広島県立歴史博物館の景観と課題

阿部 郁夫

1.はじめに
 広島県のJR福山駅北口すぐにある福山文化ゾーン内の1施設として、広島県立歴史博物館がある。
 地域の文化資産であるこの博物館について、館設立までの人々の努力や文化ゾーンの中での景観というアプローチで、特質をまとめて課題を検証し考察する。

2. 基本データと歴史的背景
【基本データ】
名 称:広島県立歴史博物館
所在地:広島県福山市西町2-4-1
設 計:〈建築・外構〉 ㈱佐藤総合計画
     〈展示〉 ㈱トータルメディア開発研究所
施 工:㈱熊谷組 外
起 工:〈建築・外構〉 1987(昭和62)年7月7日
     〈展示〉    1988(昭和63)年7月5日
竣 工:〈建築・外構〉 1989(平成元)年3月20日
     〈展示〉    1989(平成元)年10月20日
開 館:1989(平成元)年11月3日
規 模:地下1階、地上2階
構 造:鉄骨鉄筋コンクリート造
面 積:敷地 5,481.83㎡
    建物 3,365.68㎡
    延床 8,940.63㎡
【歴史的背景】
1971(昭和46)年2月 広島県長期総合計画で「歴史博物館」を計画。
            一方、草戸千軒町遺跡の調査が進展し、莫大な出土遺物の保存と公開 
            施設を必要としていた。
1973(昭和48)年  オイルショックの影響で、この計画は中断。
           しかし、中央指向型の文化から地方における文化の振興が重視され、再  
           び博物館建設の必要性が望まれるようになる。
1981(昭和56)年  県立博物館建設構想検討委員会が「県立博物館建設基本構想」 を答申 
           し、草戸千軒町遺跡調査研究所に「博物館建設準備室」を設置。
1985(昭和60)年7月「県立博物館建設基本構想」決定。
1986(昭和61)年8月 建築基本・実施設計業務委託業者決定、着手。
1989(平成元)年11月 開館。

3. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか(以下、4点)

【県庁所在地でない県内人口2位の都市に立地している】
 全国の県立歴史博物館の多くが県庁所在地にあるのに、広島県ではそうでない理由がある。県立歴史博物館を県庁所在地の広島市でなく、県東端の福山市に建設できたのは、地元から出土した日本で初めての中世の集落遺跡を後世まで伝えていく歴史博物館は、地元福山に建設するべきであるという草戸千軒町遺跡調査研究所や所長の松下氏をはじめとする福山市民の立地運動であった。

【福山文化ゾーンを形成している】 
 広島県の福山駅北口を出てすぐ、福山城跡を整備した公園があり、日本百名城に選ばれた福山城、県立歴史博物館、ふくやま美術館、ふくやま書道美術館、ふくやま文学館、福山市人権平和資料館の6文化施設が集まった「福山文化ゾーン」と名付けられた景観を形成している。

【博物館建設の基となった草戸千軒町遺跡発掘・保存・研究に動いた専門家でない
   (のちに、学者・専門家になる者を含む)5人の存在⇒人による地域文化の継承】(1)
〇真言宗明王院住職の竜池密雄
 1930(昭和5)年1月17日、芦田川改修工事の作業員が、中州の地下1.5メートルの大きな石をお寺に運び込み、直感で、鎌倉の頃の人達の墓だった五輪石塔の笠石や台座とわかり、お寺でまつることになった。人の生活の跡を示すものばかりが発見され、これが口伝えに市民の間に広がった。
〇郷土史家で元教師、元ローカル新聞記者、福山市史編纂主任の浜本清一
 草戸千軒町が、江戸時代の『備陽六郡志』、『西備名区』、『福山志料』3つの書物に記述があることを判明させた。
 改修工事で町があるとみられる川底が無節操に削り取られ、陶磁や石材などの遺物も川下に押し流されて、町が日に日に破壊されていくのを目の当たりの見た浜本は、自身が会員の郷土研究会機関紙『備後史談』や地元新聞紙上に、川底から現れた町に関する論文を発表したり、市内の中学生を対象に講演し「福山の成り立ちがわかる遺跡なので、僕達の手で守ろう」と熱っぽく説いた。奥まで引っ込んでいた福山湾が、江戸時代に芦田川の土砂堆積で、草戸千軒町のあたりまで前進したこと等の研究業績がある。
〇広島工業学校(現広島大学工学部)教授で理論物理学専攻の光藤珠夫
 茶碗の形態的研究で、焼き物研究の道に入り込み、広島県名勝史蹟天然記念物臨時調査員にも任命されていた。芦田川からの遺物出土の記事を目にし、河川改修工事現場を訪れ、宋の青磁や白磁を見て、陶磁史の常識を変えるような大変な発見であることを見破った。草戸の古陶磁を研究し、前述の郷土研究会機関紙『備後史談』にこれを紹介する論文を投稿する等をした。
〇福山青年師範学校(現広島大学付属福山中高校)社会科教諭の村上正名
 中学時代の夏休みの宿題でやった「芦田川から見つけた素焼きの陶器や破片の収集」を上述の光藤氏がたまたま、中学の郷土史研究部でのぞき、以後、2人は師弟関係になった。
 前述の浜本氏とも交流があった村上は、2人が「江戸の史書には、町の壊滅しか書いていない。肝心な町の性格や中国高級陶磁出土の謎を明かすには、町を発掘しなければならない」と訴えていたので、自分が大きくなったら草戸千軒町を掘ってやると心に決め、戦争をはさんだ後、福山市文化財保護委員会のメンバーになり、1960(昭和35)年秋には、ついに市長にまで直談判をかさね、発掘予算をつけるまでたどり着いた。翌年の1961(昭和36)年8月7日から発掘が始まったが、参加者16人はすべてボランティアで、次述の松下氏もいた。中州の地下2~2.4メートルに平安末期から江戸初期にかけての三層の地層があり、特に室町期に遺構は最盛をなしていることが判明した。
〇元中学校教諭で文化財保護委員会(文化庁の前身)技師、のちの草戸千軒町遺跡調査研究所長の 
 松下正司
 1967(昭和47)年、芦田川が国の一級河川昇格し、建設省が大水害対策で堤防強化の為、芦田川の中州除去計画を立てた。遺跡がなくなることになるので、前述の村上氏は出先の工事現場で訴えるも、遺跡か人命かで、人命優先となり、すげない返事であった。村上は文化財保護委員会に問題を持ち込み、この窓口に松下氏がおり、彼が最前線となって建設省と交渉し、難航の末、発掘調査完了まで中州除去を待つ確約を得た。松下は、自分が係った遺跡が、かけがいのない文化遺産であることで、自分が交渉の矢面にたった。

【中世にタイムスリップさせる実物大で再現した町並みの展示(デザイン)】(添付写真4,5参照)
 船着き場と真ん中に道があり、左右5軒で10軒ほどの集落を再現してある場面は、室町時代の初夏の黄昏時に、海岸から堀割で少し入った地点の町の一角で、市の立つ日ににぎわいを見せる物売り小屋や職人の住居、町の人々から篤い信仰を得ている御堂などが配置されている。  
 入館者は誰でも、集落の真ん中の通りを歩いて、職人の住居に入ることができ、写真撮影可能で、中世の港町にタイムスリップしたように感じられる。1軒の広さは現在の2DKと同じくらいである。

4. 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
 比較する施設として鹿児島県歴史・美術センター黎明館を取り上げた理由は、都市人口は鹿児島の方がやや大きいが、市中心部にあり城跡区域が博物館を含んだ文化ゾーンを形成しており、同じ県立である点からである。詳細は、添付表1のとおりである。
 目立った相違点はないが、参考文献等で考察できた特筆は以下の3点である。
・ふくやま草戸千軒ミュージアムとも称され、日本で初めての中世の集落遺跡(草戸千軒町遺跡) 
 の町並みを実物大で再現している展示室がある。中世の集落は近世、現代へそのまま発展し 
 ていった為、発掘することができず、不明だった一代がそっくり封じ込められているのは貴 
 重で、日本のポンペイとも言われている。
・博物館建設の基となった草戸千軒町遺跡発掘・保存・研究に動いたのは、専門家でない人々
 の努力である。
・県立歴史博物館を県庁所在地の広島市でなく、県東端の福山市に建設できたのは、福山市民
 の立地運動であった。

5. 今後の展望とまとめ
 駅隣接と言っていいほど立地条件が非常に良く、内実があるにもかかわらず、認知度が高いとは言えないこの博物館を、もっと情報発信していかなければならない。これについては、単独だけでなく、市の他の文化施設とも連携して行うことが大切である。来年度は、福山築城400周年で、城だけでなく、この文化ゾーン一体でイベントが催される予定である。
 文化ゾーンとして、鹿児島文化ゾーンのスタンプラリーは、参考にすべきであり、複数の文化施設とのセット入館券の検討も必要である。
 文化ゾーンの目的である、博物館を含む文化施設を後世まで残していくことが大切である。

  • 58505_1 【写真1】福山文化ゾーン(中央緑地区域)と福山駅周辺全景 / 福山観光コンベンション協会の「フォトギャラリー」による
  • %e3%80%90%e6%a1%88 【案内図1】福山文化ゾーンマップ(福山城博物館HP)
  • 58505_3 【写真2】広島県立歴史博物館全景 2020年11月28日筆者撮影
  • 58505_4 【写真3】草戸千軒町遺跡模型 2020年11月28日筆者撮影
  • 58505_5 【写真4】草戸千軒町遺跡の実物大再現の町並み全景 2020年11月28日筆者撮影
  • 58505_6 【写真5】草戸千軒町遺跡の実物大家屋内部 2020年11月28日筆者撮影
  • e5908ce6a798e381aee4ba8be4be8be381a8e381aee6af94e8bc83_page-0001 【表1】同様の事例(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)との比較(筆者作成)

参考文献

参考文献
ふくやま草戸千軒ミュージアム(広島県立歴史博物館) | 広島県教育委員会   (hiroshima.lg.jp) (2021年5月2日閲覧)
『広島県立歴史博物館展示案内』広島県立歴史博物館、2017年
『開館10周年記念誌 10年の歩み』広島県立歴史博物館、1999年
『草戸千軒 発掘調査50年の想い出』広島県立歴史博物館、2013年
井手裕彦 執筆『日本の遺跡発掘物語10歴史時代Ⅲ(西日本)』社会思想社、1985年
福山城博物館 - 福山市ホームページ (city.fukuyama.hiroshima.jp)
(2021年5月2日閲覧)
福山城築城400年記念事業公式サイト (fukuyama400.jp) (2021年5月2日閲覧)

観光お役立ち情報 フォトギャラリー 文化ゾーン | 福山観光コンベンション協会HP   (fukuyama-kanko.com) (2021年5月2日閲覧)
福山市HP第五次福山市総合計画 第1期基本計画について - 福山市ホームページ(city.fukuyama.hiroshima.jp)
(2021年5月2日閲覧)
福山駅前商店会HP 福山駅周辺文化ゾーン | 福山駅前商店会 (sannomaru.com)
(2021年5月2日閲覧)
鹿児島県/鹿児島県歴史・美術センター黎明館 (pref.kagoshima.jp)
(2021年5月2日閲覧)
『鹿児島の歴史と文化〈テーマ展示図録〉』鹿児島県歴史資料センター黎明館、1983年
鹿児島文化ゾーンHP 鹿児島県/かごしま文化ゾーン (pref.kagoshima.jp)/
(2021年5月2日閲覧)
豊田市文化ゾーン概要hoshin_gaiyo.pdf (city.toyota.aichi.jp) (2021年5月2日閲覧)


 註
(1) 井手裕彦 執筆『日本の遺跡発掘物語10歴史時代Ⅲ(西日本)』社会思想社、1985年、
85~106頁

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