「フィルム映画」は消えてしまうのか。映画の灯を守り続ける国立映画アーカイブの活動

加納 知代子

【はじめに】
“複製の芸術”と呼ばれたフィルム映画。昨今、「シネコン」のような複合映画館においては、殆どがデジタル上映となっている。フィルム映写で鑑賞できるのは、国立映画アーカイブや一部の名画座のみとなる。フィルム映画が衰退していく中、国立映画アーカイブの活動を通してフィルム映画保存の意義を認識する。

【基本データと歴史的背景】
日本はフィルムの保存が欧米に比べ極めて少ない。もともと保存の意識が低かったことや、震災や戦争などなどといった災害により焼失・散逸した事もその一端である。このような現状から「映画を残す、映画を活かす」と言ったスローガンのもと、映画に関するさまざまな資料を可能な限り収集し、保存・研究・公開を通し映画文化の振興をはかることを目的とした、日本で唯一の国立映画専門機関として設立された。

〈京橋本館〉
所在地:東京都中央区京橋3-7-6
1952年:国立機関として初めて国立近代美術館の映画事業(フィルム・ライブラ
    リー)が開始される
1970年:機能拡充による国立近代美術館フィルムセンター開館
    その後センターの出火により約320作品消失
1995年:フィルムセンターを現本館に開館
2018年:独立行政法人国立美術館の6番目の館として「国立映画アーカイブ」設立

〈相模原分館〉
映画フィルム及び映画関連資料を24時間空調システムによる管理のもと、安全に保護し検査やデータの採取や出入庫作業を行い、フィルムを安全に長期間保管することを目的とした施設。
所在地:神奈川県相模原市中央区高根3-1-4
1986年:「映画保管庫1」最大約22万缶の収集が可能施設が完成
2011年:「映画保管庫II」さらに約26万缶の収蔵が可能な施設が併設
2014年:「映画保管庫Ⅲ」重要文化財保管庫として重要文化財に指定される

【フィルム映画の撮影〜保管まで】
フィルム映画は、映画用ネガフィルムで撮影され、現像・編集された後マスターネガが1本つくられる。これは貴重なネガでここから何本か複製ネガが作製され、さらにポジフィルムを作製し字幕や音声を焼き付け、このポジフィルムが上映に使われる。フィルム素材は可燃性のため、上映の際の映写機による光での劣化や長期保存により破損は免れない。残念ながら現存するマスターネガは殆ど消失しており、復元の際には比較的状態の良いポジフィルムを基にデジタル技術を使い傷やゴミ、ノイズの除去、色調補正を行う。最終的にフィルムプリントを作製し、再び上映されたり、温度2〜10℃、相対湿度35〜40%の環境下の専用保存庫で保管される。

【事例のどんな点について積極的に評価しているのか】
①収集:網羅的な収集を目的とし、国内外の映画を問わず保存上の緊急性(劣化、廃棄、散逸など)および業務上の碑地要請などを優先しながら収集を行う。また、映画関連資料(図書、ポスター、スチル写真等)についても同様である。

②保存:復元、劣化、損傷の危機から保護する環境で長期に亘り保管し、すでに劣化や損傷がみられるフィルム等に対して複製し、コンテンツの長期再現性を保証する。

③管理/運営:フィルムの調査・関連文献資料の調査により、所蔵品としてデータベース化する。また、館内外での上映、調査研究目的の試写、公益性のある上映会への貸与、展示・放送・番組制作を目的とした複製依頼への対応を行う。

④公開:映画館が年々減少する中、スクリーンのない地域は増加の一途を辿っている。その現象に対処すべく、所蔵フィルムを全国各地で巡回上映する「優秀映画鑑賞推進事業」などを文化庁と共に行い、多様な観客層を対象に映画を通じて文化・芸術や歴史・社会などを学ぶ機会を提供している。

⑤マニフェスト:国際フィルムアーカイブ連盟に加盟する国立映画アーカイブも「映画フィルムを捨てないで!」というスローガンを提起し声明を発表している。映画フィルムは文化遺産であり、歴史と生活の記録でもある。映画フィルムは物理的・化学的に脆弱であるが、手で触れることができ目で読み取ることもできる。美術品と同様に慎重に取り扱うことで、研究のため娯楽のために未来の世代まで利用することが出来るように責任を持っている。

【国内外の他の同様な事例と比較して何が特筆されるのか】
国内には、公共のアーカイブが数カ所存在する。それぞれが目的に特化しながら日々研鑽に努めている。
「福岡市総合図書館」
ここはアジアのフィルムセンターを目指すため、日本映画やアジア映画(中国・韓国・インド・イラン・トルコなど)の古典名作を収集し、映像文化財と位置付けている。また、アジア映画関係者や施設との交流を行い、アジアの映像文化の普及・振興に努めている。
「広島市映像文化ライブラリー」
世界初の被曝都市として世界平和を訴え続ける使命を担っていることから、日本映画以外にも原爆を題材にした作品や広島出身の映画人の作品を、年20本ペースで収集している。

上記の施設と比較してみると、収蔵フィルム数は圧倒的に多い。保存施設や上映ホールはあるが、残念ながら復元の設備を持ち合わせていない。復元のためのデジタル化は潤沢な予算が必要であり、やはり国立の施設でなければ現実的に不可能である。(表2参照)

【デジタル時代にあえてフィルムで残すことの意味】
①フィルムは場所を取り、物理的損傷や化学的劣化を防ぐため取り扱いに手間やコストが掛かるような印象だが、デジタルにはフィルムにはない重大なリスクがある。2007年、米国では「ザ・デジタル・ジレンマ」が発表され、デジタルデータ保存の脆弱性を指摘し、長期保存はフィルムの方が優れていると報告。デジタルデータは原理的に劣化はしないが、それを保存する媒体やファイル形式を読み込むアプリケーションソフトの保持が問題となっている。デジタルデータを長期保存する方法が確立されていないとこらから、現在のところフィルムに代わるデジタル方式の代替え手段は存在しないと結論づけている。

②専門家の見解として、4Kデジタルマスターを一年間保存するコストとフィルムのマスター保存では約11倍のコストが掛かると計算され、デジタルデータをあえてフィルムに置き換え保存することも行われている。適切な管理をすれば、フィルム保存の方が信頼度が高くコストも抑えられる。

③デジタル技術はめまぐるしく進歩し、フィルムでしか出来なかった表現に近づく水準になりつつある。しかし、「フィルムルック」という味わいは、黒から白までの階調の巾広さがうみだすもので、しっとりとした質感や強すぎない輪郭感、「艶やかな白」や「締まった黒」など文学的表現ができ、デジタルでは数値化出来ないものである。この表現の豊かさゆえ、いまだにフィルム撮影に拘る映像作家が絶たない。(表3参照)

【今後の展望と課題】
映像フィルムには、歴史の記憶(生活、自然、事象)としての価値があり、また劇作品としての芸術的、文化的価値もある。100年を超える記録の蓄積から、公開時に注目を集めなかった作品も、長い年月の後文化的・芸術的価値を見出される作品も出てくる。それらを出来るだけ多く残すことは、未来世代の想像の源になる。また、施設の利用という側面から、ミラノの「国立映画博物館」のような、遊び心一杯の館内で子供から大人まで楽しめ、映画に興味のない人も好奇心を掻き立てられる施設を目指す事もできる。
課題としては、国立映画アーカイブではフィルム映画の名画を残すため、「4Kデジタルリマスター」という修復作業が行われている。気の遠くなる作業だが、映画フィルムの保存には必要な事で、次世代に映画文化を継承するために取り組まねばならない。映画作りを目指す若者は多いが、保存の必要性を認識し、フィルム映画に興味を持つアーキビストの人材育成も急務である。

【まとめ】
「映画の魅力は芸術の華たり得る武器を持ち乍ら、膨大な資本のがんじがらめにあって、芸術に昇華出来ぬ所。」(市川崑と『犬神家の一族』P11) どんなに時代が変わっても映画は普遍的なものである。国立の映画専門機関が独立することにより、映像が世界に誇れる芸術である事が認められ保存されることは、人類発展のために有意義なことである。100年200年先も今と同じように、スクリーンで映画を観る人のため、映画を作る人のためにも、「残す」ことによって未来につなげ、「活かす」ことによって今日の世界に届ける国立映画アーカイブの活動には意義がある。

  • 45685_1 国立映画アーカイブは、銀座にほど近いスタイリッシュな街中に存在する (2021年6月26日、筆者撮影)
  • 45685_2 2020〜2021年度企画展のパンフレット (2021年7月23日、筆者撮影)
  • 45685_3 国立映画アーカイブの出版物。映画監督の特集やインタビューの他に、国内外のフィルム保存の現状が記事として掲載されている。 (2021年7月23日、筆者撮影)
  • e5b8b8e8a8ade5b195_page-0001 常設展には機材・シナリオ・俳優の遺品などが並べられている (2021年6月26日、筆者撮影)
  • e696bde8a8ade6a682e8a681_page-0001 表1:国立映画アーカイブ概要 (2021年5月27日、ホームページを参照し筆者作成)
  • %e8%a1%a82_page-0001 表2:国内にあるアーカイブ施設と国立映画アーカイブの比較(2021年7月1日、筆者作成)
  • %e8%a1%a83_page-0001 表3:デジタルデータとフィルムの比較表(2021年7月1日、筆者作成)

参考文献

・国立映画アーカイブホームページ
 http://www.nfaj.go.jp
・福岡市総合図書館ホームページ
 https://toshokan.city.fikuoka.lg.jp
・広島市映像文化ライブラリーホームページ
www.cf.city.hiroshima.jp/eizou/
・国立映画アーカイブ『NFCニューズレター』(42、50、56、62、87号) 印象社 2002〜2009年
・映画産業における写真フィルム技術と映画の保存/大関勝久
 www.jstage.jst.go.jp/article/jst
・映画はフィルムからデジタルへ
 http://loohcs.jp/articles/1993
・[Film Shoo ting Rhapsody]なぜフィルムが選ばれるのか?
 www.pro news.jp
・国立映画博物館 映画愛がいっぱいつまった博物館
 museum-hopper.net
・春日太一著『市川崑と『犬神家の一族』』、新潮社、2015年

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