舞洲工場の文化資産を考察する

大川 浩市

1. はじめに
大阪市舞洲工場は竣工してから20年が経過する。建設当初から物議を醸し、酷評もされてきた。それは通常の工事費よりも高かったことと、従来の建物のイメージとはほど遠いものであったからだ。私はこれまで2回工場見学をし、今回は事情で外部からのみの観察をした。そして考察した結果「舞洲工場を文化資産として評価する」というテーマに取り組んだ。それにはデザインをしたオーストリアのフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー氏(以降ヴァッサー氏と呼ぶ)のこれまでの仕事の仕方、生き方、活動などを学び、評価に値することを確認して報告したい。

2. 歴史的な経過と地域とのかかわりについて
少し歴史を遡ると、ヴァッサー氏が建てたウイーンのクンストハウスに対して地域の人々から酷評された経緯がある。
「曲面こそ自然だとか、緑と建築を合体させるとか、子供に受けそうな幼稚なキャッチコピーを、ナマに形にしてしまった。ドシロウトによるトンデモ建築だ!こんなものができたおかげで、格調高いウイーンの街の景観がどれだけ破壊されたか(トホホ)」  註 1
芸術はどの分野でも人目を引くものが出現すると、必ず一度は理由もなく批判されるものである。19世紀から20世紀にかけてウイーンでは曲面建築、緑化建築の思想は近代合理主義に対する反動で、ユーゲントシュティルやアールヌーボーなどが出現したが、一時的なものであった。しかし、日本では古くから異文化の芸術を受け入れ、同化させてきた経緯がある。明治・大正・昭和の近代建築などは西洋文化を取り入れ、現在では文化財として保存するまでになったものもある。この舞洲工場が建てられた経緯は、当時大阪市では稼働する焼却工場の処理能力の限界と老朽化に直面し、処理場の更新にあたり、ごみ処理能力の余裕を確保する必要から当工場が計画された。当時ごみ焼却場というだけで、大阪市内に建てることは地域住民の反対を受け、設置が困難であった。折しも建設地である舞洲は、2008年大阪オリンピックのメイン会場に予定され、「環境創造型モデル都市」として、都市と環境の共存を目指して計画されていた。都市基盤施設として大阪の中核を担うごみ焼却場として、新しい試みを導入し、環境にやさしい次世代の都市の象徴となることを目指していたのである。こうして実績のあるフンデルトヴァッサー氏に白羽の矢が立った。2025年には大阪万博が夢洲で開催される予定である。ここで舞洲工場のデザインと景観について考察し評価する。 資料 1

〇主な基本データー
・事業主     大阪市環境事業局
・設計監理    大阪市都市整備局、㈱昭和設計
フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー氏(1928~2000)
・工  事    竹中・大成・錢高建設工事共同体
・所  在    大阪市此花区白津1丁目1番
・工  期    1997年3月 ~ 2001年4月
・敷地面積    33,000㎡ (南北190m×東西116m)
・建築面積    16,500㎡ ・延床面積  約56,000㎡
・構  造    鉄骨鉄筋コンクリート造、地上7階、地下2階、高さ60m 煙突120m
・工  費    609億円

〇施設の特徴として
・ごみ焼却設備:処理能力1日900トン デ・ロール炉 ・粗大ごみ処理:1日170トン
・ごみは900℃前後で焼却するため、排ガス中の臭気は分解さる。
・燃焼制御の高性能によりダイオキシン類の有害物質の発生は抑制される。
・余熱は熱交換で電気として場内で使用し、余剰分は外部へ供給している。

〇焼却場の国内外の事例も見ておく必要がある。日本が1893工場で、次いでアメリカが168工場という点からも、ごみ環境問題に対する日本の関心の高さを示していることが分かる。 註 2 資料 2

3.ヴァッサー氏についての考察
〇デザインについてのまなざし
彼の建築のデザインを絵画的表現やグラフィックデザイン的な表現に留まっているように思われがちだ。何故かといえば人目を惹きやすいとかアピール度が高い点に留まってしまっているようである。しかし、私は舞洲工場を見て、建物の機能と構造(骨組み)が検討され、一体となって出来上がっていると考えている。力の流れが建物の細部に至るまで調和していれば美しい建物であると。古代の建築家ウィトルウィウスは全体と部分の調和が大切といっている。そういった意味で舞洲工場はどのような角度から見ても調和がとれていて美しいと思う。 資料 3

〇自然についてのまなざし
彼の建築における実績は、ウイーンでごみの焼却場(シュピッテラウ)の改装工事をはじめ、教会や共同住宅(ヴァッサー・ハウス)を手掛けている。建築だけでなくポスターのデザイン、切手のデザインなど他の分野のデザインも行い守備範囲は広い。彼の「高層の草の家」では、建築をしたら必ず屋上に草や樹木を生やすべきだという考え方を基礎においている。要するに建物を建てる前に大地にあった草木や森林があったはずで、人間がその上に建物を建築しても、上空から見たら緑地が同じように見えるように屋上に草木や森林を作っておくこと。自然に対して十分にお返しをするという考え方である。舞洲工場の屋上の植栽の樹木も成長していて、灌木類もしっかり定着している。竣工から約20年の年月が経ち外壁にツタが生え建物を緑が包み込む雰囲気を出している。 資料 4

〇ヴァッサー氏の根底にあるもの(思想)をひもとく
私は彼の絵画を2回展覧会(京都、兵庫)で見た。彼は若い時からすでに自分の形(渦巻、らせん、波打つ横線、雨、建築など)を描いている。彼の描く形や色彩はより具体的で、分かりやすい。決して抽象絵画ではない。彼は建築を追及していく中で、自然主義的(エコロジカル)なところへ到達している。そして26、27歳の頃、絵画における「オートマティスム」と建築の近代合理主義に反論をしている。彼は常に自然で植物のような有機的で個性的で創造的な建築でなければならないと説いている。30歳の時には重要な「カビ宣言」をしている。
「直線とグリッド(格子、平行移動)からできている機能的建築に『カビを生やそう』という爆弾宣言である。これが1958年であることが重要である。(中略)近代合理主義や大量生産を否定する理論的立場は存在していなかったのである」  註 3
彼は近代合理主義が生む規格品、大量生産品を使って建てる建築は人間を駄目にする。人間は創造しなくなるといっている。しかし、彼はこれらを完全否定するのではなく、共存しながら建てている。この舞洲工場の窓や柱でも同じ形のものは二つとない。デザインを工夫して個性を出している。

〇維持管理上のメリットとデメリットについても触れておきたい
見学時に緑地に関してはメンテナンスフリーと聞いたが、現在は日常的には職員による手入れがされ、年2回は植栽の手入れが行われている。また、外壁やストライプ板については20年の経過を見るが改装はなく、元のままだ。通常の汚れはメンテナンスフリーである。建築の維持管理では形状に曲線部分や手作り部分が多いため、修繕が容易でないと思われる。修繕には時間と費用が掛かることは想像に難くない。

5.将来に対する展望
・グランドデザインを考える。
舞洲はスポーツアイランドとしても有名である。私はスポーツ施設だけではなく、美術館、コンサートホールの設置を促し、このアイランドを総合的な文化芸術の地域として景観も含めぜひとも存続させていきたいと願う。建設当初は酷評されたものであったが、彼が亡くなって20年が経過する。今、ようやく彼の建築思想が人間の本来の在り方を示す時代として迎え入れられてきたと思う。住民参加と地域ぐるみで、舞洲工場を文化資産として保存していくことを考えるべきときだ。幸いにも大阪市とウイーンは姉妹都市である。この地でウイーンとの共催による音楽会などの開催が可能となれば素晴らしいイベントになる。これほど国際的に価値のある将来の展望があるだろうか。

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  • 1-2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%91%e3%80%80%e4%bd%8d%e7%bd%ae%e5%9b%b3%e3%81%a8%e5%a4%96%e8%a6%b3_page-0002 資料 1 舞洲の位置図と外観
    1.位置図 はパンフレット(仮称)環境事業局舞洲工場穿設工事 建設工事の概要 の裏表紙から引用した
    2.北西からの外観 は同パンフレットの中開きから引用した
  • 2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92%e3%80%80%e5%9b%bd%e5%86%85%e5%a4%96%e3%81%ae%e4%ba%8b%e4%be%8b%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6_page-0001 資料 2 国内外の事例について
    写真 上 フィリッピンは「海外のごみ処理状況」p9から 引用した
    写真 下 インドネシアは「海外のごみ処理状況」p8から 引用した
    写真 アムステルダム工場は「海外のごみ処理状況」p28から引用した
    写真 大阪市東淀工場 は大阪広域環境施設組合ホームページ焼却工場・最終処分地一覧「東淀工場」から引用した
  • 3-1_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%93%e3%80%80%e3%83%87%e3%82%b6%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%81%be%e3%81%aa%e3%81%96%e3%81%97_page-0001 資料 3 デザインへのまなざし
  • 3-2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%93%e3%80%80%e3%83%87%e3%82%b6%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%81%be%e3%81%aa%e3%81%96%e3%81%97_page-0002 資料 3 デザインへのまなざし
  • 4_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94%e3%80%80%e8%87%aa%e7%84%b6%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%81%be%e3%81%aa%e3%81%96%e3%81%97_page-0001 資料 4 自然へのまなざし

参考文献

海外のごみ処理状況 速水章一(一財)日本環境衛生センター研究事業部 2019.11.6
https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/~kouiki-gyousei/gaiyo/file/r1-index21_3_ippanhaiki2_siryou03.pdf#search  (6/24閲覧)
パンフレット(仮称)環境事業局舞洲工場穿設工事 建設工事の概要 大阪市環境事業局 1999年6月発行
パンフレット 舞洲工場 大阪市・八尾市・松原市環境施設組合 平成30年3月発行
大阪広域環境施設組合ホームページ  焼却工場・最終処分地一覧「東淀工場」
http://osaka-env-paa.cmskit.jp/kojo/higashiyodo/index.html (6/24閲覧)
現代美術 第9巻 フンデルトヴァッサー 野間佐和子 講談社 1993年
加藤哲弘編 芸術理論古典文献 アンソロジー 西洋編 藝術学舎 2014年
水野千依編 盛期ルネサンスから十九世紀末まで 西洋の芸術史 造形篇Ⅱ 藝術学舎 2013年
図録 フンデルトヴァッサー 1998年12月9日~28日 京都美術館「えき」
図録 フンデルトヴァッサーと建築 1999年4日~10月11日 兵庫県立近代美術館

クンストハウス・ウイーン
https://w.w.w.wien.info/ja/sightseeing/museums-exhibitions/top/kunsthauswein.
オーストリア政府観光局公式サイト
https://w.w.w.austria.info//jp/sevice-and-facts/famous-austrian-people/fridensreich-hundertwasser
フンデルトヴァッサーとシーレ
https://w.w.w.wein.info/ja/sightseeing/museums-exhibitions/contemporary-art/schile-hundertwasser-leopold-muse

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