農林水産省「地域の伝統的な食文化の保護・継承のための手引き」
 http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/shoku_bunka_27tebiki.html(2018.07.20閲覧)
[11] 紫牟田伸子著、早川克美編『編集学-つなげる思考・発見の技法-』幻冬舎、2014年、p76
[12] 発酵食大学9期生へのインタビューによる。(取材日は添付資料に記載)
[13] 会社概要 | 石川県での女性マーケティング・ホームページ制作・プロモーションならウーマンスタイル
 https://www.woman-style.jp/company#about(2018.07.29閲覧)
[14] 主に金沢方面の方言で、郷土の食材や郷土料理のことを指すが、語源としては「地場の物(地場物)」「常に食べる物(常腕物)」「我が家の味(自椀物)」など諸説ある。
 石川県/“じわもん”食の案内人
 http://www.pref.ishikawa.lg.jp/nousan/tisantisyou/annainin.html(2018.07.19閲覧)
[15] メールによる回答(2018.07.20受信)
[16] 河野一世、柴田英之「日本食からみる発酵食品の多様性と日本人の健康一肥満を中心に」、『日本調理科学会誌』Vol.43、No.2、131~135、2010年
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10815691_po_ART0009429586.pdf?contentNo=1&alternativeNo=(2018.07.28閲覧)
[17] うま味アカデミー 講座6 うま味を増やす方法(1)発酵 | うま味ペディア | 味の素株式会社
 https://www.ajinomoto.co.jp/umami/umamipedia/umamipedia6.html(2018.07.28閲覧)
[18] 独立行政法人日本スポーツ振興センター「平成22年度児童生徒の食事状況等調査報告書【食生活実態調査編】」
 https://www.jpnsport.go.jp/anzen/school_lunch/tabid/1490/Default.aspx(2018.07.17閲覧)
[19] 農林水産省「平成30年度食育に関する意識調査報告書」
 http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/ishiki/h30/3-6.html(2018.07.17閲覧)
[20] 農林水産省「平成30年度食育に関する意識調査報告書」図6-2 食文化を継承するために必要なこと
http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/ishiki/h30/zuhyou/z6-2.html(2018.07.28閲覧)
[21] 旭化成ホームズ株式会社 くらしリノベーション研究所「調査報告書 家庭でつくられる文化としての「食」・季節の「食」~食べる・つくる時間を大切に、暮らしを楽しむ家族のための提案~」2014年
 https://www.asahi-kasei.co.jp/j-koho/kurashi/report/K041.pdf(2018.07.30閲覧)
[22] 野村朋弘『茶道教養講座①伝統文化』淡交社、2018年

<その他参考文献>
・発酵食大学|発酵食を通じて「食」を学び、楽しもう。in 金沢・加賀白山・能登
 https://hakkoushoku.jp/(2018.07.28閲覧)
・青木クッキングスクール
 http://aokicooking.com/index.htm(2018.07.28閲覧)
・糀部 | 金沢・ヤマト醤油味噌
 https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibu.html(2018.07.29閲覧)


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