金山杉とロマンチックな景観―――どこにでもあった、小さな町

川﨑 敏之

1 基本データ―金山町は「杉のふるさと、雪の降る町、木のすまい」
金山町は、山形県の東北部、栗駒国定公園に位置し、トンネルを抜ければ、そこは秋田県という山深いところである。
人口は、6000人足らずで、面積の4分の3を森林(約半分が民有林)が占め、全世帯の約50%が農林業を営む第一次産業従事世帯割合の非常に高い町である。
気候は、夏は高温多湿、冬は寒冷、豪雪地帯である。そんな気候風土によって、周囲の山々には水がたっぷり蓄えられ、湧き出る清水は町内の水路を一年中流れ、田園地帯や町中を潤している。
太径で良質な金山杉を用いて建造された、木組、下見板張り、白壁、切り妻屋根の住宅や公共施設が連なり、水路には緋鯉が泳ぎ、いたるところに住民の手による様々な花壇が彩る。
金山町は、情報公開条例を全国に先駆けて制定した町。
情報公開に先鞭をつけたこと以外にも、1960年から景観を重視した街並みづくりに取り組んだ先進自治体としても知られる。地元産の杉材を生かした住宅づくりを奨励し、自然石を使った堰を町中心部にめぐらして潤いのある街並みを創出してきた。

2 歴史的な背景―「金山住宅」確立への道
金山町における住宅は、柱や梁などの主要構造はもちろん、その下地や造作なども含め、地元産の杉材を主体とした伝統的工法で建築されてきた。しかし、近年、工業技術の進歩やライフスタイルの多様化とともにハウスメーカーが金山にも進出し、建材や鉄材で構成される全国標準デザインの規格型住宅が建築されるようになり、町にとって基幹産業を脅かすたいへん憂慮される状況となってきた。
基幹産業である林業の衰退、大工仕事の減少、地域経済の疲弊ひいては町民生活の不安定要素の増加など、町全体へ及ぼす影響は計り知れない。木材需要の縮小は、植林や伐採などの入山作業をも減少させ、治山治水面においても影響が大きく、大災害を誘発する重大な事態にもなりかねない。
このように、これまで連綿と継承されてきた美しい景観が失われていくだけでなく、産業、文化、住民生活、防災など、地域全体の衰退が危惧される状況ともなり、第一次、第二次産業ともに、雇用の減少、出稼ぎ者の増加、人口流失など町民の生活にも影響が及んできていた。

1958年に、当時の町長が、この地独特の風景の維持、継承を目標に「美しい街並み形成」をまちづくりのコンセプトとして提唱。
1963年には、「全町美化運動(後の街並み景観づくり100年運動)」をスタート。
1978年には、イザベラ・バード来訪100周年記念に合わせ、林業振興、職人の雇用、所得の確保に向け、産業、労働、生活、文化、治山治水などの施策を相互につなぐ建築様式の確立を目指し、「住宅建築コンクール」を開始。この時、「金山杉」をブランド化すべく、後継者育成も含め森林組合に青年部を設けた。
学校、病院、葬祭所など「公共建築物のデザイン化」にも取り組み、国内では珍しい屋根付き橋「きごころ橋」を町のシンボルとして建造した。
1984年には、「街並み景観条例」を制定。住宅建築コンクールの成果を踏まえ、「街並み形成基準」を策定し、この基準に適合した住宅を「金山住宅」と称する。助成措置として、補助金は30万円(現在は80万円)を限度とし、新築、増改築、屋根の色彩変更、生垣、木塀設置を対象とした。後に町民の要望により、名称を「風景と調和した街並み景観条例」に改称し、対象区域を全町域に拡張した。中心部の公共施設整備として、機能と景観を重視した道路整備、水路整備にも着手。まちづくりの担い手、リーダーを育成すべく、職員だけでなく町民も対象とした海外グループ研修派遣は現在も継続中である。

3 積極的に評価するもの―イザベラ・バードがみた140年前と変わらない風景
一つ目は、「金山杉」を育む山々である。
通常、杉の伐採は、40年から50年のサイクルで行う。しかし、金山町では他に見られない樹齢80年以上の長伐期施業という伐採体制を基本として、より高品質な木材の生産を目指している。
積雪が2m以上にもなる豪雪地帯であり、寒冷な気候と十分な降水量が良質な金山杉を育んでいる。年輪が緻密に揃い、木目が美しく、住宅用構造材として全国的なブランドとして高い評価をされる。個人所有林ではあるが、樹齢250年を超える「大美輪の大杉」は、「最上の巨木」にも数えられ、町のシンボルでもある。

二つ目は、「金山杉」を積極的に活用した「街並み(景観)づくり100年運動」である。
1983年に基本構想を策定し、この運動を基幹プロジェクトとして位置づけ、行政と町民が一体となり、町全体を周囲の自然と調和した金山らしい美しい街並みをつくっていこうというものであり、苦境に立たされている林業の振興や人と自然が共生する豊かな暮らしの具現化を図るのである。
「金山町街並み景観条例」には、運動の継続と発展を目指し、金山町の自然、風景への配慮を盛り込むとともに、「街並み形成基準」「金山住宅」の基準、金山住宅の新増築や屋根、木塀などへの助成制度を定め、永続的なまちづくりに取り組んでいる。

4 他にない特筆されるもの―「景観とは、公共のものである」
金山町の街並みづくりの理念は、「景観は個人の所有ではなく、公共のものである」という「景観公有論」を前提にし、美しい景観とは、基準に基づいて統一的に整備することで全体的に周辺の風景と調和が保たれ、その外観とともに生活する人たちに快適さを感じさせなければならないことと位置づけている。
金山町の風景と調和した街並み景観条例は、行政が住民に対して規制するものではなく、景観の持ち主でもある町民一人ひとりが主体となって行政との連携によるまちづくりを目指すべきであるという考え方に立っている。

重要伝統的建造物群保存地区やユネスコ世界遺産である「白川郷」などと大きく異なるのは、文化財の保全や観光資源づくりを直接の目的とした景観づくりではなく、「金山杉」の利用拡大と「金山住宅」の普及により、林業の町ならではの産業振興と文化形成、「金山住宅」を中心としたライフスタイルの創出であり、「町民自身が誇りをもてる町」「住んでよかったと思える町」「よその人が住みたくなるような町」を目指すという理念に基づいている点である。

岩手県の住田町は、金山町と同様、林業を経済基盤とする人口や財政規模が酷似した自治体であるが、「森林・林業日本一のまちづくり」をスローガンに掲げるものの、景観を重視したまちづくりは意図していない。

5 今後の展望
金山町では、長伐期太径木生産を目指した林業経営が行われ、造作材から構造材に至るまで多様な金山杉が、将来にわたって安定的に供給される「金山住宅」の住宅建築に占める割合は高く、その多くは、町内の製材所、森林組合で生産されたものである。つまり、住宅用木材の自給構造が成立していた。
しかし、「今後、金山町では、新築住宅建築は、ほとんど見込めない」と、ある工務店主が語る。また、「金山住宅」は、外観のメンテナンスに手間と費用がかかり、初期建築費用も莫大である。金山杉を多用した住宅は、堅牢で、寿命が長いのが特徴でもある。今や、金山町の建築関連業界は、その大部分が県外や県都山形市、天童市、隣接の新庄市へと事業を展開しているという。
金山町における林業の循環構造は、途絶えてしまったのである。
ここ5年間の新築住宅への助成件数は平均年3件であり、今後の住宅需要は限りなくゼロに近い。切り妻屋根と白壁の家並は、現在の姿で「ほぼ完成形をみた」と言えるかもしれない。

6 まとめ
「街並み景観条例」の施行後、一昨年度末までに365棟という多くの「金山住宅」が建築されているが、はじめて町を訪れた人が、古い家なのか、新築間もない家なのか判別が困難だった、というまさに「街並み景観づくり100年運動」の賜物ともいえるような興味深い発言がある。新旧「金山住宅」の焦げ茶の切り妻屋根や白壁が周囲の風景に溶け込んで、バードが訪れた140年前と同じ美しい景観を形成しているということの証左であろうか。

しかし、金山町の林業を取り巻く情勢や社会状況などからみて、今後、住宅の建て替え需要が拡大したり、人口が増えたりすることは期待できない。それどころか、これまでに築き上げた素晴らしい景観が、何ら手入れされることなく放置され、朽ち果て、荒れた山林や空き家対策への対応に苦慮する時代が、すぐそこまで迫っているかもしれない。

街並み景観づくり運動が末長く継承され、さらに発展して次の「ステージ」を迎えるための二つの提案をしたい。それは、①景観を阻害する電柱廃止、ケーブルの地下埋設(主要道路沿い、雪対策としても)、②景観を阻害する看板、広告のデザイン統一、規制のさらなる強化、促進、である。

小説『赤毛のアン』の舞台であるカナダのプリンスエドワード島へ、「緑の切り妻屋根」を目指して、全世界から人々が絶えることなく訪れているそうである。
金山町は、明治期から変わらない「焦げ茶の切り妻屋根」の美しい風景の町、「日本の、どこにでもあった、小さな町」、「住んでよかった」「住みたくなる」町であり、観光よりも暮らしという言葉が似合う町である。

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  • 2_%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e7%9c%8c%e9%87%91%e5%b1%b1%e7%94%ba%e3%80%80%e5%9b%b3%ef%bc%92_page-0001 図2 切り妻屋根と杉板塀、2019年7月9日、筆者撮影
  • 3_%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e7%9c%8c%e9%87%91%e5%b1%b1%e7%94%ba%e3%80%80%e5%9b%b3%ef%bc%93_page-0001 図3 蔵と銀行、大杉と水路、2019年7月9日、筆者撮影
  • 4_%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e7%9c%8c%e9%87%91%e5%b1%b1%e7%94%ba%e3%80%80%e5%9b%b3%ef%bc%94_page-0001 図4 切り妻屋根と金山杉、2019年7月9日、筆者撮影
  • 5_%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e7%9c%8c%e9%87%91%e5%b1%b1%e7%94%ba%e3%80%80%e5%9b%b3%ef%bc%95_page-0001 図5 切り妻屋根の公共施設、2019年7月9日、筆者撮影
  • 6_%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e7%9c%8c%e9%87%91%e5%b1%b1%e7%94%ba%e3%80%80%e5%9b%b3%ef%bc%96_page-0001 図6 金山杉のある風景、2019年7月9日、筆者撮影

参考文献

片山和俊 林寛治 住吉洋二『まちづくり解剖図鑑』、エクスナレッジ、2019年
川村善之『日本の町並み集落1300』、淡交社、2010年
森巖夫『小さな町の大きな試み』情報公開と杉の金山町、清文社、1985年
奥田祐規ほか「金山町における『住宅用木材の自給構造』の成立要因」、日本林學會誌86巻2号、2004年
阿部利広「地域産木材を活用してブランド化を図る取り組み」、金山町 安部建築研究室、2016年
東京藝術大学建築学科 河村茂「山形・金山ー地に馴染む”建築様式の創生”物語」、「地方創生」支援プロジェクト
山形県金山町編『美しい風景と街並みをつくる案内書』

山形県金山町 https://www.town.kaneyama.yamagata.jp/ 2020.6.6参照
岩手県住田町 https://town.sumita.iwate.jp/ 2020.6.6参照
林野庁    https://rinya.maff.go.jp/tohoku/2020.6.6参照
         pdf「未来へとつなぐ林業の伝統と街並みづくり」

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