都電のある風景 ~荒川区のシンボル「都電」と沿線バラ緑化事業について~

関根 佳月

1.基本データと歴史的背景
1-1.都電荒川線とは
都電荒川線(東京さくらトラム)は、都電110年の歴史の中で、唯一廃止されずに残った都電である。全長は12.2km(三ノ輪橋~早稲田間・30停留所)で、荒川区内を走行するのは4.6km(三ノ輪橋~荒川車庫前間・13停留所)となる。沿線には、桜やバラといった花の見どころ、歴史的建造物、生活感あふれる商店街などの生活景が広がっている。都内では珍しい路面電車ということもあり、観光資源としても貢献する路線である。時代と共に変容してきた車体デザインも魅力のひとつで、下町景観との親和性が高いレトロ調の車両は、地元民や観光客の人気を集めている。(図1)(資料1)

1-2.景観資源としての都電
荒川区民に広く愛され、シンボルとして定着している都電は、区の景観計画(註1)において重要景観資源(骨格となる景観要素)に指定されている。これは、歴史的背景を伴った「唯一の都電である」という個性と、区民の足として長年親しまれる「荒川区のシンボルである」ということ、更には「区の中央を横断走行している」という立地関係から、景観づくりの中心軸として位置付けられたものである。実際に都電を中心軸として沿線植栽、車道、歩道、商店、住宅、公園というように、広がるように景観が形成されている。(資料2)

2.評価点
2-1.都電沿線のバラ植栽事業
荒川区の緑化事業の一つに「都電沿線のバラ植栽事業」がある。これは、都電荒川線を花と緑で包み込もうとするもので、昭和60年度に東京都と荒川区が協定を締結しスタートした。バラの植栽事業は都電の軌道敷を利用して行うものであるため、東京都交通局と荒川区で「都電荒川線及びその沿線の緑化に関する基本協定」を締結し、深く連携している。協定に基づき、交通局は無償で敷地を提供し、区がバラの植栽と維持管理を行っている。毎年200株の植栽が継続的に行われ、2022年1月時点で約140種13,200株が植栽されている。時季には色とりどりのバラが咲き乱れ、沿線は華やかに彩られる。なお、バラが選ばれた理由は、華やかで目につきやすく、年に二回咲くから良いというものであった。(資料3)

2-2.荒川バラの会
一部の停留所付近にはバラ花壇が設置されている(2021年1月時点で計5箇所)。バラ花壇は、ボランティアグループ「荒川バラの会」(平成15年に区の呼びかけで結成)により運営されている。花壇の数に合わせ5つの班に分けられ、各班は月2回ほど集まって手入れを行っている。参加者は地域住民が中心で、「都電とバラで区を盛りげたい」「都電沿線の景観を守りたい」とやりがいをもって、楽しみながら活動している様子がSNSなどでも発信されている。区は会員を対象に、バラの育て方講習会や、バラ園の見学会を実施している他、用具の貸与やボランティア保険の加入といった支援を行っている。(図2)

毎年、バラの見頃である5月には「あらかわバラの市」が開催される。バラの会の発案により始まったこのイベントは、5,000株ものバラが販売される盛況なイベントとなっている。2021年は、密を避けた新しい形のイベント「あらかわ Rose Weeks 2021」が開催され、中でもバラ花壇を巡るスマホ・スタンプラリーが好評を博した。(註2、3)

都電沿線のバラ植栽事業は、社団法人日本観光協会が主催する「花の観光地づくり大賞」で平成17年度『大賞』を受賞している他、公益財団法人都市緑化機構により第30回『都市緑化機構会長賞:緑の地域づくり部門』を受賞している。区が支援をし、住民主体による活動が行われている点が高く評価されている。区外からバラ鑑賞に訪れる人も増え、今では荒川区の観光資源の一つに成長した。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
3-1.伊予鉄道(市内電車)とは
路面電車を軸とした沿線の活性化に努めている事例に、愛媛県松山市の伊予鉄道(市内電車)が挙げられる。松山市と伊予鉄が提携し、まちづくり(景観づくり)を行っている。松山城をぐるっと囲むように走行する市内電車は、道後温泉にも通じており、観光客の足として活躍している。夏目漱石の小説『坊ちゃん』に描かれた街であり、祝日には作中にも登場するマッチ箱のような「坊ちゃん列車」が走行する姿が見られる。景観としては、城と路面電車という二大シンボルが魅力的で、素晴らしい景観を形成している。(図3)

3-2.都電に特筆する点
都電を中心とした景観づくりにおいて特筆されるのは、地域住民の主体的な参画である。松山市の場合は、伊予鉄道と松山市の二者が中心となり景観づくりがされているが、住民介入の機会が少ない。一方、都電の沿線景観は、都営交通と荒川区と地域住民が三者協働して、景観の保全・育成を行っている。特に、バラの会を中心とした市民ボランティア団体による緑化・景観形成活動が活発なこと、住民自身が自らの住まう街の景観づくりに積極的に関与・寄与している点が、他社事例と比較し、優れている点であると考える。

交通局と荒川区と荒川バラの会の連携による活動が長年続けられてきた結果、「都電=バラ」のイメージが作り上げられた。都電の沿線景観の一部であるバラ植栽とバラ花壇は、都電の乗車体験時に華やいだ気分や特別感を付与する。一方で、バラは非常に繊細な花で、人の手入れがなければ美しく咲かせることができない花である。バラという手のかかる植物には、持続的な人の手が必要であり、第三の公共としてボランティア団体による主体的な活動に頼るところが大きい。

また、都電はアメニティ(心地よさ、快適性)の品質も優れていると考える。高齢者・子連れ・車いす利用者の割合が、伊予鉄に比較し多いように見受けられた。背景には、バリアフリーの対応差があると考える。1997年に全停留場のホーム嵩上げによる車両との段差解消(バリアフリー化)が完了した都電に対し、伊予鉄は段差解消がされていない停留場が半数以上残っている。2009年の「IYOTETSUチャレンジ プロジェクト」(註4)では、「車両デザインの一新」が真っ先に挙げられており、停留場のバリアフリー化には言及がされていない。このことは、地域住民ではなく、観光客に重きが置かれていることを示している。伊予鉄のこうした施策・姿勢は、住民の自主性や参加意欲を損なう要因になっている可能性がある。(資料4)

4.今後の展望について
近年、都電を含む路面電車は、エコやバリアフリーの観点から価値が見直されている。レトロな昔の乗り物というイメージから、環境に配慮したクリーンで最先端な乗り物へ価値が変容している。「都電落語会」(註5)のように、交通機関以外の場としても活用されており、多様なモビリティライフを予感させる乗り物である。

こうした将来性のある都電を中心に据えた景観づくりは荒川区の特権である。景観の保全・育成活動を続けていく中では、表彰制度のような「活動を評価する取り組み」も必要であると考える。景観づくりに励んできた人々にとっては、評価されることで活動意欲に繋がる。また、見出された景観遺産が「価値あるもの」ということを地域で共有することが、更なる景観の保全・育成に繋がっていく。そうして、心地よい景観が持続されると考える。

5.まとめ
沿線景観を保全・育成する主体として、地域住民の存在は欠かせない。景観の豊かさは、地域住民の生活の豊かさに直結している。そこに住まう人自身が、自らの町の景観遺産を正しく評価し、保全・育成していくことが、エコロジーやバリアフリーといった環境対応にも通じることになる。そのためにも、行政や企業との連携協力は不可欠だ。

三者協働の上に確立した「都電とバラ」というブランドイメージと併せて、今後も住民にとって親しみのある「都電のある風景」があり続ける。2020年度には「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」(註6)を受賞し、勢いづいている都電の沿線景観は、古きと新しきが混在する理想の街の景観として高い価値がある。

  • 1 【図1】都電荒川線_レトロ車両(2021年11月/筆者撮影)
  • 2-1
  • 2-2 【資料1】都電荒川線_現役営業車両デザイン(2022年1月/筆者作成)
  • 3-1%e6%96%b0
  • 3-2%e6%96%b0 【資料2】荒川区マップ_都電を中心とした景観の広がり(2022年1月/筆者作成)
  • 4 【資料3】都電沿線のバラ植栽(2022年1月/筆者作成)
  • 5 【図2】荒川二丁目停留所_バラ花壇(2021年5月/筆者撮影)
  • 6 【図3】伊予鉄道_市内電車と松山城(2021年12月/筆者撮影)
  • 7-1
  • 7-2 【資料4】都電荒川線と伊予鉄道(市内電車)の比較(2022年1月/筆者作成)

参考文献

註1)荒川区景観計画
トップページ > まちづくり・土木 > まちづくり > 景観 > 荒川区景観計画
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a040/machizukuridoboku/machizukuri/keikannkeikakku.html(アクセス日:2021/12/01)

註2)あらかわRoseWeeks2021
トップページ > 公園・花・緑 > 花・緑化 > あらかわRoseWeeks2021
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a043/koen/hana/arakawaroseweeks.html(アクセス日:2021/12/15)

註3)スタンプラリー作成サービス「RALLY」の事例紹介
トップページ > 事例紹介 > あらかわローズウィーク2021ラリー
https://rallyapp.jp/showcase/arakawa-roseweeks2021/(アクセス日:2022/01/25)

註4)IYOTESUチャレンジ プロジェクト
https://www.iyotetsu.co.jp/img/pdf/challenge.pdf(アクセス日:2022/01/28)

註5)都電落語会
http://123kompei.jp/todenrakugokai(アクセス日:2022/01/29)

註6)2020年度 グッドデザイン・ロングライフデザイン賞
公共交通「都電荒川線」
https://www.g-mark.org/award/describe/51285?token=TekydbmVGD(アクセス日:2022/01/29)

【参考資料】
佐藤信博 編『路面電車年鑑 2021』、イカロス出版、2021年
佐藤信博 編『路面電車EX 2016 vol.07』、イカロス出版、2016年
奥野信宏・栗田卓也 著『都市に生きる新しい公共』、岩波書店、2012年
吉本哲郎 著『地元学をはじめよう』、岩波書店、2008年

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